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第61回 西都攻防

<登場人物>


グノー    主人公の兄弟子エピストローペのグノー魔法使い

メディカス  僧侶(酔遊仙のメディカス)防御魔法、治療魔法、躰術

ホーネス   スカラ国戦士(神槍のホーネス)槍の使い手

レピダス   黒虎騎士(銀弓のレピダス)弓、双頭槍の使い手

デュック   元宰相の子(斜行陣のデュック)参謀、双鞭の使い手

アスペル   女盗賊(黒豹のアスペル)スリング、手裏剣、メイスの使い手

ストレニウス 赤鬼騎士(重戦車のストレニウス)双手剣の使い手

ソシウス   斧使いの大男(旋風のソシウス)バトルアックスの使い手

エコー    ヘテロ青竜騎士(鎚人馬のエコー)風の魔法使い、ヴォーハンマー

フィディア  芙蓉記伝承者(譚詩曲のフィディア)竪琴


グレーティア 主人公


那破皇子   パテリア大国王子

プロディティオ デスペロ配下上級魔法使い、那破皇子支持者


トラボー   反乱軍首魁

マレボレ   トラボーの養父

ハレエレシス 反乱軍参謀、ブルマの乱首謀者

フィデス   トラボー配下魔法使い

ファルコ   トラボー配下武将

アミコス   反乱軍参謀、竪琴の使い手、元魔法省官吏

ファクルタス 反乱軍魔法使い、ブルマの乱生存者

アルゴン   反乱軍武将

オティス反乱軍武将

ホルディウム 反乱軍財務


レッジーナ  ルースの貧しい少女

ニーナ    レッジーナの同居人

アビア    フィディアの祖母

 パテリア前王の王子トラボーを中心とした真正政府軍は、本拠地ガミネティオを中心としてその勢力を拡大していましたが、なかなか西の大都メディスを落とせずにいました。メディスはビダ街道の要所であり、ここを取られると政府としても西半分を押さえられたも同然の事態になりますので、強固な防衛網を築いていたのでした。真正政府軍は海よりフォルムを襲う手立てもありましたが、海軍力が伴わず、作戦はとれない状態でした。 また、陸地を東に出る手段もありましたが、それは山の中の隘路を通る必要があり、兵站の面で不安があり、東はもっぱら地形を利用した防衛に徹しでいたのでした。真正政府軍は脱獄囚により、強力な魔法軍を所有していましたが、忠誠度に難点があり、その力を完全に発揮できないでいました。

 コンジュレッティオ率いる政府軍がヘテロとの休戦協定を結ぶと、真正政府軍はその矛先が自分たちに向けられるのではないかと警戒しました。その動きを恐れ、万が一の場合に備え、北の正統政府軍と同盟を結んだものの、政府軍が北伐に向かうとその意味を失ったのでした。

 メディスの南方に政府軍と真正政府軍が向かい合い、にらみ合っていました。戦いは膠着状態で、小さな小競り合いを繰り返していました。

「守備軍相手に、どこまで手こずる」

 腹立たしげに、ファルコは言いました。

「一つは支配地を拡大し、要所要所を将に守らせているので、人材不足に陥っていること、もう一つは海軍が弱いため海からの上陸に備え海岸線の防衛に兵を割かなくてはならぬためだろう。まあ急速に拡大したので一時的な踊り場に入ったということだろう。」

