(3) FBI日本支局テロ対策課
「こっの、バカヤロウ!」
ガラスが振動し、割れそうになるほどの怒号をFBI日本支局のテロ対策課の課長であるディビット・スミスは井川に叩きつけた。
「ドラゴンスレイヤーのメンバーを見つけたまではいい、だが!」
スミスは更に語気を強め、
「独断専行、器物損壊までやった挙句に取逃がすとはどういうことだ!」
スミスは拳で机を叩き、井川を睨みつける。
井川は直立不動でスミスの罵声に耐え、弁明のチャンスを与えられたことに気付いたが、上手く言葉が出てこない。
「それは・・・その・・・夜分遅くで救援要請を行っても増援が来るには時間がかかったでしょうし、増援が到着する前に尾行に気付かれてしまって・・・」
「それで、戦闘になり、運よく相手に止めを刺されずにすんだが、気絶したまま雨に打たれ続けた結果肺炎になってこの二日間病院で可愛いナースと戯れていたというわけか?」
井川の拙い弁明を人差し指で机をノックしながら聞いていたスミスが引き継いだ。
「あのな、このクソ平和な日本の対テロ課なんてはっきり言ってFBIの中でもゴミ溜めも同然のお荷物部署もいいところだ。ここに飛ばされて10年間一度も本国へ帰っていない。
俺には今年で20になる息子と14になる娘がいるが、娘の4歳の誕生日を迎えたのを最後に子供たちとネットを介してしか顔を合わせちゃいなんだ。
そんな俺の気持ちがお前にわかるか!?
愛する子供たちに会えないのに、独断専行、命令違反を繰り返すような部下の尻拭いをさせられる俺の気持ちが!今この付近で起こっている連続爆破事件を収束させることが出来れば、本国へ復帰できるかもしれんチャンスなんだ!お前にも黒の純色という能力を生かすことの出来る華やかなポストが用意されるチャンスなんだぞ!」
スミスは椅子から立ち上がり、両手で井川の襟元を掴み、顔を引き寄せて最後は懇願するかのように井川に鬱憤を吐き出した。
2,3呼吸の後、スミスは井川のスーツの襟元から手を放し、椅子に座りなおす。
「今回はお前の言う通り増援要請の前に戦闘となり、その戦闘による負傷ということで不問に付してやる。が、次は俺も庇いきれん。そのことをよく覚えておけ」
スミスは顔を伏せて井川の顔を見ずにそう言い、無言で出て行けという手振りをする。
井川は襟元を直しながらオフィスを後にした。
井川がオフィスを出て一息つくと、
「たっぷりしごかれたみたいね~、井川ちゃ~ん」
井川が出てくるのを待っていた井川の同僚、ブルース・イーストウッドはニヤニヤしながら井川の肩に抱きついた。
「で、どうだったのよ?」
「どうって、何が?」
井川は本気で意味がわからないという様子でイーストウッドに聞き返す。
「何って、2日間病院にいたんだろ?」
「ああ」
「ナースで可愛い子がいなかったかどうかだよ」
廊下を歩きながら大げさな手振りを交えながらイーストウッドを見て井川は頭が痛くなってくる。
イーストウッドの問いかけに一応昨日までいた病院の従業員の顔を記憶から引きずり出す。
「そういえば、研修で来ていたとか言っていた子の中でかなり可愛い子が・・・」
研修中と書かれたバッヂを胸に着けていたナースの中でも絶世の美女とまではいかないが、思わず目を向けて見とれてしまう顔だった。
一目惚れというのはこういうことなのかと本気で思う。
思い出すだけで動悸が速くなるのを感じる。
「あれぇ~、井川ちゃん、なに顔赤くしてんの?あ、もしかして、そのかわい子ちゃんに一目惚れでもしちゃった?」
イーストウッドの茶々で井川は現実へ意識を戻すと相変わらずニヤニヤしながら隣を歩いているイーストウッドを睨めつけた。
「俺のことはどうでも良いんです。それより俺がいない間に何か新情報とかは無かったんですか?」
