第55回 芙蓉記 第8話 中原への道
<芙蓉記登場人物リスト>
カドモス (六合星のカドモス)中原からの流れ者
ダーナ (勾陳星のダーナ)元オレア国天文官 魔法使い
イアソン (貴人星のイアソン)知将、元行商人
タキス (天空星のタキス)双鞭の使い手 魔法使い
レアンドロス(白虎星のレアンドロス)元ハニア国海軍士官
ミルトス (太常星のミルトス)僧侶 治療術使い
ミュージカ (天后星のミュージカ)発明少女
芙蓉姫 パテリア第三王女
デクスター カドモスの弟分
ラエバス カドモスの弟分
黄武 パテリア第二王子、後パテリア王
紅花 パテリア第四王女
ドルアス パテリア国宰相
ラピス ミュージカの祖父、発明博士
ミケーネ 占い師、(アルマロスのミケーネ)
ゼノビオス ミケーネと敵対する謎の人物
<諸国>
パテリア 北の山岳地帯ある小国
カルキス 大河の上流あり、国力は十分。後の古都ナティビタス
ヨアニナ メガラ国の東の隣国
カーリア ナティビタスの西の国
クリッサ ナティビタスの南西の国
パトライ エヴェロス河西岸の国(後のカプット)
テルプーサ 中原北部の国
コザニ テルプーサの隣国
オレア 中原の大国。後の王都フローレオ近郊
バールバス オレアと覇権を争っている国。ユンクタス河から移動して来た。
政府軍の動きが活発化して、どうやらその矛先がナティビタスであると悟ったデュックは以前にも増して、籠城戦の準備を急がせました。政府軍の主力がやってくるとなると野外戦では勝ち目がないからでした。唯一の望みが、ナティビタスが魔法城であることでした。彼の戦略としては、籠城によって戦いを長引かせ、政府軍の厭戦気分を増長し休戦に持ち込むことでした。
彼の目算としては、この様なものでした。自分たちは反乱軍として蜂起したものの、一都市を制圧しただけで、領土拡張をしておらず、他の反乱軍と比べ行動小規模であることから、本来後半に退治されるべきのものである。しかし、真っ先に狙われたのは宰相の具申によるものであるはず。だとすれば、王や総司令は宰相への付き合い程度の覚悟で戦いに臨んでいるはずであるから、宰相の意気地をくじくことが戦略の要諦である。と考えたのでした。
いわば我慢比べみたいな戦いになるであろうと推測しました。パテリアでは城攻めの際の兵糧攻めは許されていませんでした。これは炎王以降の伝統で、支配者同士の戦いに民を巻き込んで、飢えさせるのは良しとせず、もし兵糧攻めにより、民に餓死者を出した場合不名誉なこととなり、支配者の正当性を疑われるといわれる不文律があったからでした。
ゆえに、ナティビタスの籠城戦には好都合でしたが、それは逆に攻め込まれる不安もありました。戦いにおいて物資の移動は妨げられず。それは城の出入りにおいても同じでした。城の場合は一日に三回の物資の出入りが認められ、この時間は戦いを起こしてはならないとされ、一見安全なようですが、逆にどれだけでも偽装兵を城内に送り込め、やっかいな問題でした。籠城戦については住民に優しく寛大な伝統でしたが、これは矛盾もあり、戦いにといて民を飢えさせてはならないという制約があるものの、城を住民ごと魔法で焼き尽くしても合法であるとの奇妙な論理をもっていました。
パテリア外の諸国では籠城戦において飢えさせるのは基本なので、こちらのほうが理屈としては、筋が通ったものなのかもしれません。
デュックが慌ただしく対応におわれていると、ソシウスがレピダスを連れかえってきたのでした。レピダスは傷つき弱っており、災難に遭遇したことが分かったのでした。早速レピダスを老師のもとに連れていき、治療術を受けさせると、彼はとみるみるうちに回復し、元気な姿に戻ったのでした。
連れ帰ったソシウスは、やっと安心したのか、疲れた様に、だらしなく床に座ったのでした。一同はレピダスの帰還を喜び、ソシウスを助け起こすと、再会の祝いの席をもうけたのでした。二人はここでこれまでのいきさつを語ると、一同は驚き、ソシウスが王都で大暴れしたことを聞くと、なんて無鉄砲なのかと呆れました。ですが彼が王都の王宮で戦いぬいて生還したことは、一同に自信を与えたのでした。
宴も進んだところで、ストレニウスが芙蓉記の話をフィディアのに求めると、彼女は竪琴を手にして、いつものように語り始めたのでした。
カーリア国、クリッサ国を滅ぼしたパテリア国はヒパボラ河上流の大国となり、中原諸国の注目を受けることとなった。カルキス、カーリア、クリッサの属国にあった、周辺諸国はパテリアに朝見すると、冊封関係となり、パテリアの国力を強めた。
パテリア国は魔法の力で強引に領土をむしり取ったものの、通常戦で脆弱なのを痛感し、兵を募集し、強化を図った。水軍はテルプーサ国に対してヒバボラ河東軍とパトライに対してエヴェロス河西軍に分けられ大河を堀として、国を守る形となったのだった。
カーリア、クリッサ国残党兵狩りを一通り終えたカドモスは、新都ナティビタスに帰還し、イアソン等と会い、自国の情報を交換しあった。
「どうだい俺が連れてきた坊さんは。元気にしているか」
陽気にカドモスは話しかけた。
「坊さんを仲間にするとはどうかしているぜ。無理矢理連れてきたのではないか?」
タキスが不審な眼差しを向けると、イアソンは眼をそらした。
「まあ、あの治療術については驚きだ。我々の魔法集団でも、回復術を持つ者はいない。貴重といえるがな」
「ここに居ないところをみると、近くの山で修行中か?」
カドモスは辺りを見渡した。
「彼なら、既にナティビタズで有名人だ。街に出かけ老若男女を問わず語りかけ、教えを説いている」
「坊さんらしいな」
カドモスは笑った。
「現状二国を破ったことにより、領土は格段に広がったが、薄い殻で覆われた卵みたいなものだ。強度がないので一握りで中身が飛び出す状態だ」