 魔法使いのフィデスはを磨きながら素っ気なく返事しました。

「この国は広すぎるのだ。人をかき集めても、薄く吸い取られてしまう」

「まあ、そう言うな。政府軍は主力でないとは言え。大都を守る兵達だ、容易く落ちるものか」

「我が軍も有能な将が多くいれば」

「お前が思い描いているのは北の正統政府の将だな」

「そうだ。我が軍に立ち寄り、見事な弓の技で敵将を倒した男だ。なんと言ったかな」

「レピダスだ。確かにあの敵を射貫くとは天下随一の弓の使い手であろう。その功績のお陰で意味の無い同盟を結ばされたがな」

「政府軍は正統政府軍の討伐に向かったが、俺たちは援護しなくていいのか」

「そんな力が何処にある。まずは目の前の敵だ。奴らは時間稼ぎにしかすぎない。メディスを手に入れれば。政府軍に対抗するだけの力を手に入れることができるだろう」

「正統政府軍は負けると?」

「当然だ、有能な将がいたとしても、城一つだけで政府軍主力の攻撃を持ちこたえられるものか。それに前政権の後継者が他にも居るのは都合が悪い」

「とすると、正統政府がやられる前にメディスを落としたほうがいいな」

「報告を聞いたか?メディスには那破皇子がだいぶ前に着任していたようだ」

 フィデスはファルコに眼を向けました。

「王子殿がお出ましとは気がつかなかった」

「メディスの反撃が強くなったのもそのためだ」

「政府軍の士気が上がったという訳か。王族がのこのこ前線にやってくるとは面白い。よほど武芸に自信があるとみた」

 ファルコは、心躍りました。

「それはそうと、あの老人の活動について聞いているか」

「軍師のハレエレシスだな。俺はなにも知らないが」

「ガミネティオにて、アミコスに何かをさせているようだ」

「面白い。得体の知れない爺さんだったからな。我らを裏切るつもりか」

「そうでは無いようだが、なにか怪しい動きをしている」

「要注意だな」

 ここでの二人の意見は、ハレエレシスを除くことで一致していました。

 数日後、オティスが増援の軍を率いてやってくると、二人は早速、メディス攻略へと動き始めたのでした。


 一方、メディス城内では那破皇子はプロディティオと話し合っていました。

真正政府軍を名乗る反乱軍は強く、容易に退け難たかったからでした。

「我が軍にはろくな将はいない。未だ敵陣を破れずにいるではないか」

 腹立たしげに那破皇子は机を叩きました。

「そうお怒りになされませんと。ここに居るのは精鋭の部隊ではありません。反乱軍の圧力に屈していないだけでも、良しとしなくてはなりません」

「主力がナティビタスに向かって、正統政府を名乗る賊から攻め落とすことになったわけですし、退治するまでの期間、メディスを守備すれば良いのです」

「馬鹿を申すな。それでは馬鹿な兄の太子と同じになるではないか。私は兄との違いを父王に見せつけたいのだ」

「しかし、良将はおりますまい」

 プロディティオは皇子が最前線に赴くと言い出しはしないかと警戒しました。

「世の中にはその様な男が隠れているのだ。パテリアに人材は溢れているはず」

「皇子が心に描いておいでなのは、レピダスの護送車を襲った男のことですな」

「そうだ、あのバトルアックスを振るった大男だ。青竜騎士二人を相手にものともせず、私も加わり三人で攻撃したが、もとのともしなかった。あの男が欲しい」

「それは、それは。しかし彼の男。レピダスを救出しようとしたところから判断すると。正統政府の将と思われますぞ」

「惜しい、あの男、いかがわしい正統政府の賊でなく私に仕えるのが正しいといえるものだ」

「残念ながら、政府軍主力を前にしては、彼の男の力をもってしても敵わないでしょう」

「よいか、プロディティオ。北の反乱軍が敗北し、かの男がこの地に逃れて来たのなら私の下に連れてきてくれ、なんとしても配下にしてみせる」

「殿下もよほど気に入られたみたいですなあ」

 プロディティオは皇子のご執心に呆れました。しかし紀朱王が敵であるコンジュレッティオを引き入れた時も、この様なものであったのだろうと思ったのでした。

「真正政府軍の賊どもは、日増しに兵を整え、戦力を増しています。ハレエレシスの手腕により、統制のとれた軍勢となり、侮りがたきものとなっています」

「プロディティオ。何か妙案はないのか?」

「反乱軍の弱点は水軍と海軍です。彼らは陸上戦力の充実を第一にし、そのため一気に戦力を集めましたが、水軍はそうは行きませんでした。そこで水軍を主として、ウンダ河を中心に反乱軍の背後を襲い、ルース側の東岸を奪還します。そうすれば反乱軍の支配エリアも中南部に限定され、戦力の供給が収まります」

「なるほど、なるほど反乱軍をウンダ河東岸に押し込めると言うわけだな」

「左様に御座います。逆に反乱運がここメディスを獲るとなると西部全部がかの者達の地となるでしょう」

「国境線のベトにいる軍をこちらに移動させてはどうだ?」

「ガッリア国との国境線の軍は動かせません。平和条約を結んだとは言え何時破棄するかわからりません。紙切れが有効に働くには実態となるものが有る必要があるのです」

「ならば水軍の将を集め、作戦を練らさせろ」

「分かりました。それで殿下はどうなされます」

 プロディティオは探るように尋ねました。

「しれたことよ。自ら出陣し陸に陣取って居る奴らの注意を陸に向けさせる。餌は大きいほどいいからな」

 那破皇子は不敵に笑いました。

 

 オティスの合流により、ファルコは政府軍への攻撃を再開しました。この攻撃により政府軍の一角が崩れ、平野部から小高い丘まで後退しました。ここで真正政府軍は追撃を辞め兵を休めたのでした。この時、ファルコ等が到着前に先鋒として戦っていたアルゴンは物資供給の必要から東へ支配地を拡大させていました。入れ替わるようにしてファルコとフィデスがメディス攻略の任にあたり、さらにオティスも加わり、本格的な攻撃になったのでした。

「兵は数だな」

 政府軍を退かさせたので、満足したようにファルコは言いました。

「我が軍は兵士をかき集めながらの戦いだからな、問題は野戦のあとメディスをどうやって落とすかだ。攻城戦となると今以上の人手が必要となる」

 フィデスは悩ましげに腕を組みました。

「その時はその時だ。それより、マレボレがルースにやって来るらしい」

「彼の男が?」

「気にくわない奴だが、我らが主の養父であれば尊重しなくては」

「奴にとっては里帰りみたいなものだろう。心配なのが主のトラボーが惑わされないことだ」

「まあ、ハレエレシスほどに影響力はあるまい。彼奴には、いかに我々が働いたかガッリア王に報告してもらうとするか」

 三人は一時の勝利に酔っていましたが、翌朝目を覚まされる出来事が起きたのでした。

 翌朝、兵士が眠い目を擦りながら、政府軍が敷いた陣を見ると、一団が岡を駆け下りていたのでした。慌てて角笛を鳴らずと、反乱軍の兵士は慌てて飛び起き、鎧を身に纏ったのでした。全兵士が戦闘の準備を整えると、政府軍の進撃は止み、一人の白馬に跨がった武将が出てきたのでした。槍を片手に派手な飾りのついた鎧を纏った男は反乱軍に叫んだのでした。

「寝込みを襲うつもりだったが、寝起きはいいみたいだな。褒めてやる。朝の武芸の訓練の相手を探しているところだ、すこしは腕の立つ奴はいないか!」

 人を馬鹿にした態度に、怒ったファルコは叫び返しました。

「そこのやたら飾りまくった奴。お前は誰だ」

「俺か、次期の王と呼ぶべきかな。那破だ!」

 目の前の相手に、ファルコは驚きました。

「ここは王子様がくる所じゃないぞ。大人しく木馬にでも乗っているんだな」

「どこの馬の骨か分からない奴について行っている者よ。哀れだなあ。紀朱王は兵馬に乗りパテリアを掌握した王者ぞ。王たるもの、覇者たるべきものだのだ。私は王家の者としてその血を受け継いだ。帰順してければ罪は許そう」

