第57回 先 鋒
<登場人物>
グノー 主人公の兄弟子魔法使い
メディカス 僧侶(酔遊仙のメディカス)防御魔法、治療魔法、躰術
ホーネス スカラ国戦士(神槍のホーネス)槍の使い手
レピダス 黒虎騎士(銀弓のレピダス)弓、双頭槍の使い手
デュック 元宰相の子(斜行陣のデュック)参謀、双鞭の使い手
アスペル 女盗賊(黒豹のアスペル)スリング、手裏剣、メイスの使い手
ストレニウス 赤鬼騎士(重戦車のストレニウス)双手剣の使い手
ソシウス 斧使いの大男(旋風のソシウス)バトルアックスの使い手
エコー ヘテロ青竜騎士(鎚人馬のエコー)風の魔法使い、ヴォーハンマー
フィディア 芙蓉記伝承者(譚詩曲のフィディア)竪琴
グレーティア 主人公
プエラ 主人公の幼なじみの娘
ビルトス 主人公の師(本名ダーナ)
デスペロ 魔法宰相
コンジュレティオ 軍総司令
ガイウス 将軍 先鋒 旧政府反乱軍の南下を阻止
エレミアス 将軍 知将 ヘテロ戦で窮地を救う
ペラギウス 将軍 猛将 勇猛果敢な武将
ティモテウス 将軍 多数の敵将を倒した実績あり
ユリウス 副将 総指令の息子
オリス 怪物ハンターリーダー
ベル オリスの仲間若年
ウルムス オリスの仲間、剣士
モータ オリスの仲間、風の魔法使い
パテリアの正規軍が王都に凱旋してから、二月が過ぎました。ヘテロとの長い戦いに疲れた兵士達の英気も養われ、自由行動を許され散っていた兵士達も続々王都に集まってまいりました。兵士達の間では、戦いの気運が徐々に高まり、誰が一番の功績を残すか話題となっていました。もちろん二ヶ月程度では完全に癒やされたと言うわけではありませんでしたが、次の戦う相手が隣国のヘテロでないことが兵士達のゆとりにつながっていたのでした。これまでパテリア軍は、幾度も反乱者を鎮圧してきた経験があり、そのことが今度の戦いが容易い仕事で、生きて帰れるという、安堵感が漂っていたのでした。
王都フローレオにて出陣式が行われ、王の鼓舞を受けた精鋭軍がいよいよ反乱軍討伐と向かいました。目指すはナティビタス、大軍がヒパボラ河を遡上しました。
今回の戦いで一番気合いがはいっていたのはパテリアの宰相デスペロでした。彼はこの討伐に、以前西部方面でワルコ探索をさせた以上の魔法使い達を投入したのでした。軍の総司令であるコンジュレッティオは、北の反乱軍にそこまでの危機感はなく、むしろ南方の反乱軍について注意を向けるべきだと思っていました。しかし、王の命により北伐が決まった以上、軍人としての責務を果たなくてはなりませんでした。
「先鋒軍が都を立ちましたな」
先鋒軍の出撃を見届けた宰相は、城壁の上で総司令に語りかけました。
「かの軍は露払いとなる。まもなく我々も出撃することになるので魔法使い等の、準備を怠りなく願います」
甲冑に身を包んだコンジュレッティオはデスペロに念を押しました。
「そちらは万全の体制です」
「しかし、北伐に総勢四十万の大軍を送り込むとは。王命であるから仕方ないが、無駄が多すぎのるのでは?魔法城だからといって、これでは遊軍が発生しかねない」
「南方の反乱軍対応に兵を残せと申されるか。指令、このたびの作戦は一つの城を落とすことでないことはご理解頂きたい」
宰相は、厳しく戒めました。
「その事は承知している、この作戦がワルコ只一人の殺害であることを」
「左様、如何に大軍をもってナティビタスを落としてもワルコを捕り逃がしたのでは、敗北に等しいのです」
「故に、鼠一匹逃れられないように、古都の周囲を封鎖させるということだな」
「そうです、これは戦というより捕り物と言う表現がよろしいでしょう」
総司令は心に釈然としないものを感じ、腕を組みました。
「南方の賊どもは、ご安心ください。陛下に太子の謹慎をお解き頂くように進言しました。太子がご病気の陛下に代わり王都をお守りなさることでしょう」
「であれば安心というものか。太子は知勇優れた方、臨機応変に対応なされることであろう」
「私は右腕のウーマーを都に残すことにします。この者は私の後継者にふさわしいと考えている者です」
「貴方の、傍らに控えている者ですな。宰相、彼の人物は何か危険な臭いがしまずぞ」
総司令の顔が厳しいものに替わりました。
「確かに人当たりは良くありませんが、有能です。お役に立つ時がくることでしょう」
宰相は、総司令が何故かウーマーを嫌っていることに、頸を傾げました。
「我々が東部でヘテロと戦って居た頃、西部方面にてワルコ殺害を大々的にされていたとのこと、今回は勝算はありますかな」
「あの時はワルコが魔法が使える少女である以外何の情報もなく、困難を極めました。しかし、現在ワルコの姿については、目撃者が多く存在し、また人相画もあり、容易に発見できることでしょう」
「では、私の部下に覚えさせるとしよう」
「ワルコだけでは不十分です。ワルコの配下の魔将についても周知するべきです」
「魔将?名前はすごいが」
「先頃、王都の宮殿内を騒がした賊がいたことご存じでしょうか?」
「存じている。王都の一番警戒が強場所に乗り込んでくるとは、たいした度胸の奴だ。賊ながら敬服する。近衛兵が言いようにあしらわれたと聞くが」
「お恥ずかしいが、私はその当事者です。その賊こそが魔将の一人なのです」
「王都に乗り込んでくるとは、恐れを知らない奴だ。それの名はなんというのですか」
「旋風のソシウスと称しています。他に元黒虎騎士のレピダス、赤鬼騎士のストレニウス、そして神槍のホーネス成る者もいます」
「ホーネス?噂で聞く、アウダックを倒した男か」
「そうです。かつて我が騎士団の二人が対戦したことがありましたが、鬼神のような強さで、つけ込む隙がないとのこと」
「相手に不足はないようだな」
総司令はやっと、興味をを示したようでした。
ナティビタスでは、政府軍の動きをいち早く察知したデュックは、直ちに仲間を招集すると協議に入りました。政府軍は四十万の大軍で、北上を開始し、一気に踏みつぶすつもりであることが語られました。以前から承知の事ではありましたが、この事実は仲間に重くのしかかってきました。
