第49回 神 話
<登場人物>
グノー 主人公の兄弟子魔法使い
メディカス 僧侶(酔遊仙のメディカス)防御魔法、治療魔法、躰術
ホーネス スカラ国戦士(神槍のホーネス)槍の使い手
レピダス 黒虎騎士(銀弓のレピダス)弓、双頭槍の使い手
デュック 元宰相の子(斜行陣のデュック)参謀、双鞭の使い手
アスペル 女盗賊(黒豹のアスペル)スリング、手裏剣、メイスの使い手
ストレニウス 赤鬼騎士(重戦車のストレニウス)双手剣の使い手
ソシウス 斧使いの大男(旋風のソシウス)バトルアックスの使い手
エコー ヘテロ青竜騎士(鎚人馬のエコー)風の魔法使い、ヴォーハンマー
フィディア 芙蓉記伝承者(譚詩曲のフィディア)竪琴
グレーティア 主人公
プエラ 主人公の幼なじみの娘
ビルトス 主人公の師(本名ダーナ)
デスペロ 魔法宰相
コンジュレティオ 軍総司令
カエルリウス ベロックスに負けた政府の一級魔法使い
ホスティス ヘテロ国魔法宰相
ベロックス 青竜騎士団長
ローサ ホスティスの養女
チューバ 白狼騎士(ローサの警護係)
トラボー 反乱軍首魁
ハレエレシス 反乱軍参謀、ブルマの乱首謀者
フィデス トラボー配下魔法使い
ファルコ トラボー配下武将
アミコス 反乱軍参謀、竪琴の使い手、元魔法省官吏
ファクルタス 反乱軍魔法使い、ブルマの乱生存者
アルゴン 反乱軍武将
オティス反乱軍武将
ホルディウム 反乱軍財務
シャヘル 冥界の王 十人の妖魔の主
コスタ 妖魔二位(穿肋獄 ミトラのコスタ) 死者を蘇らせる
ハスタ 妖魔三位(針山獄 一角獣のハスタ) ホーネスの仇
ラング 妖魔五位(抜舌獄 漁色のラング) 大蛇に乗る
ベネノ 妖魔六位(毒蛇獄 美粧蓮歩のベネノ)女性、二匹の獣を連れる
カーサー 妖魔七位(鋸解獄 紅蓮刀のカーサー)巨象に乗る
グラッシス 妖魔九位(寒氷獄 黒海馬のグラッシス)怪鳥に乗る
ムルティ山脈の麓、怪物の森をローサ達は進んでいました。装飾を施した神殿があると聞き及び、ハンターを雇い、森深くに入ったのでした。人が訪れることもない森の中、道は険しく、森の中に迷いそうでした。しかしハンターは見通しのきかない森の中を慣れた様子でどんどん森の奥へと行くのでした。
ハンターによれば、怪物達が南下し、ただの森と化してしまったので、彼らにとっては野原を進むようだとのことでした。確かに彼らの言うように、不気味な声は森に響かず、小鳥のさえずりが、あちらこちらから聞こえます。
岩の間をぬけ木々が少くなくなった場所に立つと、ハンターが向かいの高台を指し示しました。そこには森の木々から頭を出した神殿跡が見受けられたのでした。どうやらそのそれが装飾のある神殿のようでした。ローサは同じような森を歩き続けたので疲れてていましたが、目的地を発見すると気力が蘇り、足早に歩みました。
神殿は蔦で覆われ、あちらこちらの壁が後に生えてきたであろう巨木に割かれていました。かつて白い神殿であったそれは、黒ずんで灰色がかり、あちらこちらが崩れていました。
ローサは疲れて、崩れて転がった石柱に腰掛けました。
「これがお話しました神殿です。ずいぶんと森の奥に来ましたが、怪物が居ないので安心です。ゆっくりとご覧ください。われわれはキャンプの準備を始めます」
そう言うと、ハンターのリーダーは仲間に合図を送ると荷を下ろし始めました。
「お嬢様、わりと早く着きましたなあ」
チューバはローサに水筒を差し出しました。
「怪物が居ないおかげね。でもこの森の中では、私たちだけでは無理です。彼らに依頼したのは正解だったわ」
彼女は水を口に含みました。
「この神殿に竜と鵬のレリーフがあればよいのですが」
「チューバ。そうは簡単にいきませんよ。私たちは闇雲に探しているのですから」
「お嬢様の申される通りです。成果が出なくても覚悟しませんとな」
「その通りです」
ローサは微笑みました。
足の疲れがとれたローサはチューバとともに神殿の中を調査しました。ハンターのリーダーも同行し、神殿の隅から隅まで見て回ったのでした。神殿そのものは大きいものでは無く、地下階を持つものではありませんでした。ハンターの見立てによると、怪物がこの一帯に生息する前の千年以上前に建てられたものであり、何らかの神を祀ったものであろうということでした。
遠い遠い昔の神殿。その神殿のレリーフには何かの物語が刻み込まれていました。ローサは芙蓉姫以前の物語に、何故か心引かれました。
「チューバ、見事なレリーフですね」
感心したように、ローサは言いました。
「苔で覆われていますがね」
チューバは、芸術に関心はありませんでした。
「この神殿は、何の神を祀ったのかしら?」
「さあ。どれも見たことないものですねえ。古すぎてなんだか分かりません」
「この人は神かしら?」
「そうじゃないですか。我らの知る神は有りませんし、ずいぶん昔に信仰されなくなったのでしょう」
「そのようですね」
それから一同は長々と続くレリーフを辿っていきました。
「どうも入り口から奥に向かって、神話が彫り込まれているようですね。おそらく最初の方は天地創造のようです、しかし後半は神々の戦いですね」
「仲間割れですか?」
「一柱の神に七柱の神が相対しているわ」
「卑怯な連中ですね」
チューバの騎士道が顔をのぞかせました。
「最後は、神は割かれてしまうのね」
「剣を振るっていたとこをばっさりですね。万々歳てところですかね」
「この神殿を建立した人々は、神々の戦いを伝承してきたのでしょう」
