革命⑤
上層部での会議が終わった後、各隊の隊長たちから「任務」について説明があった。
予想通り隊員たちはざわつく。猶予は与えられたが、急を要するため考える時間はあまりに少なかった。正午までに進退を決めるように伝えられた隊員たちは、ある者は不安そうに誰かと相談しながら、ある者は苛立ちながら、ある者はただおろおろとしながら──様々な反応を見せながら、自分がどうすべきか決めねばならないという状況下に置かれていた。
そんな中、早々に残る決断をした隊員たちには、これからの指令が与えられ、準備が進められていた。
一連の事件の根源であるディオスを捕らえるため、城に乗り込む部隊が最初に編成された。精鋭の隊員で編成された部隊を率いて、デモリス、リード、テンダーという同期の三大隊長がディオスを取り押さえる算段になっているが、彼らが城に乗り込む前に状況を確認するために先攻部隊が出動することになっている。
先攻部隊として、戦闘部隊員フォグリア=アルラウネ、救護部隊員メディアス=クラスト、作戦部隊員ゼロ=グランソール、運搬部隊員サナキ=ヴェイキュール、諜報部隊員ラウディ=ハーンが選出された。
「このメンバーなら、俺の立ち位置にいるべきなのはエイドだったんだろうがな」
この組み合わせに、ゼロ以外との繋がりが薄いラウディは、少し居心地が悪そうに言った。同期ではあるが、所属する部隊が違えばあまり接点がなくてもおかしくはない。
「もしもの話をしても仕方あるまい。それに、お前の力は認めている。何も不足はない」
「期待されても困るぞ」
エイドの親友であるメディアスの言葉に、この件についてこれ以上触れるのはやめることにした。エイドと交友関係にあった彼らも、今回の選出には思うところがあるはずだ。しかし、現状、これはどうにもできない。
彼らが自分の中で気持ちの整理をつけている様子は窺えたので、ラウディも任務に集中することにした。同期の中でも黄金世代と呼ばれる彼らと共に任務に参加できるというのは、ラウディにとっても十分すぎる条件だった。
「まぁ、あたしたちは無理して戦うんじゃなくて、様子見がお仕事だからねぇ。本命はデモリス隊長たちじゃん?」
フォグリアの言うとおり、この5名で面倒事に巻き込まれた場合、実質の戦闘要員はフォグリアとゼロに留まるだろう。無理に危険に突っ込んでいくには心許ない。
「戦闘部隊、運搬部隊、諜報部隊の隊長が一気に動くっていうのは、これだけ頼もしいもんなんだなー」
サンダーバードの操縦をしながら、サナキは自分たちの隊長のことを思った。
最強の男とも呼ばれるデモリスはもちろん、若くして隊長の役に就いた運搬部隊のリード、諜報部隊のテンダーもかなりの実力者である。
「うちの隊長も、いざという時は真面目に働くからな」
組織で起こる問題の半分は彼による悪戯だと言われることもある(実際、嘘ではない)諜報部隊隊長だが、その立場が名ばかりではないことは、付き合いが長い者であれば知っている。
日々の悪戯には手を焼きつつも、任務に支障は出ていないため、ラウディも黙認している部分があった。
「それだけ難易度の高い任務だということだ。私たちが気を抜いて、隊長たちの足を引っ張ってはならない。気を引き締めていくぞ」
淡々とした口調で、ゼロが忠告する。
「分かってるさ。まず、作戦を聞こうか。頼むぜ、ゼロ」
いつもと変わらない調子のゼロにラウディは安心しつつ、これからの動きを頭に叩き込んだ。
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デモリスから「任務」が言い渡された時、ファスはすぐに覚悟を決めた。
正午を待たず、早々に決断したファスにも指令が言い渡されていた。デモリスたちがディオスを捕らえる一方で、ファスはテミスの局長であるアンヘルの捕獲を命じられている。
