第20回 神槍
<登場人物>
グノー 主人公の兄弟子
ホーネス スカラ国戦士(神槍のホーネス)
レピダス 黒虎騎士(銀弓のレピダス)
ストレニウス 赤鬼騎士(重戦車のストレニウス)
ソシウス 斧使いの大男(旋風のソシウス)
フィディア 祖母の家へ帰る少女(譚詩曲のフィディア)
グレーティア 主人公
プエラ 主人公の幼なじみの娘
ビルトス 主人公の師(本名ダーナ)
デスペロ 魔法宰相
コンジュレティオ 軍総司令
歴山太子 パテリア大国王子、嫡子
那破皇子 パテリア大国王子
蘭公主 パテリア大国王女
ホスティス ヘテロ国魔法宰相
ローサ ホスティスの養女
チューバ 白狼騎士(ローサの警護係)
トラボー 反乱軍首魁
ハレエレシス 反乱軍参謀
フィデス トラボー配下魔法使い
ファルコ トラボー配下武将
ハスタ ホーネスの敵 (針山獄 一角獣のハスタ)
遡ること三年前
パテリアの西方、ガッリアを越えて更に西に行き海峡を越え、再び西方に向かった果ての地にスカラと言う王国がありました。
パテリアとは違い魔法は広まっておらず、当然魔法なるものを人々は知りませんでした。人々が目にするものとは、占い程度のものであり、霊媒師が呪い事をするのがせいぜいでした。パテリアの様な魔法を使った争い事はありませんでしたが、人と人の戦いは当然存在しました。
スカラと隣国ロンディは隣接地の所有について常に争っており、両国の軍隊はこの地にて幾度と無く戦いを繰り広げていました。この地の土地所有については両国の間を行ったり来たりして、その地の住人はその度に納税の先が変わりました。
ここ数年支配していたのはロンディであり、スカラはこれを奪還せんと5千の軍勢にて反撃を試みました。対するロンディも5千で迎え撃ち、両軍は平原で激突しました。
見通しの良い平原、川が蛇行して作りだした平らな草地は両軍を展開できるには十分の広さをもっていました。双方とも自陣のみならず相手陣も見渡せ、全ての兵力がこの川原に集中していました。
両陣営は盾と矛を構え整然と整列していました。スカラ国の歩兵軍の右翼に騎兵が配置され、それは敵の騎兵と相対していました。やがて歩兵の両軍は静かに前進し、突撃可能な距離まで接近していきました。
馬に跨った騎兵は300騎、彼等は敵を攪乱せんと待ちかまえていましたが、突撃の命は下りませんでした。無意味に突っ込んで弓の餌食になるのを考慮してのことでした。
この騎兵の将の中にホーネスなる男がいました。30も前半の歳で、戦いにも慣れ、刻々変化する戦況を冷静な観察眼で追っていました。彼はこの国の代々からの士族の出で、武門の誉れこそ生きていることの証といった考え方をもっていました。彼の槍の腕は無双と言ったもので、多くの武芸者をうち倒した実績をもっていました。ゆえに人々は彼を「神槍のホーネス」と呼んでいました。しかし彼自身は自分の腕に満足がいかず常に研鑽を積み、その向上を確かめられる敵を探していたのでした。こうして、戦いともなると出兵しその名は敵国にも知れ渡ていました。今回も、彼は敵を求め戦場におり、実践の修羅場をくぐり抜け、そこに槍の極意を見出そうとしていました。
敵が目前に迫ると、歩兵は雄叫びとともに一気に走り出し両軍の歩兵はぶつかりました。もみ合いの中から次第に優劣が表に現れ、ロンディの圧力に押されてスカラの歩兵は後退いたしました。この時スカラ騎兵300が右翼より前進し、これに反応するかのようにロンディの騎兵も300騎が前進し、この行く手を塞ぎました。
風の様に疾走する騎兵の動きは素早く、両軍平原を縦横無尽に走り抜け、息もつかない戦いが繰り広げられました。
ホーネスは馬上で槍を構えると、敵将めがけて突進しました。敵も名のある将のようでしたが、瞬く間に二将は討ち取られ、彼は次の敵を求めて馬を走らせました。
配下の騎兵が攻めあぐんでいると攻撃に加わり、30騎を粉砕し、転身すると自軍の歩兵に向かう騎兵を薙ぎ倒しました。
こうして騎兵の将等の勇猛果敢な働きにより、ロンディ騎兵は分解し敗走。敵騎兵がいなくなりました。敵騎兵消滅によりいよいよスカラ騎兵はロンディ歩兵陣側方を襲い、敵陣に脅威を与えました。これに呼応するように味方歩兵は反撃を試み初め。次第にその圧力は強まり、敵を押し返しました。陣形の分断に成功すると、敵左翼自然に崩壊し、それに従うように本陣も崩れはじめ敗走者で溢れ初めました。これに騎兵が追い打ちをかけたので、敵陣は完全に崩壊しスカラ国の勝利となったのでした。
この野戦により、次は敵城塞の攻略になるはずですが、防衛の任にあった大将が敗走を聞きつけ城を捨てたため、残された兵はやむなく投降し、スカラは無傷で町を手に入れたのでした。ロンディに町を奪われ五年後に彼等はこの地を奪還したのでした。
