(2) 2047年の若者たち
「――で、この結果、日本軍は連合国軍に全面降伏、その後、天皇一族の暗殺事件があり、日本から天皇の血筋が途絶えてしまった。
そこで当時の政治首脳部は次の国家元首つまり天皇の即位できる親等数を広げてまで天皇を擁立しようとした保守派と負け戦だったのは明確であるにもかかわらず当時の軍部を抑えることが出来ずに多くの犠牲を出すことになってしまった原因である天皇は今の世の中に不要だという改革派に当時の日本暫定政府の意見は真っ二つに分かれてしまい、どちらにするか国民選挙を行った。
当時の教育で天皇は神聖不可侵な存在だとされていたという背景もあって、生き残った国民も保守派と改革派の二つに大きく分かれるかと思いきや、いざ、開票してみると、改革派が9割近い票を集め、日本の天皇制はここで幕を閉じることになる。
その後、日本は1951年のサンフランシスコ条約によって合衆国の51番目の州として合衆国であると同時に独立自治権を持った特殊な領土として扱われることになり、今日に至るわけである」
教壇で電子黒板に遠隔筆記を行いながら教鞭を執る歴史教師、稔・佐藤はここまで一旦区切りをつけ教室を見回した。
必修科目である歴史は生徒の欠席が極端に少ない科目の一つであるため開いている席があると授業をサボっているやつがいるとすぐにわかる。
また、ここまでの内容のメモを取るのに必死になっているものや、出席してるだけでろくすっぽ話を聞いていないものも一発でわかる。
前者は熱心でいいのだが後者は教員になって十数年経つがいまだに腹立たしく思う。
あんな奴のレポートまでわざわざ採点しなければならないのかと正直気が滅入る。
と、そんなことを思いながら教室を見回していると一人の生徒が手を上げ、
「佐藤先生、今の内容について質問があります」
不真面目な生徒は嫌いだが、佐藤にはもう一つ嫌いな生徒のタイプがいる。
優秀すぎる生徒だ。
今、質問を投げかけようとしている生徒はまさにそのタイプの生徒、巧・坂本。
実家が合衆国本土にも進出している日本発の大企業スロープイノベーションの御曹司であり、生まれも育ちも、おまけにルックスもいい。
生まれも育ちも顔もあまり良くは無く、良くない割には努力して一応は教師になれた自分にとってはコンプレックスの塊のような存在である。
いくら自分が巧にコンプレックスを抱えていても、教師と生徒という立場を利用して陰湿なことをするほど佐藤は性格が捻じ曲がっているわけではない。
「なんだ、坂本?」
「何故、戦時下において天皇を崇拝する教育を受けていた国民のほとんどが天皇の排斥を目的とする改革派のほうに票を投じたのでしょうか?」
流石に良く頭がまわるだけあってなかなか良い質問をする。
巧のことは良く思っていないが、歴史好きな佐藤はこういった本来説明する必要の無い歴史の背景に関する質問をされるとテンションがあがってしまう。
が、講義中ではあるので眉をピクリと反応させただけになんとか気を静める。
「坂本、答えを言う前にまず、お前はどうしてこのような結果になったのだと思う?」
ちょっとした意地悪のつもりで佐藤は、巧の質問を質問で返した。
巧はあごに手を添え、しばしの間考えを巡らせる。
「たぶん、決定的な一つの原因ではなく、2、3の要因が積み重なった結果だと考えます」
「では、その要因とはなんだ?」
巧が少し自信無さ気な表情を見て、佐藤は表情こそ崩さなかったが内心には優越感が広がっていた。
「第一に、神聖不可侵な存在である理由は、色濃い血統が条件であったから。
血が薄まってしまっている縁戚の人間まで対称にしてしまうと、下手をすると何倍もの皇族となってしまい、制度として破綻してしまうことを改革派がネガティブキャンペーンで広く周知したのでしょう。
第二に、戦争で家族が戦地で散っていった者たちが心の内に秘めていた不満の爆発。
これもやはりネガティブキャンペーンによって、広島に原爆が投下される前から戦況は劣勢であるにも関わらず、保守派が国民に対して嘘の情報を発信し続けてきたことの露見により保守派への反発が強まったのではないかと考えられます。
第三に、保守派により親等数が広げられることにより次期天皇に指名される可能性のある親族が暗殺を恐れて、改革派へ票を投じるように自ら呼びかけたのでないでしょうか?