「我々の世界は魔法が重要で、こんな天地創造の話はされませんなあ。かつてこの様な神話があったのでしょうか?」
「あるいはそうかもしれません。私たちの神話は魔法という火をもって始まりますから」
その後も、ローサ達は幾度も神殿を調査し、見落としのないようにしましたが、竜と鵬のレリーフは見いだせないのでした。期待が薄れ始めると、ローサの顔にもやっと森を歩いた疲れが出始め、口数が少なくなったのでした。
その夜神殿の壁は、彼らのたき火で明るく照らされました。鍋の中はぐつぐつ煮込まれ、その香りに、皆お腹を鳴らしました。
「残念でしたなあ。お目当てのものがなくて」
夕餉にて、ハンターのリーダーがローサに語りかけました。
「覚悟していましかたから」
ローサは小さく返しました。
「ここいらでは、この神殿以外、レリーフがあるものはありません。剣を隠すには怪物がいる森はもってこいですがね。本当にムルティ山脈なんですかね」
「わかりません。私は見当違いをしているのかもしれません」
ローサは少し悄気ました。
「お嬢様、まだ始めたばかりです。山麓の南側があります」
勇気づけるようにチューバは明るく言いました。
「それじゃ、良いハンター紹介しますぜ。こいつは怪物を仕留める実績は少ないものの南部一帯の森を詳しく知ってる。お役に立てるかもしれない」
「それは助かります。是非お教えください」
ハンターは妙なものに取り憑かれた少女だと、その人を教えたのでした。
「ただし、注意してください。南には未だ怪物がいるみたいですから。今回のように安全にはいきませんぞ」
戒めの言葉でした。
彼らと別れたローサ達は南方に下り、反乱軍の本拠地である町に至りました。ここでは反乱軍の将エネアスの紹介してくれた、この地方の歴史に詳しい人物を訪ねることにしたのでした。その人物はすぐに分かりました。ただその人物は、隠居後に各地の遺跡を尋ね歩き、ローサが来たときは留守でした。仕方なく、ローサはその人物の帰りを四日ほど待ったのでした。数日後、帰宅の連絡を得たローサは喜び、早速尋ねてみると、その人は温かく出迎えて暮れたのでした。
「生憎留守にしていた申し訳ない」
老人は丁寧に謝りました。
「とんでも御座いません。こちらこそ、突然押しかけてしまいました」
ローサは恐縮いたしました。
「お若いのに歴史に興味をお持ちとは珍しい。私が分かることでしたら、お答えいたしましょう」
老人は自慢の分野でしたので、質問されることに喜びを感じていました。
「なるほど、元魔法省のドクトリ殿からムルティ山脈の麓に聖剣の手がかりがあると聞いてみえられたのですか」
一通りのローサの説明を聞いて、老人は深く考え込みました。
「残念ながら、この地に聖剣が奉納されているという話はありません」
「そうですか」
ローサは肩を落としました。
「芙蓉姫が特殊な剣を所有していたという話は伝承されていますが、定かではありません。一般的に姫は魔法使いのイメージが強いですから」
「王都フローレオの図書館で聖剣に関する文書を閲覧しましたが、曖昧模糊としたものでした。そこであるご老人と出会い、聖剣の事について教えて頂いたのです」
「なんと、王都に行かれておいでか。貴方が出会った人物は誰だったか分かりましたぞ。彼は伝承記述に詳しい人物だ。それで彼はなんと言っていたのかね?」
「聖剣は雄剣、雌剣の二口があるとのことでした。そしてそれらはヘテロのターバスからもたらされたものであると」
「その伝承は聞いたことがある。しかしそれが芙蓉姫の聖剣なのかね」
「だと思います」
「この地方の伝承には、こういうものがある。神剣がヘテロの大地に突き立てられ、神はその剣を二つに分けた」
「それは聖剣の事でしょうか?」
「違う話かもしれません。もっと詳しい説明があればよいのですが。第一、神剣が何故二つに分割しなければならなかったのか、さっぱり分かりません。聖剣が奉納されたのは竜と鵬のレリーフの神殿であることは確かなのですね?」
「はい、ドクトリが申されていました」
「何らかの文献があったのであろう。私はこの地方の神殿は望み薄いと思う。だが調査する必要性はあるだろう。私が提案したいのは、メディスを調べることだ」
「西の都メディスですか?」
父、ホスティスに生まれ故郷でした。ローサはアデベニオを目指して、メディスに立ち寄り、怪物達と戦った日のことを思い起こしました。
「芙蓉姫は戦いの後半は西部に向かっている。この時期の伝承を現地で調べたほうが良かろうと思うのだ。全ての伝承が王都に集まっているとは限らないのだよ」
「私は聖剣は誰も近づかない怪物の住み処に隠したのだと、思っていたのですが」
「怪物の巣というならムルティ山麓より西のシルバの森がふさわしくないかね?」
ローサは大きく目を見開きました。
「私は芙蓉姫の統一後の足取りを調べてみることにしました」
「それがいい、だがレリーフの手がかりもあることであるし、この一帯を調べてみるのも損ではない」
老人に礼を述べると、その足でローサ達はハンターを探しました。かれらは紹介を受けていた森にたいそう詳しいハンター達でした。丁度そのときハンター達は次の依頼を待ったところで、いつでも出立出来る状態でした。始め少女がハンターに仕事の依頼をしたので大層驚いた様子でしたが、彼女の凜とした態度に、感銘したのか好意的にな態度をしてくれたのでした。
