タルトゥーガ討伐戦⑤
しん、と一瞬静寂が走る。ファスの異変に気がついたのはメディアスのみならず、徐々に距離を詰めてきていたタルトゥーガたちも同様だった。
そして、ファスが顔をあげて再び目を開いたとき、その瞳は白く変化していた。ファスとアンヴェールが切り替わった証拠だ。表に出たアンヴェールは、ひとつ伸びをするとニヤリと微笑む。
「やっと僕の番だね。ずっとウズウズしてたんだよ。あ~、それにしてもあの馬鹿、左腕駄目にしちゃってるじゃないか。僕もこの体使うんだから、気をつけてほしいなぁ」
そう言って、アンヴェールは右手にグラディウスを持ち替えた。その刃には、黒々とした闇がまとわりついている。
只ならぬ様子を察知したタルトゥーガたちは、一斉に甲羅の中に身を隠した。その反応に、アンヴェールの傍にいたメディアスも身の危険を感じ、とっさに土でできた盾で全身を包み込む。
「こういうのは、派手にやるのが楽しいんじゃないか!」
メディアスが盾を形成したすぐ後、アンヴェールは目の前にいた頭や足を隠した状態のタルトゥーガ目がけて、闇を纏ったグラディウスを振り下ろした。
タルトゥーガが防御態勢の時に攻撃するなど、普通は考えない。しかし、アンヴェールはそんなことお構いなしだった。
まるっきり弱点だ何だということは無視して、甲羅のど真ん中に攻撃を叩き込む。すると、あろうことかピシリと音をたてて甲羅にひびが入り、そのまま砕け散ってしまった。さらにそこで留まらず、甲羅を砕かれたタルトゥーガは、アンヴェールの攻撃から生じた衝撃で地面にめり込んだ。その波動は地面を伝わり、アンヴェールのいる位置を中心にして、大きなクレーターを作り上げる。
衝撃が収まり、メディアスは盾を解除する。彼もまた、迅速な対応のおかげで大怪我こそ免れていたが、他の4頭のタルトゥーガもろともクレーターに飲み込まれていた。何とかその中から脱出し、穴の大きさを確認したメディアスは絶句する。これが、アンヴェールが危険視されていたわけなのだと、身をもって知った。
穴を覗き込むメディアスの横に、笑みを浮かべたアンヴェールが歩いてきた。まだ穴の中で身動きが取れなくなってもがいているタルトゥーガたちを見下ろし、右手を空に掲げる。すると、その手に闇の球体が形成され始めた。しかも、だんだんとそれは大きくなっていく。
「街まで壊す気か!?」
アンヴェールはタルトゥーガたちにとどめを刺すつもりなのだろうが、こんなものを使われては街まで破壊されてしまう。危機感を抱いたメディアスが怒鳴るが、アンヴェールがそんなことを聞くはずがない。
「さぁ、結果として壊れちゃったら仕方なくない?まぁ、僕にはどうだっていいし」
横目でメディアスを見て、ニヤリと笑う。
さっきまでとは、まるで別人だとメディアスは思った。説得すればどうこうなるような相手ではない。
「やらないとだめか……」
あまり使いたくはなかったが、状況が状況なだけに手段を選んではいられない。何とか注意が他に向いているうちに、アンヴェールの動きを封じなければならないと、メディアスは気づかれないように麻酔薬を取り出した。
しかし、アンヴェールは嘲笑う。
「そんな馬鹿なこと、止めときなよ。バレバレだから」
「っ!」
タルトゥーガに集中しているかと思えば、周りの動きもちゃんと見ていたようだ。メディアスの作戦は不発に終わり、アンヴェールの闇魔法は今にも発動しようとしている。
メディアスの戦闘能力が高いとはいえ、それは普通の救護部隊員と比べればの話だ。もしアンヴェールが出てきてしまった場合、メディアスが時間を稼いでその間に戦闘部隊員を呼ぶという話を、あらかじめエルフィアとしていた。ただし、その時はファスとアンヴェールを生かして帰すことは難しいだろう。それを分かっていたメディアスは、なるべくそうならないように考えていた。
しかし、限界だ。メディアスは覚悟を決め、アンヴェールの足止めをしようと構えた。だがその時、突然アンヴェールの動きが止まる。
「……おっと、いいところで邪魔してくるね。もう少し黙ってればいいのに……さ……」
アンヴェールが作り出した闇の球体が消滅する。そして、そのままアンヴェールは地面に倒れ込んだ。
メディアスは急いでその傍に駆け寄った。すると、意識はあるようで、むくりと起き上がる。また暴れだすかもしれないとメディアスは警戒したが、その必要はなかった。
「……あの馬鹿、いい加減にしろよ」
あの短時間で、どうしてこんな大穴が開くんだよ……。プリュネルの時も驚いたんだが、まだまだ序の口だったわけか。
「大丈夫なのか?」
「なんとかな……」
メディアスに支えられながら立ち上がる。
「ふらついてるぞ。お前はもう休んでいろ、後は俺たちがやっておく」
「……ああ」
本当は俺も手伝いたいが、またあいつが出てきたのでは話にならない。後は、任せておいた方がいいだろう。
さすがに、こんな大穴を見せられては、俺も恐怖を覚えずにはいられなかった。