中世ヨーロッパや古代中国ならいざ知らず、一族郎党全員が暗殺されるなど近代においては考えられませんが、そのような衝動に駆られる過激派テロが存在するほど当時の天皇は疎まれていたのでしょう。」
佐藤は巧が憎たらしい存在だと思いながらもその推測をなかなか興味深いと黙って聞いていた。
「なるほど。なかなか、いいところをついている。第一と第三の要因についてはほぼそのとおりだ、天皇制の歪曲を改革派が説いたことと、天皇の縁戚が暗殺を恐れて改革派に回ったのは実際にそのような資料も残っている。だが、第二の要因については理由としては弱いな。
改革派に票を投じた人の中にはそのような人もいただろうが、おそらく少数派だと私は考えている。それよりもっと重大な要因がある」
佐藤は多少顔をしかめて一旦教室を見回した。
授業に出席している生徒、先ほどまで寝ていたものも全員が自分に注目している。
教師としてこの瞬間が一番気持ちいい。
佐藤は逸る動悸を抑えながら言葉を紡いだ。
「合衆国の投下した原始爆弾、一発目の広島は防げなかったが、二発目の長崎の原発は防いだと説明したな?それによって連合国のポツダム宣言は完全に無視され、戦争は続けられたと。
当時の改革派指導者はその二発目の原爆投下を阻止した日本軍に所属していた赤龍だったのだ。
二発目の原爆を阻止した当時の日本軍は、三発目以降も原爆が投下されても赤龍が何とかしてくれるだろうという慢心があったせいか、一向にポツダム宣言を受け入れようとしなかった。
せっかく決定打になる攻撃を阻止したのに一行に戦争を止めようとしない赤龍率いる部隊はクーデターを起こし、天皇を暗殺。その後、軍部を掌握し、政治の表舞台でこれ以上の血を流す必要が無いとして連合国に降伏したのも赤龍だったわけだ。
天皇に近しい人間を暗殺したのはそれに乗じた過激派テロの仕業だということになっているが本当は赤龍が指示したのではないかという説があとを絶たず今も物議をかもしている。
ともかく、民衆は赤龍を軍事的にも政治的にも英雄視するようになった。そのカリスマが改革派についているものだからほとんどの国民は赤龍が率いる改革派に票を投じたわけだ」
佐藤はここ何ヶ月かの間で一番気持ちのいい高説を述べ終え、教室を見回した。
講義の中では赤龍の名前は伏せてあった。
基本的に歴史上で『龍』の名を冠する人物が表舞台に登場することはない。
世界中の能力者の頂点に君臨する者たちが集う組織『五龍会』、その活動方針の一つが、あくまで歴史を動かしてきたのは高レベル能力者でなく、政治闘争や民族紛争など思想・理念が衝突した結果であるということを世に広め能力レベルによる差別の撤廃にあるからである。
その影響もあり、生まれて間もない時点で全ての人間はレベルのチェックを義務付けられている。
チェックをした際には大きく分けて4種類に大別される。
一つは無色と呼ばれ、レベル3以下の能力だけの者。
一つは淡色と呼ばれ、いずれか一色がレベル4~5の能力を持つ者。
一つは濃色と呼ばれ、いずれか一色がレベル6~7の能力を持つ者。
一つは純色と呼ばれ、いずれか一色がレベル8~9の能力を持つ者。
レベル10の能力を持っているものは、これらとは別に龍と称されるが、先代の龍が死亡しない限り次の龍は生まれてこないとされている。
事実、歴史上で同色の龍が存在したとされる記録は残っていない。
レベル9とレベル10の間には絶対的な壁が存在しており、レベル10の人間――色と龍を組み合わせて赤龍や青龍等と通称される――はその色のオーラに関してはほぼ無制限に能力を使用可能だが、幼いころから能力制御訓練を積んでいない状態で力を解放すると体に負担がかかり、命の危険に晒されることもある。
日常生活において人間が普段使用する筋力を3割程度しか使用できないよう脳が自動的にリミッターをかけているが、オーラに関しては脳が自動的にリミッターをかけてくれるわけではない。
制限があるとするならばあくまで各個人の生まれ持った各色のレベルによってかかっている。
淡色以上のレベル――つまりレベル4以上――の能力をもっているものは、能力制御実習でも特別枠で訓練を受ける。
各個人の生まれ持ったオーラのレベル――オーラバランス――は全ての人間が同じだけの才能を秘めている。
ある色のオーラのレベルが高ければ別の色のレベルが低くなるというように一定量の中で能力値が割り振られる。
現代科学では総量を100として10ごとにレベル区切る方式が採用されている。
鑑定には現在においても相応の時間がかかり、新生児室は能力が暴走することの無いよう、特殊な能力抑制装置を配備することが義務付けられている。
そのような背景もあり、佐藤は通常の講義内容に関しては赤龍の名を出すことを伏せていた。
