連続爆破事件の調査⑤
「水のコアよ、鎖となりて敵を取り巻け。火のコアよ、その力を鎮め冷気を与えよ」
戦闘態勢に入ると、メディアスが詠唱を開始した。つっかえることもなく、スラスラと言葉を紡いでいく。安定感のある低音に呼応し、エイドに注意を持っていかれたタルトゥーガ3頭の身体を水の鎖が縛りつける。
「氷刃」
発された最後の言葉で、水の鎖は鋭い氷の刃へと変化した。そして、その刃は前回と同じく、タルトゥーガを貫こうとして、ほとんどが砕け散る。しかし、その中の何本かはタルトゥーガの急所を探り当て、突き刺さるという具合だ。予想通り、3頭のうち2頭は、それぞれ左右逆の前足の関節付近にそれが突き刺さっており、悲鳴に似た鳴き声をあげている。
ところが、1頭だけは急所に当たらなかったようで、砕けた氷を身体をぶるっと震わせて払うと、何事もなかったかのようにエイドに焦点を合わせていた。刺激してしまったのか、後ろ足で地面を蹴る動作をして、今にも突進してきそうな様子だ。
「こいつだけ、弱点が足の関節にないのか?すまない、刺激してしまった」
「2頭見つかっただけでもありがたいよ。残りは少し考えないとね」
エイドは弱点の分からない、興奮気味のタルトゥーガと対峙した。他の2頭にも注意を配りつつ、この目の前の1頭への対策を考える。
しばらく睨みあっていると、タルトゥーガの方が先に動いた。エイドをしっかりとその瞳に捉え、迷いなく突進してくる。エイドはそれをギリギリまで引きつけてから真上に跳び上がり、先ほどまで自分が立っていた場所に土魔法を打ち出し、壁を作った。後ろに何もなければただかわすだけでもいいのだが、プリゾナ鉱山やメディアスの方に行かれたのではたまったものではない。
突然目の前に現れた壁に、タルトゥーガは止まる間もなく激突した。激突された土の壁はその威力に耐えられず砕け散ったが、ぶつかったタルトゥーガの方にも少しは衝撃があったらしく、頭を振りながら数歩下がる。
そのスピードが下がった瞬間を狙って、跳び上がったエイドはタルトゥーガの甲羅の上に着地した。そして、エイドは自分の記憶を呼び起こす。一部からは、危険生物博士とまで呼ばれる彼は、危険生物に関しての知識を誰よりも持っている。戦ったことはなくとも、誰かから聞いたり、本で読んだことがあるパターンがほとんどだ。
「身体が硬いやつらに共通する特徴として、物理攻撃には強いけど、魔法攻撃には弱いっていうのがあるから……あと、タルトゥーガは土、闇のコアを持っていたはずだ」
危険生物の特徴として、種族とは無関係に生まれる全属性使いを除き、持っているコアは同種であればほぼ全個体同じである、というものもある。危険生物同士でも混血種は存在するが、そういった個体は新しい危険生物として認識されていることがほとんどだ。
エイドは呟くと、タルトゥーガの背に不知火の切っ先を向ける。
「火のコアよ、その怒りを一柱と成せ。怒りの火炎!」
そう詠唱すると不知火の刀身が赤く輝き、熱を帯びる。そして、それを振り下ろすと同時に、タルトゥーガを包み込む激しい火柱が空まで上った。それに巻き込まれないように、エイドは素早くその背から降りる。
怒りの火炎を受けたタルトゥーガは、どうやら攻撃が効いたらしく、炎が消えた後もバタバタと暴れていた。
だが、安心したのもつかの間。着地したエイドは、残りの2頭に挟み撃ちされる。そちらにも気を配っていたエイドだったが、魔法を形成した後、一瞬注意が削がれてしまった。その隙を狙われたようだ。エイドが少なからず驚いていると、ここぞと言わんばかりに、先ほど魔法をお見舞いしたタルトゥーガまでもが、その輪に加わってしまう。
「おっと……さすがに3はキツかったかな」
エイドは、しまった、と苦笑いを浮かべた。
「オプセルヴェ!」
その時、メディアスの声と同時に、エイドの真下の地面が盛り上がり、上空へとエイドを押し上げる。それを蹴って空中で後ろに回転し、エイドはタルトゥーガに囲まれた輪の中心から脱出した。
間一髪、メディアスが機転を利かせたおかげで、エイドは無傷で済んだ。
「ありがとう、助かったよ」
「無理はするなと言ったはずだが」
援護したメディアスが、冷ややかな目線を送りながらエイドに駆け寄る。エイドは苦笑しながら、素直に謝った。