敵の捨てた城内を調べさせると、よほど慌てて逃げ出したのか貴重で高価な品々がうち捨てられた状態で発見されたのでした。
「どうだこの戦利品。宝物庫から発見された品々だ。ちょいと手放していたらこんなに溜め込んでいやがった」
将軍の一人は、財宝を持ち上げると痛快そうに言いました。
「全くだ、これは全部俺達のものだ」
別の将軍は品定めをしていました。
「よせ、よせ。こいつは国庫に入るものだ。手を出すなよ」
元帥は無骨者たちに釘を刺しました。
「だめなのか?」
将軍達は不満げでした。
「俺達は命がけで戦って名誉だけか。どう思うホーネス?」
「俺はかまわん」
入り口にもたれ掛かった男は返事をしました。褐色の肌に、引き締まった体を持つ男は、そういった物にいっさい興味が無いようでした。
「お前は欲がない。第一この戦いは騎兵の俺達が頑張らなかったら、歩兵が切り崩されていた。結果は敗戦だったはず。特にお前の槍は敵には脅威で、敵の将を何騎も蹴散らした実績がある。貰ってもいはずだ」
「俺は強い奴が現れればそれでいい」
「堅物だな。槍一筋では面白くないぞ。どうだこの宝石箱。中にはすごいのがあるに違いない」
男が差し出した宝石箱は見事な装飾が施されたものでした。男が中を期待するのは無理もないことでした。しかし、よく見てみるとその鍵の部分には封印のようなものがあってみだりに開いてはいけないようにしてありました。
この時ホーネスは、その宝石箱がなにかしら尋常ならざる物のような気がしたのでしたが、仲間が面白がって取り合いをしたので、その思いは何処かに消えてしまったのでした。
都への凱旋は華やかなもので、沿道には人々は詰めかけ声援が飛びかっていました。整列し規則正しく行進する強者達には、花びら投げかけられお祭りのようでした。特に今回は王子の初陣もあってか、若い女性の黄色い声が飛び交っており、王子が照れくさそうに手を振ると女達の悲鳴は大きくなり、配下の者は苦笑しなければなりませんでした。
「王子は人気者だな」
男は手を振る女の子に投げキッスをしました。
「お前に声をあげているんじゃないと思うがな」
隣の馬に乗ったホーネスが言いました。
「王子のお下がりでも俺は満足だ」
「欲がない奴だ」
「この前の仕返しか?そうだ此を見ろ」
そっと男がそっと懐の中を見せると、宝石が輝いていました。
「それは!」
「これは秘密だ。ちょいとお駄賃に頂戴した」
「くすねたのか」
ホーネスは困った奴だと渋い顔をしました。
「本当はあの箱の奴が欲しかったのだが、あっと言う間に取り上げられたからな。こいつは別の場所で発見した奴だ」
「それで我慢するんだな、あの箱は危険な匂いがする」
「危険?槍術馬鹿のお前には、宝石はそうなんだろうな」
男は大笑いしました。
ホーネスが屋敷に帰り着くと、妻や子供が待ちかまえていました。武門は朝元気に家を発っても、夕方無事還ってくる保証はありません。勝ち戦といっても主が亡くなっていることもあり、その姿を見るまでは安心出来ないのでした。子供達は父親に駆け寄り抱きつくと、群がるようにしてあとを着いてきました。ホーネスは妻の前に立つと、彼女としっかりと抱き合ったのでした。やがて笑顔で一家は屋敷の中に入っていったのでした。
「父上、今度はどんなお手柄を立てられたのですか」
「私も、私も聞かせて」
子供達はまるで、おとぎ話をせがむように、目を輝かせながら父親の言葉を待ちました。
「お疲れですよ。お止めなさい」
お母さんはたしなめました。
「一人で戦ったわけではないから、誰を倒したかは重要でないが、二人ほど強そうな将に出くわした。乱れ会って戦っている間だから、名乗ることもなかったが、さぞかし名のある将であったに違いない。一人を倒したあともう一人が現れ、それ以降は強そうな将には会わなかった。他の仲間が既に倒していたのだろう」
「父上の槍に敵うものなどおりません」
「そうです、そうです」
子供達は褒め称えました。
「王子の初陣で志気もあがっていたのでしょう」
「それは、そうかもしれなかったが。実は危ういところもあった」
「まあ、そうですの?」
「歩兵が当たり負けをしていた。敵は他の国との戦いで兵が熟練したものになっていたが、我国は平和が二、三年続き練度が落ちていた。我国の騎兵は、遠い東方の国の宰相ホスティスの考案した騎馬戦術を取り入れ初めていたので、優位に立てて今回の勝利に繋がった。一歩間違えれば敗戦となっていたはずだ」
「それでは浮かれていては、いけませんねえ」