イアソンは難しい顔をすると、地図を指し示し語った。
「しかし、ヒパボラ河とエヴェロス河で防げるのではないか?」
カドモスの問いに、レアンドロスが答えた。
「確かに河があり、船がなければ渡れないが、いかんせん船の数が少ない。我々との戦いでカルキスの軍船は多くが焼かれてしまったし、カーリア、クリッサ国の水軍は対岸のパトライ国との関係が良好だったせいもあり、軍船の数が少なかった」
「ならば調達するしかあるまい」
「兵士のように、募集によって飢えた者達を集めるなどということは水軍には出来ないのだよ。まず軍船の建造には日数がかかり、莫大な費用がかかる。さらにそれを動かす水兵の教練にも時間がかかる」
「なるほど、とりあえず槍を持たせればいい陸軍と違い手間暇かかるものだな」
「逆に言えば、だからこそ、水の守りは安心なのだがな」
「で、ない袖をどう振るかだが。西のパトライは陸軍が強く東にはあまり興味がない。これまで戦いは南方の国とばかりだ。そして南東のテルプーサは中原の国の一つ。国力もあり、この前沈めた船など瞬く間に建造してしまうであろう。そこで軍船の三分の一をエヴェロス河へ三分の二をヒパボラ河に配置した」
「なるほど、当分は水軍の強化を図り、内政に力を注げばパテリア国も地面に足を下ろすことが出来るな」
カドモスは安堵した。
「そうも行かないようだ。黄武王の様子がおかしいのだ」
イアソンが浮かない顔をして言った。
「なんだ。あの軟弱王がなんだというのだ」
「天下統一の野望を抱いているようなのだ」
「あいつがか?」
カドモスは怪訝な顔をした。
「大臣等の話を聞くと、自分が天から選ばれた王と信じ始めたようだ。カリキスの彫像に影響を受けたのか、自分の像を多数作成するように、命令したらしい」
「おいおい、彼奴で国中が溢れてしまうのか」
カドモスは蝿を手で払いのけた。
「王は次はパトライ国を狙っているのは確かだ」
「本当か?先の戦いでも、反対する宰相を押し切ってカーリア国への戦端を切り開いたのは王だ。臆病者が恐怖で、手を出したのだと思っていたのだが」
「黄武王は遊説士に影響を受けたのだと言われている。宰相のドルアスも頭を抱えているそうだ」
「とんだ妄想に憑かれた奴だ。再び姫の力を借りるつもりではないだろうな」
カドモスは怒りの形相をした。
「姫はクリッサとの戦いで多くの兵士を魔法で焼き殺したことを悔やんで、ふさぎ込んでおられる」
「なんと、お体は無事なのか?」
「精神的なものだ。無謀な戦いに臣下の将は嫌がったが、彼らの出した条件が姫の参戦だったからなあ。王は自分の野心のため姫に強要した」
「英雄が天下統一を狙うのならば許せるが、親兄弟が殺される戦場から逃げ雲隠れしていた者が、妄想だけで動くのは気に食わん。しかも姫を巻き込むとは、何という奴だ」
カドモスは掌を拳で叩いた。
彼は直ぐに姫のもとを訪れ、様子をうかがった。姫は確かに顔はにこやかにしているものの、どこか影が差していた。
「パテリア国も大国となり、姫の身辺の警護を強化いたしました。ご不自由をおかけしています」
カドモスが詫びると、芙蓉姫は優しく述べた。
「気に病むことはありません。多くの人の幸福を奪った報いでしょう、不自由は仕方がないことです」
「そう、申されますな。姫を邪魔に思うけしからん者がいるからです。姫のせいでは御座いません。魔法で太刀打ちできないものだから、こっそり悪さをしないか、見晴らせるようにしただけです」
「そうですね。このナティビタスの宮殿は、田舎者の私たちには目がくらむばかりです。郷里の灰色の城とは大違いです。私たちは盗人みたいなものかもしれません」
「姫、この宮殿は真の主を得たのです。ここが我らが宿ですぞ」
「そうかもしれません。兄上は宮殿にたいそうお喜びとか」
「それで良いのです。姫もくつろがれると良いのです」
カドモスは何とか姫を慰めようとしたが、彼女は相変わらず浮かない様子だった。
「カドモス。私は今度はクリッサの人々を、魔法で殺めてしまったのです。心穏やかになど出来ないのです。これまで私は魔法の力によって、パテリアの危機を救ってまいりましたが、それはパテリアの国を守るためでした。しかしクリッサは兄上の野望によるものでした。私は何と言うことをしたのでしょうか」
「確かにクリッサ国と戦わずに、済む道があったかもしれません。しかし彼の国には意地というものがあり、自ら我らの軍門に下ることはなかったでしょう。黄武王が軍勢を出さなかったとしても、いずれはクリッサから戦いを仕掛けたにちがいありません」
「カドモス。私は怖いのです。再び大勢の人を魔法で死に追いやることがないかと」
姫にとって強大な魔法の力がずいぶん重荷になっていた。王を含め臣下一同、姫の魔法に頼り切ったところがあり、それが姫の心理的負担となっていたのだった。
「戦いは終わったばかりです。新領地が安定すると、もう戦いに動くことはありますまい。ご心配さされずに姫は、楽しきことをお探し下さい。新しく仲間になったミルトスとお話されてはいかがでしょう。彼ならその不安を取り除いてくれましょう」
「あの若い僧侶ですね。貴方が連れて来たときは、不思議に思いました」
「僧侶ですが、あの者、我々の仲間であるに相違ありません」
カドモスは仲間にしたものの、僧侶の使い道に思いつかないでいたが、芙蓉姫のお相手にはもってこいであると気がついた。
彼は姫の心痛を察し、これからの戦いは自分たちの手で片付けなくてはならないと心に誓ったのだった。
カドモスの顔を見て、幾分気持ちが和らいだ芙蓉姫は、腕飾りの作成にいそしんだ。作業に集中することで心が落ち着くのだが、そのうち彼女に眠気がやってきて、ついうたた寝をしてしまったのだった。彼女が次に眼を覚ました時、目の前に笑顔の女性が立っていた。