先ほどの内容は少々歴史背景にまで突っ込んだ説明をしなければならなかったため、赤龍というキーワードを引き出したのである。
「他に質問のある者は・・・」
と、少々興奮気味の佐藤は更なる質問を仰ごうとしたが、その言葉を遮る様に講義終了のベルが講義室に鳴り響く。
佐藤はスピーカーに目を向け、少し憎らしげに顔をしかめたが、すぐに生徒たちに向き直る。
「今日はここまで、次は米ソ冷戦と南北朝鮮戦争とそれに伴う日本の復興についてやるからしっかりと予習をしてくること。あと、すでにニュースで知っているだろうが、最近この辺りで五龍会関連の施設への爆発事件が何件も起こっているからそういった建物に近づいたりするんじゃないぞ」
佐藤はそう言い残すと、足早に教室を出て行った。
「はぁ~、今日もようやく一日が終わった~」
佐藤の講義が本日の最終講義である。
「歴史の講義はやたら話が長くて肩がこっちまうよ」
そう、言いながら透・高倉は軽く体を伸ばした。
腕時計型電子携帯端末から広げていた仮想ウィンドウを閉じると、ショルダーバッグを背負って席を立つ。
「透~、巧~、バスケしに行こうぜ!」
クラスメイトである仁史・安本が帰ろうとした透と巧に呼びかける。
仁史はバスケ部に所属しており、既にプロからスカウトされているほどバスケットボールの腕前の持ち主である。
その反面、学校での成績はあまりよくは無いが本人はあまり気にしていない。
「ちょっと仁史!今日は私の買い物に付き合ってくれる約束でしょ!」
バスケットボールを人差し指の先に置いて回している仁史に、その彼女である智美・西野がボールを回しているのと逆の腕に腕を絡めて、仁史へ文句を言う。
「えっ、ああ、そういえば昨日そんな約束したっけ」
「もう、忘れないでよ!」
智美も仁史の性格からして彼女である自分がいるけれども花より団子というより花より運動がモットーであることをよく理解している。
仁史はバスケットボールを持ち直し、
「すまん、こういうわけだから今日は無理だ」
と、絡められているほうの腕を使い、謝罪のポーズをとる。
「気にしてないよ」
「俺らのことどうでもいいけど、それよりもっと智美のこと気遣ってやれよ」
透と巧は昨日、智美が仁史を買い物に誘っている現場を見ているので、大して気にも留めず、むしろ智美に同情した。
仁史も智美が嫌いではなく、むしろ好きなのだが、三度の飯よりバスケが好きなほどバスケットボールが好きなのである。
仁史が智美に引っ張られていくのを見送りながら改めて二人は智美の仁史に対する熱意に尊敬の念を抱いた。
「さて、それじゃあ僕らも帰ろうか」
巧は透にそう呼びかけたその矢先、
「透、今日はうちの道場に来るんでしょ?」
透と巧の幼馴染であるマリア・南が透に声を掛けてくる。
「ああ、一旦帰ってからな。まぁ、帰る前にネットで見て気になってたヘッドフォンが今日発売されるから、ちょっとそれの実物を見に行ってからになるからちょっと遅れるわ」
透は小学校の頃からマリアの実家である空手道場に通っている。
といっても、それほど熱心に打ち込んでいたわけではない。
それでも素人よりは大分武術の心得があるといえるのだが、透はマリアに一度も勝ったことが無い。
マリアが道場主の娘で道場に通っている者の中でも五指に入る実力であることを加味しても最近は一本取ることすら出来ない。
別にマリアに勝つことが目的で空手を続けているわけではないが、学校の成績は透のほうが上なだけに、道場内でマリアが自分に対して特に厳しい態度を多々とっている節があること考えると学校でのストレスを自分にぶつけて発散しているのではないかとも思えてくる。
「そう、忘れてなければいいわ。最近うちの道場もあんまり新規の人が増えないから家計が少し厳しいのよね。だからあんたにまで辞められると首が回らなくなっちゃうわ」
マリアが溜息をつきながら近況を語る。
透は片眉を吊り上げ半目でマリアを見た。
(よく言うぜ、だったら俺にも他の奴と同じようにもう少し優しくしてくれってもんだ)
そう、思いながら透は下を向いて溜息をついた。
「何その溜息。なにか文句があるの?」
マリアがムッと顔をしかめて透に顔を近づけて睨みつける。
「なんにもございませんよ」
腕を広げ、首を横に振りわざと敬語で返事をする。
マリアは透から顔を離すが、納得のいかない表情を崩すことは無い。
「ほんとに二人は昔から仲が良いね」
その様子を見ていた巧が透とマリアに微笑みかける。
「ハッ、ただ、小学校に入る前からの腐れ縁なだけだ」
「そうよ、さっきも言ったけど、私はうちの道場の収入が減るのがいやなだけよ」
二人はそれぞれ不機嫌そうにそっぽを向いて巧に言う。
(本人たちはどう思ってるか知らないけど、外から見てるとやっぱり面白いなぁ)
巧は二人の言動に笑顔を崩さず静かに笑い、
「じゃあ、帰ろうか」
と、一連の流れを締め括った。