デュックは魔法城での籠城作戦について、概要を説明したが、魔法という不確定要素に頼り切ってきることに不安を隠しきれないようでした。
「四十万の政府軍に対して、我らはわずか八千。無謀と言えば無謀だが。魔法城を有効活用すれば、この事態は乗り切れる」
デュックの重い空気を打ち消す為の、苦しい発言でした。
「ただ一つ心配なのは、政府軍の数を聞いて、八千の兵士が動揺し離反しないかということだ。わずか、六十名で古都に乗り込み、政府軍四万を退けた実績により、信頼を勝ち得たが、その拾倍の軍勢がやってくるとなると、尻込みするのは通り」
「だったら、俺たちが強いところを見せつければいいじゃないか」
強気の発言をしたのはストレニウスでした。
「待て、敵を甘く見てはいけない。数だけでないのだ。迫り来る四十万の中に精鋭部隊があるのだ。そいつは、ヘテロとの戦いで戦慣れしているんだぞ」
レピダスはストレニウスを戒めました。
「そんなの分かっているさ。しかし相手の出鼻を挫くのも大事なんじゃないか。ソシウスは都で大暴れしたんだ、俺にも出来ないはずはない」
「同意見です。部下の兵士に、戦えるということを知らしめるために、何らかの勝利が必要でしょう」
エコーが賛同すると、静かに聞いていたホーネスが腰を上げました。
「政府軍の先鋒軍がこちらに北上中とのこと、待ち伏せし、その将の首を私が獲ってまいりましょう」
「貴方が強い事は認めるが、魔法城を出て野戦を挑むのは危険だ」
デュックが押しとどめようとすると、ストレニウスが噛みつきました。
「用心深いのはいいことだが、機会を逃しては、後手に回る。政府軍は数に甘えて油断しきっている、今こそが叩くときだ」
デュックは目を閉じ思索しました。常識的に大将の首など獲るどころか、接近も難しいからでした。
「油断している時が効果的かもしれない。では兵三千を連れ襲ってきて貰いたい。ただし深入りは禁じる」
デュック等は直ぐ魔法城の司令室と言える画像の部屋で、政府軍の動きを探りました。
プエラが発見して以来、此の部屋は彼らにとって重要な部屋で有り、それを「馭者室」と呼称していました。
「流石、政府軍だ。兵士の装備も充実している。我々の様に粗末な胸当てに槍だけとは大違いだ。それに規律だっている」
デュックは政府軍の動きを画像で見て感心しました。
「かっこだけだ。俺が証明してやる」
「だといいがな」
ストレニウスの言葉にデュックは、冷めた返事でした。
「政府軍は我々が打って出るとは予想していないようだ。動きが緩慢なようだ」
映し出される政府軍の動きにレピダスが感想を述べました。
「それは狙い通りの展開だな。我々は何処で襲うかだが。政府軍は怖い物なしで堂々と古都を目指すはず。だとすれば、この隘路を通るだろう」
「この場所であれば大軍が横に展開は出来居ない。しかも窪地を通る道でもある。奇襲を仕掛ければ敵将の首を獲ることも不可能ではない」
レビダスは同意しました。
「残るは観客だが」
「観客?」
「我らの戦いぶりを見る者が必要だ。周囲の村々に兵隊が悪さをすると噂を流し、避難させ目撃させるのさ」
「となる、とここいらの山に観客がいるというわけだな」
「そうだ、見苦しく逃げ惑うなよ。我々が堂々と戦えば、見限って逃げる者もいなくなる」
「敵は味方の中にありというわけか、なら俺の雄志見せつけてくれる」
ストレニウスは鼻を親指ではじきました。
「この映像から先鋒軍の陣容が分かってきた。流石に名だたる将軍だらけだ。まず中心にいるのはガイウス将軍、この人物は総司令コンジュレッティオの信任篤い人物だ。数々の反乱軍鎮圧の先頭を任されている。勇猛果敢でヘテロの軍勢相手にも一歩もひるまない人物だ。十五年前最大規模の反乱がカプトで興ったとき、一番に迎え撃ったのは彼で、本軍が到着するまでの間、持ちこたえさせてみせた。先頃では西部にアウダックが反乱を起こしたので、彼を派遣する予定であったが、その準備中にアウダックは仕留められてしまい、動くことはなかった。今回はその憂さ晴らしといえるかもしれない。エレミアス将軍は知将と知られているが腕の方も確かだ。ヘテロとの戦いで青竜騎士団に囲まれ全滅状態に陥った魔法使い等を救出したという人物。魔法使い相手にもひるまない闘志はガイウス以上と言われている。ペラギウス将軍は猪突猛進の表現がぴったりの人物だ、戦いとなると困難な場面でも突撃を仕掛ける。命知らずといえる。ティモテウス将軍は、輝かしい戦功を持つ、数々の戦いにて敵将を破り、胸に倒した敵将の数の星を胸に付けている。ユリウス副将、此の人物は総司令の息子だ。往々にして親の七光りと非難されるが、彼は権威を笠に着るわけではなく、実力でその地位にある。他に良将が数多だな。」
デュックは簡単に説明しました。
「なるほど蒼々たるメンバーだな。で俺たちが仕留めるのはどいつだ」
「もちろん、ガイウス将軍だ。だがそこまで到達できるか?」
「俺たちを馬鹿にするなよ。ここで俺たちの勝ち戦でも観戦するんだな」
こう言うと、ストレニウスは剣を肩に担ぎ、馭者部屋から出て行きました。
十万の軍勢を従えたガイウス将軍は、堂々と古都ナティビタスも目指していました。先鋒とはいえ十万の大軍のため、全軍を動かすとなると大変なことでした。陸路を辿らず船による兵員物資の輸送をしたため、船舶の数は多いとは言え、上陸した軍勢が集まるまで日数を要しました。それから移動を開始しましたので、その動きは反乱に体勢を整わせる時間を与えていました。しかしガイウス将軍は少人数の反乱軍がどの様な体勢を整えようと打ち破る自信をもっていました。それよりも長期に渡るヘテロとの戦いで、休暇が与えられたとは言え、疲れが抜けきっていない兵士が気がかりでした。そのため陸路を避け、船で輸送出来たことは、戦う上で有効に働くであろうと期待していました。
古都への移動を開始すると、反乱軍が待ち構えている様子もなく、彼が見かけるのは大軍の移動を珍しげに眺める、人々の姿でした。正装した政府軍が大挙押し寄せるとなると住民としても珍しいのでしょう。中には手を振って歓迎する姿が見受けられたのでした。