「ごめん。でも、ここまでやったら後にも退けないしなぁ……ちょっと大きめの魔法を形成するから、離れてて」
2頭は急所に当たるように、残りの1頭は弱らせてあるから急所ではなくとも問題ないはずだ。エイドは刀を鞘に納め、メディアスを後ろに下がらせる。そして、意識を集中させ始めた。
火と土の力を補助する刀を所持し、その属性の使用頻度も高いエイドだが、使用できる魔法のバリエーションが豊富なのは光系である。それというのも、ファスが光魔法しか使えないため、彼に教えられるようにと密かに特訓したせいであるのだが。
「光のコアよ、敵を捕え狂いなく貫け。雷撃円陣!」
エイドの詠唱により、3頭のタルトゥーガの足元に大きな光の円が描かれる。次第に、光の円はバチバチと音を発しながら雷を生成していく。そして、十分雷の力が溜まったところでそれは解放され、地面から突き上げるように雷撃がいくつも空へと立ち昇った。まばゆい光があたりに広がり、エイドとメディアスは目を閉じる。
しばらくすると、光は収まった。再び目を開いた2人は、タルトゥーガたちに目をやる。攻撃をもろに受けたその巨体は、そのまま地面に倒れた。
その傍にエイドが歩み寄る。もう動いても大丈夫だと悟り、メディアスも近づいた。伏した巨体には、もうさっきまでのような元気はない。
「前回は数も多かったから封印し直してもらった個体もあるが、できることならすべて倒してほしいと……番人たちは思っているようだ。頼んでも、封印は渋られる可能性が高いな」
メディアスの言葉は暗に、動きを止めたのなら、最後までやらなければならないという意味合いを含んでいる。しかし、エイドの手は止まってしまっていた。それを見かねたメディアスが口を開く。
「代わるか?……殺したくないんだろう」
的を得られ、エイドは目を丸くした後、少し俯いた。
「まぁ、ね……甘いって言われるかもしれないけど」
組織に入ったのだから、その覚悟はしていたはずだった。ファスにも、そういう覚悟が必要なんだと言ったのは、他ならぬ自分なのだ。偉そうに語っても、割り切れていないのは自分の方であると、ふとした瞬間に気づかされる。
「俺も最初はそうだったが、いつの間にか仕事だと割り切れるようになってしまった。……時々、それが怖くなるな」
メディアスはタルトゥーガの方を見ながら、静かにそう言った。
「組織員なんだから、そうじゃないと駄目なんだろうけど。でも、どうしても考えるんだ。俺たちと、こいつらの違いって何なんだろうって……」
「意思疎通の問題は大きい。――だが、お前が聞きたいのはそういうことではないんだろう?確かに、俺たちも、こいつらも、持っているコアは全く同じだ」
入隊したばかりの頃は、メディアスにも抵抗があった。元々、治すことをメインの仕事としている救護部隊だが、そうも言っていられない場面に立ち会うこともある。気が乗らないのは今も変わらないが、それでもやらなければ被害が広がるのだ。そう考えていくうちに、仕事として受け入れてしまった部分があることを、メディアスは時々思い出しては恐怖に駆られる。危険生物といえど、その命を狩っていることの意味は、どうあがいても変わることはないのだから。
その点で、エイドは今でも片時もそれを忘れることのない、貴重な存在だと言える。良く言えば優しい、悪く言えば脆い。それがエイドという青年だ。
しかし、組織員としてこれからも長く働いていくつもりなら、他者の痛みを感じ取ってしまいすぎる彼は、いつか自分自身をボロボロにしてしまうだろう。そして、そのことに本人はきっと気がつかない。
「そうだよね……でも、俺にも守りたいものはあるから。俺だって、前とは違うからね。最後までやるよ。相変わらず過保護なところあるよね、メディは」
「お前には言われたくない」
思い切り怪訝そうな顔をしたメディアスに対し、エイドは何がと言いたげに首を傾げている。エイドの弟に対する過保護ぶりに比べれば、こんなのは大したことではない。しかし、自覚がないのでは何を言っても仕方がないのだった。
メディアスは額に手を当て、大きく息を吐く。