ミケーネだった。
「お目覚めのようね」
彼女は陽気に語りかけた。
「いつからそこに?」
「今ですよ」
「貴方はいつも突然ですね。しかしここには衛兵がいますが」
「それは、大丈夫。ほら皆さんお休みよ」
芙蓉姫が周囲を見渡すと、衛兵達が崩れるように壁に背をつき寝入っていた。
「貴方の技には毎回驚かされます」
「芙蓉姫、あなたは着実に私との約束を履行されてますね。魔法の力も以前にも増して強力にお成りです」
「私はそのようなつもりはないのです。お願いです私をこの頸木から解放して下さい」
姫の懇願にミケーネは冷淡な眼差しを向けた。
「あなたは、今まで滅ぼしてきたメガラ、カリキス、クリッサの様に成りたいのですか?私はこれだけの栄誉をパテリアに与えることができたのですよ」
「それには感謝いたしています。しかし私は多くの人々の命を奪うことが耐えられないです」
「貴女はそういう宿命にあるのです。空を見なさい三番目の星ペンダトが登りました。時は待ってくれないのです。七つの星が揃うまでに決着を付けなくてはならないのです」
ミケーネに言われて、空を見上げると新たな星が天井に輝いていた。青い空に輝く星が姫の瞳を照らした。
「あの星はなんなのです?」
「恐怖そのものです」
姫は頸を傾げた。
「これから貴方たちは大国との戦いになります。当然貴女の命を狙う者も現れるでしょう。そこで私は番犬ならぬ、地獄の番犬を用意しました」
ミケーネが手を振ると、空間に闇が現れ、その穴から冷たい妖気が吹き出してきた。そしてその闇の中から、二匹の怪物が現れい出たのだった。二匹の異様に姫は腰を抜かし、へたりこんでしまった。
「恐れることはありません。この二匹は地獄の魔獣です。ほれこのとおり可愛い者ものです」
そう言うとミケーネは牛ぐらいの巨体の狼みたいな姿形をした怪物の顎下を撫でたのだった。
「この子はジェヴォー。背中の乗り心地は最高よ。この子は仲間意識が強いんだけど。他の種には冷淡なのよ。そちらの体に赤いラインがあるのがヴュルペス。賢い子なの。素早く動くのが特徴かしら」
怪物をまるでペット扱いのミケーネに、姫は呆気にとられた。
「この生き物は?」
「だから魔獣です。彼らは貴女の忠実な僕なのですよ」
「この怪物がですか?」
姫は狼狽えるばかりだった。
「そうです。貴方の僕は何万頭といるのです。魔獣には獣の王と言う長がおり、彼らを従えています。その主が貴女なのです」
魔法という不思議な技のあとが、魔獣の登場となり、姫の頭の中は混乱した。
「いずれ、貴女は彼らを召喚し、指揮することとなるでしょう。今回は挨拶としてジェヴォーの背に乗り、駆けてみましょう」
ミケーネが怪物の前足を軽く固くと、怪物は伏して受け入れようとした。ミケーネは姫の手を取り無理矢理ジェヴォーの背に乗せると、一気に走らせた。獣は城を抜け緑の草原を疾走した。草木がどんどん後ろに消え、風で彼女達の髪が流された。
やがて、ミケーネと芙蓉姫を乗せたジェヴォーは城に舞い戻り、姫は転がるようにして怪物から降りた。
「どう?素晴らしい番犬でしょう。この子達が貴女の回りを守ってくれるわ。だから安心して戦いに臨むのね」
「この二匹は大丈夫なんですか?」
「何を言っているの、貴方は彼らの主なのですよ。しっかりしなさい」
ミケーネはそう言うと、姿を消したのだった。姫は言おうとした相手を失い、諦め怪物たちの方を振り返ると、魔獣達の姿も何処かへ消えていたのだった。
一方、芙蓉姫との面会を終えたカドモスはデクスターとラエバスに留守をまかせた討伐隊の下に馬を走らせていた。カドモスは中原のテルプーサ相手にどう国を守るか、頭が一杯だった。曲がりくねった森の道を進んでいくと、道ばたに巨石が転がっている場所に出くわしたのだった。よく見ると一人の男が巨石の上に腰掛け、タバコをふかしていた。
村人か?カドモスがさほど気ににもかけずに、通り過ぎようとしたとき、凄まじい殺気を感じたのだった。咄嗟にカドモスは剣を抜き、手綱を引き馬を止めた。
「何奴!」
ただ者でない事を察知したカドモスは注意深く男を観察した。男は身構えるでもなく、依然としてゆったりと煙管を手にとぼけていた。
「貴様、平民の姿をしているが、武人であろう。先ほどの殺気は普通でなかった」
すると男は高笑いをした。
「その殺気、貴方のものを返したものだけですよ。カドモス殿」
「私が誰であるか知っているのか。お前はテルプーサ国の者か。あるいはパトライ国か」
「私は貴方が知る全ての国の者ではない。六合星よ」
「それをどうして?」
カドモスは秘密を指摘され、狼狽えた。
「知っているとも。他に貴人星、天空星、白虎星、太常星が集まっているだろう」
「もしや、貴殿も何かの星を持っているのか?」
「私は十将ではない」
男は岩を軽く叩き煙管の灰を落とした。
「十将だと。なんだそれは」
「ワルコすなわち芙蓉姫を守護する十人の将だ」
「我々には十人の仲間がいるというのか」
「その通り、妖魔十将に相対して、お前達ワルコ十将がいる」
カドモスが男が何かの秘密を知る人物と悟り、剣を鞘に収めると、馬を降り巨石の側まで歩いた。
「あなたは我々の秘密を知る方のようだ。貴方は誰です?」
カドモスが態度を改めたので、岩の上の男も岩の上から降ると、服をはたいた。
「私はアルマロスのゼノビオス。ミケーネの野望を阻止に来た」
「ミケーネ。とはあの女のことか。そう言えばあの女もアルマロスと名乗っていた」
「同種族なのだよ。違うのは主かな。ミケーネは主の為、この世界に混乱をもたらそうとしている」
「いったいあの女は何をしようとしているのです?」
「冥王シャヘルをこの世界に呼び入れ、ワルコと交えんと画策しておる。これからワルコは冥王から数々の攻撃を受けることであろう」