ガイウスはここは敵地でない、自国領なのだと実感したのでした。将軍の一番の心配は反乱軍ではなく、配下の兵士達の行動でした。ヘテロ相手でなく反乱軍相手であることで兵士達の気が緩み、民に悪さをしないかということでした。反乱軍でなく政府軍が蛮行を行えば民の支持を失い、反乱軍に大義名分を与えかねないからでした。
反乱軍の抵抗もなく、悠々と進軍出来ているので、ガイウスはナティビタス到着後の軍の展開を考えていました。今回の作戦は反乱軍の支配地を取り戻すことではなく、また反乱軍を退治することでもなく、目的はワルコという娘の殺害。この一点になる。このことは総司令より、絶対ワルコを捕り逃がしてはならなと厳命されていたのでした。そのため先鋒としては陣が隙だらけになるものの、到着後直ちに十万の軍散を開させ、古都を取り囲み、ワルコの脱出を阻止しなくてはならないのでした。その将軍の配置についてガイウスは頭を悩ませていました。自分が引き連れている将軍等はこれまで、先鋒隊として数々の功績を挙げてきた人物達でした。命知らずで勇敢な武将ばかりで戦いにが勇んで行く者達でこれまで、立ちふさがる敵を粉砕してきたのですが、今回はそれもあり得そうもなく、このまま戦いもなく、城を取り囲むとなると、じっとしていられない武将がてきそうなのでした。エレミアス将軍は冷静沈着な人物なので、安心して任せることができましたが、ペラギウス将軍は戦いがないと不満が爆発しそうな人物でした。追従する将軍をいかに押さえ使うか彼は方策を考えていました。
古都まで道半ばに達した頃、エレミアス将軍から伝令がやってきました。それによると、「この先が小高い丘に囲まれ、道は窪地を進むので、賊が企みを持っているかもしれないので注意されたし」との伝言でした。確かに将軍の指摘通りに、小高い丘がその先に見受けられまた。ガイウス将軍はエレミアスの進言に、もしやと考えたましたが、賊の数は少なく野戦を挑んでくるほど力はないと判断し、これを退けたのでした。
丘に挟まれた窪地を進んで行くと、丘に上に人に姿がありました。調べさせてみると、それらは行進を見学している近隣の住民のであり、なんとまあ長閑なことでしょうか。これに苦笑したガイウスは丘の上の人の姿に興味を失せたのでした。さらに先に本体が進んだ時、突如、丘の上に一群の人の姿が現れました。それらは今までと違い、騎兵が歩兵を連れており、それらは一気に丘を駆け下りたのでした。
「野郎共、突っ走って敵将の首を頂くぜ!」
兵士を鼓舞したのはストレニウスでした。彼の率いる部隊は丘の頂上に姿を現すと、一気に丘を駆け下りたのでした。ときの声とともに、旗を翻し、敵将ガイウスのいる本陣めがけて、一直線に迫って行くと。政府軍は奇襲されたのを悟り、長蛇の陣形より、重層な陣に変形をはじめました。その素早さにストレニウスは、経験豊富な政府軍は一筋縄ではいかないと思いました。奇襲を掛けたにもかかわらず、ストレニウスの眼前には幾層もの兵が待ち構える格好と成り、その盾にストレニウス達は潰されそうでした。
ここで、奇襲は失敗に終わるはずでしたが、率いていたのがストレニウスだったことが事態をひっくり返しました。彼は馬で突進し、分厚い長剣を振ると、次々に兵士はなぎ倒され、そこにぼっかり穴が開いたのでした。ストレニウスの開いた兵士の穴から反乱軍は突っ込み、政府軍の陣を蹴散らしていったのでした。
ガイウス将軍は、ヘテロの攻撃でさえ防ぎきったこの陣が、僅かの反乱軍の兵士に崩れゆく様を見て、驚愕しました。
「あの男は誰だ?」
ガイウスはユリウスに尋ねると
「あの者は元赤鬼騎士のストレニウスです。罪を得て、逆賊の仲間となっています」
と副将は答えました。
「なるほど、騎士ならば分からないではないが、おかしい。赤鬼騎士がこれほどの実力を持つとは思えないが」
「宰相閣下は彼らは魔将であると申されています。人のさせる技でないと思われます。ご注意下さい」
「人でないと」
ガイウスは車輪にように長剣を振り回し、血しぶきを空に巻き上げ、陣を粉砕してゆくストレニウスを見て、戦慄を感じました。前面に兵を展開したが、行軍中を襲われたために万全なものでなく、このままでは薄い陣を突破され、彼の所まで迫ってくる勢いでした。
この危機の事態に突如、左翼から歓声があがったのでした。ガイウスが首を向けると。全速力で駆け抜けてくるペラギウス将軍の軍でした。将軍の隊は機動力に優れ、これまで数々の戦いにて、その特性を生かし敵を驚かしていたのでした。今回の奇襲に素早く反応したのはベラギウス軍でした。岡の異常を察知するやいなや。全速で本体の救援に向かったのでした。騎兵を全速で向かわせたため、歩兵は追いかける形となってしまったが、ストレニウス達を慌てさせるには十分でした。
「くそ、もう援軍が来やがったか。後ろから襲われては戦いにならない」
ストレニウスが焦ると、丘の上に別の反乱軍の集団が姿を現したのでした。ホーネス率いる一団でした。これにはストレニウスも安心して、背後を気にせず、さらに先に切り込んだのでした。
救援の為急いでいたペラギウスは突如、岡の上にホーネス隊が出現したので、歩を緩め警戒しました。すると、ホーネス隊は急ぐでもなく、ゆっくりとペラギウス軍に向かって降りたのでした。この落ち着き払った振る舞いに、ペラギウスは直感的にただ者でないと察知したのでした。
「貴様何者か!」
ペラギウスが槍で指すと
「私はホーネス。我々は御大将ガイウス殿の首を頂戴しに参った。邪魔立てなきよう」
「ふざけたことを、ぬかしよって。その名前聞いたことがあるぞ。お前はアウダックを倒した男か?」
「左様」
「賞金稼ぎか。我らに味方すれば、反乱軍よりよい見返りがあるぞ」
「我は主にの為に全てがある」
「金に興味はないのか?まあ、よい。俺は数々の武将を打ち倒して来た、生憎アウダックの首をとる機会がなかったが、奴を倒したお前で代用するとしよう」
「なるほど、お前は少しは出来ると言うのだな」
