第21回 虎の爪
<登場人物>
グノー 主人公の兄弟子
ホーネス スカラ国戦士(神槍のホーネス)
レピダス 黒虎騎士(銀弓のレピダス)
ストレニウス 赤鬼騎士(重戦車のストレニウス)
ソシウス 斧使いの大男(旋風のソシウス)
フィディア 祖母の家へ帰る少女(譚詩曲のフィディア)
グレーティア 主人公
プエラ 主人公の幼なじみの娘
ビルトス 主人公の師(本名ダーナ)
デスペロ 魔法宰相
コンジュレティオ 軍総司令
歴山太子 パテリア大国王子、嫡子
那破皇子 パテリア大国王子
蘭公主 パテリア大国王女
ホスティス ヘテロ国魔法宰相
ローサ ホスティスの養女
チューバ 白狼騎士(ローサの警護係)
トラボー 反乱軍首魁
ハレエレシス 反乱軍参謀
フィデス トラボー配下魔法使い
ファルコ トラボー配下武将
アウダック 反乱軍首領(鎮圧される)
バリダス 虎の爪首領
テルパ 虎の爪 上級(下)魔法使い
ムルコ 麻薬組織の防御魔法使い(ウルマの兄)
ウルマ 麻薬組織の防御女魔法使い
スパーバス ベラ家家長、魔法属性の武器使い
ツタメア スパーバスの妻、幻術使い
ラバックス ペラ家長男 高利貸し
オディーマ ベラ家長女、幻術使い
アクセンド ベラ家次男、魔法属性の武器使い
ハスタ ホーネスの敵 (針山獄 一角獣のハスタ)
グレーティアとプエラが病に倒れ足踏み状態であった旅も、二人が歩ける迄に回復するとゆっくりと旅を始められるようになりました。途中何度も休息を入れ、疲れが出そうになると、二人はレピダスの馬に乗り北西へとどんどん進んでいったのでした。なによりも皆が安心したのはプエラの饒舌なおしゃべりが途切れることなく流れたことでした。
「見てみて。ここのところ、おっきい赤い花が咲いているわ」
プエラは道ばたの花を何本か摘むと、一つをフィディアの帽子に挿しました。
「フィディア可愛いわ。小さい黄色い花も添えるともっといいかも」
「ありがとうございます」
フィディアは少し嬉しそうでした。
「グレーティアもどう?」
「え?間に合っているかな・・・」
グレーティアはいかにも迷惑だという顔をしました。
「あんた。雑草挿してあげましょうか」
プエラの低い怖い声が響くと、 引きつり笑いをしながら、グレーティアはしぶしぶ帽子に花を挿しました。
「元気になったかと思ったらまたこれかよ」
ソシウスは日常が戻ってきて、うんざりとした様子でした。
「なんか、グレーティアは玩具扱いだな。どう思うストレニウス?」
「うーん。ナイスだな。姫に赤い花は似合う」
満足げにストレニウスが首を縦に何度も振ると、どいつもこいつもとソシウスはため息をつきました。
「ねえ、レピダス。追ってはもうここにはいないんでしょう?」
プエラは解放されたように、両腕を大きく伸ばしました。
「ここにはいない。でなかったら、あの町で何日も逗留など出来なかった」
遠くを凝視したあと、呟くようにレピダスは言いました。
「よかった。ここはパラダイスね」
「ちょいとばかり、怪物が徘徊しているがな」
レピダスはいつも涼しい表情でした。
次の町までもう少しのところで茶屋に出くわしました。それは突拍子もなく平原に現れたので、みんな怪しむほどでした。しかし、ソシウスは前の町でも、そんな茶屋のを見かけていたので、この地では普通のことだと思えたのでした。
「でも大丈夫なんでしょうか。こんな怪物が現れるような草地の真ん中に」
フィディアが心配そうに訊ねました。
「全くだ。往来が激しい訳でもないのに、商売になるのか?」
ストレニウスも同様でした。不安なので二人は店の中を人は居ないかと、そっと覗き込みました。
「この頑丈な塀。ちびっ子要塞みたいなもんだから住んでいる奴は大丈夫だって」
塀を叩く仕草を見せながら、ソシウスは二人の後を追いかけました。
「誰もいなくても、休めたらいいわ」
そんなことどうでもいい事と、プエラが少し疲れ気味な声で言いました。
「そんじゃ。中にはいるとしよう」
ソシウスは皆を引き連れて店の中に入ろうとしましたが、ふいに立ち止まりました。
「おっと。ストレニウス。ねえちゃんは期待するな。多分親爺だ。」
「馬鹿言え!おれは色情家か」
一同は店の中にはいると、店の中には他の客は誰もおらず、太鼓が宙に浮かんでありました。それは打ってくださいと言わんばかりに、格好の位置にありました。
「どうやら、これを叩くようですね」
グレーティアが小振りの太鼓についていたバチを手に取ると、ソシウスは任せてくれとばかりにそれを譲り受けると、軽く叩きました。
小太鼓の軽い音が鳴り響き、奥から店の熟年の女性が出て参りました。
「俺は、こうだと最初から思っていたぜ」
さっきまで親爺が出てくると思い、気落ちしていたストレニウスが、浮かれたように言いました。ソシウスはというと予想が外れ、なんでこんな所に女性がいるのだと分からなくなりました。
「いらっしゃいませ。なんにしましょうか?」
店の給仕係りは愛想良く応対をし、皆を和ませました。
「喉の乾きが癒える奴をたのむ」
ソシウスが注文すると、ストレニウスは給仕の胸に見とれていました。
「分かりました。ところで可愛いお嬢さん達をお連れですね。お客さんは娘さん達に雇われた護衛の方ですか」
「護衛?ああ、そうだな」
「なにか美味しいものありません?」
プエラが食い意地をはって問いかけました。
「ふっくらした生地に果実の実が乗ったものがあります」
「それ頂戴」
「受け承りました。お嬢さんはどちらからお越しですか?」
「そうね。ずっと南の町からだわ」
「若い娘さんが旅をしているとは珍しいことです。こちらのお嬢さんはずいぶん可愛いですね」
女性はグレーティアに目を向けました。
「そうなの。彼女だけ別格なの。世の中不幸なのよ」
「あなたも可愛いですよ」
「ありがとう。でもねこの娘、男の子みたいだから困ったものなの」
「あらそうなの?」
女性は意味が分かりかねました。
「お嬢さんはなにか特技をお持ちですか?」
茶屋の給仕はグレティアに唐突な問いかけをしました。その時レピダスは女の顔を興味深く眺めたのでした。