「その人物が姫に敵対しようとしていると言うのか。冥王と呼ぶからには、どこそかの強い王のあだ名かい?」
「シャヘルは人ではない地獄の世界の魔王のことだ」
「おいおい、おとぎ話もいい加減にしてくれ。地獄の世界が何処にあるというのだ」
「これここに」
ゼノビオスが指を振ると空間に黒い穴が開き、地の底からただならぬ気配が漂ってきたのだった。カドモスは思わず唾を飲んだ。
信じざるを得なかった。
「ミケーネもそんな不思議な奴だった」
「疑うのも無理もない。まだ冥界の住人が姿を現していないからな。しかし、魔法については否定は出来まい。あの技はこの世のものではない。ミケーネが戦いに際しあちらとのつながりを構築してしまったからな」
「冥界の住人が地上に攻めにやってくるだって。俺たちは地上の人間同士の戦いだけでも必死だというのに」
「人の戦いなぞ、前座に過ぎない。彼らはもっと恐るべき者達だ」
「さきほど芙蓉姫をワルコと申されたが」
「左様。力の源泉それがワルコ。お前達の主のことだ」
「姫が何故その様な」
姫と聞いてカドモスは心中穏やかですまなくなった。
「彼女は人にあらず。人の衣を纏ったワルコである」
「何を申されているのです」
カドモスは狼狽した。
「お主達十将は、妖魔十将に相対して、ワルコによって呼び集められた者達なのだ」
「頭では納得できないが、心情的に分かるような気がする」
カドモスは口惜しそうだった。
「冥王シャヘルが勝っては大変だ。そこで我々はワルコに肩入れすることにした」
「ミケーネはその冥王とやらの味方なのか?」
「それは違う、彼女は冥王シャヘルの味方でも、ワルコの味方でもない。主の為だけにある」
「すると、シャヘルも姫も利用されているてわけか」
「その表現は成り立つと思う」
「貴方の主は何故我々に味方するのか?」
「ワルコの勝利なくば、我が主がミケーネの主と戦うこととなる」
「なるほど、代理戦争みたいな物か。で、どう俺たちに味方するつもりなんだい」
「これからミケーネの画策により、ワルコとシャヘルの戦いがこの地で行われることとなる。お前達はワルコを守り、冥王シャヘル打ち倒し、復活させないようにしなくてはならない」
「しかしその冥王は本当に来るんだろうな」
「まもなく冥王配下の妖魔がお前達の前に姿を表すであろう。彼らは冥界の住人であるから魔法についてはお前達より熟知している。その分お前達は不利であるから、私はお前達が優位になるように、あるものを授けるとしよう」
そう言うと、男は懐から箱を取り出した。
「この中には十枚の神聖な羽が入っている。これは防具にも武器にも変じる。これらを纏い妖魔を打ち破るのだ。時が来たら仲間にこれを渡すが良い」
男が箱を振ると、一瞬にしてそれはカドモスの手の中にあった。
「それから、お前には特別に二つの物を授けよう。一つは虚空の海を渡る力、もう一つは妖魔から姿を消す技だ」
気がつくとカドモスの手に二つのバッジが握られていた。
「その二つはミケーネに存在を悟られてはいけない。彼女が知れば対策を打つであろう。それは最終局面で大きな仕事をなすであろうから。これはお前に託された、重大な任務だ」
「まさか、魔物相手に戦う羽目になるとはな」
カドモスは頭を叩いた。
「冥王シャヘルは強力だ。地上のいかなる武器でも、魔王を倒すのは不可能だ」
「ふざけるなそれでどうしろと言うのだ。そもそもそのシャヘルが勝ったら姫はどうなるんだ?」
「存在の消滅だ」
「死ぬとというのだな」
カドモスはそうはさせないとの意志を込めて言った。
「冥王を倒せるのは神剣のみ。かつて一振りの神剣が地上に落ち、雄剣と雌剣に分離した。その名は聖剣グラディウス。この雄雌の聖剣を手に入れればシャヘルを倒すことができよう」
「それは何処にあるんだ」
「神々の戦いの最中どこかに落ちた」
「行方不明というわけか。冥界の住人との戦いも結構だが、我々は目前の大国相手に生き延びるのが必死だ。テルプーサ国は再び攻勢をかけようとしている。そこまで手は回らない」
男は笑った。
「前座だということが分からぬようだな。よかろう、良いことを教えよう。まもなくパテリアに天后星がやってくる。その者に頼るが良い」
カドモスが天后星と聞いて驚き尋ねようとしたが、役目を終えたように男の姿は忽然と彼の前から消えたのだった。立て続けに語られる、出来事にカドモスは納得のいかないまま男の会談は終了した。
一人道に取り残されたカドモスは、あわてて周囲を見渡し、男の行方を探したが、静寂だけがそこにあった。
カドモスは男の話に未だ半信半疑で、男の語る言葉を信じるか否かで、悩んだ。これからから諸国の王だけでなく、冥界の王との戦いが待っているのだという、とんでもない話は信じがたく、この出来事を仲間にどう伝えればいいか、思いつかなかった。
そして男が語った言葉のうち、彼が一番気になることは、姫が人でなはないということだった。
「姫が人でない、そんなことがあるものか」
とカドモスは懸命に言葉を振り払おうとした。しかし、ゼノビオスが嘘をついているとは思えなかった。
「自分は誰を愛したのだろうか」
カドモスは呟いた。
老人ラピスは河を遡る船上で過ぎゆく岸辺を眺めていた。彼は数々の発明品を世に出しその名を知られていた。農具や工具などの日用品から、兵器まで、その数、数しれず。特に名高いのは羅針盤と時計であった。もちろん駄作も多く、特に兵器などは使い物に成らず、空飛ぶ道具などは、本体が重く、浮力が弱いため飛び上がることなど不可能。さらに戦車に至っては、重すぎ、容易に方向転換が出来なかった。
彼が今、船上にあるのは、帰郷の為であった。彼はカルキス国生まれであって、故国に帰るのは五十年ぶりであった。若き日、王位転覆の一味として命を狙われ、国外に逃れ、老いてやっと故郷の地に足を着こうとしていたのだった。かつてこの河を南に下り、中原を始め諸国を回り、西方の国にて安住の地を得たのだったが、特に離れても故郷は懐かしく、死ぬ前には一度訪れて置きたい土地だったのである。
