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クラウン=コア  作者: 桜花シキ
第一部 プロローグ
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初任務②

 アブソリュート本部には、俺がさっき使っていた訓練場の他にもいろいろな設備がある。例えば、隊員専用の寮。俺やエイドの実家はこのアイテール内にあるのだが、緊急で任務が入った時にすぐ移動できる距離にはないため、ここの寮を使わせてもらっている。

 もちろん寮は有料だが、寮を借りている間は共同浴場を無料で利用できる。これは非常にありがたいことだと、入隊後すぐに実感した。訓練での汚れや疲労。そういうものを取り除いてくれる効果は絶大なのだ。あるかないかでは、次の日のモチベーションが違う。まぁ、個人的感想なのだが。

 他には、食堂や売店、講義を受けるための教室、集会用の大部屋など。まだあるのだろうが、入隊してからまだ数ヶ月だし、実際に利用したことがあるのはそれくらいだろうか。

 いや、これから行く最高司令官室もそうか。入隊初日に、わけあって顔を出した記憶がある。

 最高司令官室は、本部の最上階に位置している。エレベーターはあるものの、訓練も兼ねて隊員たちは階段を使うように言われている。急ぎでない限り、ソワンやネオ本人ですら階段を使用。ただ、体型を見る限り、ヴァイルだけは絶対違うと思う。

 何階まであるのか忘れたが、かなり上らなくてはならない。体力はある方だと思っているが、それでも最上階に着くころには疲れていた。


「これ、入っていいんだよな?」

 

 部屋の扉を前にして、いったん立ち止まる。


「呼ばれてるんだ、入らなくてどうする?」


「だよな」


「はは、なんだ、入るの怖いのか?」


 そうエイドに笑われて少しムッとしたが、的外れなことではない。こういうところに入るのは、何となく勇気がいる。しかも、相手はネオだ。誰だって好きでこんなところに入らないだろう。おまけに、俺は自覚もしているが、人見知りだ。普通に話せるのは、エイドとその両親、あと幼なじみくらいか。

 しかし、そうして立ち止まっている訳にもいかない。入ってしまえば、そんなに緊張もしないだろう。


「べ、別にそんなんじゃない。ふー、よし」


 呼吸を整え、俺は最高司令官室の両開きの扉を開いた。


 中で待っていたのは、入って正面にある仕事机に座る最高司令官ネオと、俺を見るなり不機嫌そうに鼻を鳴らすヴァイル、そして顔色こそ変えないものの、こちらをじっと見つめているソワンの3人だった。

 以前にもここに来たことはあるが、いつ来ても何だか重圧を感じる。3人を前に、俺とエイドは並んで立った。そういえば、何となくエイドがくっついて来ていたが、必要あったのだろうか。まぁ、俺を連れて来いと言われたのだから、そうなのか。


「よく来てくれたね、ファス」


 丁寧に挨拶から入るネオに対し、大体これからの流れが予測できた俺は、前置きが面倒だった。


「……本題だけ聞く」


 随分とそっけなく言ってしまった。自分でも態度が悪かったかもしれないと、少し思う。誰かと話すのは得意じゃないし、本当にコミュニケーションは難しい。


「なんだね、その口の利き方は──」


 案の定、ヴァイルがそんな俺の態度に突っかかってきた。


「ヴァイル」


「……はい」


 余計に話が長くなってしまうかとうんざりしたが、そこはネオの鋭い一括で収まる。


「では、さっそく本題に入ろう。君はまだ15歳、本来なら戦闘任務に参加できる年齢ではない。しかし、戦闘員の不足問題もあって君にも手伝ってもらえないかという話になった。君の実力を見込んでの頼みだが、もちろん断ってもらっても構わない」


 別に驚きもしなかった。予想していた通りのことだ。悩むまでもない。


「任務内容を教えてくれ」


 俺は即答した。


「すまないな、ありがとう」


 ネオは深く頭を下げた。その斜め後ろで、ヴァイルが苦い顔をしている。俺のことを話に出したのはあんたなんだろう。ネオが俺に頭を下げることが気に喰わないからといって、そういう顔はないんじゃないかと思った。

 ヴァイルを見ていたら気分が悪くなってきたが、それに追い打ちをかけるように、ネオの口からとんでもない言葉を聞かされる。


「それから、補助員として諜報部隊員エイド=オプセルヴェを同行させる。彼のことは、君の方が分かっているね」


「なっ!?……あ、ああ」


 同行するという話までは聞いていなかったので、俺の左隣に立つエイドを睨んだ。すると、エイドはそっぽを向いて外の景色を見ているフリをする。さっき聞いていたら、絶対反対したのに。それを分かっていて隠したのか。実戦は訓練とは違う。“あいつ”が出てくる可能性が高くなるに違いない。過去のこともあるし、エイドと一緒には行きたくなかった。