「何でもない。それより、まだ他にもタルトゥーガはいるんだろう。ここは、早く切り上げた方がいい。こっちの2頭は、俺に任せろ。ここまで弱っていれば、俺でもできる」
「いいよ、俺がやるから……」
「そっちの1頭が終わってから言え」
エイドを黙らせると、メディアスは地面に倒れる巨体に目をやる。そして、彼が両腕をタルトゥーガに向け、呟くように詠唱すると、その巨体が氷に包まれた。弱ったタルトゥーガは抵抗する様子も見せず、大人しくその中に収まっている。それは、まるでプリゾナ鉱山の中に封印されている個体のようだった。
メディアスは一度、瞳を閉じる。そして意を決したように瞼を持ち上げると、その両腕を勢いよく振り下ろした。すると、メディアスの意志に反応するように氷にひびが入る。
「同じ、か……」
自分で言った言葉を繰り返し、メディアスは空を見上げた。パリンと氷が砕ける音が、耳に届く。粉々になった氷の欠片が風に遊ばれ、舞い上がる。その先に、救援に来た組織員たちを乗せた機体が見えた。
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「あーらら、救援が来たみたいだぜ」
遠くからその様子を眺めているのは、巫女を抱えて去った、あの帽子の男だ。国外に逃げたのでは、という予想と反して、彼は再びこの地に舞い戻った。カウボーイハットから出ている、くるりと巻かれた赤毛が風になびく。
彼は、以前とは異なり、そこにいるだけで威圧感を放つ40代後半ほどの大男と共に行動していた。口数の多い帽子の男とは対照的に、短く切りそろえられた茶色の髪に、がっしりとした体格のこの男はあまり喋らない。
「旦那、あんた本気で潰す気あったのか?」
男の赤い瞳が、黙ったままの男に向けられた。
「……」
しかし、大男は瞼を下ろしたまま、口を閉ざしている。
「さっさとやっちまえばいいのに、わざわざ全属性使いの2人が来るのを待ってから行動に移すんだもんな~?」
男は、“わざわざ”の部分をわざと強調する。しかし、大男は表情の変化を見せずに、黙ったままだ。
「だんまりか……相変わらずだねぇ」
帽子の男は舌打ちすると、頭の後ろで手を組んだ。
「ま、あんたは“ワガママ姫”がいりゃ、なんでもいいんだろうけど」
「……あいつには、“例の話”をしていないだろうな?」
突然、大男が話に食いつく。すっと開けた瞼の内側から、夜空を思わせる黒い瞳が姿を現した。
帽子の男は、“ワガママ姫”という名で通っている少女の話になった途端、急に食いついて来た隣の男を見やり、口角を上げる。
「もちろん。言って、俺に何の得がある?ゴタゴタに巻き込まれるのはごめんなんでね。俺は、破壊が楽しめれば、それでいい。くく……それにしても、すぐ食いつくんだな」
大男は、きまり悪そうに顔を逸らした。
いつもは寡黙なその男が、とある少女の話題になると食いついてくる。その反応がなんだか面白くて、ついついからかってやりたくなるのだ。大男がそういう反応をするのは、この帽子の男がある秘密を握っているからなのだが。帽子の男にとっては、暇つぶしの良い玩具を手に入れたようなものだった。
「で、どうする?俺が代わってやってもいいぜ?」
帽子の男は話題を変え、ウルカグアリを見ながら狂気の笑みを浮かべる。煌々と光る赤い瞳に映った街は、まるで炎に呑まれているかのようだった。
だが、そんな帽子の男とは対照的に、大男は冷たく言い放つ。
「……騒ぎを大きくして目立つべきではない。今回は、これで退く」
「はぁ~、諦めがよろしいことで」
帽子の男はがっくりと肩を落とした。狂気も姿を潜め、すっかりやる気の炎は鎮火されてしまったようだ。はじめこそ大男の方を睨んだ彼だったが、しばらくして諦めがついたのか、ふうと大きく息を吐く。
「まー、俺もこれ以上迂闊に動くと危ないか。国内の監視がもう少し緩くならないことにはね。それまでは、旦那に任せることにするよ。今度は上手くやれよな。ワガママ姫のためにも」
からかい半分の帽子の男のセリフに、口は閉ざしたまま大男が冷ややかなまなざしを向ける。しかし、帽子の男はそれを気にする風でもなく、くるりと後ろを向いて歩き出した。大男の方も、少し遅れてそれに続く。
男たちが、再びウルカグアリを振り返ることはなかった。