今度の森の中は怪物だらけでした、少しの油断が死を招くこともあり、緊張の連続でした。出発前ローサはハンター達に、条件を飲まされていました。それは仮に目的地の神殿に到着しなかったとしても、危険だと判断すれば旅は中止するというものでした。
もちろんその指示にはローサは従うつもりでしたが、彼女はいざとなったら魔法で怪物を撃退してしまおうと考えていたのでした。
ハンターの情報によればレリーフのある神殿は二カ所あり、そのうち一つが竜と鵬の図柄があるものである事が分かりました。この情報にローサは大変喜び、胸躍らせたのでした。
樹海は広く、あちらこちらで怪物の声が響き渡ります。ハンターに連れられ森の深くすすみますが、その進みは慎重でした。ハンター達は足跡を発見すると、なんの怪物の物か、いつ付いたのか、立ち止まって調べます。北の森がいかにピクニック気分であったのかがよく分かりました。気を研ぎ澄ましているのはハンターだけではありませんでした。供のチューバもいつも見せる笑顔は消え失せ、メディスで怪物の中を突っ切った時のような気迫を漲らさせていたのでした。
やがて第一目的地の神殿に到着しました。建物はずいぶん古いもので、以前見た神殿と建築様式が似ていました。おそらく千年以上前の神殿であると推察されました。ローサはさっそくレリーフを確認しましたが、竜と鵬のものはありませんでした。
「この神殿は関係ないようですね」
チューバは熱心に見入っているローサに語りかけました。
「そのようね。しかしレリーフに描かれていることは興味深いわ」
「前の神殿であった、神々の戦いの模様ですか」
「倒される神には従者がいるようですよ」
チューバは顔を近づけました。
「なるほど、こいつはどうなったんでしょか?」
「描かれていませんねえ。ほら神々の戦いでは地面が盛り上がっています」
ローサが指で指し示すと、チューバは愉快そうにしました。
「ここの描写は細かいですねえ。上級魔法使いの攻撃で地面に穴が開きますけどね」
すると、ハンターが話に加わって来ました。
「その地面が盛り上がっているのだが、どうもムルティ山脈のつもりなんですよ」
「これがかい?」
チュバーは疑いの眼差しを向けました。
「その山の形なんですが、ルーバス地方から見たムルティ山脈にそっくりなんです」
「そんな大げさな」
チューバは大笑いしました。
ここでローサ達はキャンプを張り、今後について話し合うことにしました。最後の神殿は、南下した地点にあるのですが、昨今怪物達が移動を繰り返し、その本体がどうやら、神殿の近くにあるとのことでした。このまま進めば怪物に遭遇する可能性は高くなり、無事戻れなくなる可能性があるとのことでした。しかし魔法に自信があったローサは次の神殿を目指すことにしたのでした。
翌朝、早くに出発したローサ達は延々と森の中を歩きました。道なき道を歩くことは大変で、幾たびも足を滑らしました。進み進路は怪物を避けて何度も蛇行し、やっと目的の神殿に到着したのでした。
神殿は破損の度合いも少なく、先の神殿と比べて比較的新しい物にみえました。誰も訪れることも無く、汚れ蔓が絡んでいるものの、手入れをすればちゃんとしたものになりそうでした。レリーフの絵は芙蓉姫の伝説のようでした。神に祝福された芙蓉姫が魔法の力で全土を統一する栄光を描いた物でした。伝承の物語のように英雄的で力強い指導者のように描かれていました。ローサが感激したのが、芙蓉姫の手に剣が握られていたことでした。ほとんどの伝承では剣について語られることはないのに、このレリーフは彫り込まれているのです。ローサは期待で胸が高鳴りました。
注目するべきことは、剣にまつわる冒険が描かれていることでした。芙蓉姫の十将が剣を探し求め、ムルティ山脈を越えヘテロの草原を彷徨い、敵を倒し、聖剣を手に入れる物語でした。これは王都の図書館でも見いだすことが出来なかった物語でした。
終わりの方に二つのレリーフがありました。一つは砕けた剣、もう一つは無傷の剣が奉納されるさまでした。作者はこのことを知っていたのです。
「お嬢様、このレリーフに竜と鵬がありますぞ」
チューバは大喜びで、目を輝かせました。
「残念だけど、この神殿ではないわ」
「どうしてですか?」
「剣がこれらの神殿に納められたというのを描いてあるのであって、私たちのいる神殿がそれではないのよ」
「まったく、逃げ水みたいですな」
期待が外れ、チューバは頭をかきむしりました。
「でも大きな手がかりを得たわ、レリーフにある神殿の周囲の様子や、シンボルがなにかのヒントになるはずよ」
すると、ハンターが話しに割り込んできました。
「ここに描かれている鳥なんだが、こりゃ西部にいる鳥のようだな」
「そうなのですか?」
「間違いない」
「チューバ、このレリーフを模写いたしましょう。西部の人に背景の図を見せれば、場所が分かるかもしれません」
ローサはチューバにレリーフに纏わり付いた蔦を取り除かせ、埃を落とすと、丁寧に写し取ったのでした。ローサは大きな収穫を得て、心が躍り上がりました。彼女の脳裏には褒めてくれる父の姿が思い浮かんでいました。
模写が終わった頃、日は落ち始めていました。今から森を出ようとしても、日が暮れてしまいまいます。仕方なくローサ達は怪物達の真っ只中でしたが、神殿で一夜を過ごすことしました。
翌日、朝、森全体を霧が覆っていました。怪物達の声もなりを潜め、静けさが辺りを覆っていました。遠くで怪物の低い声が響き渡りました。
「いいですか。ここは怪物の真っ只中でことをお忘れ無く。霧が深いので、あつしたちから離れないようにして下さい。迷子になってしまいます」