会話を終わるやいなや、二人は馬を走らせ、ぶっかりました。一合で決着はつかず、二人は再び見合いました。この一撃でペラギウスはホーネスの実力を察知しました。彼は政府軍の将軍の中でも強い部類の者でしたが、いま目の前にいるホーネスという人物は異質の強さを持っているようでした。おそらくパテリア最強と言っていいのかもしれません。今の対戦ではペラギウスが異様なものを感じ、ホーネスなる男は探りを入れるため本気ではなかったと察したのでした。彼の持つ槍に怪しい空気の流れを感じ、重い空気が渦を巻いているのが分かりました。これが魔性の者の姿なのか。と彼は思いました。
しかしペラギウスも死を恐れないことに自負をもっていました。俺はこいつを越える。そうペラギウスは意志を強めると、再び挑みかかりました。刹那、彼は胸にホーネスの槍を受け、胸に大きな風穴を開け、ちぎれた上半身が得物を掴んだまま草地に転がりました。
英雄ペラギウスが打ち倒されると、彼の部下は足を止め、放心状態になりました。そしてホーネスが槍を一振りすると周囲の歩兵は竜巻に吹き飛ばされた様に宙に舞ったのでした。この威力に兵士達は恐れを成し、武器をうち捨て、ちりぢりに逃げ去ったのでした。
「ペラギウス将軍が倒されました」
副将ユリウスが叫ぶと、ストレニウスへの対応で追われていたガイウスは我が耳を疑いました。
「猛将が倒されただと。馬鹿な」
しかし、逃げ惑う兵士に信じざるを得ませんでした。
「敵は僅か三千程度なのだぞ。どうしてこうなる」
将軍はいらだちました。
すると左翼の副将がホーネス隊の阻止にむかったのでした。本体が奇襲され、中央突破を試みるストレニウスを側面から襲うつもりでしたが、ペラギウス将軍が駆けつけホーネス隊との戦いになっていたので、動きを止めてしまったのでした。気がつくとペラギウス将軍は倒され、反乱軍がさらに先鋒軍本体に深く侵入したのでした。彼の軍には魔法使い部隊がいました。行軍さい彼は魔法使い部隊を護衛したのですが。奇襲にあい左翼に着いたのでした。彼はペラギウス軍が崩壊すると、正面攻撃をしかけるストレニウスを援護するホーネスの一団の阻止に動き始めたのでした。ホーネス隊は突如魔法の攻撃を受け、混乱し、列を乱して突進の圧力は弱わまりました。この事態にホーネスは矛先を魔法使いに変え、彼の不思議の技にて魔法攻撃を跳ね返すと、動揺は和らいだのでした。しかし、ホーネス一人では部下全員を魔法より守るのは難しく、戦況は悪化してきました。ホーネスが魔法使いの一団に苦戦していると、そこに飛び込んできたのはエコー隊でした。
エコーは魔法使い集団に戦いをしかけ、魔法使い対魔法使いの戦いがくりひろげられたのでした。左翼にて魔法戦が展開されたことをガイウスは知ると、側面攻撃により敵の攻撃は弱まると判断したのでした。しかし展開はそうはなりませでした。エコーの騎兵魔法の前に魔法集団は苦戦し次々に打ち倒されたのでした。魔法使い等はエコーの俊敏な機動力に振り回され、瞬く間に彼一人に百名近い魔法使いが始末されたのでした。これを目の当たりに見た副将はこれはヘテロの騎兵戦術であると悟り、何故反乱軍の中にヘテロの将がいるのかと怪しみました。しかもその威力はヘテロの青竜騎士団以上の力を持ったものであり、これまで対戦してきた魔法集団とは訳が違いました。魔法集団を一瞬に葬り去れた副将は、エコーを仕留めようとしましたが、逆にホーネス隊の攻撃を受けて軍は崩壊し自身も戦死したのでした。こうしてストレニウス隊を前衛にして、ホーネス、エコー隊がガイウス将軍に向かって猛烈な突進を試みたのでした。
ガイウス将軍の本陣に間近に迫ったストレニウス隊を食い止めようと、副将のユリウスが集団を率いて立ちはだかりました。反乱軍の部隊は先頭の将が陣を砕き、その跡を兵士達がついており、将を仕留めれば、攻め込むなど不可能なのでした。しかし敵将は噂通りの魔将らしく、人知を超えた強さがありました。政府軍の兵士が大きな剣で次々になぎ倒されて行くのでした。まさしく鬼神の強さでした。そこでユリウスは歩兵に密集陣を取らせると、強固な盾で陣を覆うとその間から、無数の槍をハリネズミの様に出させ、ストレニウス隊に対抗したのでした。密集陣形なのでその守備範囲は限定されるものの、強力な将だけに対抗するにはこれしかないと判断したのでした。
政府軍の陣を打ち破ったストレニウスは、ガイウス将軍まで目と鼻の先まで到達していました。陣を突破するとそこに現れたのはユリウス軍でした。異様な密集陣に一瞬ストレニウスは躊躇したものの、敵中で勢いを失っては囲まれてしまうと判断し、そのまま突撃しました。ストレニウスの目の前には無数の槍襖、さらに分厚い盾の壁が出来ていました。彼は舞わず突撃し、部下の兵士も後を追いかけたのでした。ユリウスは後方で、ストレニウスガ走り込んだ所まで確認しましたが、その後が分かりませんでした。すると突如陣の前方にわめき声が聞こえて来たこと思うと、次々に兵士が宙に舞っていました。ストレニウスの剣圧を防ぎきれずに、密集陣は蹴散らされ、二十名が一振りでなぎ倒されていたのでした。まるで草地を伐採しながら進むようで、ユリウスはどんどん密集陣を二つに切り裂くストレニウスに恐怖しました。
「奴は人か魔か」ユリウスは唾を飲み、弓兵を呼び寄せると、突破されたら出たところを弓で狙うように指示しました。彼の読み通りにストレニウスは陣を突破し、ユリウスの前に出ました。このときユリウスは弓兵隊に一斉掃射を命じたのでした。矢は味方も巻き込み反乱軍に矢の雨を降らせましたが、ストレニウスは矢を打ち落とし、そのままユリウスに向かって走りました。ユリウスも剣を抜き、迎え撃とうとしましたが、ストレニウスの敵ではなく、馬の首ごと胴を二つに切り分けられ、地面に二つになって転がったのでした。
副将ユリウス倒され、ストレニウスはガイウス将軍を目前としていましたが、弓の一斉掃射により、従う兵士の数も減り、その圧力も落ちて、ガイウスの陣に突撃したのは、ストレニウスの開けた道を通って追いついたホーネス隊でした。彼は槍を振るい、一撃で陣に風穴をあけると、ストレニウスの替わって先頭に立ちました。
