脱走した植物を追え!⑤
俺が救護室に運ばれてきてから、ルーテルは俺や、彼女の盾になった隊員たちの看病のため、せわしなく動いていた。治るまでここにいると言い張っていたが、騒動の翌日、様子を見に来たメディアスに、講義を受けに行けとつまみ出された。
ルーテルをつまみ出した後、メディアスは俺のベッドの傍に来て様子を確認する。まだ噛まれた翌日だし、体は全くと言っていいほど言うことをきかない。この感じだと、本当に3日はかかりそうだ。
いろいろと体調を聞かれている時、メディアスがぽつりと言葉を漏らした。
「救護室は、もう患者でいっぱいだぞ。まだ、ウルカグアリの患者もいるんだ。これでは、2日後がどうにもならんな」
どうにも、メディアスの顔色が優れない。まぁ、タルトゥーガの被害を受けた番人たちの治療がまだ続いている中で起こった、今回の騒動だ。疲れているのも無理はない。
しかし、どうも2日後という言葉が引っかかる。昨日、3日後と言っていたものと、おそらく同じものだ。
「昨日も、3日後がどうとか言ってたけど……何があるんだ?」
気になったので、思い切って聞いてみることにした。
「新入隊員の歓迎会だよ。入隊式自体は1月だったから、3か月くらい空いちゃってるけどね」
声のする方を見ると、とぼとぼと部屋を後にするルーテルと入れ違いに、エイドが部屋に入ってきた。
「毎年、なるべく任務が立て込んでいない時期を狙ってやるんだけど、今年はそれが2日後というわけ。参加者は新入隊員全員と、任務に行く予定のない時間のある隊員たち。……本当は、お前も対象なんだけどね」
「ああ……そういえば、そんなのがあったかも……しれないな」
今まで、俺は行事というものに参加したことがない。だから、少しは興味があったのだが、この状態では仕方がない。
「落ち込むなよ。これはこれで良かったと思うんだ。……身の安全は保障されるだろうから」
エイドは俺を気遣うような言葉を述べた後、随分と物騒なセリフを吐いた。なんか、身の安全がどうとか聞こえたんだが。身の安全が脅かされるようなことでもあるっていうのか?新入隊員歓迎会なのに?
「あながち、オプセルヴェの言うことも間違ってはいない。お前は事が過ぎるまで、ここで治療に専念しておけ」
追い打ちをかけるように、メディアスはそれを否定しなかった。
「本当に歓迎会なのか……それ?」
「えっと……うん、まぁ」
エイドが言葉を濁す。何かある。絶対、何かあるぞ。
言い辛そうなエイドに代わってその理由を答えたのは、同じく療養中のフォグリアだった。
「新入隊員歓迎会兼料理大会だよん。新入隊員のために、先輩隊員たちが料理を作って振る舞うんだよねぇ。別に正式な大会じゃないんだけど、誰かがそう呼び始めて広がったんだってさ。どこの隊が一番美味しいとか、結構競い合っちゃったりしてさぁ」
隣のベッドに寝ていたフォグリアは、ほとんど生活に支障がないくらいまで回復しているようだ。土のコアを持っていると回復が早いとも言われているが、それにしたって凄まじい回復力だな。
それにしても、料理大会って言ったか?エイドとメディアスの反応と料理大会……まさか。
「まさかとは思うけど、ソワンも……出るのか、その料理大会?」
料理と聞いて思い出すのは、オプセルヴェ一家だ。エイドとその父親は、もはやプロレベルと言っていいほど料理が上手い。
だが、ひとりだけその枠組みから外れているのが、エイドの母親であり、作戦部隊隊長のソワンだ。これは俺がまだオプセルヴェ家にきて間もない頃の話だが、ソワンの手料理を口にしてしまったことがある。その後、俺は数日間の記憶がない。
何があったのか俺自身はよく覚えていないが、おそらくあの料理が原因だったのだろうと容易に予想できる。その証拠に、エイドからはソワンの料理には気をつけるよう注意されたのだった。
普段はエイドやその父親が料理をしていて、ソワンが台所に立ちそうになると、全力で阻止していた光景が蘇る。それでも何度かソワンの料理を食べざるを得ないことがあったが、子供の時ほどではないにしても、かなりひどい目にあった。