今回、カリキス国がパテリア国に滅ぼされ、かれはやっと命を狙われることなく故郷にかえることが出来るのだった。気がかりなのは、年月が経ちすぎ、知人が今も健在であるかということだった。
船が旧カリキスの港に到着した時、感動で彼は思わず涙を流したのだった。その老人の姿を不思議そうに眺めていたのは、孫娘のミュージカだった。
彼女は十三歳。祖父とともに西方から長旅をして、まったく見知らぬ土地に到着したのである。感動というものはなく、異国の田舎の地に舞い降りたという感じだったのである。
ラピスはこの孫娘を溺愛し、ほかに孫達がいるのもかかわらず、なにかというと側に置いておいいたものだった。というのも、ミュージカはまだ子供ながら大人顔負けの才能をもっていたからである。ラピスはその名声通りに、数々の発明品を世に送り、かれの弟子達も数多くいるのだったが、彼女の才能はずば抜けていたからである。
彼女は思いもよらぬ発想で、機械を創り、周囲を驚かせること度々で、早くからラピスはその才能に惚れ込み、自分の後継者はこの娘であると確信していたからである。それゆえミュージカは他の弟子達ならず、従姉妹達からの嫉みを買っていた。
パテリアの港に降り立ったラピスは孫娘とともに、ナティビタスを目指した。途中見かける景色は、同じようで何処かちがった。森が開墾されていたり、小さな苗木程度のものだったものが、大きな木に成長していた。
通りすがりの人々も見知らぬ人ばかりで、かつて故郷を逃げた以降に生まれた者達であろうと、彼は思ったのだった。王都ナティビタスに到着すると、城門には見知らぬ旗がはためいていた。ここで彼は祖国は滅んだのだと実感した。城門を潜ったとき彼は吃驚した。
なんと、彼を出迎える人々が沢山いたからであった。彼の名声はこのパテリアまで届いており、彼の支持者が到着を待ちわびていたからであった。そして、その中に何人か見知った顔の人物がいて、最初誰であるか分からなかったものの、直ぐに昔の顔が蘇えり、感激で抱き合ったのだった。
故郷はこの様に歓迎に満たされたものであり、彼はその後、旧友とともに懐かしい場所を巡って、生きて再び来ることが出来て童心にかえっていたのだった。一方同行するミュージカというと祖父の後をついて行くだけであったが、その中でも彼女は彼女なりの楽しみを発見したのだった。彼女はお気に入りの卵形の道具を見入っては、試行錯誤をしていたのだった。ある時、歓迎の宴で竪琴の音色に卵が反応したとき、彼女は大喜び、いきなり祖父の手をとり、いろいろ話しかけた。ラピスはその会話について行けず、頷くだけだったが、孫娘がなにやらとんでもない発明をしたのだな、ということだけは分かったのだった。孫の大事に抱える卵型の機械に、これは一体何なんだろうかと眼を向けた。
「ねえねえ、おじいさま。お爺様の故郷でなんと素晴らしいんでしょう」
妙にミュージカが浮かれていた。
「ほら、この子。こんなにも反応しているわ。どうしてかしらここにはなにかあるの?」
ラピスは卵型を見ると、なるほど命を持ったかのように薄く点滅している。
「これはなんだったかな」
「いやね。機械の王様よ。お爺様が東方にて魔法成るものが現れて、地図を塗り替えていると聞いて、魔法を取り入れたからくりを創ったのじゃないの。お忘れなの?」
「そうだった。戯れ言のつもりだったが、本当に創ったのか」
ラピスにはその原理が皆目見当もつかなかった。
「二体創ったんじゃない。一体、家に。もう一つはこれ」
「歳を取ると、物忘れが激しいな。それで王様のご機嫌はどうなのだ」
「ほんとうに吃驚。激しく反応しているわ。パテリア国の何かに反応しているの。この子に意識が芽生えたみただわ。この子自体に力はないから、どこかに力の元があるのね。何故か竪琴の音に変化するみたい」
「で、それは何ができるのだい?」
「馬鹿ね。お爺様。この子は王様。動くのは臣下でしょう」
「なるほど、制御装置というわけか」
ラピスは苦笑いした。
「魔法の力が何処から起きているのか、探してみません。お爺様」
「それが源泉を教えてくれるというのか」
魔法という、謎の力。ラピスは新しい動力源に惹かれた。
ラピスが郷里に帰って十日ほど経った頃、孫娘は一時もじっとしておらず、ナティビタズの都を、駆け回った。最初はそれに付き合っていたラピスだったが、行ったり来たりにホトホト疲れ、信用できる若者を雇い、彼女のお供としたのだった。やがてミュージカは息を切らして彼の元に戻ってくると、手を取り大はしゃぎで語ったのだった。
「お爺様、分かったわ。魔法の力の源泉。この都の王宮より出ているわ」
「なんと、それは本当か?」
「この子がね。こっちこっちて、叫ぶのよ」
「ふむー。その卵なかなか賢いようだな」
「王宮に入れないかしら」
「無茶をいったらいかん。儂等がそんなところいけるわけないではないか」
ラピスは孫娘をたしなめたが、内心、魔法の秘密があの王宮の中にあるというのなら拝んでみたいものだと思った。パテリアという国は、もとは山国の小国。それが魔法の力によって急速に力を付け、大国になりつつあった。魔法については諸国が注目しはじめたが、その正体は依然として不明だった。魔法はパテリアより始まり、全てが謎だらけで、どうもその源泉はパテリアの中に有るようなのだ。それが王宮にあるのだというなら、行ってみたい。だがラピスはすぐに諦めた。
それから三日後思わぬ機会にでくわした、パテリア王黄武がラピスに参内を命じたのだった。これにはラピスも大喜びで、上等の衣装を借りると、孫娘を連れて王宮へと向かったのだった。