ホーネスの技の威力はストレニウスを遙かに超えており、その一撃で陣が半壊したのでした。これには政府軍の兵士も、驚嘆し、恐れて動けなくなったのでした。ガイウスの近くには副将が控えており、次々に戦いを挑んできましたが、ホーネスの敵ではなく、すれ違いざまに攻撃を受け、馬ごと空にあったのでした。
やがて、ホーネスがガイウス将軍の所まで到達しすると、将軍は馬に跨がり自ら、彼を迎え打ったのでした。ガイウス将軍も幾たびの戦いを生き残った猛者でした。かれは得物のヴォーハンマを振り上げ、一気に襲いかかったのでした。普通の武将であれば、この一撃で頭を粉砕されるところでしたが、ホーネスにはその技は通用しませんでした。次の瞬間、ガイウス将軍の得物は砕け散り、彼の首が高く舞うと、落ちて、草地を転がったのでした。
ガイウス将軍を仕留めたホーネスは、長居は無用と、ストレニウスとエコーに合図を送ると、一団となって政府軍の陣を駆け抜け、何処かに消え去ったのでした。
この一部始終を岡の上で見学していた人々は、政府軍十万の軍勢を僅か三千の反乱軍が襲い、将軍を殺害したことに驚嘆の声をあげました。そしてこの事実は瞬く間に伝えられたのでした。反乱軍は計画通りに任務を遂行し、人々は政府軍の圧勝から、引き分けに終わるかも知れないとの評価を変えていき、両者の戦いに中立を保とうとしました。
ガイウス将軍を倒された政府軍は指揮権をエレミアス将軍が継承し、任務を継続しました。歴戦のガイウス将軍、そして誰も倒すことなどできないと信じられていた猛者であるペラギウス将軍が打ち倒されたことに、兵士達の動揺が広がり、反乱軍が奇襲を再び掛けてくるのいではないかと恐れさせたのでした。
この事実は直ちに王都フローレオに伝えられ、宰相デスペロを大いに驚かせたのでした。十万の軍勢が僅か三千の兵に蹴散らされるとはあり得ないことでした。あり得るとするならば彼らが人でないこととしか考えられません。デスぺロは魔将の力が増していることに憂慮し、力を付けるまえに彼らを始末しなくてはならないと痛感したのでした。単純に兵力だけでは判断できない難しさがあると宰相は呟いたのでした。この報告に一番反応したのは、総司令コンジュレッティオでした。ヘテロとの戦い、反乱軍との戦いにおいて、数々の功績があった将軍がいとも容易く葬らさせられた事に驚きとともに、恥をかかされたという意識がありました。そしてその事以上に最愛の息子ユリウスを殺されたことに、復讐の念が湧き上がっていたのでした。彼は反乱軍を一人残らず殺してしまおうと誓い、部下に気を引き締める様に命じたのでした。宰相としては大切な将軍を失って損失が大きかったものの、これまで今回の遠征に乗る気でなかった総司令が本気を出してくれたのは幸いであると判断したのでした。こうしてますます強い意志を持った政府軍は、全力で反乱軍を鎮圧する決意を新たにしたのでした。
政府軍を三千の兵で打ち破った、ストレニウス、ホーネス、エコーは歓喜で迎えられました。三千の兵の内、三百が戦死し、七百が負傷をしていました。戦いに勝利したものの、無傷とはいきませんでした。ホーネス等は戦いに参加した兵士を休ませると、残った兵士に軍事教練を施しました。
この頃、ソシウスを尋ねて来た一団がいました。ソシウスが出迎えてみると、ハンターのオリス達でした。
「よくぞここまでいらっしゃった。庁舎城までお越し下さい。案内しましょう」
ソシウスは旅の労をねぎらうと、ハンター等を城に招き入れました。そうしてその夜は、宴席をもうけ、仲間にハンター等を紹介したのでした。
ソシウスは酒を勧め、オリスに尋ねました。
「以前の話を心に置きとどめ頂き有り難う御座います。政府軍の検問に遭いませんでしたか?」
「まだ、政府軍はそこまで準備が出来ていないようだ。我々は何の障害もなく一本道を来るだけだった」
「呼んでおいて、こんな事を言うのもなんだが、反乱軍と政府軍の戦争を前に、良く来る気になりましたな」
「同感ですな狂っているとか言えません」
オリスは大笑いしました。
「以前お話しましたように、十分な謝礼はお支払いいたします」
「それもあるが、怪物と語り合えるという事が、気になってな。この目で確認したくなった」
「確かに、獣の王を従わせるなど正気の沙汰ではありませんからな」
「しかしあなた方はアデベニオで獣の王への説得に成功しているとか」
「我々の仲間で、帰郷した娘が何故か思いついたらしく、偶然成功したと言う訳です。誇るほどでもありません」
「怪物は人間世界の害になり、恐れられている。かれらは人と通じ合うこことがなく、共存は出来ない存在と信じられた。軍隊でさえ恐れて、その生息する一帯を容認するようなものだった。だがハンターの俺は、奴らを相手に殺し合いを演じてみると、こいつ等とはどこか通じ合えることがあるのではないかと思っていたんだ」
「何匹も怪物を仕留めた感想ですか。俺はその境地まで至っていません。彼奴等が僕だなんてこと感覚的に分からない」
「僕。怪物がか?そういう発想は出来なかったが、人の僕になるというのか」
「人ではない。何かの僕とか」
ソシウスが口ごもりながら言うと、オリスはそのことは詮索しない方がよいと感じ、話を変えました。
「それで、何時から始める」
「政府軍が城を取り囲む前に、試みたい」
「となると明日にでも出発しなくてはな」
怪物達の真っ只中に、冒険に出かけることは、命がいくつあっても足りないような危険な行いでしたが、彼らの好奇心がそれを上回り、獣の王との交流実験は執り行われることとなったのでした。この旅は古都の南方に発生した怪物の群れが対象でした。此の一帯は未開発の森林地帯で、かつては怪物達など生息していませんでした。しかし、近年パテリア各地に冥界の門を通じて現れ、その一部がこの一帯に集合して群れを成していたのです。
ハンターのオリス達は反乱軍の者達と交流し、全体を指揮しているのは、前宰相の息子であるデュック成る人物、その相談役として、元魔法省員ドクトリがいることが分かりまた。ソシウスなる人物を通じて、彼らと接触しましたが、金銭面についてはこの二人の人物と交渉した方が良さそうだとオリスは考えていました。