「権威がここで通用するとでも思ったか」

「面白い、ではお前がそれを私に教えてくれるというのかな?」

 那破皇子の落ち着きはらった態度に、ファルコは獲物を片手に馬に跨がりました。

「ファルコ、よせ!皇子が勝負を挑むからにはなにか罠があるにちがいない」

 止めたのはフィデスでした。

「心配するな。あの王子様にちょいと手ほどきをして差し上げるだけだ」

 言葉は柔らかいものでしたが、ファルコは殺意満々でした。

 ファルコと那破皇子は両軍が向かい会う中、戦いを繰り広げたのでした。

 ファルコの攻撃を那破は交わし、反撃すると、それをファルコが受けるといった具合に両者の戦いは、互角の戦いを繰り広げたのでした。那破皇子の強さにファルコは驚き、また那破皇子もファルコは優れた将であることを悟ったのでした。

両者は何度もぶつかり合い、その戦いは果てることありませんでした。互いに息を切らし疲労が見え始めた頃、政府軍の陣地より退却の合図が鳴ったのでした。同様に真正政府軍からも退却の合図がでました。

 ファルコと那破皇子は、離れると獲物を下ろしました。

「貴様、なかなかやるな。いい汗をかいたぞ。朝の鍛錬の相手としては申し分なかったぞ」

「光栄だな。王子さま。今度は寝起きでなく、朝食後にお願いしたものだ」

 お互いに捨て台詞を残すと、それぞれの陣地に戻ったのでした。

 政府軍の退却の合図を送ったのは、プロディティオでした。那破皇子の武芸のほどは分かっていましたが、反乱軍の将が実力があり、誤って倒されでもしては大変と、頃合いをみはからって合図を送ったにでした。

「殿下無茶をなさいますな。相手は本気で殺しに来ているのですぞ」

「そうでなくては面白くない。しかし彼の男強かった」

 皇子は相当疲れた様子でした。

「軍勢をどうなさいます?敵は目の前ですが」

「当然お前の合図通りに、岡まで退却だ。主戦場はここではない。無駄に兵を消耗しては意味が無い」

「それが分かっておいでで、無茶をなさる」

 プロディティオの非難の言葉に、那破皇子は涼しい顔をしました。

 政府軍は退却すると、真正政府軍も安堵し、兜の緒を解きました。ファルコは汗をかいたので、団扇で扇ぎました。

「あの王子さま。俺たちの大将違って、武者であった。仕留め損なったぞ」

 ファルコは悔しそうでした。フィデスもファルコほどの豪の者が苦戦するとは予想外でした。兵は増員されたものの、政府軍の反撃が強くなるのではないかと危惧したのでした。

 それ以降、政府軍からの一騎打ちは、有りませんでしたが、政府軍が戦いを起こし始めると、小競り合いをして直ぐに岡に引き下がるといったことを繰り返したのでした。

この消極的な攻撃に、フィデスは首を捻ったのでした。

「おかしい」

「何がだ」

 フィデスが眉間に皺を寄せ敵の陣地に目をやるとると、ファルコが同じく岡に目をやりました。

「攻撃が消極的すぎる」

「まあ、そうだが」

「単身決闘を挑むような男が、何故このような戦いをする?」

「奴らは守る側、俺たちは攻める側、消極的なのは当然ではないのか」

「皇子の性格からして、これはおかしい。なにかあるぞ」

 フィデス怪しんだものの、政府軍が消極的な攻撃を仕掛けるのであれば、逆に積極的に攻撃しメディスまで撤退させればよいことと、兵をさらに支配地から集めると、次第に圧力を強めていったのでした。

 すると政府軍も流石に抵抗が難しくなったのか次第に後退を始め、岡を退き、背後の平野部に移動したのでした。遠くにメディスの城塞が覗え、ファルコは一気に政府軍を蹴散らそうと考えたのでした。

 しかし、以前フィデスの危惧した通りに、ほどなく陣内に伝令が着き、ウンダ河より政府軍が上陸し、背後の支配地区を荒らしているとの報告がもたらされたのでした。

「不味い、メディス攻略のため兵をここに集めすぎた。がらがらの横っ腹に短刀を突き刺された」

「皇子が現れ、そちらに意識が集中してしまった。このままでは前線で孤立してしまうぞ」

 メディス攻略が現実味を帯び始め、兵を極端に前線に集めたことが裏目にでて、背後の支配地を政府軍によって良いように荒らされたのでした。

ファルコはオティスに前線の防衛を任せ、自らは背後に回った政府軍を一掃すべく、軍を分け南下しようとしました。いよいよ出発しようとしたとき、伝令の早馬が飛び込んできたのでした。ハレエレシスの命令書でした。

 ハレエレシスは政府軍は水軍主体の軍勢で背後を襲ったものの、ウンダ河近辺に限られであろうから、背後を恐れる必要は無しと述べてあったのでした。兵站は安全な内陸部へと変更するので、物資面の輸送については心配しないように、さらに東への支配地の拡張向けられたアルゴンを上陸軍掃討に向かわせるとし、メディスへの圧力を弱めないようにと指示していました。

「これを信じていいのか」

 文面を読んだファルコは、悩んだ様子でした。

「あの爺さんの奇想天外な作戦には驚かされ放しではないか」

「アルゴンが到着するまで、背後を荒らさせるのだぞ」

「俺たちは補給ルートが確保されれば、それで良いはずだ」

 フィデスの言葉に、しぶしぶファルコは従うことにしました。


 メディスの都を背に陣を敷いていた那破皇子は、反乱軍が後退する様子もなく、相変わらず大軍を維持したまま、圧力を加えてくるので不思議がっていました。

「おかしい、奴らは背後が荒らされていることを、そろそろ知り始める頃だが」

 那破皇子は炒った豆を頬張り、忌々しくかみ砕きました。

「知ってはいるのでしょう。その上で動かないのでしょう」

 プロディティオはいらつく那破皇子をどうやって、なだめようか考えていました。

「それまでにはメディスを落とすつもりか」

「あるいは数ヶ月ほど持ちこたえるだけの物資を、所有しているかでしょう」

「だとすれ我が方は、このままにらみ合いをし、食料が尽きるのを待てばよいという訳だな」

 那破皇子は戦いたい気持ちを、押さえているようでした。

「それより、悪い報告が参りました。北の反乱への討伐軍に事件が発生しました。先鋒であるガイウス将軍が敵の奇襲に遭い戦死したとのこと、この時総司令のご子息も亡くなっています」

