連続爆破事件の調査②
ウルカグアリの地に降り立って、まず初めにエイドがしたことは、上空からでも見えた大穴を確認することだった。
「この大穴……」
エイドはその淵に立って、えぐられた地面を覗き込む。それを見たエイドは、嫌な予感に駆られた。
「それは、ウィズがやったものだ」
淡々とした口調のまま、エイドの隣に立ったメディアスはそう言った。
「──アンヴェールか?」
エイドは横目でメディアスを見る。大穴の方へ視線を向けたまま、メディアスは頷く。
「ああ。危うく、街まで壊されるところだった」
エイドは、予感が的中してしまったことに顔をしかめる。幸い、今回はそれで死者が出たというわけではないようだったが、やはり無理を言っても自分が一緒に行くべきだったのではと心の中で後悔した。
組織には、公にはなっていないものの、アンヴェールの存在を知る“監視役”が何人かいる。彼らは、その存在が危険だと判断した場合、攻撃しても正当防衛とみなすという条件のもと、その役を引き受けている。だから、もし監視役がメディアスでなければ即座に行動に移されていた可能性が高いのだ。
あの時、エイドが一緒に行けなかったのは、他でもない。ニュクスの事件を調査していたからである。ファスと……アンヴェールと別行動になってしまうことにまったく不安を感じなかったかと言われれば嘘になる。しかし、ニュクスの時にはファスと入れ替わって暴れてしまったとはいえ、それ以前は随分と大人しいものだった。たまに出てくることはあってもエイドの前では、危険な言動はあっても、それを実際に行動に移すことはなかった。
だから、今回は大丈夫かもしれないと思ったのだ。しかし、そしたらこの有り様である。エイドが心配しているのは、もちろんそのせいで誰かが犠牲になってしまうこともそうだが、それによって弟が何らかの処罰を受けることだった。
しかも、過去にもその関係でもめ事になっている。その時は何とかなったものの、次はないと釘を刺されているのだ。エイドは、ファスにも、アンヴェールにも本当の弟のように接している。だから、“アンヴェールが消えれば、何も問題はない”と、某隊の副隊長が言った時には本気でキレたことがあった。
「そっか……後で言っとかないとね」
ふう、とエイドは深いため息をついた。
「お前の言うことは聞くのか?」
自分の忠告には聞く耳を持たなかったアンヴェールのことを、メディアスは思い出す。
「まぁ、ある程度は。ファスはともかく、アンヴェールは気まぐれだからね」
「ちゃんと忠告しておけよ。何かあってからでは遅いんだ。ウィズがこれ以上危険視されれば、いくらお前でもどうにもしてやれないぞ」
「それは……」
メディアスはエイドの考えを見透かしたように、心配していたところを突いてきた。さすがは幼なじみだと、エイドは感服する。
「嫌なら、そうなる前に手を打っておけ。……折角、本気になれるものを見つけたんだろう?また昔に戻るなよ」
表情は硬いし、言うことは厳しい。それは誰もが分かっていて、彼が敬遠される理由でもある。しかし、長い付き合いのエイドには、それが表面上の装甲であると分かっていた。本人が気づいているかは知らないが、言葉の節々には優しさが見え隠れしている。本当は、誰よりもみんなのことを想ってくれているのだろう。それがちゃんと伝わっていないことをもどかしく思いながら、エイドは頷くのだった。
アブソリュート隊員の到着を聞きつけたのか、復興作業に追われていた番人たちがぞくぞくと集まってくる。
「おぉ、あなたはあの時の!ノエルの居場所は分かりましたかな!?」
その中から、年老いた男が現れ期待の眼差しで見つめてくる。行方不明の巫女の祖父だ。その表情に、まだ何も進展はないと伝えるには気が引けた。何と答えようか迷っていたエイドより先に、メディアスが口を開く。
「すまない、それはまだだ」
実に簡潔な答えだった。
「そう、ですか……」
