リストラ症候群
ぱんどらのはこは、どんなはこなの?
その可愛らしい質問に僕はこう答えた。
「世界が面白くなるものが入っるんだ。」
それを聞いた彼女はキャッキャとはしゃぎだした。
忙しい、家に帰ればご飯をたべ、シャワーを浴び、寝る、そして仕事に行く。そのルーチンワークへの僕の感想はその一言につきた。
けれど、その毎日は突然終わった。
一生懸命に頑張って来た仕事、それを一回のミス、それも取り返しのつかないミスをおかして、そこで終わった。
直属の上司と同僚達にはまた次頑張ろうと鼓舞してもらえたけれど、会社と言う組織は、そこまで甘くはなかった。
忙しさに追われるよりも、今の暇にまみれる生活の方が、苦しく、自由であるはずなのに、束縛されているように感じる。
案外、僕は仕事人間だったのだ。
高校を卒業して、すぐに今の会社に入り、機械工として地道に結果を残していた。
そして今の上司の目に留まり、3年目にしてものをつくるだけでなく、製品の開発に勤めることになった。
やりがいも十二分にあって、忙しい、忙しい、と思いながら、けれど仕事は好きだった。
しかし、2年がたち忙しさにもなれた頃、事故が起こった、僕が発案した子供向けのカメラが爆発したのである。幸い充電中の出来事で、怪我人は出なかったが、子供がその光景を目の当たりにしてしまい、精神的ショックが残ってしまったのである。
僕は失意と罪悪感に飲み込まれた。
子供がどうしたら、使いやすいか、どうしたら楽しんでくれるか。それを考え、そのすべてを詰め込んだ魔法の箱は、子供に一生消えないかもしれない心の傷を与えたのである。
原因を調べたが、カメラ自体には爆発する要素がなかった、事故はカメラの破片の近くに、スプレー缶の残骸が見つかり、スプレー缶の爆発として処理された。
しかし、その発見は、迅速な対応を図った上層部のカメラ自主回収の後だった。
会社に不利益を与えた僕は、人事部に渡された、退職勧告書にサインをした。
書類を渡してきた人事部の初老の男性は、僕の入社試験の面接官だった。
「貴方が同意しなければ、仕事は続けて頂けます。」
彼は堅い口調で建て前を僕に告げた。本当の意味は分かっているつもりだった。しかし、その後すぐ。
「君は辞めるべきじゃない、原因は他にあったんだ。君の作ったカメラ、甥っ子が大変気に入ってね、家に行くと、それで撮った写真を見せてくれるんだ。それは面白くてね、撮った写真をその場で加工して、僕なんか赤鼻書かれてピエロにされたよ。」
その話の途中から、僕は涙を流して聞いていた。
「君にはもっと、子供達が喜ぶものを作ってほしい。玄人向けの製品ばかり作るうちの会社には、君みたいな人が必要だ。」
初老の紳士に説得されたが、その時の僕は、罪悪感と悔しさに打ちのめされ、疲れていた。
「ありがとうございます。けれど、被害者のお子さんには、何が原因かなんて関係ないんです。心の傷は、子供だからこそ、そう簡単に癒えません。僕には責任があります。」
そう言って、退職届を提出し、その場を去った。
そして今、退職金をもらい、新しい仕事を探している。
「その話を聞いて、私の思った感想を聞かせてあげよう。」
彼女は間を空けて、いや何かを溜めてこう告げた。
「馬鹿なの?」
「え?」
僕的には大人らしく、責任をとった姿に感動ないし尊敬がくると思っていたのに。
「いや、久しぶりにあったのに、私に対する謝罪の言葉はまだなの?」
「お前が、何があったかはなせっていったんだろ。」
大体何の謝罪だ。
「分かってるよ、感想は特にない」
「なんだそれ」
「だって、まさにいは、後悔とかしてないんでしょ?」
「うん」
苦しいけど、会社を辞めた事に後悔はない。
「なら、いいじゃない」
彼女はそう言って笑いだした。その笑顔は、大人っぽくなった今でも、可愛らしく昔とかわらない。
「そうか」
こうとしか言えなかった。
いい大人が、女子高生相手に。