 しかし、俺には常に“監視員”が必要なのだ。俺の“特殊体質”をちゃんと理解している監視員が。それを俺はすっかり忘れていたわけで、心の中で舌打ちした。確かに、一番の理解者はエイドだ。彼となら任務がやりやすいのも否定しない。彼のことだから、自分から名乗りを挙げたのだろう。

 もう一度エイドの方を見たら、『どうせ誰かがやるなら、最初くらい俺がやった方がいいだろ?』と言うような顔をしていた。確かに否定はしないが、エイドを連れて行かなくて済む方法があるなら、ぜひそうしたい。

 

 しかし、エイドが来なければ別のやつが来るわけで。それはそれで、賛成しかねる。結局いい考えは思い浮かばず、そうしているうちに任務内容が言い渡されてしまった。


「今回の任務は、ニュクス村を襲っているというプリュネルの討伐だ。先日、その村の者から相談があった」


 ニュクス村は、ここから東にずっと行ったところにある小さな村だ。特に何が有名というわけでもないが、名前くらいは聞いたことがある。


「おかしいな……プリュネルは普段おとなしいのに。どうして村を襲ったリなんか……」


 俺の横で、エイドは考え込んでいた。危険生物(モンスター)のことなら、エイドはよく知っている。今回の任務内容に何か疑問を感じているようだ。


「君の言う通り、我々も疑問に思っている。その調査も兼ねて、お願いしたい」


「そうですね。諜報部隊員としても、この件は気になります」


「この任務は、プリュネルの苦手属性である光のコアを持っている君たちに有利であると判断した。よろしく頼む」


 エイドは元々すべての属性に対応しているが、俺の使用できる属性は光と闇。しかし、通常使えるのは光のみで、闇の方は……時と場合による。なるべく使わずに済ませたい力だ。


「ファス=ウィズ、エイド=オプセルヴェの2名は、この任務に当たる他の隊員数名と共に、明日さっそく出発してもらう。午前0時、正門前に集合。住民の安全を第一に動け」


「了解しました」


「……分かった」


 返事はしたものの、後でエイドに何か言ってやらなくては。

 そんなことを考えていると、ネオがソワンを気遣ってなのかこんなことを言った。

 

「ソワン、何か言っておくことがあるなら、発言を許可する」


 これは、明らかに隊長として隊員にアドバイスしろと言っているわけではない。母親として、息子たちに伝えることはないかということだ。

 ソワンは少し考えてから、俺たちに言葉をかける。


「──生還命令です。絶対、戻ってきなさい」


 あくまで隊長としての顔は崩さなかったが、心配してくれているようだ。


「では、下がりなさい。任務開始まで、しっかり休息をとること」


 エイドは一礼して、部屋を出て行く。俺も軽くだけ頭を下げて、その後を追った。


****


「おいエイド、どういうつもり……」


 部屋から離れ、階段を下りながら俺はエイドを問いただしてやろうと思った。しかし、エイドは俺がどういう反応を見せるか予期していたようで、言い終わる前に俺の考えを言い当てた。


「どうせ、“あいつ”のことが気がかりなんだろ?俺は大丈夫だよ」


 エイドは何の心配もしていないかのように、あっさり大丈夫だと言った。


「お前、自分が危険なこと分かってるのかよ!?」


「そんなに危険だとは、思わないんだけどなぁ」


 俺が声を荒げるも、エイドは楽観的な様子だ。


「“あいつ”は危険なんだ。何かあったら、すぐに逃げろよ」


「逃げるっていっても、一応、監視員だからなぁ。何かあったら俺が何とかするさ」


「何とかって……できるのかよ?」


「自信がなきゃ、俺だって引き受けないよ。信じろよ、兄貴を」


 また兄貴面をしてくる。本当の弟ではないし、なんで俺なんかのために自分を犠牲にできるのか。俺には理解できなかった。


「……兄貴じゃないだろ」


「頑固だなー。まぁ、お前らしいけど」


「とにかく──」


「あ、俺ちょっと寄る所あるから、また後で!」


「おい!」


 まだ言うことはあったのだが、エイドは何かを思い出したように階段を駆け下りていってしまった。


「何なんだよ、あいつ……」


 エイドに不満を抱きながら、俺は階段を下りていった。すると、エイドと入れ違いになるようにして、タンタンタンという音が下から聞こえてきた。だんだんとその音は大きくなる。どうやら、誰かが上ってきているようだ。