ハンターのリーダはローサに念を押しました。
どれくらい進んだことでしょうか、突然ハンター達は背を低くすると、何か話し合いました。なにか異変が起きたのでは、とローサは周囲を見渡しましたが、霧で覆われていてさっぱり分かりませんでした。この霧の中でハンターにはぐれようものなら、本当に迷子になりそうでした。
突然、ハンター五人の内二名がローサ達の護衛の回ると、他三名は林向けて走り出しました。すると、霧の中から怪物が現れ、三人と遭遇したのでした。ハンター達は奮戦し、怪物を食い止めると、ローサ達を逃がしたのでした。二人のハンターに連れられるまま、ローサは逃げましたが、先ほどの怪物とハンターの戦いの臭いをかぎつけたのか、霧の中から怪物達の唸る声が響き渡りました。ハンター達が言っていたように、ここは怪物達の真っ只中のようでした。すると、背後から、魔法の轟音が響き渡りました。どうやらハンターの魔法使いが怪物を退けているようです。通常ハンターに魔法使いは一人が多く、ローサ達を引っ張っているのは、術者でないと判断されました。
突如、ローサ達の前に多数の怪物が出現し、その行く手を阻みました。仕方なく左右に逃れようとしましたが、どちらにも怪物が姿を現しました。やむを得ず、ハンターは正面突破を試みようとしましたが、押し戻されてしまいました。退くしか無くなった時、後を追いかけてきた三人のハンター追いつき、結果四方を怪物に囲まれることになったのでした。
「不味い。しくじったか!」
ハンターのリーダーが思わず舌打ちすると、とっさにローサはチューバ顔を向けました。
「チューバ。行くわよ!」
「了解!」
チューバは駆け出し、ローサは防御魔法を発動しました。白狼騎士であるチューバの動きは速く、次々に怪物を仕留めて行きました。この動きに、ハンター達はチューバがただ者で無い事に気がついたのでした。
「私は魔法使いです。防御魔法で防いでいますから、怪物の攻撃は効きません」
「これはたまげた。なら助かった。野郎共、正面突破だ!」
ハンターのリーダが合図をすると、全員が正面向かって突進したのでした。正面はハンターの魔法使いがこじ開け、横からの敵はチューバ、ハンター達が始末し、背後の敵はローサが魔法で撃退しました。
どれだけ走り抜けたところでしょうか、全員が息を切らして、森の中で立ち止まっていると、みるみる周囲が怪物の群れに囲まれ始めたのでした。
「やはり、ここは怪物の群れの中核近くだ。魔法使いが二人とはいえ、かなりきついぞ」
ハンターのリーダは油汗を流していました。
「私の攻撃魔法は強力です!」
「嬢ちゃんの実力はわかったが、この近くには獣の王がいる」
「何が出ようと、かまいません」
「知らないようだから言っておこう。攻撃魔法は獣の王とその従者には効かない」
「なんですって!」
ローサは信じられませんでした。
すると、みるみるうちに怪物の数がふくれあがり、巨大な竜達が姿を現したのでした。見上げんばかりの竜達が登場すると、他の獣の吠える声は止み、不気味な静けさが広がりました。
「これは、獣の王の従者に違いない。やばいぞ」
ハンターは冷や汗をかきました。すると竜の一匹が咆哮をあげると、ローサのかけていた防御魔法が粉みじんになって砕け散りました。
「私の術がいとも簡単に破られるなんて」
ローサは自慢の技を解かれ、強靱な魔法使いと相対しているような感覚を覚えました。ローサはそれでればと、攻撃魔法で撃退しかないと判断し、火の魔法を放ったのでした。彼女の魔法は、修練を重ね上級魔法使いのレベルに到達していました。轟音とともに全てを焼き尽くすような火炎が飛び、巨大な竜の首に直撃したかにみえましたが、竜は何事もなかったかのように立っていました。竜にかすり傷さえも負わせることが出来なかったことに、ローサは衝撃を受け、再びやみくもに魔法をくりだしました。しかし魔法はことごとく竜の体にはじかれ、ローサは敗北を感じたのでした。残る幻術が竜に効くとは、とうてい思えず、ソーサはその場に立ち尽くしました。
ハンターは最初から、かなう相手でないと判断し、攻撃を控えて退路を探していました。しかし、ローサが魔法を放ったので、怪物達を刺激してしまったのではないかと、狼狽えました。
「もうお分かりでしょう。あのでっかい竜達には魔法は効かないですよ。このまま静かに退却するんです」
ハンターはそうはいったものの、周囲を囲まれ、逃げ場を見いだせませんでした。
彼らがその場に動けないでいると、竜達が脇に退くと、奥からさらに大きな竜が姿を現したのでした。その竜は怪物とはいえ、威厳が有り竜の中の竜といった風格を漂わせていました。
獣の王でした。
獣の王に圧倒され、ローサ達は動くことさえ忘れてしまいました。すると獣の王はローサに近づくと、長い首をローサの頭の上まで下ろし、見下ろしたのでした。このときローサは恐怖心ではなく、何故か安らぎめいたものを感じてしまったのでした。
ローサの顔の前に、獣の王の鋭い牙があったので、チューバは前進の毛が逆立ったようになり、刀を抜くと、今にも飛びかかろうとしました。するとローサはそれを制し、押しとどめさせました。
「お嬢様、何故?」
「チューバ、この竜は私になにか語りかけているようです」
「こいつがですが」
怪物が語りかけるなどと、馬鹿げているとは思ったものの、チューバは剣を下ろしました。
(”貴方は獣の王ですか?”)