一応先輩なので敬語でそうイーストウッドに問いかけると、イーストウッドは足を止め、それまで纏っていた雰囲気が180度反転し、表情を消し去った。
「ある。例の連続爆破事件の犯人の一人の目星が付いた」
イーストウッドの言葉に井川も気を引き締め、続く言葉を待った。
「潜伏場所の目星は付いていないが、爆発現場付近の住民の目撃情報と以前、本国のスパイが入手したドラゴンスレイヤーのメンバーリストからコードネーム『ドレイク』である可能性が高い。コンビニで5ドルで買える素材から爆弾を作れるほどの爆破工作のエキスパートだ。赤のレベル7ででもあり、加熱系を得意としていて、化学薬品を調合したもの試験管や密閉できるカプセルに詰め、オーラを用いて熱反応させ煙幕や爆破、閃光による目眩ましするといった戦法を好むらしい」
「確かに、基本的に銃火器を持ち込むのが難しい日本で爆破を行うにはぴったりの人選ですね。それでも、やはり腑に落ちませんね。何故こんな辺鄙なところで連続爆破事件なんて起こす必要性が全く見えません」
イーストウッドはそれまで纏っていた冷たい雰囲気を溶かし、
「そりゃ、俺にもわからんよ。まぁ、奴さん達を磔にでもして聞きだすしかないだろ。もっとも、下っ端だから上からの命令に従ってるだけで目的なんかは知らないだろうがな」
砕けた感じで笑いながら井川の問いかけに答えた。
それに続けて憶測だがと前置きをし、
「五龍会本部のある中華連邦の目の前でそういった事件が連続で起きちゃ五龍会のほうも無視出来ずにこっちにある程度人員を回さざるを得ない。そこで生じた隙を狙ってもっとでかいことをやろうとでもしてんじゃないのかねぇ」
「五龍会の連中が出てくるのはまずいですね」
井川は顔をしかめてそう漏らした。
五龍会は中華連邦共和国に本部を置く、濃色以上の人間の80%以上の人間が所属している組織である。
オーラの訓練や研究、オーラを使った犯罪の取り締まりに国家の垣根を越えて協力している。
現在、赤龍の座が空席になっているが、他の四龍も所属しており、本気になれば世界を征服できるレベルの戦闘能力有していると言っても過言ではない。
自分も半ば強制的に所属させられていたが、自分が行っていた五龍会の支部は徹底した能色主義者――濃色や純色等のオーラレベルの高い色がある人間が優れているという主張をする者――の集まりであり、FBIに採用される条件として五龍会からの脱退という条項もあったため、今は所属していない。
ただ、五龍会で学んだオーラの制御訓練は役に立っている。
今の井川にはそれだけの存在でしかない。
だが、今後純色エージェントが現れると話は少し変わってくる。
「今のところまだ五龍会の純色エージェントが出張ってきているなんて情報は入ってないが、五龍会もドレイクやイールの行方を追ってるから下手をすると俺らの出番は全く無いかもな」
FBIも五龍会とは表向きは協力関係にあるため、捜査権限を持つ純色エージェントに顔を突っ込まれると事件の解決がFBIによるものではなく、五龍会の協力があっての賜物となってしまうからである。
無論、五龍会では一般の――世間から見ると一般レベルを超えているが――濃色エージェント達に先を越されてもまずい。
イーストウッドは気楽にそう言いながら井川の肩を軽く叩いた。
「もし、そうなってしまうと俺やスミス課長だけじゃなくイーストウッド先輩も首になるかもしれませんね・・・」
井川は俯きながら額に手を当てて深刻そうに呟いた。
「ま、俺達はやるだけのことをやるだけさ、それより井川ちゃんのお気に入りの子じゃなくていいから入院してた病院のナースを紹介してくれよ~」
完全にもとのちゃらけた雰囲気に戻ったイーストウッドはその後もしつこく井川にナースを紹介してくれるようにせがみ続けた。