まあ、女子高生相手にレストランでこんな話しをする大人のその姿は、端から見ると、尊敬出来るいい大人ではないのだけど。
「まあ、ほっといてごめんよ。」
友達とかいなさそうだし、寂しかったのだろう。かわいいやつめ。
ぽん
気の抜けた音がしたと思ったら、目の前のぼっち女子高生はおもむろにスマートフォンを机に置いた。
左手でメニューをめくり、右手でスマートフォンを操る姿は、これでもかという程女子高生だった。
そして指の隙間に見えたアプリ画面には、友達(300人)と書かれていた。
「僕のごめんなを返せ」
「え?なに?」
どうやら僕の謝罪も、正当な要求も聞き入れて下さらなかったらしい。
彼女はスマートフォンをしまい、メニューを閉じて、姿勢良く座り直した。
「何でもないよ」
「いやいや、愛の告白だったりしたら大変だから、もう一度おなしゃす」
「なんでそんなこと僕がするんだよ。犯罪だぞ?」
捕まりたくない。
「そう、じゃあ、なに」
何故か不機嫌になった彼女を無視して、僕は切り出した。
「君こそ、なにかあったの?」
「でね、さっきの話しの続き何だけど。」
「いや、きけよ」
どうやら、僕の提案は聞き入れて下さらないらしい
そんな心の声なんてつゆ知らず、目の前のイケイケ女子高生は自分の話を続けた。
「一つだけ不思議に思ったんだけどさ。聞いていい?」
「いいよ」
あきらめることにする。
「まさにいの言ってる責任て、なに?」
「はい?」
「いやさあ、カメラが爆発したんじゃなくて、したように見えただけでしょう?」
「そうだけど、けど」
「いやいや、まさにいが悪い訳じゃないじゃん、子供の運が悪かっただけで。」
「私だってトラウマの一つぐらいあるよ?それとも他に何かあったの?」
僕には反論出来る理由があった。だけど、これは彼女に言ってもどうしようもないことだった、しかし彼女は。
「お願い、聞かせて。お願い。」
僕はその言葉に、過去の彼女を思い出していた。
瀬野由希、僕と5歳差で、僕が実家にいた頃、近所に住んでいて、良く遊んでいた。
かれこれ、4年は、つまり就職してからは会っていなく、今日も4年前にした
「少しでも、暇になったら連絡してね」
という約束を、メモ帳の中から見つけ、興味本位でメールを送った。
結果、送った10秒後に、解読不能の暗号が送られてきたのである。
まあ、ちょっと、したらちゃんとした場所と時間を指定したメールが来たのだけど。
「ねえ。」
じまんじゃないが、彼女のお願いは断れたことがない。
だから、話すことにした。
僕の責任
僕の罪
僕の、最後の疑問を
「事故が起きたカメラは。」
「バラバラに壊れていたんだ。」
「え?」
そう、バラバラに
「爆発に巻き込まれたんでしょ、壊れてたってふつうじゃん」
バックからメモ帳をだし、簡単な図を書いて見せた。
バラバラになったカメラ残骸は、合計で20個に及んだ。
その中でも、損傷の大きかったレンズ部分は三分の一程度が粉々になり、残ったレンズのかけらをつなぎ合わせた結果、僕の疑問は疑惑に変わった。
「割れたレンズをね、復元したんだ」
「うわー、たいへんそう」
「どうして?」
「だって、なんかもう細かくてめんどくさそう。」
「そうでもなかったさ、残ったのは大きな欠片だけだったしね」
「へー、それで何か分かったの?」
「レンズの上の方が粉々になっていて復元できなかった。」
「うん…?」
彼女にはそれがどんな意味になるか分からないだろう。
「子供向けっていったでしょ、だから落としたりしても壊れないように、レンズや精密な部分はカメラの中心部分にお互いに隙間をあけて集中させたんだ。」
「うん」
彼女は何かをかんがえるように、視線をテーブルに落とした。
「警察によると、スプレー缶はカメラのすぐ横にあって、それも側面が向いた状態だった。それに部品自体、強度の高いものを選んでいたし、レンズが割れることあっても、粉々にまでにはならないはずだ」