ローサは心で問うと、胸に言葉らしきものが浮かんできました。
(”その通り、私は長である。貴女は主か?”)
(”主、私が?”)
(”ワルコが私たちの主”)
(”だったら、私ではないわ”)
(”貴女には主を感じる。しかしワルコではないのか?”)
(”私はワルコを知っている。それだけよ”)
(”ワルコは二人なのか?何故私と語ることができるのだ”)
(”それは、なぜだか分からないわ”)
(”主の気配を感じたので、来たのだが”)
(”貴方たちは、主を待っているの?”)
(”そう、千年待った”)
(”長いわね。貴方たちは南に行ったのではないの?)
(”別の長が戦いに向かった”)
(”人を襲いに行ったの?”)
(”冥王の僕だ”)
(”それは何?”)
(”我々と同種の存在、侮りがたい”)
(”良くわからないけど。私たちをどうする気?”)
(”どうもしない。主を迎えに来ただけ”)
(”なら私たちは去るけど良いわね”)
(”好きにするがいい”)
ローサの胸の中の言葉が消えると、獣の王は首を上げ退きました。すると従者の竜達も引き始め、ローサ達の回りから怪物達の姿は失せ、霧に覆われた静かな森に変わったのでした。
チューバ達は、ローサと獣の王が向かい会い、一言も言葉を交わすでも無く、いきなり怪物達が姿を消したので、何事がおこったのか、見当もつきませんでした。摩訶不思議出来事に、目を奪われていました。やがて我に返ると、周囲を警戒し、怪物の気配が無くなったのを確かめると、一目散に森を抜け出したのでした。
総司令コンジュレティオは怪物達の戦いが終わって以降、キャンプスまで軍を後退させると、関内に退いたヘテロ軍の動向を探っていました。ヘテロは関内から一歩も出ようとせず、ヘテロの関の城壁まで迫ってみても、何の反応もないのでした。
ヘテロは再び怪物の来襲を恐れて、関内から外に出ようとしないのであろいうかと、総司令は推し量っていました。この前の怪物同士の壮絶な戦いを見せられては、そうそう表には出ずらいものです。パテリアの兵士も、岡の上から間近で怪物の死闘を目撃し、恐怖を覚えました。現在でも怪物の死骸は平原に無数に転がり、ハエがたかりむごたらしいままで、兵士は怪物の墓場に近づくことを嫌い、自分たちの姿に重ね合わせていたのでした。
この様な、心理的に恐怖を持った兵士たちの心情を察し、総司令は大きくキャンプスまで陣を下げました。死骸に群がる鳥に姿や、うるさく纏わり付くハエの群れは無くなりましたが、怪物達の死闘の様子が兵士達の脳裏から消えることはありませんでした。
そこで総司令は魔法使いに命じ、怪物達の亡骸を焼き尽くす様に命じたのでした。怪物達の姿が無くなれば、兵士達の動揺も治まることであろうとの判断でした。
彼は刀を抜くと、空を二回ほど切ると鞘に納めました。床にはハエが二匹落ちました。名刀で虫を切るなど馬鹿げていましたが、彼は満足しました。
「報告します」
部下が部屋に入ってきました。
「何事だ」
総司令は剣を壁に掛けると、顔を向けました。
「宰相閣下がおいでです」
「なんだと、誠か?」
指令は奇妙な顔をし、念を押しました。
「間違い御座いません。まもなくこの城に入城です」
「宰相が、国務を離れ戦場にやってくるとは何事であろうか」
「分かりかねます」
ヘテロとの戦線がこ膠着状態に業を煮やしたのか、怪物の様子を自ら調査しに来たのであろうと彼は推測しました。面倒な話になりそうだと、ため息をつくと、宰相を迎え入れる準備をしたのでした。
「総司令、お元気でなによりです」
顔を会わせた宰相デスペロは笑顔でした。
「遠路はるばる、このような国境までおこしで、さぞお疲れでしょう。さあ、こちらへ」
総司令は席を勧めると、デスペロは腰掛けました。
「馬を飛ばして来ましたが、王都からはずいぶん遠いものですな」
「都から離れているので、ヘテロが王宮まで攻め登るということはありませんが、兵士達が故郷を恋しがりましてな」
「ヘテロとの戦いは長期に渡ってしまいましたからな」
宰相はお茶を一口飲みました。
「わざわざここにお見えということは、何か重大なことがおありなのですか?」
「左様、総司令にお願いに参りました」
「ほう、何を?」
指令は顔を寄せました。
「ナティビタスにワルコは巣を作ってしまいました。取り除いて頂きたいのです」
「賊退治ですか。では部下を向かわせましょう」
すると、宰相は手で制したのでした。
「総司令自らが、全軍引き連れて退治して頂きたいのです」
「全軍ですと!ヘテロが侵入してきますぞ」
総司令は怪訝な顔をしました。
「ヘテロ以上にこの賊は脅威なのです。全軍をもってしても落とせるか分からないのです」
「何を馬鹿な。ヘテロ以上の敵がおりましょうか。ナティビタスの賊は僅か一都市にしかずぎませんぞ。それより東の反乱軍、特に南の偽王子を掲げる反乱者たちが手強いですぞ」