「特技ですか?」
グレーティアは返事をしかねました。
「そうだな。怪物退治かな」
ソシウスが代わりに自慢げに答えました。
「怪物退治て。まさかこんなかわいい顔してハンターですか?」
「そうともとよ。俺達はいままで何匹も退治してきたんだぜ」
「驚きました。お嬢さんはなんの役割です?」
ハンターとして見られることが快感になり始めたソシウスはどんどん饒舌になってまいりました。
「そこまでだ。ソシウス」
レピダスが遮るように会話を途切れさせました。
「喉がからからだ。そんな話より早く持ってきてくれ」
レビダスが不機嫌そうに給仕に催促しました。
茶屋の女は相づちを打つと、愛想笑いをしながら奥に消えてゆきました。
「この刺繍ほんとに貴方がしたの?」
待つ間もプエラはおしゃべりをやめません。
フィディアの服の端に見事な刺繍がこしらえてあり、それをプエラは食い入るように眺めていました。
「はい、何週間も逗留したので、看病の合間に作成してみました」
それはついこの間までは、なんの飾りもない服でしたが、今はその縁に繊細な刺繍が施され贅沢なものとなっていました。
「上手だわ。私もこんなに出来たらいいのだけど」
「他にハンカチにもしてみました」
フィディアがハンカチを取り出すとそれは一面花の刺繍で溢れていました。
「私はここまでの根気は無いわ。なんの取り柄なしね」
「そうだね」
グレーティアは相づちを打ちました。
「ちょっと傷付き」
「え?・・・」
「お待ちどうさま」
飲み物がお盆にの乗せられ運ばれて来ました。
男達の席には大きめの杯に並々と注がれたもの、少女達には器に飾りがついてものでした。お盆から次々に机の上に配られ、やがて最後にグレーティアの前にそっと置かれたのでした。給仕はグレーティアの顔を少しうががったあと、立ち去ろうとしました。
「グレーティア。そちらの飲み物が美味そうだ、俺のと交換しないか?」
突然レピダスがグレーティアの前に置かれた飲み物を求めました。彼女はレピダスの珍しい行為に、喫驚し目の前のものを凝視しました。
「やだ、お客さん。可愛い器が好みですか?」
慌てたように給仕の女は声をあげました。
「人のものが欲しくなる性分でな」
レビダスは薄く笑いを浮かべていました。
「では、別にお飲物を用意致しましょう」
「結構だ。俺は、その飲み物が欲しいのだ」
給仕の女を困惑したように、苦い表情をしました。
「わかりました。飲み物をを奪われたお嬢さんは可哀想なので、私が別にサービス致しましょう」
そう言うと給仕の女は奥に消え、再び戻ってくると、レピダスの前には問題の器がありました。なんて人なのかしらと、給仕の女は不満げにグレーティアの前に新しい飲み物を置きました。
「やっぱり、今持ってきた方が、これより美味そうだ」
レピダスは首を伸ばしてグレーティアの器を覗き込みました。
「同じ物が目の前にあるじゃないですか」
女は怒り気味でした。
「そうだ、最初に来た器の大きい奴をグレーティアに渡し、彼女に来た新しい奴は俺が貰うとしよう。そして先ほど譲ってもらったかわいらしいものは、あんたに返すとしよう」
「わがままもいい加減にしてくだっさい!」
女は切れました。
「こいつの中に中に何を入れた?」
レピダスの低い声が響きました。
「何のことです。果実に決まっているでしょう」
「毒を盛っただろう」
レピダスの目が輝きました。
「ご冗談を。何を証拠に」
「なら、お前が此を飲んでみろ」
レピダスは器を差し出しました。 給仕の女は声が出せず。目を見開いたままでした。
突然女は出口を求め駆け出し、それと入れ代わるように刀を持った男が飛び込んできました。真っ直ぐ男はグレーティアに向かい、刀を振り下ろしました。しかしそれよ早くレピダスが詰め寄り、刀を流すと男を絡め取ったのでした。男は関節を取られ床を叩いて苦しがりました。
「このまま関節を外されるのと、首を折られるのはどちらがいい」
レピダスが男を締め上げると、給仕の女は慌てて引き返してきたのでした。
「あんた!」
女が男を助けようとしましたが、ストレニウスに行く手を遮られました。
「こいつはお前の亭主か?俺の質問に答えろ。さもなくばこいつは殺す」
レピダスの脅しに女は泣き崩れ、なんでも答えると返事したのでした。
「毒を盛ったな?」
女は頷き
「猛毒を入れました」と答えました。
「何故、命を狙った」
「命令だからです」
「誰のだ」
「ボスの命令です」
「お前達の組織の名は?」
「虎の爪です」
「聞いたことがある。無法地帯の三大組織の一つだな」
レピダスの口が堅く引き締められました。
「はい、ここら一帯の最大組織です」
「その組織がなんで命を狙う?」
「それはこの娘が組織の要人を殺していったからです」
「殺したとは?」
「栽培所のウルマ、その兄ムルコ、ペラ一家です」
「なるほど、恨まれて当然か。但しペラ一家は俺が始末したがな」
「貴方の殺害も指示されています。しかし、その前に邪魔な女魔法使いを始末しろとの命令が下っていたのです」
「しかし、俺達がそれだと何故分かった?」
「人相書きを渡されました」
「持っているか」
「はい」
女は懐から紙を取り出しました。その人相書きは特徴を捉え、本人だとすぐ分かるものでした。ソシウスもその紙を手に取ると、自分の姿があったので驚いた様子でした。
一通りの質問を終えると、レピダスは男を解放し女に引き渡しました。命を狙った夫婦はいずこかに逃げ去りました。
「いいのかい、解放して。彼奴等俺達の事を報告するぜ」
ストレニウスが逃げてゆく二人を見て言いました。
「こんな人相書きがある以上、二人の口封じをしても意味がない」
レピダスは紙を軽く弾きました。
「ほんとうですね。この絵師さん上手ですね」
フィディアが絵に見とれていると
「そういう事じゃないでしょう。下手じゃないから困っているのよ」プエラは戒めると人相書きを覗き込みました。
そこには不細工な自分を絵があったので、思わず「この下手くそ誰よ!」と彼女は叫きました。