それにもう一つある。
「損傷がもっとも深かった場所は、カメラの中心部分だった」
由希は僕に疑問をぶつけてくる。
「それって、普通は外側の、缶がおいてあった方じゃないの?」
「うん、確かに一部だけ外から衝撃を受けた形跡があったけどね」
「どうして中身が壊れたの?」
由希の純粋な質問に僕は首を振った。
「出来ることはしたけれど、それでも原因は分からない。開発者として考えられる条件でいくら実験しても、かすりもしなかった」
「それが、責任?」
「警察も調べてたみたいだけど、原因は分からなかったみたいだ。」
「悔しかった?」
-ほんとうのことが分からなくて-
そういわれた気がした。
「うん」
そういったとたんに、自分の大人げなさに気付いた。
彼女をここに連れ出して、僕はどうしたかったのだろう。年下の女の子に慰めて欲しかったんだろうか。それとも昔の心地よかった雰囲気に浸りたかったのかもしれない。
どちらにしろ、彼女から見える僕はどれほど情けなく、みすぼらしいんだろう。
困難から逃げてきた僕を。
彼女は。
「でも、まだあきらめてないんでしょ」
思いがけない言葉を放った彼女は、満開の笑顔で、僕の開け放たれたバックを指差していた。
バックの口からは、20代の持ち物にはそぐわない、明るい色の、魔法の箱が覗いていた。
その時確信した。
僕は逃げてきたんじゃない、僕が一番かっこよかった頃の僕に、戻りに来たんだ。
昔の僕に、宣言するために。
あるいは、決意表明のつもりで。
「当たり前だろ、僕を誰だと持ってるんだ?」
こっからが本番だ。
「この度はっ、誠に申し訳御座いませんでしたっ。」
部長が言った後、僕も続いて頭を下げた。
その時の部長の顔はいつになくしわが増え、ただでさえヤクザみたいな顔が、さらに怖さを増していた。
頭を下げた先には、まだ若さの残る、事故の被害者である子の母親だった。
僕は部長と2人で、ある家に来ていた。かなり広い家で、僕たちのいる部屋は家具や壁紙までトータルコーディネートされた立派なリビングだった。
僕は彼女が、ヒステリックを起こして激昂すると思い、身構えていた。
けれど、彼女の反応は違った。
「まあ、優斗も死んだ訳ではないですし、こちらの管理も出来ていなかったし、あなた方が謝るのは筋違いですよ」
以外すぎる言葉に、僕は、いや部長も顔を上げてしまった。
「それは、どういう」
「ですから、謝る必要はありません。あ、でもお土産は美味しそうなので頂きますね。」
彼女は声をあらげることもなく、優しく、悪戯っぽくそう言った。
「は、はい、どうぞ」
いつも冷静沈着だった部長が見るからに戸惑っている。
僕たちが息巻いているさなか、菓子折りに包まれたプリンを受け取った母親は、子供に言いつけるように、強くこう言った。
「私の息子をなめないでくださいな。」
多分、その時だ、僕が決意したのは。
由希と次に会う日を決めて別れた後、僕は帰路の途中に悩んでいた。
大見得をきったはいいものの、なにも浮かばない。
明らかに今の僕では出来ることなんて限られてしまう。
では、何故会社からはなれたのか。
残っていれば、出来ることもあったのではないか。
そう思い起こしてみたけれど、その思いは一瞬で払いのけられた。
警察が事故の詳細を発表し、カメラへの疑惑が表向き払われた。その結果上層部にこれ以上の自社での調査は不要と判断され、僕は通常業務に戻ることになった。
もちろん、カメラの異常な状態を報告して、調査を続けさせてもらえるように頼んだけれど、聞き入れてはもらえなかった。
企業という大きな機械の前に歯車の一つでしかない僕は、抵抗の使用がなかった。
四車線の大きな通りを、小汚い愛しのワンルームへ向かって歩く。
辺りはもう暗く、すれ違っていく人は家族の待つ家に向かうサラリーマン、子供をつれて歩くお母さん、中には悲壮感が滲み出た若者もいる。
まあ、僕のことだけど。