「総司令は、ご存じありませんが、ナティビタズは魔法城と化しているのです。事実四万の軍勢が退けられています。確かに南のハレエレシスの指揮している反乱軍は、要注意だがもう少し遊ばせても良い状態です。しかし、ナティビタスは火急を要する」
「しかし、賊はナティビタスから動こうとしないのでしょう。火が広がる危険がないではないですか?」
総司令は宰相のこだわりが理解できないでいました。
「指令は怪物達の戦いを見られたのではないですか?」
「左様、背筋が凍る思いだった。我らがあれと戦ったら、蟻のように踏みつぶされることであろう」
「あれはワルコの兵なのです」
宰相は囁くと、総司令は口が開いたままとなりました。
「あれは怪物の群れだぞ?」
「左様、魔王の僕です」
宰相は平然と答えました。
「ナティビタスの賊は人であろう?」
「いいえ、人ではありません。魔王とその配下です」
「儂に、怪物相手に戦えと?」
「ご心配にはおよびません。魔王は未だ完全に復活していません。力を取り戻しつつあると言えましょう。実は、私はこれまで魔王を退治しようとしてまいりました。隠れ潜んでいる場所を探し当て、殺害に部下を向かわせましたが返り討ちに遭いました。その後、広範囲に魔法使いを配置し、捕まえよとしましたが、姿を見失い、気がついたときは魔法城に入城させてしまいました。未だ魔王の力は弱く、本来の力を取り戻していません。今、全力をもって叩く必要があるのです。」
「合い分かった。儂に化け物退治をさせたいのだな」
「左様」
「だが、ヘテロはどうする。無視という訳にはいかんぞ」
総司令は悩ましそうにしました。
「休戦を申し込むのです」
「何を、冗談を。ヘテロの宰相はおぬしに恨みがあるのであろう」
総司令はデスペロを指さしました。
「だから私がやって来たのです。ホスティスにはまた彼の事情というものがあるのです」 総司令は、納得いかないところがありましたが、彼の好きにさせることにしました。ヘテロとの休戦が実現するのであれば、それは喜ばしいことだったからです。
ヘテロの魔法宰相ホスティスは、パテリア国からの使者より、手紙を受け取りました。ヘテロの軍が関から軍を引かずに留まっていることに、いらだちを見せた総司令コンジュレティオの嫌がらせの手紙でも寄越したのであろうと、薄笑いを浮かべたホスティスは書面を見るなり目を見開きました。
小さく振るえた後、彼は使者に尋ねたのでした。
「誠に、お前達の宰相が来ているのか?」
「はっ。宰相自ら私に命じられました」
使者が答えると、ホスティスは思案げに歩みました。
「閣下いかがなされました?」
心配した部下のベロックスは尋ねました。
「デスペロの奴が、休戦を求めてきおった」
そう言うと、ホスティスは書状をベロックスに渡ました。受け取ったベロックスは書面に見入りました。
「奴は儂と、逢いたいと言っている。どうしたものかな」
「閣下は、あの男よって国を追われ、足を失われました。相手にすることはありません」
「確かに、この借り返したくもあるが。奴は岡で二人だけで逢いたいと申している」
「閣下がお付き合いをなさる。義務は御座いません」
ベロックスは強く、押し止めました。ホスティスはしばし目をつぶると、静かに考え使者に言ったのでした。
「お前達の宰相に伝えよ。承知したと」
この言葉を聞き、使者は一礼するとその場を去っていきました。ベロックスは宰相に近づくと、意見しました。
「休戦など、我々にはなんのメットもないではありませんではないですか」
「まあ、そう責めるな。今は敵同士だが、かつては親しき友であっあのだ。わざわざ戦場に赴いてくるからには、それなりの理由があるのであろう」
「閣下は、ご慈悲深い」
「褒めるな。奴に一言この機会に文句を言いたいだけだ」
約束の日、デスペロは丘の上で一人ホスティスを待っていました。眼下の平原には魔法使い達によって焼かれる、怪物達の姿がありました。黒い煙が無数に青い空に立ち上がり、辺りには焦げ臭い臭いが立ちこめていました。
デスペロは天井に輝く太陽を恨めしく見上げると、水筒の水を口に含みました。テロの陣地からホスティスはやってくる様子は見てとれませんでした。
疲れたデスペロは、草地に腰掛けようとした時、魔法の攻撃を受けたのでした。上級魔法の強力な一撃でした。デスペロは素早く反応すると、反撃の一撃を放しました。岡の頂上から、天空に二本の柱が登り、平原を轟かせました。
「宰相の事務仕事ばかりで腕が落ちているかと思ったが、そうではなかったようだな」
草原の風景の中から現れたのはヘテロの宰相ホスティスでした。彼は車いすに乗り、笑いながらデスペロを見ていました。
「幻術により姿を隠し、強烈な一撃か。危うく仕留められるところだったぞ」
「お前はそんな玉であるまい」
ホスティスは車いすを走らせると、デスペロの目の前に止まりました。
「移動には、不自由してないようだな」
「馬鹿を言え。この足の恨み忘れたわけではないぞ」