「政府の追っ手から逃れたので安心してたのだがな、ここでも狙われているとはな」
レピダスがため息をつきました。
「まだ、ましな方だな。それより逗留していた間、発見されていなかったことを吉としなくてはならない」
「要するにそいつ等、殺ちまえないいんだろう」
ストレニウスは長剣を片手に威勢のいい言葉を発しました。
「そう言うことだ。但し敵に関する情報を手に入れる必要はある」
「なら、つぎの町で仕入れるとしようぜ」
ソシウスは提案を致しました。
「なら飲み屋だな」とストレニウスが言うと、
「この前、完全に酔って危険だったよな?」とソシウスは不安がりました。
「大丈夫だって」といい加減なストレニウスの言葉が返ってきました。
町に辿り着くと、早速レピダスとストレニウスは虎の爪について情報を集めました。その間ソシウスは娘達を護衛していたのでしたが、フィディアの心地よい竪琴の音色に思わず緊張の糸を弛めてしまいました。夜半過ぎソシウスがまどろみ始めたころ、二人は帰ってきたのでした。
「奴らの情報は仕入れられたのか?」
待ちきれなかったかのようにソシウスは問いかけました。
「概略的にな」
皆はレピダスを中心に思い思いの場所に腰掛け、レピダスの話を待ちました。
「俺達を狙っている虎の爪という一団は、この一帯を支配している集団だ。その前身は反乱軍だ」
「反乱軍だと?」
「十三前の残骸だ。前政権の残党の名だたるものががカプトで反旗を翻したという事だが」
「その話は以前、爺さんに聞いたぜ」
「そうか、王都フローレオに進軍した反乱軍はコンジュレティオ率いる政府主力とヒパボラ河西岸の川原で激突した」
「ここは俺の出番だな」
ストレニウスが口を挟んできました。
「現政府軍と元政府軍の戦いだ。力は拮抗し両軍一進一退の戦いを繰り広げていた。その時、この均衡を破る一団が現れた。赤鬼騎士団だ」
「通りで、お前が割り込んだはずだ」
「ここからいいところだから、静かに聞いてくれよ」
「反乱軍は川幅も広く容易に渡河出来ないとたかをくくっていたんだ。しかしこのあり得ない作戦を遂行したのが赤鬼騎師団だ。持ち前の戦闘能力で河を密かに渡り、補給線なしに敵陣深く侵入を試みた。すると反乱軍は想定もしていない背後から奇襲をうけ浮き足だったしまった。騎士団に背後をかき乱されるようにして陣は崩れ反乱軍は敗退したというわけだ」
「すまんが、後はレピダスに変代わってくれないか」
しぶしぶストレニウスは引っ込みました。
「政府軍から逃れるように彼等が辿り着いたのは、怪物の住むシルバの森と言うわけだ。反乱軍はそれまでこの地を支配していた者達を駆逐すると、代わってかれらがこの一帯の支配者になった。」
「落ちぶれたものだな」
「そうでもない。初期の段階では彼等は此処を拠点に勢力を盛り返し再びフローレオに進軍する予定であり、規律正しい軍団だった」
「なにがこんなになったんだい」
「リーダーの死去だ」
「それでおかしくなるのか?」
「そうだ。リーダーが死んでも組織は残る。問題は誰が次のリーダーになるかだ。それまでは同僚だったもの同士だと、相手の下にくだりたくないものだ。当然組織内で権力争いが始まる。派閥が生まれると、それらは分裂して独立する。もと仲間だった者同士で殺し合って競争相手を消してゆく。またこれらの理念に外れた行為に嫌気が起こった者は去ってゆくことになる。こうして分裂と離散を繰り返し、この環境に順応した者達が残ったというわけだ」
「それでおかしな連中だけが残ったと言うわけか」
「簡単に言うとそうなる。しかし、元政府軍の生き残りだから油断は出来ない。その証拠にここが政府の手の届かない無法地帯と化していることだ」
「そう言えば、ここはそんな所だったな」
「無法地帯の理由は二つ、一つはこの地には怪物が徘徊し、人が定住したがらないこと。ここで住むものはよっぽどの理由がある人物だ。もう一つが政府に軍隊にも匹敵する魔力や武芸をもった者が住み着いているということだ」
「するとそんな中で組織を維持している一団は、とんでもない一団だな」
「そうだ。おそらく魔法使いや武芸者を多く抱えているに違いない」
「なんだよ。政府から逃れたと思ったら、今度は闇の組織化よ」
「ところで我々を狙っている虎の爪だが」
「どういう人達なのです。私も以前虜になっていましたけど」
フィディアは辛かった昔の事が思い起こされて、珍しく身を乗りだしました。
「そうだったな、奴隷同然だったからな。あの一団も反乱軍の残骸だ。ボスは前政権で上級クラスの一翼を担ったバリダスという人物だ。元々は魔術師総監の地位を狙っていた野心家だったが、競争相手が多数いたので叶わなかったようだ。政府転覆後、一時は現政権にすり寄ったが、政権が彼の強欲さを嫌って用いなかった。そこで彼は、反乱軍に身を投じ政府軍と戦ったというわけだ。結果は惨敗に終わり、仲間と共にシルバの森に住み着くことになる。反乱軍が次第に変質化してゆき、他の魔法使い仲間は森を出て行ったが、彼は逆に相性が合い、荒くれ共を傘下にすると縄張りを広げていったというわけだ。
バリダスにとってここは最高の場所だったんだろうな。貪欲な人物とはいえ、魔法の力は上級魔法使い、しかも上の方だから侮れない」
「それでは、その人がやって来るのですか?」
「おそらく部下だろう。奴の下には全てのクラスの魔法使いが居るからな」
「そんなにも」
「それだけじゃない。腕の立つ奴が沢山居る」
「あーら。此方には私が居るじゃない」
プエラが自慢げに語りました。
「確かに。在る意味怖いな」
ソシウスは呟きました。
「政府と違ってその数は少ないが、脅威だ。特に魔法戦になるとグレーティアの実力では不安だ」
「なあに、姫は俺が守る」
自信ありげにストレニウスは胸を叩きました。
「会話になっていないわよ」
「そこでだ、奴らのアジトはまだ随分先なので、当面は主要道を進むとして。それからは迂回してやり過ごそうと思う」
「つまり森で野宿と言う訳か・・・」
「危険だな。いつ怪物に襲われるか分からない」