 この報告には那破皇子は思わず炒り豆の袋を落としてしまったのでした。

「馬鹿を申せ。ガイウス将軍は歴戦の強者ぞ。何故殺される?誰か内部の者が謀反を起こしたのか」

「敵は三千の兵でもって、丘の上から奇襲を仕掛けたようなのです」

「三千だと。こちらは先鋒とはいえ十万の軍勢がいたはず」

「報告ではそのようにと」

「馬鹿げている。まるで暗殺ではないか。将軍はよほど隙をみせたのであろう」

「かもしれません。我々も油断してはいけません」

「するものか。ほれこの通り、衝動に耐えているではないか」

 那破皇子は腕を広げました。

「誠に」


 その頃、ルースではトラボーがガッリアからの船の到着を待っていました。反乱軍の首領という地位にあっては。港で待ち受けることは出来ず、ルース政庁で報告を待つしかありませんでした。待っているのは養父であるマレボレでした。

彼はトラボーを紀朱王の魔の手から救い出し、ガッリアに逃れ、トラボーを育てた忠臣でした。亡き前王がいかに素晴らしい人物であったか。父王が紀朱王によっていかにひどい裏切りによって殺されたのか、トラボーが真の後継者であるなど、しっかりと教えてくれた人物でした。その恩はトラボーは深く感じ入り、臣下のものでありながら養父と慕っていたのでした。

「マレボレ。よくぞガッリアより、私のものに来てくれた。忠臣のお前が居て、どんなに私は心強いことか」

 マレボレを待ちかねたようにトラボーは歩み寄り手を取りました。

「舜殿下には、数々のご成功おめでとうございます」

 マレボレはトラボーに対し、王族名で語りかけるのでした。トラボーはマレボレとともにガッリアに亡命していたので、舜とトラボーの二つの名前を使い分けていました。長いことトラボーという親しみやすい名前を使用していたので、そちらに慣れてしまい、いまでは本当の名前のようになっていました。しかしマレボレは王家の後継者として王族名を名乗るべきとしてトラボーに諭していました。

「殿下がこの様に成功を収められるとは、臣下として嬉しいかぎりで御座います」

「お前が、ガッリア王より、ファルコとフィデスを借り受けてくれたおかげだ」

「彼らは、ガッリアでも名の通った者達です、しかしこの様に順調に反政府勢力を築くことができるとは予想外でした」

「私もだ、これはハレエレシスの力にちるとこらは大きい」

「殿下、その者は誰ですか?」

 マレボレは怪訝は顔をしました。

「ブルマの乱の陰の首謀者だ」

「そんな男が我々の中にいるのですか」

 マレボレは驚きました。

「ブルマの乱が失敗したのは、彼の同士が愚か者の集まりで、勝手に動いたことによる。下手をすれば、彼は宰相の地位にあったかもしれない」

「殿下、優れた臣下を持つのは結構ですが、君主はその上になければなりません。用心しませんと、いつ地位を脅かされるか分かりませんぞ」

「同じような事をファルコ達にも忠告されている」

「何故、その様な者を仲間にされたのです?」

「ファルコは武芸に優れ、フィデスの魔法も一級品。しかし軍師の器ではない。私はこの部分で人材が欲しかった。ガッリアにいた時、パテリアに優れた人材が隠れ潜んでいると聞き及び、仲間にしたのだ」

「その者は殿下に忠誠を誓ったのですか?」

「臣下というわけではないのだ。彼は志があり。利害が一致したため、我らに協力しているのだ」

「なんという事ですか。その様な者に権限を与えているのですか」

 マレボレは声を大きくしました。

「そう、怒らないでくれ。ハレエレシスには天下取りの野望はないように思える。彼は異質のものを対象としている気がする」

「分かりかねますが。その者がどの様な人物であるか、一度会ってみなければ納得出来ません」

「その様に心配なのであれば、連れて行こう。いま彼は河からの政府軍揚陸部隊への対応に追われている。ゆっくりとした話はできないがそれでもよいか?」

「結構です。それとファルコ達は今何処に?」

「彼らはメディスの近郊だ。政府軍とにらみ合って動けない状態にある」

 トラボーはハレエレシスが快く向かい入れてくれるか少し不安でした。しかし、マレボレの懇願を聞き届けなくてはならないと思ったのでした。

 トラボーはマレボレとともに、海軍局に行くと、そこで指揮を執っているハレエレシスのもとにやって来ました。トラボーが突然、やって来たので何事であろうかと、彼は水軍の将に模擬訓練を指示すると出迎えたのでした。

「いかがなされましたかの」

 ハレエレシスは、忙しいにも関わらず、明るく接してくれたのでした。

「水軍の強化がどうなっているか気になってね」

「左様でしたか。ご心配には及びませんぞ。今、魔法部隊と水軍の連動した動きを覚えさせているところです。ウンダ河を今は良いように政府軍に使われていますが、追い返してみせましょうぞ」

「政府軍の上陸部隊が支配地を随分荒らしていると聞き及んでいるが」

「ご心配にはおよびますまい。それにはアルゴンが対応しています。メディスの主力はファルコ達によって釘付けにされていますから、被害はさほどのことはありません。水上圏を押さえれば、なんの問題もないのです」

