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クラウン=コア  作者: 桜花シキ
第20章 大事なものを守るために
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望まぬ対峙①

 法管理局局長アンヘルを捕えるため、俺たちはテミスへ向かっていた。

 テミスへ行くための正規ルートは、テミスの監視員たちによって封鎖されているという情報を入手している。おそらく、アブソリュートの隊員たちを拒んでいるのだろうということが予想できた。

 できる限り、避けられるトラブルは避けて進むに越したことはない。あまり気は乗らないが、タルタロスの森を隠れ蓑に進む作戦となった。


 この森に来るのであればフォグリアが適任であったが、彼女は城への先攻部隊のため不在である。

 代わりに、彼女と和解した戦闘部隊のマレディクスが案内を引き受けてくれた。フォグリアほどではないにしても、彼も独自でこの森について調べていたらしい。和解したあと、フォグリアと森を調査する機会も増えたらしく、深い場所まで入らなければ問題なく案内できるとのことだった。


 エルフィアの操縦でタルタロスの森の入り口まで移動し、そこからは徒歩での移動となる。乗ってきたフェニックスは隊員数名に見張りを任せ、ファス、エルフィア、タリア、ロジャード、ルーテルと他数十名の隊員たちで新たにグループを作り、マレディクスの先導を受けながらタルタロスの森を進んでいた。


 この隊の中には、俺という例外を除き、ロジャードやルーテルをはじめとした入隊後3年が経過していない隊員も含まれる。本来であれば戦闘が絡んでくる可能性のある任務には参加できないことになっているが、今回ばかりは特例で認められている。理由は、彼らも早々に作戦への参加を決め、ファスの監視も任せられるからだった。

 ただし、実際に戦闘になった場合には緊急時を除き、後方で待機するよう命令されている。


 はぐれないようひと塊になり、マレディクスの先導を受けながら森を進んで行く。自らこの作戦への参加を決意した隊員たちで構成されているため、進行はスムーズだった。

 しかし、そう簡単に行かせてもらえるほど、黒幕のディオスという男は甘くなかった。もしくは、その仲間であるテミス法管理局局長アンヘルの機転かもしれないが、こうなることも予測していたのだろう。先回りしていたのか、おそらく木の上から様子を伺っていた大男が、隊員たちの前に立ちふさがった。

 その大男は、ファスにとっても、先導していたマレディクスにとっても見覚えのあるものだった。


「お前は、あの時の……」


 マレディクスが後続の隊員たちの歩を制し、大男――シランスを睨んだ。

 俺も、「最後の砦」のバルドに作ってもらった新しい剣に手をかける。隊員たちも警戒態勢に入る中、シランスはじっとこちらを見て、やがて静かに口を開いた。


「……時間がない。少しだけ、俺の話を聞いてくれ。その上で、どうするか決めればいい」


 そう言葉を紡ぐ彼から、敵意は感じられなかった。以前から、疑問に思っていたことだ。俺たちの前に立ちふさがるくせに、戦いを好んでいないような不思議な男だった。

 シランスは、こちらの返事を待たずに話し始める。


「ルインディアは、破壊に取り憑かれている。だが、それはあの子のせいだけではない。俺たちの弱みにディオスがつけ込んできたとき、あの子を守れなかった俺に責任はある。今思えば、一番辛かったであろう時期に、傍にいてやれなかったことが悔やまれる……」


 彼の口から出てきたのは、彼と共に行動していたあの少女の名前だった。今は一緒に行動してはいないようだが、その口ぶりからは仲間以上の何かが感じられた。


「あの子を助けてくれないか。共に沈んだ俺では、あの子を引きあげることができない」


 そう頼んできた彼の表情は、ひどく真剣なものだった。


「お前は、力に憑りつかれたあの子の目を、一瞬であっても覚まさせた。まだ力に縋ることしかできないあの子を助けられるのは、お前しかいないのではないかと思う。ディオスと同じ……いや、それ以上の闇の力を持ち、世界防衛組織の隊員として、誰かを救うことを生業としているお前しか」


 その視線は、俺に向けられていた。

 あの時、アンヴェールはルインディアに圧勝した。その時の彼女の表情は、信じられないものを見たかのようだった。自分の力を過信し、それが破られることがあるなど、思いもしなかったのだろう。

 その出来事が、彼女の目を覚まさせたのだと、シランスは言う。


「力に縋ることでしか生きられなくなったあの子を、救ってくれ。強大な力の呪縛から、解放してやってくれ。どうするかは、お前に任せる。あの子を救ってくれるのなら、俺はお前たちに協力しよう」