故郷の地とは言え、王宮に入るのはラピスにとって初めての事だった。ナティビタスの王宮は旧カリキスのそのままであり、たいそう大きなものだった。豪華絢爛といったもいいものだったが、中原の王宮を見る機会があったラピスにとって、それでも中原の国の宮殿には及ばないと見て取った。
王宮の奥、玉座の間に到着すると、パテリアの臣下が並んでいた。恐る恐る進み、中央で待っていると、やがて黄武王が現れた。
「参内、ご苦労。予が黄武王で有る。ラピス博士の名は諸国に知れ辺り、どんな人物であろうかと一目見たくなってなあ」
「この通りの老いぼれに御座います」
「聞けば、此の土地の生まれと聞く、どうだな。儂に使える気はないか」
「私は既に主が有り。家族もその地に根付いておりますれば、ご辞退申し上げます」
「それは、道理だな。ならばそちより面白い話を聞かせてもらうとしよう」
王は、芙蓉姫を呼び寄せると、老人から話を聞こうとした。すると、今まで祖父の傍らでじっとしていたミュージカが「あっ」と大きな声を上げたのだった。
これに王だけでなく臣下のものも、何事と彼女の方を振り向き、ミュージカは無数の視線を浴びたのだった。これに祖父は大慌てをし、彼女を叱った。
「如何したのだ。王のご前だぞ」
「お爺様。見つけたの、でもまさか人だったなんて」
ミュージカが見つめていたのは、芙蓉姫だった。
「陛下失礼を致しました。姫様があまりにも美しいもので、孫娘が声を上げてしまったようです」
ラピスは必死で場を繕うとした。
「そちの孫か。可愛いのう。姫に語りかけてみよ」
王はミュージカを愛らしく持ってか、姫に引き合わせた。
「陛下、よろしければ姫様とお話をしたいのですが」
「ん、そうか姫も好かれたものだなあ。よろしい」
王が目配せすると、芙蓉姫はミュージカに近づき、背を低くした。
「あの、姫様。私に魔法について教えて頂けますか?」
「魔法なの?」
芙蓉姫は戸惑い、返事をした。
「私の臣下に、魔法に詳しい者がいます。その者に尋ねるとよろしいでしょう。日を改めて招待しますからね」
ミュージカは大人しく従った。
ラピス達の会見は終わり、その席で彼は数々の発明品の開発のいきさつや、その成果について語ったのだった。
宿に帰ったラピスは、疲れ切っていた。
「お爺様。こんなことてあるかしら。魔法の源が一人の人間だなんて。何かの間違いかしら、この子は正直な子なんだけど」
「それは正しいのかもしれぬぞ。あの姫は炎王として恐れられている。彼女以上の魔法の力を持った魔法使いはいない」
「でも、あんな優しそうな人が、そんな力を持っているのかしら。この子は嘘はつかないし」
ミュージカは自分の出した答えに自信がなさそうだった。
カドモスはデクスターとラエバスと合流すると討伐隊を率いて、再びカーリア国の残党を退治に出かけた。敵の数は小規模で、うち捨てられた古城跡に住み着いて、半ば山賊化をしたような連中だった。カドモスらは容赦なくその力を見せつけたものの、デクスターとラエバスは大将がなにか変だと感じていた。彼は戦いの最中でもアルマロスのゼノビオスが語ったことに気が削がれ、半ば身が入らない状態だった。何処の誰とも知らない人物の言うことを信じていいものか、悩んでいた。それも口触りがいい話ならいざしらず、これから冥界の住人との戦が始まるだなんて、ありがたくもなかった。これらのことは当分の間自分の胸に秘めておこうと、思ったのだった。
再び、ナティビタスに到着したカドモスはイアソン等とともに、テルプーサ国の侵略から、如何に守るか話合うことにした。彼が仲間の所に行ってみると、なんとそこには芙蓉姫の姿があった。我らのむさ苦しい部屋にお越しとは、何事だろうかと怪しんでいると。さらに見知らぬ老人と子供が眼に入った。
「カドモスお疲れ様です。丁度いいところに帰ってきました」
「有り難う御座います。姫何故ここへ?」
「この方達に、タキスを紹介していたところです」
「そうですか」
カドモスはまだ事情が飲み込めないでいた。
「紹介します。この者は、パテリアの危機を幾度となく救った武将で、カドモスと申します」芙蓉姫はお客にカドモスを紹介した。
「貴方の名前は、パテリア国に入ってから、よく聞きますぞ。此の国一の勇者ですな」
「それは買いかぶりです。優れた将はほかに一杯います」
「カドモス、この方は発明で高名なラピス殿です」
姫が紹介すると、カドモスは改まった。
「ラピス殿でしたか。あなたの精密な道具はどうやって創られたのか不思議でした」
「なんの、誰でも出来ることじゃよ」
カドモスは噂に名高いラピスが、気のいい人物なので、意外だった。ラピスは郷里を逃れ西部で祖に腕一本で財をなした人物だったので、頑固な堅い人物と思っていたからであった。カドモスの育った村でも、彼に憧れた若者がいたが、その天賦の才能は彼だけのもので、誰もまねできるものではなかったのである。
「ここには、珍しいものはなにもありませんが。ご興味があるものがありますか」
「もっぱら孫が。だが」
ラピスが顔を向けた先には、質問攻めに会い悪戦苦闘するタキスの姿があった。
「ラピス殿のお孫さんが、魔法に興味をもたれて、タキスに教授させているのです」
芙蓉姫はこの場の主役が、ラピスでなく、その孫娘であることをカドモスに悟らせた。
「私は、世界の法則を利用し、からくりを作成してきましたが、その可能性は何処までも続き果てなく、気がつけば老いぼれになっていました。私が亡くなった後、孫娘が魔法を題材に、数々の発明品を世に出してくれましょう」
ラピスはしみじみと語った。
「貴方以上の天才はいましょうか。もっと数々のものを作り出して下さい」
「私は天才でない。本当の天才は。ほれその娘だ」
ラピスが自分の孫娘を、過大に評価したので、カドモスは閃いた。
まさか天后星なのか?