政府軍が大挙して押し寄せてくるというのに、彼らはどうやって戦うつもりで居るのであろうかと、陽気に笑う彼らを見てオリスは不安な気持ちになりました。政府軍は勢力を大きく拡大している南方の反乱軍ではなく、古都だけに住み着いた北の反乱軍に矛先を向けました。何故政府軍があまり脅威ともならないナティビタスの弱小勢力を優先したのか、オリスには分かりかねました。
風前の灯火の彼らが、戦力として求めたのが怪物であり、そのために自分たちが呼ばれたのであろうと、オリスは推測したのでした。確かに如何にこれまで数々の反乱軍を無敵の強さで鎮圧してきた政府軍といえど、獣の王率いる怪物の軍団相手に太刀打ちなど出来るものでは有りません。ソシウスが口を滑らしたように、もし怪物を僕と出来るとするなら、政府軍を倒しパテリアに支配者となるのも可能であろうと彼は思いました。
だがオリスはそんな政治的なことはどうでも良かったのでした。彼らが滅ぼされようと、政府軍が怪物によって撃退されようと、怪物の秘密に迫ることが彼の目的だったからです。 ソシウスはオリス達に一人の少女を紹介しました。綺麗な顔立ちのその娘は、どこか気品がありました。話によると、前王の王女ということでしたが、オリスはこの娘の高貴な雰囲気が買われて、彼女は担ぎ上げられたのであろうと推察しました。彼女の瞳には野心などのぎらついたものはなく、なに不自由もない環境で育ち、運命に翻弄されて政治の舞台に上がってしまった少女だと憶測したのでした。前王の王子が生きていたり、姫が生きていたり、用意周到な政府がそのような失策をやるとは思えなかったからでした。
姫であろうと、あるまいと、人が定めれば真実になる。ゆえにこの娘は王女であるとオリスは結論づけました。それより彼が驚いたのが、獣の王と交流したのがこの娘であることでした。美女に野獣はミスマッチが好まれる事ではあるが、恐ろしい怪物の群れに、会話にむかったなどと信じられませんでした。成人男子でも恐怖で腰を抜かしかねないというのに、娘が失神もせずそのような行動が出来るものかと怪しみました。
しかしアデベニオの獣の王が怒りを治め、森に消えた事実はあるので、この娘にどんな力があるのであろうかと、彼は興味津々に彼女を見つめました。
翌朝、オリス達が呼ばれると、同行者が待っていました。まずは、誘ってくれたソシウス、それに王女と称する娘に老人、さらに成人女性でした。
面白いことに娘は男装をしており、年若い男の子に見えました。老人は不思議な雰囲気を持った人物でした。その自由奔放な老人はアデベニオの同名の聖人メディカル老師であるかのような扱いを受けていました。オリスの目からは、聖人がこのような反乱軍の仲間になっているなど場違いもいいところでしたが、彼らの信じる態度が真剣だったので尊重したのでした。成人女性は代表であるデュックの女らしく、アスペルと呼ばれており、デュックは彼女を盛んに引き留めようとしているようでしたが、それは出来ないようでした。怪物の住み処に向かう訳だから、勇気を持った女性であることは分かりましたが、怪物達に遭遇して、とり乱したりしないことをオリスは願いました。
こうして一行は怪物の生息する近隣の地目指して出発したのでした。
「まさか老師が同行されるとは思いませんでした」
ソシウスは笑顔でメディカルに話しかけました。
「京の女の尻を、ちと、追いかけすぎてしまっての。少し飽きたところだ」
「老師、そんなこと言ったら、ハンターの連中が偽物だと思いますよ」
「それは愉快だ、儂は別の儂になれるということじゃな」
老師は面白がりました。
「真面目な話ですが、老師はビルトス博士の遺言を確かめに見えたのでしょう?」
「その通りじゃ。友に後見を託された儂としては、直に見届けなくてはならない」
二人の会話が耳に入り、グレーティアが話に加わって来たのでした。
「老師、もう十分なほどお付き合いして頂きました。自分の様な者の為に、反乱者の汚名を受けられる事態となり、申し訳なく思っています」
すると老師は快活に笑いました。
「気にするな、ほれソシウスが申したであろう。偽物だと思われると。本物の儂はどうやらアデベニオの僧院で経を唱えているようだ」
「老師の身になにかあれば、パテリア国民の損失です」
「安心しなさい。一般大衆は儂の衣が好きなだけじゃ。それより貴女のことが心配なんのだよ」
「自分自身が情けなく思います。もっと自主的に行動すべきなのですが、自分自身が何者か分からないままなのです」
「それは人は誰しもそうではないかな。私たちはある日、自分が生きていることに何となく気がつく。しかもぼんやりとじゃな。周囲の教えられることを学び、自分自身、さらに社会について徐々にはっきりとした物を形作っていくが、それでも自分が何故存在するのか、その目的はなんなのか分からないで居る。周囲を見渡し、どうやら自分が死すべき存在であることを知り、恐怖し、そこから逃れようと必死に抵抗する。飯を食わなくては飢え死にするし、病気や大けが怪我をすれば骸となる。雨風を防ぐ屋根がなければ体が保たないし、楽に生きるために財を求める。といった具合じゃ。じゃから迷うのは皆同じなので、気にすることはないのだよ。よく真理を求めたがる者が居るが、真理は我々の物差しでは計ることは出来ないのじゃ。まず、何者にも動かされない自分を持ち、自分は何をしたいか、どうしたいのかを定めるといいのじゃよ」
「自分はなにをしたいかですか?」
「そう、外部世界の像をしっかりと捉え、精神を統一し、正しく生きる事。さすれば道は定まるであろう」
老師がこの様に語ると、グレーティアは言葉の意味をかみしめ、伝えられたことを心に書き留めようとしました。するとソシウスが老師に語りました。
「老師、グレーティアはああ言っていますが、相棒の予定は決まっているんです。俺とハンターになるんです」
ソシウスは自身ありげに、胸を張ると、アスペルが茶茶をいれてきました。
「馬鹿ね。これから怪物と仲良くなるのだから、ハンターなんかに成るものですか。こんな娘に、そんなことさせるだなんて、どうかしてるわ。ストレニウスを相手にしなさい」