一同に沈黙が広がりました。
「それが良いかもしれません。怪物の夜襲には探査の目を張り巡らせば大丈夫だし、いざとなったら魔法で撃退すればよいでしょうから」
グレーティアはレピダスの案に賛成しました。
「相棒がそう言うなら、それでいい」
「俺は姫に従うぜ」
「背中痛くなるけどいいわ」
プエラが賛同すると、フィディアも首を縦に振りました。
「これで、決まりだな。敵の本拠地は未だ遠いから今のうち休んでおけ」
女魔法使いを求め、無法地帯へと向かった、ホーネスは途方に暮れていました。
シルバの森の外周部ということで限定されていましたが、女魔法使いの噂はまったくありませんでした。もう人のプエラという名前の娘についても同様で、老婆であったり、赤ん坊だったりして、なかなか該当者がいませんでした。しかしそんな絶望的な状態であってもホーネスはその存在を信じていました。それはこの森に入ってから、怪物達との戦闘を繰り返して行くうちに、力が強くなって行くのを感じていたからでした。特に矛先に気が満ち満ちて、普通の槍とは違った感触が出てきました。アウダックをうち倒した時も、槍は力の渦もようなもの放していたのですが、今はそれがまた数倍の威力をもったものに代わりつつありました。この感触がホーネスにその存在を信じらせるとともに、見つからぬことへの歯がゆさをつのらさせいたのでした。
無法地帯はその名からイメージするものとは違っていました。廃墟の町があるというものでなく、人の営みが在る以上なんら他の町と違ってはいませんでした。違っているというとあちら此方で喧嘩が行われていることでしょうか。取り締まるものがないといったもので、こういったものから守る名目で暴力集団がみかじめ料なるもを要求して警察代わりになっていました。
これらの町の特徴はシルバの森に隣接し怪物が出没する為、幾重もの塀に囲まれているところにありました。ですからホーネスが無法地帯に向かう事を、旅先で出会った人物に語ったりなど致しますと、その人物は「そこは怪物が徘徊するので止めた方がいい」とホーネスに忠告するのでした。彼は猛獣に臆することはありませんでしたが、人々がひどく恐れていたので用心はしたほうがいいであろうと心に留めました。
怪物と最初に出会ったのは町から随分はなれた箇所でした。道を塞ぐように鼻の長い生き物が地べたの伏していました。寝ているのであろうかと、構わずそもまま直進してゆくと、突然怪物は目を覚まし雄叫びを上げました。縄張りを侵したということでしょうか。
怪物の口から鋭い牙が露わになりました。口から涎を滴り落としながら怪物はゆっくりとした足取りでホーネスに近づいてきました。怪物の大きな目が獲物を捉え、今にも襲いかかろうとしていました。ホーネスは馬を一気に走らせると、それに会わせるように怪物も土煙を舞い上げながら突進してきました。両者まっしぐらに走り、交差した刹那、怪物の額は砕かれていました。巨体が転がり地面に伏しました。
ホーネスの獲物は魔法の槍であるかのように、怪物を一撃で粉砕するような威力を秘めたものと化していました。
次に怪物に出くわしたのが、開けた草地でした。羊くらいの獣が30頭あまり遠くに群を作って移動していました。集団が遠く離れていたので、気にも止めず馬を進めていたところ、何時の間にやら、彼を怪物の集団が間近にいました。その前面には、鋭く尖った歯がついており、小さいながら肉を簡単に食いちぎりそうな気配をもっていました。
波が押し寄せるように、一団となって襲いかかる怪物に馬は驚き、ホーネスを振り落としそうになりました。しかし、手綱を引くと馬は落ち着きを取り戻し、ホーネスの手綱捌きを受けて、縦横無人に草原を走り廻ったのでした。怪物は素早い動きについていけず、ホーネスの繰り出す槍に一頭ずつ数を減らし、程なくして全ての怪物が体に大穴を開けて横たわっていました。
その後に出くわしたのが、岩場地帯の山道でした。顔に流れる様な赤い線をもった怪物でした。この怪物は、我がもの顔で平地に姿を現すようなものでなく、常に何かの影に隠れて、その姿を表に露わししないものでした。その為か、常に岩場の近くを縄張りとしていました。ホーネスは何かの気配を背後に感じ、それが後ろを併走して居るのがわかりました。しかし、怪物は襲って来る訳でもなく、静かに此方を観察しているようでした。
油断ならぬ奴と感じたホーネスは、わざと馬から降り岩場に腰掛けたのでした。そして槍を置いてみせると、怪物は一気にホーネスに襲いかかりました。素早く身を転じ、すれ違いざまに、怪物の背中の鋭い刃物の突起物を槍で砕きました。これで怪物はその姿を消し、戦いは終わったかのようでした。彼が馬に向かって歩き始めると、草地の影から忍び寄る影が現れました。怪物は疾風のように駆けめぐると、瞬間にホーネスの背後をを襲いました。彼は転身すると両爪を伸ばし切りきざもうとする怪物をすり抜け、心臓目がけ一撃をお見舞いしました。怪物の脇に大穴が開き、崩れるように地面に倒れ怪物は屍と化しました。
なかなか油断ならぬ怪物もいることに気づいたホーネスは、次第に強くなる槍の威力がなかったらもっと苦戦していたであろうことを実感しました。前身から穂先へと流れる渦のようなものが、体の回りに感じられ、それ自体が力と感覚をもっているようなのでした。怪物の大きく開いた穴を見て不思議な力が何なのか彼には理解できませんでした。
酒場でのこと、杯を傾けていると、カウンターの横で話している男達の会話が耳にはいりました。
「聞いたか、アウダックを倒した男がこの近くにいるそうだ!」
「本当か?」
「間違いない」
「彼奴を倒したとなると、相当の使い手だぞ」
「なんでも大男らしい」
「そうだろうな、あのアウダックを倒した位だからな。きっと見かけたら直ぐ分かるだろうな」
「この無法地帯に乗り込んできたのも、自分の王国を作ろうとしてるんじゃないのか」
「アウダックみたいにか?」
「そうだ。荒くれ者を連れだして、外で大暴れでも考えているかもしれない」
「おいおいまたかよ」