「ファス!戦闘任務に参加するってホント?」


 誰かと思えば、青く、ウェーブがかかった髪を乱しながら、息を切らしてひとりの少女が駆け上がってきたのだった。

 黒地に青いラインの入った制服の左胸に輝く隊員証(コアバッジ)には、青と黄の石がはめられている。


「ルーテル、どうしたんだよ慌てて」


 彼女は、ルーテル=メイア。同い年の幼なじみで、俺の特殊体質を知るハーフマーメイドの少女だ。持ち前の明るさと優しさ、おまけに誰が見ても可愛いと思うであろう容姿。アブソリュートに入る前からファンクラブができているほどの人気者で、今年、俺と同時にアブソリュートの救護部隊に入隊した。

 彼女の場合、父親がマーマンで母親が人間ヒューマのハーフマーメイドだ。ハーフマーメイドは、幼いころに陸と海、どちらで長く生活していたかによってその後の運命が大きく左右するらしい。

 陸で暮らしていれば、歩くことはできるが泳ぐことはできない。逆に海で暮らしていれば、泳ぐことはできるが歩くことはできない。ルーテルの場合は前者だ。

 彼女は、泳ぐことができない。しかし、それを除けば人間ヒューマとほとんど変わらないのが、陸系のハーフマーメイドの特徴だ。

 ルーテルは、呼吸を整えると青い瞳で俺を見上げる。


「慌てない方がおかしいよ!もう噂が広がってるし、やっぱりホントなの?」


 すごい勢いで詰め寄られ、少し戸惑う。


「まぁ」


「まぁ、じゃないでしょ!?危ないんだよ?何が起こるか分からないんだよ?」


「落ち着けよ、ルーテル。お前にそういう反応される方が怖くなるし」


「う……ごめんなさい」


 ルーテルは、ぴたりと話すのを止めて、ぺこっと頭を下げた。


「別に、謝るほどではないけどさ。危ないのは俺じゃなくて、俺の周りにいるやつらだ。それなのに、エイドの馬鹿は、勝手についてくる気でいるし……」


 ルーテルは俺の心配をしてくれているようだが、俺自身はどうなろうと別に構わない。ただ、俺のせいで、もしも誰かが傷ついてしまったら。そう考えると、俺はそっちの方が心配だった。

 俺は結構深刻に考えていたのだが、突然ルーテルがクスクスと笑いだした。


「ふふ、ファスはエイドが大好きなんだね」


「は?」


 何を言い出すのかと思えば、どうしてそうなるのか理解できない。


「こっちから見てると、すごく仲良しなんだなぁって思うよ」


「どこがだよ?」


 俺が難しい顔をしていると、話に割って入るように、隊員と思われる青年がルーテルの名を呼び走ってきた。


「ルーテルちゃん!ルーテルちゃん!」


「どうしたの?」


 青年の様子からして、随分と急いでいるようだ。青年はルーテルの前で立ち止まり息を整えると、顔をあげて答えた。


「また君のお父さんが海岸にうちあげられちゃってるよ!」


 それを聞いたルーテルは、驚いた声をあげながらも、呆れたような表情を見せた。


「嘘っ、また!?ごめんね、ファス。私ちょっと行ってくる!あっ、ファスは部屋に戻って休まないとダメだからね!」


 案内してくれる青年の後を追いながら、慌ただしくルーテルはそう言い残し去って行った。


「あ、ああ……お疲れ」


 泳ぐことのできない娘に会うため、時々……いや、かなり頻繁にこうして父親が海岸にうちあげられている。海岸に近づきすぎることが原因で、しばらく誰にも気づいてもらえず、死にかけたこともあるとか。彼女に対する父親の溺愛ぶりは、かなり有名な話。彼女に手を出そうと企む輩がいようものなら、海に沈められると噂がたっている。

 まぁ、それはさておき。ルーテルの言う通り、任務の前に少し休んでおいた方がいいだろう。


「今は午後5時か……早めに夕飯食べれば、それなりに眠れるな。それにしても、エイドはどこまで行ったんだ?」


 壁に取り付けられた時計に目をやると、針がそう指し示していた。

 エイドの心配はしつつも、俺だって初任務で緊張していないわけではない。早めに夕食を済ませて、仮眠をとっておこう。“あいつ”のこともあるし、万全の体調で臨みたい。

 その後、すぐ食堂に直行し夕食を食べた。ちなみに、カレーライス。食堂で料理を作るのは、各5隊の隊員たちだ。ひと月ごとに隊がローテーションされて担当している。今月の当番は、諜報部隊。エイドの隊だ。カレーライスを食べてみたら、エイドが家で作る味と同じだった。たぶん、エイドが作り置きしていったものだ。いつの間にそんなことをしていたのやら……それよりも、そんなに働いていつ休んでいるのか。

 だが、エイドの料理が旨いのは事実。アブソリュート内でも1、2を争う腕前らしい。俺もまだすべての隊の料理を食べたわけではないが、今までの中ではエイドが一番だと思う。

 さて、夕食も済ませたし、ひとまず自室に戻るか。


読んでいただき、ありがとうございます。

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