先日のアンヴェールの一件もあるため、ファスと行動する隊員の選出には注意が払われていた。様々な可能性を考慮しても、ファスの戦闘に関する能力は認められており、どういった反応を見せてくるか分からないアンヘル相手には、戦力はあるだけ欲しかったというのが最高司令官ネオの考えである。
まずは説得を試み、戦闘になりそうならファスが出ることになっている。
ファスと行動を共にするのは、先日の一件で進展のあったロジャードと、入隊初期のころから事情を知りつつ協力してくれていた運搬部隊のエルフィア、後方支援として幼なじみのルーテル、そして、自信なさげでありながらも緊急事態の時には実力を発揮する自己暗示の激しいエルフィアの親友タリアとなった。
タリアにもファスの事情は聞かされたが、彼女は「が、頑張ります……」と了承している。今回のタリアの役回りは、ファスに何かあったとき皆が逃げる時間を確保するための戦闘要員だ。彼女自身は謙遜するものの、その力は密かに認められているのだった。
本来であれば、文句なしでファスの監視の立場は元教官レオンであるはずだった。
しかし、事情が分かってしまった以上、彼は今回の任務から外されている。それに、もう組織からは抜けているため、一般市民と変わりはない立場なのであった。
「俺は行けないが、あの馬鹿兄貴ちゃんと連れ帰って来いよ。俺に一発殴らせてくれるんだろ?」
「それは知りませんけど、必ず連れ帰りますよ」
出動前、軽口を叩きながらレオンは見送りに来てくれた。まだ安静にしているように言われているようだが、メディアスがいないことをいいことに、勝手に救護室を抜け出してきたらしい。
軽口を一言二言交わしてから、レオンは救護室に戻っていった。俺たちの間にはそうした会話がほとんどだが、教官の口車に乗せられて、知らず知らずのうちに本音を吐かされていることもあるので侮れない。
教官とは別に、育ての親と言っても過言ではないソワンとアムールも顔を出していた。
ソワンもアムールも仕事があるはずだが、その間を縫って来てくれたのだろう。特に、ソワンは作戦部隊隊長という肩書きもあって、自由には動けない。エイドを探しに行きたい気持ちもあるはずだが、独断では動くことができないのだろう。
「俺には気の利いたことは言えない。ただ、エイドは連れて帰る」
「……十分よ。でも、まずはあなたが無事に帰ってくること。約束よ?」
そう声をかければ、ソワンとアムールは目を丸くしたあと、目尻を下げた。
エイドは城で身柄を預かられている──あの報道が本当であれば、今回の任務で誰かはエイドと接触する可能性が高い。俺はテミスの方へ向かわなくてはならないため、すぐに城へ行くことはできない。
だが、こちらが片付いて、城の方がまだ片付いていなかった場合は加勢することが許可されている。その時は、俺がエイドを探しに行くつもりだった。
いくら組織の一員とはいえ、今回ばかりはエイドが無事で済むか分からなかった。もし、他の隊員が先に見つけたら──最悪の事態も、考えざるを得なかった。
「無理はしないこと──そう言っても、君は聞かないだろうね。でも、君が傷つくことで悲しむひとがいることを忘れてはいけないよ」
それは、君も分かっているだろう?
そうアムールは穏やかに微笑む。この人は、普段あまりうるさく口を出さないが、周囲の変化には敏感なようだった。
ロジャードの一件があってから、俺の心にも少し変化があった。今までは、自分のことなどどうでもいい、なるべく他者と関わりたくない、そんな逃げの姿勢だった。だが、今は身近なひとのことは守りたいと思うし、傍にいてほしいと願う。
久しぶりに教官とも話して、「生きること」についても考え始めた。
色々な意味で、俺は変わってきたのだと思う。
アムールの言葉に頷いて返すと、
「いってらっしゃい」
そうソワンと共に声をかけられる。
この見送りの挨拶は、無事に帰ってくることへの祈りでもあるのだと、誰かが言った。
「いってきます」
俺はそれに了承の意を返し、任地へと赴いた。
 