だが、相手が子供だったので、カドモスはその思いを消した。
「魔法という題材は、面白い存在です。いままで人の不自由さを物によって補助してきたわけだが、魔法は人の思いを直接形にするようだから」
「私の知人に魔法は世界にあってはならない物だと、主張する者がおりました。皮肉なことに彼は随一の魔法使いだったのです」
「なるほど、そういうとらえ方もあるのですか」
ここまでカドモスとラピスが会話をしていると、タキスと論議していたミュージカが祖父の元にやって来たのだった。
「お爺様、魔法についてだいたいのところ分かったわ。要するに極微の世界が極大の世界に干渉しているのね。両者は分離しなくてはならないのだけど。土台で有る極微世界が流動化して極大世界の法則を変えて居るのだわ」
ミュージカはまくし立てたが、老人は理解しかねていた。カドモスの耳にも子供がでたらめな言葉遊びをしているように聞こえた。
「もう、頭がくたびれたよ。その嬢ちゃんには降参だ」
音を上げてタキスは、恨めしそうにミュージカを見た。
「どうした、子供相手に手こずったか」
「なんだか、ダーナと会話しているみたいだ。俺がついて行けない」
タキスはバトンをカドモスに渡したがった。
すると、ミュージカは姫のもとにやってくると、それまで胸に大事に抱えていた卵のようなものを、そっと差し出したのだった。
「姫様、この子は、私の大切な子なの。魔法について学ばせたいので、おそばにおいてもらえませんか。必ず私、引き取りに来ますから」
白く、光沢の有る卵を、子供であるかのように少女は姫の前に出していた。それが人形であれば、よくある光景だったが、卵のようなものだったので奇妙だった。
「これ、貴方の大切なものでしょう。私に預けて大丈夫なの?」
「この子には修行が必要なのです。姫様のもとが一番なのです」
子供に真顔で言われると、芙蓉姫も断り切れずに、それを受け取った。するとミュージカは嬉しそうに笑顔になった。
「私、感激しちゃった。お礼にいい物を送るわ。お兄さんが先ほど、河での戦いにで魔法が使われたと聞いたんだけど、何故船自体に魔法を使わないか不思議に思ったのよね。普通の船の上から魔法を使うじゃなくて、魔法の船から魔法を使えばいいじゃない」
タキスはダーナ同様に斜め上を行く少女に、開いた口が塞がらなかった。
「お爺様、直ぐ宿に帰り魔法の機械を創りましょう。世界で最初の魔法の機械よ」
ミュージカは、祖父の手をとり去ろうとした。ラピスは引っ張られながらも、姫達に礼を述べ、衛兵に連れられその場を去ったのだった。突風の様な騒ぎに、カドモスは呆気にとられたが、これがアルマロスのゼノビオスの言っていたことかと、怪しんだ。
宿に帰ったラピスは、ミュージカにせがまれるまま、都中を材料を探し求めて彷徨うはめとなった。数々のからくりを創った彼としては、この様な事は日常茶飯事だったが、魔法を題材としたものとなると、見当がつかず、その材質が妥当なものか、全く分からなかった。しかし孫娘は迷うことなく品定めをし、一揃いの品々を揃えた。ほどなく彼女はそれらの材料を加工し、部品を形作ると、次々に形作っていった。やがてそれは蝸牛のような造形の作品となった。
「二十体の完成よ」
ミュージカの前には、部屋いっぱいに蝸牛が占拠していた。
「これは何なのかな?」
「船の推進装置よ。魔法の力で動くの」
「人みたいに機械が魔法を使えるのか?」
世界初の試みにラピスは興味をもった。
「そうよ、能力のない私たちが魔法を使えるの」
「この装置が魔法力を生み出すのか」
「嫌だわ、お爺様。これは単なる出力装置。動力源は他ですわ」
「というと?」
「姫様よ。直接お会いして、あの子がここから湧きだしていると教えてくれたの。なぜだか分からないけど魔法の力の源泉となっているみたい」
「ならば、姫なくば魔法は存在しないと」
「おそらくね。それで、あの子を姫の手元に置き、あの子を仲介して、この推進装置に力を注ぎ込むの。すると水を打つ力となって船を走らせるというわけよ」
「なるほど、そういう仕組みか。道理であんなに大切にしていた卵を手放した訳だ。惜しくはなかったのか」
「確かに、あの子は賢いけど、魔法の力を得るには仕方ない事だわ。あの子には複製の兄弟が家にいるから、遠くに離れても大丈夫」
「なるほど、そういえば卵形はもう一体所有していたな」
ラピスは関心したが、同時に此の技を知ったパテリアによって、この国に拘束されては叶わないと、帰郷の準備にとりかかった。この装置が成功したかどうかは、戦いの結果によって知ることが出来るという目算だった。
翌朝、知人に魔法の蝸牛を姫にお渡しするように頼むと、ラピスは孫娘を連れて船上にあった。懐かしい故郷を慌ただしく去ることとなり、残念なことだったが、魔法という成果を得て彼は満足していた。
芙蓉姫はミュージカより二十体の蝸牛を送られ、直ぐにタキスに引き取らせた。ミュージカの残した手紙に蝸牛の起こす力と操作方法に書かれてあったからだった。
カドモス、イアソン、レアンドロス、タキスが揃い実験が始まった。一艘の船を準備すると、指定通りに船底の後部に蝸牛を設置し、角をゆっくりと倒すと、船は推進を始め、次第に水上を駆けるように走った。あまりの推進力に、船の上面はせり上がり、まるで馬で走っているようだった。ミュージカの提案では、船の帆柱は取り外し、船前面下にに水を打つ翼を設置し、船体を浮かせて走らせると、さらに早く走れるという事だった。