「アウダックの時は、この森のあちらこちらから集まって来た。今にそうなる」
「それより虎の爪が取り込むのじゃないのか」
すると酒に酔って千鳥足の男が話しに加わってきました。
「俺はよ。その男知っているぜ」
「どういうことだ?」
「そいつはよ、この先二つ向こうの岡あたりで、追い剥ぎやっているぜ」
「なにを馬鹿な!」
「本当だってよ。そいつはアウダックを殺ったのは自分だといっているぜ」
まさか自分が追い剥ぎをやってるとは、ホーネスは可笑しさがこみ上げてきました。
軽い路銀稼ぎのつもりが、自分の偽物が出るようになるとは、まったくの驚きでした。有名人を倒した報いがこれなのでは、ホーネスは因果なことだ呟きました。。
しかし、このまま自分の偽者を放置するわけにもいかず、その出没するという場所に行ってみることに致しました。
その場所は岡と言うより、崖みたいなものでした。なだらかに曲線を描いた山頂は中腹当たりから地肌を露わにして落ちていました。道の真ん中に巨石が転がっていて、自然に落ちたものか、誰かが人為的に落としたものかは定かではありまでした。どちらにせよ、石が上から落ちてくることに代わりはありませんでした。
警戒しながら馬を進めてゆくと、道が曲がりくねった見通しの悪い場所に行き当たりました。見通しの悪いこの辺りは、旅人を襲うには打ってつけの所でした。高台の茂みに注意を払っていると、木々を押し分け数人の男が飛び出してきてホーネスの前に立ちはだかりました。
「ここは通さないぞ!」
道を塞いだ男は大男で、大刀を肩に背負い荒等らしい風体をしていました。他に仲間らしき男が三名、大男の脇を守るように立っていました。
「私に何用か?」
ホーネスは問いかけました。
「なあに。通行料を支払ってもらうだけだ」
「ここは、政府の力が及んでいない地域と聞いていたが」
「馬鹿め、ここは俺様の支配地だ。俺に支払うんだよ」
「なら、お前を倒せば関係なくなるな」
ホーネスが軽くいなすと、男の顔は赤くなり肩が怒りで震えていました。
「貴様、俺が誰だか分かっているのか。俺はアウダックを倒した男だ!」
「それは驚いた」
「恐れ入ったか。大人しく従えば命は奪わない」
男は自慢げでした。
「なるほど、アウダックは二人いたらしいな」
「てめい、何を言っている?」
いっこうにホーネスが畏怖しないので、男は大刀を手に持ちました。
「我が名を騙るとは、不届きな奴だ。成敗してくれよう」
ホーネスは槍を片手に馬から降りました。
男達が一斉に襲いかかりましたが、刹那にホーネスの姿を見失い、気が付いたときは地面に打ち据えられていました。
大男の首には槍の穂先があり、今にも貫かんばかりで止められていました。周囲には仲間達がうめき声をあげながら地面に横たわっていました。
「ま、待ってくれ。あんた、まさか本物なのか?」
男は慌てふためき声がうわずっていました。
「そうだ」
「許してくれ。悪気はなかったんだ」
「駄目だ」
男は助かる術を必死に探しました。
「そうだ。あんたが確か娘を探しているという噂は本当か?」
「そうだが」
「俺なら手がかりを手に入れられるぜ」
「時間稼ぎか」
「言ってみなよ。どんな娘だい」
男はホーネスの反応に命の賭けをしていました。
「魔法使いの娘だ」
「魔法使い・・・」
男に顔に笑みがこぼれ、確信が生気を取り戻させました。
「それなら知っているぜ」
「真か?」
「俺を殺したら、そこまでだ。どうだろう俺の命の保証との交換てのは」
ホーネスは思案し
「よかろう話して見ろ」
と応じました。
「虎の爪の首領バリダスが女魔法使いの抹殺を命じている。女魔法使いは滅多にお目にかかれないので、多分そいつだ。先頃魔法使い等が近くに町に到着した。待ち受けて襲うつもりらしい」
「それでは此方に向かっているのか・・・」
「おそらく。それ以上は、虎の爪の連中に尋ねるんだな」
ホーネスは男の目を見、矛を収めました。
「契約は成立だ」
魔法使いテルパは配下の報告を受け、狩りに行くメンバーの選定をしていました。標的は魔法使い一人に武者者三人、さらに一般人2人と容易な任務に思えました。此までの情報によれば、組織のメンバーで殺られた者は防御魔法の使い手と幻術の使い手、さらに魔法武具を装備した者達でしたした。彼等は攻撃魔法と通常戦闘員によって始末されたのですが、油断によるものと判断出来ました。標的の編成は魔法使いに戦闘員といった形で、ごく普通の編成でした。むしろ一般人が同行しているので、不利に思えるのでした。
魔法使いのレベルはおそらく中級クラスの中程くらいと推察されました。テルパ自身が上級クラスの下位でしたので、彼一人でも十分対抗できるものでした。むしろ気になるのが三人の護衛の戦闘能力でした。報告によればペラ一家は酔いつぶれた者に負けたとあり、特殊装備のものがあっさり負けるとは信じられないことでした。
そこで彼は魔法使いを二名追加し、一人は中級の中火炎の使い手、もう一人は下の上風撃の使い手としました。戦闘員は精鋭の5名に荒くれ者10名を選定しました。
標的は明日には隣町を発ち、此方に向かうはずでした。待ち受けるのは、丘陵に囲まれた窪地。森が切れているため見晴らしがよく、茂みに身を隠すのは難しい場所でした。標的が逃れ丘陵に逃げたとしても、その姿を捉えるのは容易く背後から攻撃を仕掛けるとが出来ました。仮に追跡を逃れたとしても、その先の森にはかなり凶暴な怪物が徘徊する場所でした。
配下の者を集めると明日の作戦を伝え、戦の準備を命令いたしました。斥候を放し標的の様子を探らせ、一息ついた所で配下の者が来訪者があったことを伝えたのでした。
「テルパ様、ホーネスと名乗るものが面会を求めていますが」
「知らんな」
喧しそうに、椅子に背をもたれかけました。
「アウダックを倒した者と名乗っていますが」
テルパの顔に一瞬驚きの表情が現れ、深く思案した後、椅子より立ち上がりました。足早に表に出てみると、一人の男が待っていました。
「なんのご用かな?」
「首領殿にご紹介頂きたく参りました」