****
あの大穴にはまっていたタルトゥーガたちは、別の戦闘部隊員たちが何とかしてくれた。街中に広まっていたタルトゥーガたちも、組織の隊員が倒したり、再び洞窟まで追い込んで封印し直してもらったりと、この任務も何とか収束を迎えようとしていた。
「危険生物は、あらかた片づいたぞ。他に問題はないか?」
メディアスが様子を確認して回っていると、突然血相を変えた老人が走ってきて、大声を出す。
「それが、大ありなんじゃあ!わしの孫娘、タルトゥーガの番をしておった巫女ノエルが、どこにもおらんのじゃ!きっと、何者かに連れ去られてしもうたのじゃ……おそらく、そやつが今回の事件の発端。頼む!ノエルを……ノエルを助けてくれえっ!」
老人はそう言うと、メディアスの足元に崩れて泣いている。
「ノエル……ノエル=ホーリーか。もしや、さっきの患者が助けてくれと言っていたのは、巫女のことだったのか?」
「ノエル?」
「強い封印術が使える、この街の巫女だ。それなりに名前の知れた少女だが……目的は何なんだ?プリゾナの取引関係かもしれないが……」
プリゾナの取引関係の線は確かに怪しいな。この街にとって大事な存在なら、取引を有利に進めるために使えるかもしれない。ただ、取引だけが目的なら、わざわざ爆破なんてする必要があるだろうか。
「ノエル……ノエル、どうか無事でいてくれ……」
目的が何なのかは知らないが、このままにしておける問題ではないだろう。
「巫女の捜索は、我々アブソリュートに任せてほしい。こちらにも、何人か隊員を置いていく。何かあれば、彼らを経由して知らせてくれ。しっかりしろ、巫女は俺たちが探し出してここに連れて帰る」
メディアスは精神が安定しない老人に、そういい聞かせる。とは言うものの、犯人の情報は非常に少ない。こういう時、エイドたち諜報部隊の出番なのだろう。
もやもやは晴れないまま、数人を残して俺たちは本部に帰還することになった。
****
「なんだ、片づいちゃったのか。意外とやるね」
壊滅を免れたウルカグアリを、カウボーイハットをかぶった赤毛の男が残念そうに眺めていた。年は、30手前といったところだろうか。
「まだこんなところにいたのか」
その背後から、白いフード付きのマントを羽織った、声からして女性が帽子の男に言い放つ。フードを深くかぶっていて、その顔は分からない。
「崩れ去る様を見たかったんだけどね。また失敗だ」
「顔を見られたんだろう?警戒心がなさすぎだな」
「見られたやつは、もう死んだよ。まだ、組織に顔まではばれてないだろ。そういうあんたは、一体何に警戒してる?」
男はちらりと女性の方を見る。女性はフードをさらに深くかぶると、男に背中を向けた。
「深読みするな。お前のように楽観的でないだけだ。それより、早く連れて行け」
女性は不機嫌そうにそう言うと、その場を去っていく。
「はいはい。さて、大人しく眠っていてくださいね、巫女様」
男は、気絶したままの美しい金髪の少女を抱え、女性の後を追った。
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「どうだった、ファス?怪我したって聞いたけど……大丈夫なのか?」
俺の帰りを律儀にも待っていたエイドは、どこから聞いたのか俺が怪我したことを知っていた。
あの後、メディアスも治療してくれると言ったが、連れ帰ってきた患者の治療の方で忙しそうだったので断った。放っておいても治るだろうから、そのままでもいいと思っていたのだが、そうもいかなかった。ばったり居合わせたルーテルに捕まり、完治するまでみっちりと治癒魔法をかけられたのだ。あいつ、器用な方ではないから、かなり時間かかったけどな。まぁ、嫌な気はしないけど。
「怪我は問題ない。……なぁ、エイド。メディアスが俺と似てるところがあるって言ってたんだ。どういう意味か分かるか?」
「あー……メディ、そんなこと言ってたんだ」
少し意外そうな顔をしたが、どうやらエイドは訳を知っていそうだ。
「知ってるのか?」
「まぁ、長い付き合いだしね」
ちらりと周りの様子を確認してから、エイドは話し出す。
「あいつ、小さい時に流行病で家族を亡くしてるんだよ。それだけじゃない。メディを除いて、村の住民は全滅だったって聞いてる。唯一、アブソリュートに助けられたメディは、リカヴィルさん……救護部隊の現隊長に引き取られたんだ」
「流行病じゃなかったってだけで、俺と同じなんだな……」
メディアスが言っていたことの意味が、ようやく分かった。
俺の場合は、流行病ではなく、危険生物が原因ですべてを失った。その後、アブソリュートに保護されて、今に至る。
アンヴェールが出てくるようになったのも、実はその時のことが深く関わっているのだ。あの日以来、あいつが出てくるようになって、俺は他者を避けて暮らすようになった。最近はだいぶ改善してきていたのだが、今回のようなことが続くのであれば、また逆戻りだ。
どうすれば、あいつを消すことができるのだろう。そればかり考えていた。
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