「彼奴とだって。こっちからお断りだ」
ソシウスは少しむくれました。
「でもグレーティア、貴女アデベニオで獣王を説得したんですって。私も見たかったわ」
アスペルは目を輝かせました。
「説得したというか、向かい会っただけなのですが」
「私にも出来るかしら?」
「さあ」
熱心に尋ねるアスペルにどう応えていいのか、グレーティアは迷いました。
グレーティア達の旅も順調に進み、政府軍の検問に会うことにはなりませんでした。政府軍は先鋒が殺された事により、未だ混乱状態で、新しい指示系統が出来ていない状態でした。そのため、グレーティアは男装までして、警戒したのですが杞憂に終わったのでした。目的地の怪物の生息地まで至ると、ハンターのリーダーであるオリスの目が真剣なものに変わりました。彼は部下のウルムスとベルにグレーティア達を警護するように命じ、自らはモータとともに、近くの小高い丘に登り、獣の王の所在点を見定めに向かったのでした。
程なくして、オリスは戻ってくると、自ら先頭に立ってみんなを引率したのでした。向かったのは、森の奥でしたが、オリスは右も左も分からない場所を、あたかも通い慣れた道を歩むようにどんどん進んで行ったのでした。途中、枝の折れ具合、足跡などを確かめながら進むと、次第に周囲に怪物達の叫び声がしてくる様になったのでした。
明らかに、近くに怪物達がおり、オリスは必要のない戦いを避るために、うねるように進んで行ったのでした。
やがて、オリスは全員を岩の陰に隠れさせると、木の陰から群がる怪物達を観察したのでした。
「だいぶ怪物達の中核まで来たようだ。大型のやつが複数この先にいる。これまで極力戦闘を避けて進んで来たが、これ以上進めば、それも不可能。どうするね?」
「その先には獣の王はいるのか?」
「間違いない」
オリスは断言しました。
「相棒、ここから獣の王と話が出来るか?」
ソシウスが尋ねると、彼女は心苦しく首を振りました。
「と、なると。強行突破となるが」
オリスが厳しい顔をすると、ソシウスがバトルアックスをひっさげ、岩場を飛び出したのでした。
「ならば強行突破といくぜ。獣の王はこの先だな」
ソシウスが念を押すと、思わずオリスは首を縦に振りましたが、慌てて彼を止めようとしました。すると、今度はアスペルが得物のメイスを提げると、同様に飛び出しました。此の行為にオリスは呆れ、仲間に合図を送ると、グレーティアとメディカス老師を護衛しながら進むように命じました。
ソシウスが一直線に進んで行くと、さすがに怪物達も彼に気がつき、頭を彼らの方に、向けたのでした。すると程なくして、怪物の一群が彼らめがけて突撃してきたのでした。
「おいでなすったか。大軍でのお出迎えは何度も経験済みだ。俺の力を見せつけてやるから、とっとと、親分の所に案内しろ!」
恐れもせず、突進していくソシウスを後ろから追いかけていったオリスは、なんとか彼を引き留めようとしました。オリスは以前シルバの森でソシウスが怪物を仕留めた戦いを目撃していたので、その強さは知っていましたが、怪物の中クラスが大群で襲いかかってきているので、勝ち目はないと判断したのでした。
しかし、彼の声が届かぬうちにソシウスは戦闘に突入たのでした。その戦いに思わず、オリスは立ちすくんだのでした。ソシウスの戦いは、以前目撃したものと違って、人間離れしたものでした。遙かにスピードは速く、まるで風が吹き抜けて行くようで、その斧の一振りで怪物の一塊が吹き飛んで行くのでした。怪物をなぎ倒す勢いで、周囲の森が吹き飛ばされ、森の中に大きな道が出来ていくようでした。しかしオリスはソシウスだけに驚かされた訳ではありませんでした。同じく続いたアスペルの戦いにも目を見張りました。彼女の動きは天を舞うように軽やかで、装甲の厚い種類の怪物が次々に一撃で打ち倒されいくのでした。オリス達はこの種には武器が効かないので避けてきました、まるで卵の殻を割るように始末される事に驚きを隠せませんでした。この時、彼らは人間なのか?と疑問がよぎったのでした。
怪物が蹴散らされていき、いよいよ中核にいる大型の怪物が現れると、そこでソシウスの動きが止まったのでした。それはアスペルも同様でした。彼らは戦いを止めたのでなく動けなくなっていたのでした。
「これこれ、殺生はいかんのう」
二人の動きを封じたのはメディカスでした。
「体が動かなくなったかと思ったら老師でしたか。早く解放して下さい。でっかい竜が目の前に迫っています」
「お前達、何か忘れて居るのではないか?私たちは話し合いにきたのじゃよ」
「老師が争いを好まれないことは存じ上げてます。しかし危機は目前です」
ソシウスは必死で訴えますが、老師は解放しませんでした。やがて怪物達が目の前に迫ってくると、老師は足で韻を踏みました。すると周囲の怪物達が動けなくなり、代わりにソシウスとアスペルは解放されました。
老師の防御魔法はアデベニオで怪物の群れを食い止めた時より、はるかに強力になっていました。その範囲は広範囲に渡り、群れ全体を包み込んでいました。
「老師の技には、敵いませんや。これなら俺たちが無駄な戦いをしなくてもよかった」
改めて、ソシウスは老師の強さに感服しました。オリスはいままでうさんくさい坊主と思っていた老人が、とんでもない人物であることに気がついたのでした。
「この技、どうやら私たちは必要なかったのでは?」
オリスがこう言うと、老師は彼の肩を叩きました。
「儂等は獣の王の居場所を特定は出来ない。貴方があって初めてなしえることなのですぞ。さあ会見といこうかの」
グレーティア達は怪物の中をどんどん奥に進み、やがて獣の王の場所までやって来たののでした。無数の巨木がそそり立つように、首を立てた竜が立ち並ぶ中、その奥にはひときわ大きな竜が居ました。獣の王です。老師はグレーティアに合図を送ると、彼女は一人獣の王に向かって歩み始めたのでした。獣の王の前に立ったグレーティアは大きく呼吸をすると、以前やったように意識を統一し、獣の王に心を通じて語りかけたのでした。
(”獣の王よ、私の声が聞こえますか?”)