「その言葉を聞いて安心した」

 トラボーはハレエレシスの言葉に安堵しました。

「そうそう、政府軍はナティビタスを四十万の大軍で包囲したそうですぞ」

「政府軍が北に向かうとは予想外であった」

「宰相の考えから、予想はついた事です」

「そうなのか。我々の方が支配地も多いし脅威たと思ったのだが」

 トラボーの、自分たちが上なのだという自負が、反発心を呼びおこしました。

「我等と彼らは意味が違うのです。しかしこの戦いは我らに有利になりましょう」

「それは一時的なものではないのか。北の賊を平らげたあと、その矛先は真正政府の我々に向かう」

「その時は、政府軍は大打撃を被った後ですので、退けることもできましょう」

「政府軍がか?無傷でここに来るのでは」

「それは違います。政府軍は敗北するでしょう」

 ハレエレシスの言葉にトラボーは驚き、口を開いたままになりました。

「冗談であろう」

「弱者は政府軍なのです」

 トラボーはハレエレシスの論法についていけませんでした。ハレエレシスはトラボーの背後で二人の会話を黙って聞いている男が誰であるか気になっていました。その視線に気がついたトラボーは、マレボレを紹介したのでした。

「貴方が養父の方でしたか、お初にお目にかかります。私はハレエレシス。若殿のお手伝いをさせて頂いております」

「私はマレボレ。養父などと、私は殿下の臣下のに過ぎません。貴方は、数々の手腕でここまで導いてこられたと聞き及んでおりますぞ」

「微力ながら助勢したまでのことです。私が居なくて誰かが成した事でしょう」

「ご謙遜を」

 両者は微笑みました。

「戦況はなかなか厳しい様ですな」

「メディス攻略を前にして、急速に勢力を拡大した付けの精算がやって来ただけです。戦力を充実させるには日数を要すします」

「それを聞いて安心しました。貴方無くば、この様に首尾良く進むことは出来なかったでしょう」

「メディスを獲れば、政府軍と対抗できるだけの力を有することになるでしょう。そこでですが、貴方は本当に殿下に王位に就かせたいと思っているのですかな」

 ハレエレシスの鋭い視線が飛んできて、マレボレは一瞬寒気を感じました。

「それは無論です」

 マレボレは平静を装ったものの、ハレエレシスは危険だと感じたのでした。

 その後、元ブルマの反乱者であった魔法使いがファルクタスがやって来て、魔法軍団の編成について相談し始めると、仕事の邪魔をしてはいけないと、トラボーはマレボレとともに去ったのでした。

「今のあの男は誰だ?」

 ファルクタスが尋ねると、ハレエレシスは興味なさそうに、編成書に手を加えました。

「養父らしい。育てて貰ったことに恩義を感じているようじゃ」

「紀朱王の魔の手から皇子を救った男か。俺は前王の臣下が救ったのだとばかり思っていたが、彼の男、紀朱王の側近だった男ではないか」

「それ以上、詮索するな友よ」

 ハレエレシスは制しました。

「お主、何かを知っているな?」

「若者のなんと不幸なものであろうか。側近のフィデス、ファルコは所詮はガッリアからの借り物、王となったとしてもガッリアの食い物にされることになるであろう。我々だけでも、支えにならなくてはな」

「悪いが、俺は紀朱王への復讐のために戦っているのでなあ」

「ならばこそ、若者の同志と言えるではないか」

 ハレエレシスは笑うと、書類に印を押しました。

 海軍局よりルースの庁舎に戻ったマレボレは、庁舎城でこれまでのいきさつをトラボーに詳細聞いたのでした。マレボレはハレエレシスの手腕に感嘆するとともに、さらに警戒を強めたのでした。

「想像以上の男のようですな。殿下が信任されるのも分からぬ事ではありませんが」

「そうであろう。師にであったかのようだ」

 トラボーは浮かれた様子でした。

「殿下、優れた犬は有用であるますが。それは忠誠心あってのこと。いつ牙をこちらに向けてくるか分かりません。殿下はあの男を制御出来る力をお持ちでしょうか」

「あの者は、これまで誠実に尽くしてくれた。それでは不十分か?」

「利害が一致したので、協力してくれているとのことですな。あの男の望みはなんです」

「それは私も分からぬ」

「それでは、繋ぎ止める方策が見いだせません。メディスを落としたら、追放しましょう」

「そなたまで、そう申すか」

 トラボーは困惑しました。

「なるほどファルコ等も同意見というわけですな。私は前線の彼らに会い今後について打ち合わせしましょう」

「私にはあの者が必要なのだ」

「殿下の為を思えばこそですぞ。あの男はブルマの乱の陰の首謀者なのですぞ。我々の手におえるものではありません」

 マレボレに強く言われて、トラボーは肩を落としました。トラボーには、老人が親身になって尽くしてくれているように、感じていたからでした。

 マレボレがファルコ達のもとに向かうと、トラボーは分裂する臣下に頭を痛め、憂鬱な気分を紛らわそうと、お忍びでルースの町に出たのでした。北では政府軍との戦が行われているのが嘘の様に町は穏やかでした。トラボーは人で賑わう市場を散策し、所狭しと広げられた品々に目を奪われたのでした。やがて、市場の端の運河に出たとき、貧しい少女のレッジーナを思い起こしたのでした。

 彼の少女は如何しているのだろうかと、彼女が住んでいた場所に向かってみると、そこには誰もいませんでした。廃墟に一角に作られた掘っ建て小屋は残っていましたが、今は人が住んでいる様子もなく、代わりに小動物が住み処としているようでした。

 トラボーは酷く落胆すると、彼女の姿を求めて、運河沿いに歩いたのでした。トラボーは何故自分が、彼女を求めているのかわかりませんでした。ほんの通りすがりの少女のはずでしたが、何故かトラボーは彼女の姿を追い求めていたのでした。町の中を隅から隅まで探し回り、いつの間にかお日様が天井高くにありました。疲れ切ったトラボーは、自分は何をしているのだろうと、自虐的になり、彼女は路傍の花に過ぎなかったのだと納得させ、庁舎城に帰ろうとしました。