そして、俺の予測は当たったらしく、エイドは困ったような笑みを浮かべながら頷いた。
「そのまさか、だね。料理は、各隊ごとに推薦された代表が作るんだ。まぁ、母さんの場合は自主的に手伝ってくれてるんだけど……」
ソワンならやりそうだな。エイド同様、頼まれてなくても、自分から仕事を引き受ける癖があるから。それがいい時もあるが、こういう時は遠慮してもらいたいと思ってしまう。
「止めなかったのかよ?」
「母さんは親切でやってくれてるし、その好意を無駄にしたくもないし……なにより、今年こそは大丈夫だからって、毎年リベンジに燃えてるから。母さん、頑固なとこあるだろ?」
ソワンは、料理が苦手であることを理解してはいるものの、壊滅的レベルであることは自覚していない。
試しに本人に食べさせてみたこともあるが、ソワンは「少し味が薄かったかしら?」などど、的外れな答えを返してきた。おまけに、本人の体調はなんともなかったから気づくはずもない。
味覚が、というか色々な部分の造りが俺たちと違うんじゃないかと思う。しかし、エイドの作った料理に対しての反応は俺たちと変わらないので、何を基準に味の良し悪しを決めているのか、その味覚は未だ未知数である。
「そして、毎年新入隊員がほぼ全滅するんだ。それを知っている経験者たちは、参加しなくて済むように、その日に任務を入れたがるようだが」
メディアスが深いため息をつく。
「2人は?」
「俺たちは、どっちも推薦されてるからね。作る側は食べなくてもいいんだ。まぁ、俺は止められなかった責任もあるし、最後に余った分食べてるけど……」
エイドはそうだろうと思ったが、メディアスも推薦されてるのか。まぁ、確かに作れそうな気がする。それにしても、食べなくてもいいのに、食べるのか……あの料理を。
「オプセルヴェ、毎回言うようだが止めた方がいい」
俺も、メディアスに同感だな。
「でも、そしたら被害が拡大するだろ?母さん、作る量が尋常じゃない上に、料理大会の規則として作ったものは完食が絶対なんだから。俺は食べ慣れてるから、軽く具合悪くなる程度で済むんだけど、みんなが心配だよ」
「毎年のことだが、ここも患者が入りきらなくなるんでな。軽度の患者は、寮か自宅で療養だ。今年も食べる気なら、覚悟しておけよ」
「分かってるよ、毎年恒例だし。自分で何とかします」
そういえば、毎年一度は必ずエイドが体調を崩して、しばらく家に戻ってきていたな。俺の様子を見に、任務帰りとかに家に立ち寄ることは多々あったが、体調を崩しているところを見るのは本当に稀だった。任務のし過ぎだと思っていたのだが、これのせいだったのか。
エイドは“軽く”と言っているが、そこまで軽くはなかったと記憶している。
「じゃあ、俺たちは任務が入ってるから、大人しくしてるんだぞ」
エイドは話を切り上げ、メディアスにアイコンタクトをとる。その合図に、メディアスは頷いた。今回は、2人とも同じ任務なのだろうか。
「アルラウネ、お前もな」
去り際、メディアスは俺の隣のベッドで休んでいるフォグリアに忠告する。
「はいよ~」
それに対し、フォグリアは元気に返事をした。なんだか、放っておいたらそのままどこかへ出歩いて行きそうだ。それを見たメディアスが、冷ややかな視線を送る。
「回復したのなら、お前は2日後参加できるが?」
「ゴホゴホ……あ~、具合悪いなぁ」
別に、咳は出ないだろ。明らかに仮病を使い、フォグリアは布団にくるまった。
フォグリアが大人しくなったのを確認してからメディアスは他の救護部隊員たちに後を任せ、エイドと一緒に部屋を出ていった。
布団にくるまったまま寝てしまったのか、隣から寝息が聞こえる。よくこんな短時間で寝られるもんだな……。フォグリアの寝息を聞きながら、俺は2日後のことを考えていた。
「はぁ……本当に大丈夫なのか?」
ソワンの料理を口にすること。その危険度は、俺も身をもって知っている。参加者が気の毒だとは思いながらも、俺は内心ほっとしていた。
次回は、また任務の話に戻ります。
世界で起こっている不可解な事件について、だんだんと触れていく予定です。