(”主よ、もちろんです”)
獣の王の大きな鼻息が、グレーティアにかかりました。
(”私と貴方はいつでもこの様に語らうことができるのか”)
(”主よ。当然です。私たちは貴方の僕なれば”)
(”ならば貴方の部下に可哀想なことをしてしまいました”)
(”よろしいのです。王たる私が主に気づき止めなかったのが悪いのです”)
(”貴方たちは、どうしてここに居るのか”)
(”主よ、御身を守るために御座います。冥王の軍勢がいつ襲いかかってくるか分かりません。すでに先の戦いにて、大勢の仲間が亡くなりました。両者痛み分けとなりましたが、終わった訳ではありません”)
(”貴方たちは人の軍勢に対して、戦うことはあるのか”)
(”我らは冥王との戦いにに備えて、貴方に生み出された存在。対象外ですが、ご命じあれば赴きましょう。その人の軍勢はどれでしょう?”)
(”尋ねただけです。あなた方はそのままでいてください”)
(”ならばそう致しましょう。主よ少し気になることが御座いまして、尋ねしてよろしいでしょうか?”)
(”なんなりと”)
(”パテリアにワルコの気配をもった存在が二つあるのです。私は、こうして直接お会いして貴方が主と分かったのですが、東を警護する獣の王が別のワルコに出会ったようなのです。この事件は獣の諸王に迷いを生じさせています、冥王の策略でなければよろしいのですが。何が起きるとも限りませんので、主もお気をつけ下さい”)
(”分かりました。ところで貴方と遠くの交信はどうしたら良いのです”)
(”未だ、主は広範囲に力を出せないでおいでです。今ですと群れの外側から話しかけて頂ければ、私には分かります”)
(”そうですか。私も努力いたしましょう”)
こうしてグレーティアと獣の王の会見は終わり、これを見届けた老師は防御魔法を解除すると、怪物達は動き始めました。一時、うなり声を上げて襲いかかろうとした怪物達は獣の王の雄叫びを効くと止め、ゆっくりと離れ始めました。やがてグレーティア一行の両脇には怪物達の群れが垣のように並び群れの外に向けて道を作っていたのでした。
此の後継にハンター達は驚きを隠せず、口を開き、アスペルは猛獣を手なずけられて大はしゃぎしました。ソシウスはというと相棒が獣の王の主だとは認めたくありませんでしたが、現実を突き付けられ苦しい気持ちになっていました。
こうして、グレーティアの獣の王との交信は成功し、師の志を果たすことが出来たのでした。
グレーティア達の獣の王との会見が終了し、古都に帰還後、政府軍はやっと混乱が治まり統制がとれ始めると、早速ナティビタス周辺を封鎖し始めたのでした。検問所がこしらえられ、出入りがどんどん厳しくなってきたのでした。
こうして、古都の周囲に宿営地が構築され、その輸送網が整えられ、大軍勢が大挙長期間居座るだけの準備は整いつつあったのでした。そしていよいよ王都フローレオからは本軍が出撃したのでした。その数二十万。後続十万はまだ、編成中でしたが、本格的な戦いが始まろうとしていました。この軍団を率いるのは総司令のコンジュレッティオ。そして宰相自らが、王都を離れ、多くの魔法使い軍を率いて加わっていました。宰相が戦いに加わるのは、十数年ぶりで、通常戦力に魔法戦力をさらに強固にした、最強の構成になっていました。数多の名将が武具に身を包み、王都から出撃すると、人々の歓声がひっきりなしに上がりました。そして魔法使いの軍団は一級魔法使いが揃い、一国を滅ぼしそうな力を秘めていました。堂々たる行進に、噂では先鋒軍の指揮官が討ち取られ、反乱軍も侮りが足しとあったが、それは油断したためであり、この本気の政府軍主力のまえには、そうはいかないとの、思いを強くしていったのでした。人々は古都での戦いは直ぐに決着し、政府軍は返す手で、南の反乱軍を鎮圧するであろうと予測したのでした。
いよいよ政府軍とグレーティア達の戦いは目前に迫ってまいりました。果たして四十万の大軍を如何にして撃退するのか、グレーティア達の必死の攻防が始まろうとしていたのでした。
多忙につき、一ヶ月ほどアップが遅くなりましたが、日曜日を一日つぶしてなんとか一気に書き上げました。話のテンポが遅いのか、ローサとプエラの場面を書くつもりが、何故か枠内に収まらなかったですよ。なんでかなあ。それで次回に持ち越しになりました。 それにしてもソシウス達主人公が少しずつ強くなっているのはお分かりになりましたか?最終的な妖魔との戦いに向けて、これまで段階的に強くしているつもりなんです。戦いは未だ、人間のレベルで、それも政府軍とのガチの戦いを出来るようになったので、だいぶ強くなりました。人間相手には最終段階にあります。
制御といえば、怪物同士の戦いでも翼竜を登場させておらず、空中戦は控えている段階なのです。でも魔法なんでもありの段階になると、それはそれでどんな術を出すのかで、悩ましいものです。ハリーポッタの技つまんないと思っていましたが、実際魔法を書くと難しいものですね。