 すると風に乗って微かに少女の歌声が流れて来たのでした。トラボーは聞き耳を立て、その声のする方に向かって、歩いていったのでした。崩れた塀を乗り越え、民家の庭に恐る恐る侵入してみると、そこには陽気に歌を歌いながら、壺の中をこねているレッジーナの姿があったのでした。

「やあ」

 トラボーが手を挙げ、親しげに近づいてくると、それに気がついた彼女は手を止め彼の方を振り向いたのでした。

「あなたはいつかの」

 彼女は驚いたようでした。

「君の歌声が聞こえたのでね」

「そんな大声出していたかしら」

 彼女は少し赤くなりました。

「歌声が綺麗だから気がついたのだよ」

「まあ、お上手ね」

「今は、ここに住んでいるの?」

「そう、今度はちゃんと屋根があるし。ちゃんとした建物よ」

 家を見渡すと、しっかりとした造りの建物でした。

「この家どうしたの?家賃でも払っているの?」

「あの掘っ建て小屋に住んでいたら、老婦人が危険だからと住まわせて暮れたの。でもその老婦人は肺炎で亡くなってしまって、そのまま自分の家となったわけ」

「そうか君がこの町から居なくなってしまったかと思ったよ」

「あら、私に事、気に掛けていたの」

 彼女の素っ気ない言葉でした。

「今も、拾いもので漬け物作っているの?」

「馬鹿ね、いつまでもそんなことする分けないでしょう。これ食べてみて」

 彼女は包みからお菓子を取り出しました。

「旨い」

「でしょう。亡くなった老婦人に教わったの。彼女は昔フローレオに住んでいて、そのお菓子は王宮に納めたこともあるそうよ。アピアという王宮の女官の人が大層好んで宣伝したおかげらしいけど」

「確かに、これ欲しがる人いるよ」

「他にいろんなお菓子があるのよ。私はこれで稼いでいるの」

「はは、たくましいなあ」

 トラボーは恐れ入りました。

「貴方が食べたのは試作品。口に合ったみたいだから大丈夫ね」

「何処で売っているの?」

「公園なんかでよ。でもちゃんとして、市場にお店を出すか。ここで店を開くかしようと思うの」

「しかし、それには元手がいるけど」

「今まで、稼いた分と、お婆さんが残した分がるから、なんとかなると思うわ」

 その時、家の中から籠を提げた女の子が出てきました。彼女はトラボーに気づき躊躇しました。

「一緒に暮らしている、ニーナよ。行き倒れだったのを、ここに連れて来たの。人見知りするとがあって、売り子さんにはまだまだだけど、私の従業員一号よ」

 トラボーが挨拶すると、ニーナも会釈して、隠れるように家にの中に消えて行きました。

「あんな感じなんだけど、いろいろ手伝ってくれた助かるわ」

「君は一歩ずつ夢に近づいているね」

「あら、貴方はどうなの?まだ悪い伯父さんから財産を取り戻そうとしているの」

「そうなんだけど」

 トラボーは頭をかきました。

「大変らしいわね。嫌がるのを採り上げようとするから抵抗されるのね」

「いろんな人が財産を取り戻すのに手伝ってくれるけど、なかなか上手くいかないんだ」

「その身なりだと平民の商家の出みたいだわね。財産取り返しても、商売ちゃんと出来るの?旧態依然ではいずれ没落するのが落ちよ。ちょっと悔しいだろうけれども、諦めて自分の財産をこしらえたらいいんじゃないの。そのほうが身になるわよ。私たちにはいろんな道が用意されているのよ。相続に囚われるには不幸だわ」

 レッジーナに理解してもらえないと感じたトラボーは少し残念がりました。

「たとえ話だけど。僕が王子で、悪い伯父さんに国を盗られたらとして、他所の地に国を興すのかい」

「まあ、大きな話にしたわね。貴方が王子さま。なにか頼りないわ」

「悪かったね」

 トラボーは少しへそを曲げました。

「でもそれでもいいわ。お答えするわ。他所の地に国を造るといっても簡単でないし、返して貰いたいわね。でも一番肝心なのは、王子さまがどんな国を造りたいかだわね。王子様の国なんだろうけど、私たちの国でもあるのよ」