これまで帆を広げ風の力を使ったり、オールを使い人力で推進力を得ていたが、それとは格段の違いだった。まさしく魔法の船だった。前面の翼については意味が分からなかったレアンドロスはその案は採用しなかったが、帆柱については不要と判断し、切り落としてしまった。こうして帆柱のない、かといって沢山のオールを出す場所もない奇妙な船が完成したのだった。さらにレアンドロスは蝸牛のもつ推進力に自信を持つと、船全体を金属で覆い、火矢や魔法攻撃に耐えられる船とさらに改造したのである。
一同はとんでもない発明品を得たことを気がつき、急ぎラピス達を再び呼ぼうとしたが、既に国を去ったと知り、残念がった。
カドモスは天后星がミュージカであったと察し、子供で有ることで彼女に偏見をもった事を悔やんだ。
レアンドロスが二十艘の改造艦を用いた水軍の訓練に慣れた頃、テルプーサ国が再び、侵攻してきた。先の戦いで多くの艦船をうしなったはずのテルプーサだったが、大国の生産力は桁違いで、またたく間に水軍を蘇らせた。パトライへの進軍を主張していた王も直ぐに心変わりをすると、パトライへの不干渉を決めると。テルプーサに恐れて、武将等に侵攻を詰めるように命令すると、どこかに雲隠れした。
パテリア水軍はヒパボラ河と支流のエヴェロス河の合流地帯でテルプーサ水軍を待ち受けた。広い河を埋め尽くすほどの、帆船が遡って来て、大国の威信を見せつけた。これに対しパテリアの水軍は四分の一程度で、一気に飲み込まれそうだった。テルプーサ水軍は先の戦いを反省し、早舟のよる機動力を高め、魔法使い等に水上戦の訓練を施した。先の戦いのように、一方的に魔法にて、沈められることはないと、意気揚々とパテリア水軍に向かっていった。
パテリア水軍を包み込むようにして迫ったテルプーサ水軍は、目の前に奇妙な船が待ち構えているのを目撃した。帆船の柱がなく本体だけで、かといって、両脇に複数のオールが飛び出しているわけでなく。これでは単に浮いている箱に過ぎない奇妙なものだった。
その箱は無視し、帆船の船艦目指して、進軍すると、いきなりただ浮かぶだけの船が一斉に動き出したのだった。その速さは水を駆けるかのようだった。瞬く間に金属で覆われた船は軍船に突入すると、魔法にて手当たり次第船を沈めていった。この事態にテルプーサのい提督は慌てて、反撃を試みたが、金属で覆われた船は頑丈で、攻撃を持ちこたえた。逆に埋め尽くすほどに味方の戦艦が動きを封じられ、衝突をする始末だった。魔法部隊による反撃は効果はなく、船の速さか違いすぎたのだった。金属の船はテルプーサの軍船の間をすり抜け、それは全艦船に混乱をもたらし、統制不可能の状態までもたらしたのだった。
そこに、パテリア軍の戦艦が突入し、テルプーサの艦船は粉砕されてしまったのだった。
パテリア水軍大勝の知らせを聞いた黄武は自己にうぬぼれ、雲隠れしていた別荘から戻ると、世界の覇者となるべくテルプーサ領内に攻め込む命令を出したのだった。
無謀な命令だったが、こうなる事を予測していたイアソンは、テルプーサと永らく敵対したコザニ国に密約を持ちかけていて、共同してテルプーサ国を手に入れようと提案していた。テルプーサ国の東半分を与えるという条件であったが、パテリアの実力を信じれないコザニ国に水上戦での勝利を見せつけ、軍を動かさせようとしたのだった。
テルプーサ水軍が完膚なきまでに叩き潰された事を知ると、密約が執行され、テルプーサは東の隣国コザニ国から攻め込まれたのだった。同じくパテリア軍も南下し、テルプーサの都を目指したのだったが、その前に嘘情報を流し、テルプーサの隣国からコザニ国の大軍が侵入しているとの情報を流し、テルプーサ主力を東に向かわせると、遅らせてパテリア主力を南下させた。テルプーサ軍は主力を東に向かわせ、残りでゆっくりと侵攻してくる北からのパテリア軍を迎え撃とうとした。東の平原で戦いが起こり始めた時、パテリアの別部隊は高速船で一気にヒパボラ河を下り、王都に襲いかかった。兵のほとんどは二方面の防衛に出払って王城は手薄状態で有り、瞬く間に落ちた。東の平原ではテルプーサとコザニの強国同士の死闘が繰り広がれ、両軍が多大の被害を出した。一方北ではパテリア軍を迎え撃とうとしいたテルプーサ別働隊は都が落とされた事を知ると、あわてて王都奪還に動き出し引き返した。王城には既にパテリアの旗がはためき、攻城戦を試みようとしたが、背後からパテリア軍が追いつき戦いとなった。パテリア軍は城内、城外からテルプーサ軍を挟み撃ちにし、テルプーサ軍を駆逐した。パテリア軍が王都を制圧したとの情報は東の戦場にもたらさせ、コザニ国の撃退しそうになったテルプーサ軍の士気を落とした。もう少しで勝利するはずだったテルプーサ軍の歩兵が脱走を始め、軍は解体した。かくして、テルプーサ国は滅び。パテリア国は中原の世界に足を踏み入れたのだった。
四月ぎりぎりになって、アップできました。日曜日にはやりたい事が多く、お花見にいい日なんか、籠もって小説書くのもなんですので、ついつい小説が後回しになちゃいました。
さて、物語でミュージカが卵形物を所有してましたが、これは千年後アスペルが各地から集めていた破片ですね。小説では37,38回に登場するナティビタスを魔法城化する謎の卵形です。ミュージカは卵を抱いていますが、ポケモンみたいな感じです。
芙蓉姫が乗った怪物は千年後、第4回で登場し、ソシウスに退治されるジャーヴォーと同種ですね。此の怪物はフランスの怪物の名称を頂戴したものです。もう一体はヴュルペスは19回でソシウスが仕留める怪物と同種でした。お久しぶりです。
今回登場のゼノビオスさんですが、最終回で物語りを締めくくる役目の人なんですね。台詞が、かなり全体像をばらした感じです。