ホスティスの目に怒りの炎が燃えました。
「お互いに歳を取ったな」
デスペロは、昔を懐かしむ表情を見せました。
「貴様に、こうやって相対するのに数十年のかかったと言う訳だ。卑怯にもお前は上級魔法使い数十人に命じて、俺の寝込みを襲わせた」
「そうだったな、そうでもしないとお前は倒せなかった」
「何故、俺の命を狙った」
「それはおぬしに責任がある」
「人のせいにするか。同様にダーナ(ビルトス)も殺めたな」
「そうだ、全てパテリアの為。ダーナはワルコを匿ったので命を頂戴した。おぬしは危険な野望を抱いたので除こうとした」
「偽善者め、国のためということで、免罪されるとでも思ったか」
「勘違いするな、儂は善人になるつもりはない。国のためなら大悪党にでもなるというだけだ」
「それが偽善者と言うのだ。お前はパテリアの宰相に地位にある。誰かを踏み台にしたからあるのであろう。地位欲は否定が出来ないものだ」
「確かに、儂は少しあるのかもしれない。欲がないといえばダーナだったといえるかもな」
「素直だな。それでお前は成功したのか」
「失敗続きだ。ダーナとお前に邪魔されてな」
今度はデスペロが恨めしい顔をホスティスに向けました。
「それは残念なことだな、ちゃんと仕留めないお前が悪い。おれは命からがらヘテロに逃れ、根無し草の状態から宰相の地位まで上り詰めた」
「その手腕には呆れる。不可能を実現させるその才能が儂は怖かった。おぬしの野望が現実の物になりはしないかとな。お前をあのまま自由にさせては、パテリアの宰相になっていたこどだろう」
「お前の評価は嬉しいが。邪魔してくれるのがしゃくに障る」
「儂等三人は、若き頃秀でた三人ということで世間から注目を浴びていた。その筆頭がお前だ。我々の志は同じようにみえたが、ダーナ(ビルトス)が禁断魔法の研究から、芙蓉姫の伝説を蘇らせたことから亀裂が生じた。これは我ら三人だけの秘密でパテリア王国の核心でもあった。そしてその伝説はある結論を導き出した。そうワルコが蘇ってくるということだ。ワルコの秘密に熟知したお主はこともあろうか、魔王の力を手に入れることを目論んだ」
「お前の言い分を着ていると、儂だけが悪いように聞こえるようだ。お前達は儂がヘテロに逃れた後、ワルコの力を封じようとしたではないか」
「確かに儂とダーナはワルコの力を削ぐ魔法を使った」
「だが失敗したな」
「ダーナの弟子に天才的な若造の魔法使いがいたが、この者の力を使って、危機を回避しようとしたが、ワルコが一枚上手であった。我々は敗北した」
「その後、おぬしとダーナは袂を分けた」
「そうだ、ダーナはワルコを守ろうとした」
「お前達は馬鹿だ。儂のようにすればいいものを」
「馬鹿はお前だ、魔王を人が制御できると本気で思っているのか?」
「おぬしこそ、ワルコを我々の世代に殺めても、また千年後に復活するのが分からぬか!」
二人の意見はぶつかり、どちらも押し黙りました。
「本題に戻ろう、デスペロよ。お主は儂が首を縦に振らないのを承知で休戦を求めてきたな」
「いいや、儂はお前が快諾するとふんでいたがな」
「ふざけた奴だ」
ホスティスは顔を背けました。
「アデベニオの近くで、私の部下のカエルリウスが行方不明になっている。何か知らぬか?」
「知らんな」
「まあよい。ところでお主は、儂が失敗続きだと言ったな。確かにダーナを暗殺したがワルコを捕り逃がしてしまった。だがお主も失敗しているであろうが」
「何の事だ」
「本当は、逃げ場の無くなったワルコに救いの手を差しのばし、ヘテロのお前の元まで連れてくる予定だった。図星だろう?」
ホスティスは渋い顔をしました。
「もう少しで、ヘテロのターバスにある彼の塔に封じ込めることができたのだがな。残念残念」
「からかっているのか!」
「ワルコは魔法城に入城し、外に出ることはない。お主の野望も終わりだ」
「あの塔の事まで知っているとはな」
「我らは自国内ゆえに、魔法城に戦いを挑むことが出来る、しかしヘテロはどうかな」
「なにが言いたい」
「ワルコを彼の城から追い出すのはパテリアしか出来ぬということじゃよ」
「考えたな。しかしお前はワルコを亡き者にしよとしている」
「そこの違いは仕方ないが、城を襲わなくてはならないことで一致している。ワルコが運良く逃れたのであれば好きにすればいいだろう」
デスペロの言葉に、ホスティスは心を動かされました。
「城を襲うから、ヘテロは刀を納めよと言うことか」
「その通り、それからもう一つ頼みがある」
「なんだ?」
「お主は、千年前、西部の諸国がワルコ暗殺の為に開発した機械を蘇らせ、改良している。あれを借りたい」
「どこからそんな情報を」
「塔の機械の縮小版といったところだろう。お主の技があって初めて誕生したしろものだ。どうだ。ワルコを城から追い出す話現実味を帯びてきたであろう」
それまで怒りの表情を見せていたホスティスは、自嘲気味に笑いました。