 どうやって救ってほしいのか、どうやって解放してほしいのか、その要望は口にしなかった。

 ただ、敵であるはずなのに、「ルインディアを救う」という条件さえ呑めば、こちらに協力してもいいという。そうまでして、あの少女のことが大切なのか。ただの仲間にしては思い入れが強すぎるようにも感じられた。



「おいおい、そんな命令されてたか?」


 そんなシランスの言葉を遮るように、聞き覚えのある声が耳に届く。

 シランスの背後から、右手に炎を生じさせた男が歩いてくる。暗い森の中で、その炎に照らされた赤い瞳が怪しく光っていた。連続爆破事件の犯人、デゼルだ。

 アンヴェールの暴走の際、姿をくらましていたようだが生きていたらしい。デゼルは俺の顔を見ると、明らかに憎悪の表情を浮かべた。そのままシランスに向かって言葉を放つ。


「瀕死になってた俺を助けてくれたのは旦那だし、一応恩義は感じてるんだわ。だから、今すぐそこをどけば見逃してやるんだけど?」


「いつもは命令破り常習犯のお前が、珍しく計画が円滑に進むように働いているんだな」


 今にも攻撃してきそうなデゼルと、シランスは向き合う。


「そういうつもりじゃないが、そのガキのことは放っておけないもんでね」


「また潰されに行くのか?」


 シランスは、挑発するようにデゼルを見て笑った。ごう、とデゼルの右手の炎が大きくなる。


「あんた……あぁ、分かったよ。邪魔するっていうなら、あんたから潰してやる」


 抑えようとしているが、苛立っているのがこちらにも分かる。いつもの余裕あり気な笑みは消え、その瞳には煌々と怒りの炎が灯っていた。

 そんなデゼルから俺たちを庇うように、シランスが前に立つ。間もなくデゼルの炎が飛んできたが、シランスは土壁を形成して防いだ。


「あの子に罪を負わせたのは俺だ。我儘わがままと分かっていながら、それを聞き届けることがあの子への罪滅ぼしになると、自分を勝手に許そうとしてしまっていた」


 敵に助けられて呆気にとられる俺たちを後ろに、デゼルの方を向いたままシランスが口を開く。穏やかなその口調からは、後悔がにじみ出ていた。


「シランス……お前は一体、何者なんだ? 本当に俺たちの敵なのか?」


「──ラントだ。ラント=エカーチェ、それが俺の本当の名前だ。すべてが終わって、興味があるなら調べてみるといい」


 俺の問いかけに少し思案した後、そう答え、デゼルと本格的な戦闘に移っていった。

 案内役のマレディクスは、困惑しながらも移動するなら今の内だと判断する。俺たちはその後を追って、攻撃をかいくぐりながら先を急いだ。


****


「ソワン隊長、クヴァレが現れました!!」


 本部で慌ただしく動き回っていたソワンの元に、ひとりの隊員が報告にやってきた。

 大水母おおくらげクヴァレ。ひとを襲うこともある、言葉を話す凶暴な水母だ。組織が捕らえていたところを何者かが逃がし、その行方はファスたちが対峙したあと分からなくなっていた。

 新たに舞い込んできた問題に、ソワンは頭を抱える。


「状況は?」


「海岸付近で暴れているとの目撃情報がありました。人魚など、海の種族に被害が出ている模様です」


「急ぎ向かいます。水と相性の良いコアを持っている隊員に同行するよう伝えてください」


「隊長自ら動くのですか?」


 出発の準備を始めたソワンに、隊員は目を丸くする。


「こんなときに動けないような、お飾りの隊長でいるつもりはありません」


 すぐに作戦部隊副隊長ヴァイルの元へ向かい、この件について話し合う。どんなに嫌な相手であれ、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「副隊長、このクヴァレの件、何が目的と見ますか?」


「時期を見ても、やつらの仲間であることは容易に想像できる。ならば、こちらの混乱を招くためだろう」


「あとは、人員を割かせて私たちを城に近づけないためでしょうか」


 海は、城とは反対の方向にある。戦力の分散や、時間稼ぎというのは考えられた。


「ふん、何が目的であれディオスという男が元凶であることに変わりはあるまい。やつらが元凶を取り押さえれば片が付くことだ」


「私たちは、今できることをするしかありませんね」


 副隊長の刺々した物言いを聞きながら、ソワンは久しぶりに剣をとった。戦いは好きではないが、大きな敵に立ち向かう後輩たち、そして夫と息子たちのことを考え、自分を奮い立たせる。

 上司として、妻として、母として、自分が逃げるわけにはいかない。彼らを失うこと以上に、怖いことなどないのだから。


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