「組織に入山をご希望か?あのアウダックを倒した者とか。すまんが俄には信じがたいのだが」
「それはごもっとも。戦にて証明致しましょう」
「戦。そんなもの無いが」
「女魔法使いを狩ろうとしておいでのはず」
「どうしてそれを・・・」
「私を同行下され。その腕をお見せ致しましょう」
ホーネスの自信ありげな様子にテルパは迷いました。この男が本当にアウダックを倒した者であるとするなら、組織としては貴重な戦力となる。しかし、見ず知らずの男を大事な作戦に加えていいものか。
本物ならば去らせては不味いと判断したテルパは戦闘員の一人として、戦いに加えさせ実力の程を判断することに致しました。
「次の町辺りから、本道を外れて間道を進んだ方がいいんじゃないか?」
ストレニウスは後方のレピダスに呼びかけました。
「そうだな。間道は存在しないが、そろそろ森を強行軍した方がいいかも知れない」
レピダスが馬上から周囲を見渡すとなだらかな丘陵地帯が広がり、道は下っていました。その先には開けた窪地があり、真ん中を真っ直ぐ道は走っていました。
すり鉢状の地形にレピダスどこか引っかかるところがありました。
「どう思う。この地形。前後から挟み撃ちにあっては逃げ場がないぞ」
レピダスはストレニウスに問いかけました。
「確かに100人以上の戦いになったらそうだろうが。10人未満ではこの地形を考慮に入れる必要性はないじゃないか」
「この一帯が開けているのは、この場所で何らかの戦いがあった後に違いない」
「それは魔術師同士の戦いか?」
ソシウスが口を挟みました。
「おそらく、上級クラスの魔術師同士の戦いだろうな」
「どうしてそうだと思うんだ?」
「あの地形を見て見ろ。砂地が複雑に浸食で削れている。あの砂は地面を移動して出来たもの。つまり砂の洪水の後に、残された砂が浸食で出来たものだ。」
レピダスが指し示す先には白い砂地の跡があり、草がその姿を覆い尽くそうとしてましたが、緑で包むには至っていませんでした。
「あれは土属性の魔法でしょうか?」
グレーティアは真剣な眼差しを向けました。
「おそらくな。砂の流れがこの窪地を駆けめぐったに違いない。それにあの大地の亀裂は土撃のものだ」
「冗談じゃない。地面を操作されたんじゃ、立てないぜ」
「土撃だけが厄介じゃないだろう。他の属性の奴も難儀だ」
ストレニウスはたしなめました。
「政府の魔法使いは数も多く、実力者ばかりで逃げるのがぜいぜいだが、同様に黒社会の魔法使いも侮り難いところがある」
とレピダスが言うと
「なあに、相棒の魔法も更に強くなってきている。大丈夫だ」
とソシウスは強気でした。
「この先に誰かいます」
フィディアが前方を指さしていました。
「沢山こっちにやって来てるわ。やはり怪物が出る所は集団で移動するのね」
プエラは少しずつ大きくなる一団の様子に期待に胸脹らませ見つめていました。
「二十名位の集団だな。荷車が無いところから、移動だけのようだな」
ストレニウスは未知の相手を注意深く観察しました。
「なかなか、こんな物騒な道では人と出会わないから。会ったら愛想良くご挨拶しようかしら」
プエラがフィディアに抱きつくと、彼女は吃驚したようすで戸惑いました。
「グレーティア。探査の目を放ってくれ」
レピダスは眼前の一団を警戒し、要請しました。
「他に人は潜んではいません。あの道の人物だけのようです」
「そうか、問題は目の前の一団だが・・・」
レピダスはプエラとフィディアを呼び、間を開いて後を着いてゆくように指示しました。
プエラは不満そうでしたが、フィディアが彼女を連れて後ろに下がりました。
「やはり、あんたも臭いと思うかい。同感だね。荷物もなく男共が大人数でただ散歩しているなんて信じられないからな」
ストレニウスは愉快そうに言いました。
「お前達は敵と判断したら素早く接近戦に持ち込め、乱戦になれば魔法使いも味方を巻き込むので攻撃出来なくなる」
「そのつもりだ」
そうして、レピダス自らは草地に潜み、間隔をとって追いかけることとしました。
虎の爪の魔法使いテルパは女魔法使いの一行を窪地にて待ちかまえていました。伝令によりと町を出たことは確実で、まもなくこの草原に足を踏み入れるはずでした。
少し前、荷馬車を護衛した一団と遭遇し、追い剥ぎ集団と誤解され戦いにさる恐れがありました。しかし道を直に開けると無事こともなくやり過ごす事が出来たのでした。二十名近くの男達が日差しに照らされ、標的の到来を待ち受けていました。
やがて道の消えゆく先から、一団が現れて来ました。
標的です。
テルパが合図をすると、それまで木陰に逃げていた者達も道に集まり、いよいよ誅殺の準備は整いつつありました。ホーネスなる人物は馬に乗りこの様子を見下ろしていました。
この男が本物であるかどうか、これで分かるはずでした。
暫く待ち受けると、魔法の目が周囲を駆けめぐりました。テルパは面白い技を持つ者だなと愉快になり、相手が此方に気が付いたということを理解しました。
上級魔法使いのテルパ一人でも、女魔法使いを倒すことは造作もないことでしたが、過去の過ちが侮りにあったので、慎重に事を進めることにしました。
挨拶代わりに風、火の魔法使いを送り出し、攻撃させることにしました。
先頭はソシウスにストレニウスその後にグレーティアが続き、間を置いて驢馬と馬を引いてプエラとフィディアがいました。
暫く進んでいくと、遠く離れた一団から二人の男が飛び出して来ました。二人の男は横一文に並ぶと、なにやら印を結んでいました。
次の瞬間、なんの前触れもなく、周囲の草地が切りきざまれ、草が宙に舞いました。
「魔法使いだ!今のはわざと外したと見た」
「よしストレニウス全速で突進だ!」
一気に魔法使いに迫ろうと二人が駆け出すと、虎の爪からも強者達が飛び出してきました。この時風撃の魔法使いが技を放すと、見えない空気の刃がグレーティアを襲いました。
彼女は此を容易く防ぎ、逆に雷撃を襲ってきた魔法使いに返しました。