「その言葉、他の人から聞いたことあるよ」

 トラボーは痛いところを指摘され、頭を垂れました。

「あら別に人にも、たとえ話をしていたの?でもそう答えた人は偉いわ。王様のために私たちは居るのではないわ。私たちの為に王様がいるのよ」

「滅多なことを言ってはいけないよ。誰が聞いているか分からないよ」

 トラボーは口に指を立てると、辺りを見渡しました。

「私は思った事を言っているだけ」

「それを聞いたら、ハレエレシスが喜ぶよ」

「誰なの?」

「僕の協力者というか。師に近い人かな。その人は民主制こそが有るべき姿だと夢を描いているんだ」

「なにか分からないわ」

「東の小国の国の治め方だよ。政治を平民が投票で決めるというものだよ。王様ももちろん選ばれてね」

「変なものあるのね。それでその国は今もあるの」

「滅んだ」

「まあ」

 レッジーナは口に手を添えました。

「そうね、みんな自分勝手が好きだし、得た権力は手放したくはないでしょうから。みんながルールを守らなくては出来ないものだわよね」

「そうではなくて侵略されたんだ。経済優先で国防をおろそかにしたんだ」

「どうしてそうなるの。私には理解出来ないわ」

「だろうね。もう少し面白いのは、働く人の代表が王様や豪商ら特権階級を引きずり下ろし、労働で得た利益を平等に分配するというものがあるんだ」

「ますます混乱してきたわ。それが一番なの?」

「いいや。特権階級が変わっただけで、平等すぎてみんな働かなくなるんだよ」

「馬鹿ね、。人は貧乏だったら平等を願うけど、裕福だったら特権を望むものよ。それ考えた人、本ばかり読んでいる夢想家でしょう。馬鹿みたい。もうその話はやめましょう」

 レジーナは焼けたお菓子をフライパンから取り出しました。

「ところで、貴方は何か仕事をしているの?」

「仕事というか、財産を取り戻しているんだけどね」

「要するに無職なんでしょう。駄目じゃないの。いいわ私が雇ってあげる」

「僕を、君がかい?」

「そうよ、あなた過去の亡霊に取り憑かれているわ。私が忘れさせてあげる」

 レジーナが本気だったので、トラボーは不味いと感じて、一目散に彼女の家から逃げ出したのでした。


 反乱軍との膠着状態が続き、暇をもてあましていた那破皇子は、剣の鍛錬に励んでいたのでした。するとそこにプロディティオがやって来て、水軍の戦況を報告したのでした。

「ウンダ河は我々の支配圏にあるものの、反乱軍が陸上での反撃を強め、押し返されつつあります」

「不味いなあ」

 那破は剣を納めると、布で汗を拭きました。

「だがこれで良いのです。主力が来るまで、待てばよいのです」

「その四十万の大軍はどうしている。古都の観光でもしているのか?」

「ナティビタスの主力は、古都を取り囲んでいるものの、落とせずにいます」

「馬鹿げている。町一つに何故手こずっている。北の反乱軍がそんなに強いというのか」

「報告では敵将は何万の軍勢の間を、突き破って進むようです。宰相を囮に誘い込んだものの捕り逃がしたとのこと」

「コンジュレッティオも息子を亡くし、覇気を無くしたか。地に足が着いていないようだな」

「城への攻撃をことごとく跳ね返され、どうやら赤鬼騎士を出すつもりでいるようです」

「彼の部隊か、怖い存在だな。しかし、その到来を待たされる我々としては、迷惑な話だ。たかが古都に巣を作った反乱軍に手こずる主力の力を頼るのもどうかな」

「しかし、不要に軍を動かせば、隙を作り、そこを攻められますぞ」

 プロディティオは諫めましたが、皇子は反乱軍に政府軍の力を見せつけたくてしょうがありませんでした。

「私は、軍勢を率いウンダ河を下り、敵の台所であるルースを襲うことにした。メディスの残存部隊は旗を立て、人形を並べ、あたかも大軍が居るかのように演技させ、敵を釘付けにさせる」

「ウンダ河は我らの支配圏なので背後を襲われる心配はありませんが、悟られたら攻城戦となりましょう。ルースから直ぐに戻れましょうか」

「大丈夫だ。我々の水軍は優位にある。賊はルースを奪われたと知ると、メディス近郊から去り急ぎルース奪還に向かうであろう。奴らが陸路を走り疲れ切ってたどり着いたところを襲うとしよう」

「見事な作戦ですが。戦いによって状況は変化しますぞ」

「危険を冒さずして、勝利の女神は微笑まないものだ」

 那破皇子はそう言うと、配下の武将に集まるように指示を出したのでした。

 反乱軍のファルコ等は、那破皇子が武勇に優れ、それでいて誘いに乗らずじっくりと戦っているので、手を出せずにいました。野戦でこれだけのにらみ合いを続けているとなると、攻城戦になったらもっと厄介になるであろうと、頭を痛めていました。皇子の狙いが無駄な戦いは控え、北に向かった主力の到着をもって反撃しようとの意図をファルコ等は読み取っていました。政府軍のウンダ河からの上陸にはアルゴンが対応し、押し戻しており、兵站は守られましたので、犠牲覚悟で強引な攻めを仕掛けてもよいところでしたが、丘にたなびく政府軍の旗を見ては何か策を講じなくてはと焦っていました。

 そこに伝令が飛び込んできたのでした。

「報告致します。皇子率いるメディズの主力がルースに上陸。戦となっています」

「馬鹿な。それでは岡の上の兵は、囮であったか!」

 那破皇子のこれまでの戦いから、無謀な戦をしない人物と読んでいたファルコは見事に欺かれたことに愕然としたのでした。

「ウンダ河は敵の支配圏だ。水上の機動力を生かし一気に、我々の財源を襲ったようだな」

 フィデスが渋い顔をしました。

「皇子の奴にまんまと騙された。慎重な動きを見せていたのはこの為だったのか」

「前面の政府軍は張り子であることは分かったが、ルース近郊の守備部隊では対抗できまい。我が軍が南下し、防衛に当たらねばこのまま本拠地のガニメティオまで攻め上られかねない」

 フィデスが直ぐに全軍の退却を命じようとしたとき、伝令の者が慌てて、書面を差し出したのでした。それはルースの対岸の海軍局にいるハレエレシスからのものでした。

フィデスは急ぎ、書面を開き、読んでみて驚いた。

「老人からの指令はなんと書いてあった?」

 ファルコが近寄って、文書を読もうとしました。

「軍師の指令は、好機到来。メディスを落とせとのことだ」

「なに。ルースを捨てろと言うことか?」

「軍師は、皇子が博打を仕掛けてくるのを待っていたようだ。メディスの兵は多く、普通に攻めては、守備側の優位で落とすことは難しい、そこでルースという餌を用意して皇子を食いつかせたようなのだ。それまでウンダ河における水上戦において負けを繰り返して見せ、誘い込んだ後、魔法部隊を投入し、一気にメディス主力を葬る作戦だったようだ」