予想通り、老人はがっくりと肩を落とす。しかし、回りくどい言い方でごまかすより、はっきり本当のことを言ってよかったのかもしれない。エイドは、自分だったらその方がいいなと思った。
「今日は、爆破の件の調査をしに来た。……巫女は、見つかり次第こちらに送り届ける」
今回の訪問内容を伝えた後、さらっと巫女の存在を気にしているあたりは、彼なりの優しさだ。ただ、そこでもあまり声のトーンが変わったりはしないので、親しい間柄でなければそれがそういう意味だとは気づいてもらえないだろう。
案の定、老人はしゅんとしたまま俯いていた。
「メディ、お前絶対損してるよ」
それを見ていたエイドの口から、たまらずそんな言葉が出た。
「何の話だ?」
しかし、メディアスは何のことだか分からないと言いたげに眉間にしわを寄せ、険しい表情になる。初対面者が見たら、瞬時に固まってしまいそうだ。その様子に、やっぱり損をしていると思いながらも、何でもないよとエイドはごまかした。
****
番人たちに事情を話し、プリゾナ鉱山に入る許可をもらう。崩れた入り口は、前回より少し広がっていた。
崩れてこないか慎重に確認しながら、エイドとメディアスは中に入る。砕かれたプリゾナ鉱石の所々には、黒っぽいものがこびり付いていた。それに対して、プリゾナ鉱石が変わらぬ輝きを放っているのは、どこか気味が悪い。
2人は、それぞれに何か犯人の特定ができそうなものは残っていないかと調査し始める。
「どうだ?」
しばらくして、メディアスがエイドに尋ねる。エイドは片膝をついて、何かを採集していた。
「火薬が残ってたから、本部に持ち帰って調べてみるよ。ニュクスでも採取してあるから、同じかどうか確かめないと」
そして、エイドは地面に右の掌をつけた。そのまま瞳を閉じ、意識を掌に集中する。これは、そこに残る残留魔法を辿る方法のひとつだ。あまり時間が経ちすぎていたり、魔法の使用者が何らかの方法で残留魔法を消していたりすると読み取りは困難だが、解読できれば使用者の有力な手がかりになることも多い。
しかし、この方法は誰にでもできるという代物ではない。センスがないと、難しいものだ。それは練習でどうこうなるものではなく、“やってみたらできちゃった”というような感じだ。要は、できる者には最初からできるし、できない者はいつまで経ってもできない。
エイドは、いい意味でも悪い意味でもあらゆる物事をバランスよくこなせる。本人は突出した能力は何もない、器用貧乏だと気にしているようだが、周りにしてみれば軒並み能力の基準が高い彼のどこに貧乏要素があるのかとブーイングの嵐だ。
そういうわけで、自称器用貧乏のエイドは、残留魔法を辿ることができる。しばらく意識を集中していたが、読み取りを終えたのかその目を開いた。
「ここも爆薬と火の魔法を合わせて爆破してある。火の何の魔法だろう……いくつか可能性はあるけど、どれにしてもかなり強力な火の魔法が使ってあるみたいだ」
「誰にでも使えるわけではないんだな?」
「うん。相当強力な火のコアの持ち主だろうね。本部に戻ったら、火のコア持ちの資料を調べてみるよ。これだけの力を持ってるなら、何かしら記録が残ってそうだしね」
メディアスに残留魔法を辿る力はないのでどれほどの魔力なのかは想像し難かったが、エイドの表情がいつになく硬いことから、相当のものなのだろう。組織にはエイド以上の実力者ももちろんいる。現在、救護室で休養中のフォグリアもそれだ。しかし、だからといってエイドの力を軽視してはいけない。実力としては、上から数えた方が早い位置にいることは確かだ。
そのエイドが“相当強力”だと言うのだから、見えない敵にいくらか恐怖を覚える。おそらく、それが巫女をさらった犯人のため、嫌でもどこかで接触することになるだろう。犯人は、いったい何のために巫女をさらったのか。一連の爆破事件の裏で何が起こっているのか。
言い知れぬ不安の中で、確実にそれは動き出していた。