実力の差により、風撃の男は技を受け倒されるところでした。しかしこの攻撃はもう一人の魔法使いに防がれ効果が無く。代わって火撃の魔法使いが火球を放ってきました。これに対し彼女は雷撃で防ぎ、両者の拮抗した力は途中の空間でぶつかり合い、押しつ戻りつを繰り返しました。
すると風撃の男がこれに加わり、技を放すと、次第に彼女は押され始めました。
頭上を魔法の技が飛び交う中、ソシウスとストレニウスは虎の爪の屈強な戦士達とぶつかりました。虎の爪の者もこの無法地帯に生きる者で、優れた技の持ち主ばかりでしたが、疾風の様に動く二人の前に一瞬にして切り伏せられたのでした。
ソシウスが振り返ると、二人の魔法使いの技がグレーティアを追いつめているのが分かりました。目前の魔法使いを早く倒さなくては危ないと察したソシウスは、今まで以上に全速力で走りました。
「あれが、女魔法使いだ。こちらが押しているが、敵の猛者達が二人を襲うと逆転する」 テルパは味方の危機を他人事のように語りました。黙って静観したまま、動こうとしないホーネスにほのめかしたものでした。
暫く、凝視していたホーネスは一気に馬を走らせました。
魔法使い同士の戦いは数で劣性のグレーティアが不利で、虎の爪の魔法使いぼ混合技によって一撃を食らってしまいました。
ストレニウスの背後に大きな土煙があがり、彼を驚かせました。ソシウスも轟音に足が止まり、思わず振り返りました。
二人が煙の中を凝視すると、やがて煙の中ならグレーティアの姿が現れてきました。彼女はなんとか防御魔法で攻撃を凌いだようでした。安堵の顔をしたストレニウスが再び敵の魔法使いを襲おうとしたところ、敵の背後から一頭の馬が駆け付けたのでした。
虎の爪の魔法使い達は、技を放すのを止め、槍を持った男道を譲りました。
新手の登場にソシウスとストレニウスは馬上の男に不気味さを感じました。その垂れた矛先からただならぬものが、流れ出ているのが感じとれました。
「こいつは、今までの奴とは違う」と二人は直感しました。
ホーネスは馬から降りると、静かに二人に歩み寄りました。ソシウスとストレニウスは左右にゆっくりと分かれ、ホーネスの隙を窺いました。今まで軽快に動き回っていたものは失われ、慎重に二人は機会を狙っていました。二人はホーネスの無言の威圧に押されており、無駄な動きが即命取りになるのが分かっていました。
やがてソシウスが牽制の攻撃を始めると、それに呼応するようにストレニウスも一斉に斬りかかったのでした。ソシウスの刃は疾風の様に素早く、ストレニウスの剣は岩をも砕き威力をもったものでしたが、ソシウスの刃は無駄に空を切り、ストレニウスの剣はことごとくはじき返されたのでした。ホーネスの槍は変幻自在の動きを見せ、鋭く素早く、無駄のない動きは次第に二人を追いつめていったのでした。周囲からは三者が縦横無尽に動き回る様にとても人の技とは思えないものでした。
此を遠くで見ていたレピダスは、謎の男によって二人が手も足もでない様子にたいそう驚きました。彼にとってもソシウスとレピダスは自分と遜色のない武芸に秀でた者のはずでした。一人でも手こずるほどの腕の持ち主のはずが、その二人が束になってかかっても、手も足もでないとは信じられませんでした。このまま行けば、あの強敵に二人とも殺されると判断したソシウスは目的を変え、二人の加勢に回ろうとしました。
遠くからホーネスの戦いぶりに満足した虎の爪のテルパは、標的の女魔法使いが二人を守ろうとホーネスに魔法を放そうとしているのを察しました。
このまま、手を出さず仲間になりそうな強者を失ってはボスに申し開きが出来ないと思ったテルパは重い御輿を上げることにしました。
ホーネスの槍捌きにソシウスは斧を落とされ、ストレニウスは双手剣を手から滑り落としてしまいました。瞬く間に獲物は遠くに弾き飛ばされ、二人は地面に膝をついていました。この様子にソシウスは潜んでいた草地から表に出ようとしたところ、グレーティアのいた場所から爆発したかのような大きな土煙があがりました。
その威力は中級レベルを越え、上級魔法使いのそれでした。地面の底から打ち上げられた様子に土撃の魔法使いによるものであると察せられました。
高く打ち上げられた砂地が一斉に地面に落ちると、横に向かって埃が舞いました。
やがて土煙が風に流され、辺りの様子が分かるようになると大きな窪みの真ん中にグレーティアが手をついているのが分かりた。
どうやら防御魔法でなんとか持ちこたえたようでした。レピダスは少し安堵しましたが、 いまの上級魔法使いの攻撃により、グレーティアの防御魔法は粉砕され、それを再生するにはかなりの時間が必要であり、敵はまもなく二撃目を放ってくるのは目に見えていました。そうなるとグレーティアがやられるてしまうのは確かでした。槍の使い手もなにがしの手だてをしなくてはなりませんでしたが、それよりも除かなくてはならないのは、上級魔法使いの存在でした。レピダスは二人の救援を止め、身を潜め虎の爪のテルパを仕留めようと急ぎました。
地面に膝を着き、敵わぬ相手に歯ぎしりをしていると、背後に大地を揺らして轟音がしたので、おもわずソシウスは振り返ったのでした。砂煙が高く天に登り、青い空に茶色い塔は起立しているかのように見えました。口を開けたまま、ソシウスは声も出ず呆然としてました。ストレニウスも背後の様子に狼狽えたものの、ふと敵の男の目をやると、何故か男は煙の柱に苦々しい顔をしているのに気がつきました。
やがてグレーティアが無事なのが分かると、おもむろに男はストレニウスに問いかけたのでした。
「お前達の仲間にプエラという者がいるか?」
切り結んだ相手からの、唐突な問いにストレニウスは戸惑ったものの、不思議と殺気が先ほどから感じられないので、この男敵ではないのか?という思いが湧いてきました。
「その通りだが」
ストレニウスが答えると、男は笑みを浮かべ、馬に跨ったのでした。
「後は俺にまかせろ」
そのように言うと、男は魔法使いテルパを目がけて疾風のように走り去ったのでした。