「よかろう、休戦の件と機械の件飲むとしよう。ただし、獲物はお前の手の中からかっさらって行くぞ」
「望むところだ」
かくして犬猿の仲であった両宰相は、手を取り合ってナティビタス攻略を進めたのでした。
ハレエレシスは怪物達の戦場であった浜辺からルースに戻ると、諸将を集め、怪物達の顛末を語りました。諸将は怪物達の行動を怪しみ、なにが世界で起こっているのか理解しかねていました。怪物の行動の原因は分からないものの、とりあえずの危機は脱したということで、警戒態勢の解除を決定しました。反乱軍の戦略目的はフォルム海軍の防衛とメディス攻略に立ち返ったのでした。
諸将との会議を終えたハレエレシスは、その足で本拠地であるガニメティオ向かい、アミコスを訪ねたのでした。
「珍しいな。元気いっぱいな奴らを相手にして忙しいと思ったが」
アミコスは相変わらず研究に没頭していて、ハレエレシスがやって来たというのに、構わず奇妙な器具にかかり切りでした。
「仲間に誘った時は釣り三昧だったが、昔に戻ったようだな」
「あの時は、面白い餌がなかったからな」
「少しは運動しろよ」
「こりゃ痛いな。ところで何か用があって来たんだろう?」
「実は浜辺で怪しい男に出会ってな。そいつが儂の頭の中を除いたのだ。儂は危険だと察知し大事な記憶を消したしまったようなのだ」
「器用な男だ。普通、記憶なんて自分から消せるものではないのだがな。それでそれが何だったのか聞きに来たという訳か」
アミコスは納得すると、ここで何をしているのかを、かいつまんで説明した。それは仲間である諸将も全く知らないことであった。
「なるほど儂は、密かに巨人の作成を、お主に頼んでいたというわけか」
「危ないところだった。忘れ去られていたら研究は止まっていたところだ」
「それで進捗はどうなんだ?」
「一体は完成した。七体が目標とするならまだまだ先だな」
「だが肉片だったものが、巨大な物体にまで成長したとなるなら、上出来ではないか」
実際に、現物を見たくなったハレエレシスは、アミコスを急かして現場へ向かうことしました。アミコスが連れて行った先はガミネティオの郊外の山中でした。深い森を進むと霧が辺りを包み込み、先が全く見えませんでした。
「現場近くには、妖術使いを配置し、誰も近づかないようにしている」
霧で辺りが見えないといっても頭の上にはそそり立つ絶壁が続き、谷の中を歩んでいるのがわかりました。どれくらい歩いたことでしょうか、アミコスが立ち止まると指を指しました。その先は白い霧でさっぱり見えませんでした。
しかし、暫くすると霧は晴れ始め、そこに見えたのは、山ほどもある巨人でした。
「こ、これは」
ハレエレシスはその偉容に感嘆しました。
「巨人というより巨神とでも言ったほうが良さそうだ。巨大な戦士だな。その表面は獣の王と同じように魔法の攻撃をはじくし、攻撃力もこれまで見たことのないものだ」
アミコスは自信満々でした。
「これが先の瓊筵戦争の時、使われずに終わった兵器なのか!」
ハレエレシスは深く唸りました。
「まったくとんでもない代物だ。それでこいつは動くのか?」
「そこのところが問題なのだが。俺の竪琴に反応はするものの、夢うつつの状態だ」
「まあ、制御について急ぐこともあるまい。ともかく七体の完成を頼む」
アミコスは、ハレエレシスが仲間にも秘密で、この巨人を何に使うのであろうかと思いました。しかし根っからの研究者の彼は目的について、それ以上詮索することはやめたのでした。
パテリア国とヘテロ国が手を結ぶというお話でした。両国の東部方面での戦いは第七回で紹介されましたが、やっとここで終結しました。結構長い間戦っていましたねえ。両宰相の因縁も第十二回でハレエレシスの庵に主人公達が訪ねてくるシーンで語られていました。「ホウケンここに死す」みたいな展開にはするつもりは、もともとありませんでした。ここで巨人のことが語られていますが、これは十二話で出てくる謎の肉片の事です。
さて魔法の世界をここまで描いてきたのですが、魔法と言えば神秘主義の世界。
すばり神秘主義はどんな考え方かというと、「流出論」の世界観です。つまり原型があって、そこを源として下部世界に世界が成り立っているという考え方ですね。哲学者プラトンなんかのイデア論なんかそれですね。洞窟の譬えでは、洞窟内のたき火が起こす陰を見ているのはが我々人間、洞窟の外にはイデアの明るい太陽が有る。という独特の世界観です。ユダヤ神秘主義なんでは世界創造が四つの世界に区分され、上位世界から下位世界へ流出している。(アッイルト界、ベリアー界、イエツィラー界、アッシャー界)。もっとも中国の場合は、此の民族は抽象概念、論理性に乏しいので、「天」とか「道」、あるいは「無」のような方法をとっています。
こういう独特の世界観を知っていると、ファンタジーの下地が分かって、面白いかもしれませんねえ。