「すると今頃は!」

「おそらく皇子は、老人の罠に嵌まっている」

 ファルコは急ぎ、将等に戦いの準備を始めるように指令をだしました。大勝負を前に戦気が湧きあがってきたのでした。

「あの爺さんは一癖も二癖もありやがる」

 いまいましそうにファルコは言いました。

「だからこそ除かなくてはならないのだ」

 反乱軍は張り子の虎であった政府軍前線を難なく破ると、その勢いのままメディスに向いました。北のナティビタス、中央のフローレオそしてそれに並ぶ大都メディスの城は強固でした。残存守備部隊の兵力で守っているメディスに、ファルコ等は苦戦しました。しかし兵を潜入させると、守備兵だけでは守り切れず、内外から呼応して城門を破ると、メディスは陥落したのでした。


 遡り、反乱軍に悟られずウンダ河の密かに南下し、奇襲を仕掛けようとした那破皇子は自信満々に英雄になったかのようでした。敵の裏をかき打撃を与えるとなると、痛快この上ない満足感に満たされるのでした。メディスを囲む反乱軍の悔しがる顔を思い浮かべながら、船上から遠くルースの街の灯りを望んだのでした。

 皇子の大勢の兵を乗せた船団は、反乱軍の警備艇に発見されたものの、抵抗もなく船団は到着し、上陸を開始したのでした。

「これだけの大軍で夜襲をかければさしたる抵抗もなくルースを手に入れることができよう。日が開けたら、反乱軍の海軍局なるものを攻め落とし、その手を返し一気に敵本拠地のガニメティオを目指す」

 意気揚々と皇子は語ったのでしたが、プロディティオは一抹の不安がよぎっていました。

「皇子。直接ルースを襲うのでなく対岸の海軍局をかたづけたほうが良いのではありませんか?」

「あのような貧弱な軍が、なにが出来よう。我が水軍の陣容を見よ。つけいる隙などないぞ」

 皇子はきっぱり否定しました。彼は全軍を上陸させると、夜道をルースに向かって進軍させました。しかし彼らを待ち受けていたのは、何層にも造られた防護柵でした。あらかじめから、ここに来るのが分かった居たかのような用意周到な強固なものでした。

「殿下。これは怪しいですぞ。我々は敵の罠にかかったのかもしれません」

「馬鹿なことを言うな。これしきの障害物で。ならば迂回して進めばいいこと」

 那破がこういったとき、背後のウンダ河に火の手があがりました。どうやら水上で反乱軍との戦いが始まったようでした。この状況に、水軍の力を信じていた皇子は余裕で眺めていました。しかし時間が経過すると、みるみるうちに顔が青ざめてきたのでした。

「これは、何としたこと。わが水軍は負けているのか」

 皇子は目を丸くして、ウンダ河の戦況を見つめていました。ウンダ河では次々に船が燃え上がり、水面を明るく照らし始めました。

「殿下。これはいけません。どうやら賊軍は魔法部隊を連動させ、攻めているようです。このままでは、水軍は全滅してしまいますぞ」

「ならば急ぎ魔法使いを急行させよ」

 那破皇子は指示を出しましたが、時既に遅く、水上戦いは反乱軍の勝利で決着がつきつつありました。大船団は燃え上がり、湖面が真っ赤でした。

「水軍が完膚なきまでに破られるととは、我々は欺かれていたようですぞ。となると陸上も十分な備えがあることでしょう」

「陸上は守備部隊のみであろうから。ルースは落とせるのではないか」

「殿下、我々は敵地の真っ只中に取り残されたのです」

「ならばこそ、この港を獲る」

 こうして那破皇子はルース攻略を進めたのでしたが、ハレエレシスは少ない兵を効率良く動かし、魔法軍を陸上戦に投入すると、政府軍の被害は大きくなってきました。

「敵には、よほどの知将がいるようだな」

「おそらくハレエレシスでしょう」

「反乱軍が軍師としている男だな」

「これ以上の攻めは出来ません。矢も薬もだいぶ消耗しました。大軍が故に今後は食料が気がかりです」

「では如何する?」

「我々に逃げ場はありません。敵領内を強行突破しメディスを目指します」

「敵との戦闘となるが」

「それを避け、迂回し逃れるのです」

「気にくわないが、メディスに戻ったらこの例をしてくれる」

 こうして皇子は内陸部を大きく北北東に進路をとり、強行軍を行いましたが、反乱軍の度重なる攻撃を受け、脱落兵が急増し、メディス近郊のビダ街道にたどり着いたときは、二割ほどの軍勢にまでになってしまったのでした。

 そこで彼らはメディスが反乱軍の手に落ちたことを知ったのでした。皇子は地団駄踏んで悔しがり、プロディティオの提案に従って、フローレオに帰還し再起を図ることにしました。そして、重い足取りでフォローレオを目指していた那破皇子のもとに、北の反乱軍の戦況の報ががもたらされたのでした。

「ナティビタスの反乱軍討伐は失敗し、本軍は魔法により消滅。総司令は戦死されました。宰相は討伐を断念し、撤退を決意されました」

 パテリア最強の軍勢が敗れたことは、衝撃的なことでした。数々の反乱軍を破り、ヘテロ国とも激戦を繰り広げてきた軍勢が、古都に籠もった僅かな反乱軍に敗退するなどあり得ないことでした。

 那破皇子は剣を杖に、力なく崩れると、自らの不始末とともに悔し泣きしたのでした。


 ゲーム機を買いまして。ウイッチャー3なるゲームをしていたところ、物語に入り込んでしまいました。小説を平行して書こうとしましたが、妄想力が働きませんでした。

RPGに吸い取られ得たというのか、非現実の世界をRPGで味わってしまうと、小説の妄想力が湧かなくなるんですね。小説の原動力というのは、実世界からの逃避、妄想力なのではないかと思いました。

 古都の戦いが終了したので、人と人の戦いは終了と思ったら、よく考えたらトラボー達の戦いが残っていましたよ。初期設定ではここまでページを割く予定ではなかったんですけどね。

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