遠くでホーネスと二人の男の戦いを見ていた魔法使いテルパは標的の娘が魔法を放そうとしていたので、此を防ぐべく一撃を女魔法使いにお見舞いしたのでした。本来は中級魔法使いであれば防ぐことは叶わず、威力の前に粉々になってしまうところでしたが、娘は雷撃と防御魔法の併用によって、なんとか防いだのでした。攻撃魔法と防御魔法を一度に操ったことにテルパは感心し、大した才能だと褒め讃えました。ボスの命令がなかったら仲間に招き入れるところでしたが、今回はそうもいきませんでした。娘はなんとか一撃を防いだのですが、立っていられないくらい傷を負ったのが見て取れました。おそらく防御魔法は粉砕され、次は雷撃のみで、上級魔法使いの技を防がなくてはならないでしょう。そうなると、結果は見えていました。
テルパは娘に引導を渡してやろうと、魔法攻撃を放そうとしたところホーネスが戦いを止め、此方に走りだしたので何事かと怪しみました。虎の爪の魔法使いがホーネスに注意を向けたとき二条の矢がテルパを襲いました。レピダスの放った必殺の技でした。矢はテルパを的確に捉え貫いたかの見えました。しかし待ちかまえたようにテルパは矢を魔法で粉々にしたのでした。
「お前の姿が見えないのは最初から分かっていた。二人を囮にお前が密かに襲うつもりだったのであろう」テルパはそう言い放すとレピダスに一撃をお見舞いしました。レピダスは素早く交わして、威力の渦の外周部まで逃れましたが、攻撃の規模が大きかったので、完全に避けることは出来ませんでした。衝撃を受けてレピダスは草地に倒れたのでした。
テルパはうっと惜しい者を片付けたあと、いよいよ女魔法使い消し去ることをを決心しました。しかし、馬に乗ったホーネスが眼前に迫って来たので、気分を害し一言「うろうろするな」と注意しようと待ちかまえました。
テルパが声をかけようとしたところ、なんの前触れをなく彼の胸に大きな風穴が開きました。立った姿勢のまま体は仰向けに倒れ、小さく土煙をあげました。殺されたテルパも何も分からないうちに上級魔法使いは倒され、彼の周囲を守っていた強者達も固まり、事を理解するのに時間がかかりました。
やがて男達は指揮官が倒されたことに気がつき、一斉にホーネスに遅いかかりました。その瞬間、ホーネスは背後から飛んできた風撃を槍ではじき飛ばしたのでした。
風撃の使い手は遠くから、テルパをだまし討ちにした裏切り者に渾身の一撃を放していました。しかしそれはなんと槍で防がれたので、魔法使いは我が目を疑いました。
魔法がただの槍で砕かれるなどと、あり得ないことでした。あまりの事に呆然とした風の魔法使いは無防備でした。彼はソシウスの気配に気がつかず背後から頭を叩き割られたのでした。仲間が頭から血を吹き出して倒れる様が目に入った炎の魔法使いは慌てて背後を振り返ると、ストレニウスの飛び込む姿を観たのでした。次の瞬間魔法使い首は宙に舞い地面に転がり落ちました。
ホーネスを取り囲んだ男共は精鋭でしたが、敵ではありませんでした。ホーネスは電光石火の早業で瞬く間に片付けてしまったのでした。
虎の爪の刺客達は全て骸と化してしまい、生きてこの場を去った者は一人もいませんでした。
「仲間割れなのか?」
ストレニウスは敵が勝手に自滅してくれたことに感謝していました。しかし残った一人の行動が理解できす、脅威の相手だっただけに晴れ晴れとした気分になりませんでした。
「奴が魔法使いを始末してくれたから助かったが、油断は禁物だ」
ソシウスは警戒を緩めませんでした。
戦い終わると、馬上の男は道より外れ草地に馬を進めたのでした。さきほどレピダスが攻撃された場所で、彼の安否は不明でした。
暫くその行動を観察していると、男はレピダスを助け起こしていました。敵では無いようです。レピダスはどうやら無事な様でした。
そしてレピダスと男が共に此方に歩いてくるのを見かけ、ソシウスはやっと警戒を緩めました。
「彼はグレーティアを訪ねて来たらしい」
レピダスは二人の所まで辿り着くと、後ろに付き従った男を紹介しました。
「するとなんだ、さっき襲ったのは、俺達に訪ねたいことがあったからなのか?」
ストレニウスは呆れ、相手が本気だったらと冷や汗をかきました。
「助けて貰ったので信用しなくちゃならないだろうが、相棒に尋ね人とは変な話だ。俺達もあちらがどうなったのか心配だし、ついてきな」
グレーティアの回りにはプエラとフィディアがいて、傷付いたグレーティアを助け起こしていました。彼女を中心として大きな穴が開き、道を分断していました。
彼女達は穴からはい上がると、丁度ソシウス達がやって来て、見知らぬ男と出会ったのでした。
その男が、先ほどまでソシウス達と戦っていた男だけに、グレーティアは戸惑い、なにが起こったのか理解できずにいました。
ゆっくり男は歩み出るとグレーティアの前に立ったのでした。篤い視線が男から注がれ、その眼力に圧倒され彼女は言葉が出ませんでした。
ホーネスは三年の歳月を費やして、やっと彼女を探し当ててたのでした。しかしここからが始まりでした。まだ故郷では家族は依然哀れな姿のままであり、あの怪人を倒さなくてはなりませんでした。
謎の男が言うように、果たして怪人は再び自分の前に現れてくるのか、全てはこれからでした。
サッカー番組にうつつを抜かしたり、アニメを観たり、漫画を描いたりしてたらなにか小説の発表が遅れました。慌てて、いつものようによく読み直さずアップしちゃっています。
最終話まで話を決めて書き始めると、微妙に調整が必要になるんで悩ましですねえ。特に時間の前後関係。想定ではここで逢うはずなんだけど、時間的に可笑しくなるので変更するとどんどん変わってきてしまいます。
例えばハレエレシスの旗揚げですが、中盤に決行のはずが、それじゃ大勢力にならないので前半でやんなきゃならないようです。
逆に何にも設定なしに適当に書き初めて、困った事になっているのが、政治制度や組織。なんかぐじゃぐじゃですね。
ファンタジーものは、社会や時代について調査が必要ないと楽観視していたのですが、世界を構築するのって結構大変だと気がついたこの頃です。