「その通りだ。歩兵を強化する必要がある。東方はもっと人口が多く、戦いも大集団で何度も行われており、学ぶべきものが多い。それに魔法使い同士の戦いもあるようだ」
「父上、魔法使いて、不思議な力がある人達ですよね」
「その通りだ。残念ながら、我国では居ないが東方では沢山いるらしい。しかもその者達が戦闘に加わってくる」
「魔法が加わる戦いだなんて、まったく想像が付かないわ」
「魔法使い一人で千人分の働きをするようだ」
「そんなにもですか」
「今回の戦いで言うと、6人で戦えた勘定になる」
「6人ですか!」
お母さんは声をあげました。
「恐るべき戦闘能力持っている」
「父上、だったら魔法を取り入れましょう」
子供は元気よく提案しました。
「そうだな、だが出来ない相談だな」
「それはどうしてなのでしょう」
「それは謎なのだが、魔法使いがこの辺境の地まで来たがらない。どうも魔法の力が弱まるらしい、かれらは東方に居る時こそ力を発揮できるようなんだ」
「では、その土地になにかがあるのでしょうか?」
「おそらくは、魔法の力の源泉みたいなものがあるのかもしれない」
王宮の玉座に間には、今回の戦利品が並べられており、その前には王子が玉座に向かって、礼をとっていました。国王は王子の働きを賞賛するとともに労いの言葉をかけていました。引き出された品は見事な品々ばかりであり、王宮にあっても可笑しくないものでした。同席した臣下達も何故この様な高価なものがあったのか首を捻っていました。
噂では、あの地方を司っていた人物は欲が深く、人々は租税に悩まされたと伝えられられるため、この宝は人々の血と汗によってもたらされたものであると思われました。
しかし依然謎は残り、何故その人物は宝をうち捨てて逃げてしまったのか分かりませんでした。
兄の王子が自慢そうに宝を披露していたとき、妹の王女が物珍しげに近づいて来ました。彼女は品々を物色すると、ある宝石箱に目を奪われてしまいました。
「なんて綺麗な宝石箱」
王女は箱を手に取り見つめました。
「それは国庫のものだから、駄目だ」
王子が釘を刺しました。
「分かっているわ。この中身が気になるだけ」
王女は口惜しそうにしました。
「その箱には封印がかかっているようだ。中身を確かめようとしたが開かなかった。学者に解除方法について調べさせているところだから、開いたら姫にも見せよう」
「本当ですか」
王女の瞳が輝きました。
姫は箱の中身が気になって仕方がありませんでした。二日三日と待ちましたが、なんの返事もありませんでした。一週間も経って痺れを切らした王女は兄に催促すると、王子は完全に忘れていたようで、早速部下に経過を報告させました。その返事はこの箱は開けてはならない箱であるというものでした。思いもよらない報告に王女は肩を落とし、しぶしぶ返っていったものの、後で嘘を着いているのではと疑うようになりました。
きっと学者達が箱を開けられないので、そんな嘘を言っているに違いないとのひらめきは、次第に確信に変わっていって王女を突き動かしました。
付き人と共に宝物庫にやって来ると、警備兵に命令し、強引に中に入っていったのでした。宝物庫の中は大小様々に品で満ちていました。王女はお目当ての宝石箱を、丹念に探すと、それは新しく設置された台の上にありました。大喜びで王女はそれを手に取ると、頬を添えました。早速鍵穴を調べてみると、なにやら粘土のような柔らかさを持った、金属の様なものが鍵穴を塞いでいました。なにやら文字の様なものが描かれたいましたが、王女にはさっぱり読めませんでした。容易くはぎ取れそうな雰囲気に、何処が開かないというのだろうと首を傾げました。それとも此をはぎ取った後の、鍵が開かないということなのでしょうか。姫は開けてはならないという言葉が気になったものの、嘘だという根拠のない確信が勝って、その柔らかなものを剥ぎ取ってしまいました。次は鍵ということになるのですが、驚くべき事に鍵はかかっておらず、容易に留め金は解除されたのでした。
この事に王女はたいそう驚き、きっとこの中の物を自分が欲しがるのを見越して、あのような嘘を言ったのであると思いました。姫は鼻を鳴らすと、勢い良く宝石箱の蓋を開いたのでした。
箱の中身を覗き込んで、王女は背中に冷たいものを流されたような悪寒が走りました。そこにはただ暗闇があったのです。何処までも黒く深く、底のない闇でした。ずーっと見ていると吸い込まれそうでした。何もない箱なら底というものがあるはずでしたが、本当に底がないのです。
その時王女はとんでもないものを開いたと悟り、慌てて蓋を閉じようとしましたが、今度は閉じませんでした。箱はあたかも一枚の板の様になってびくともしませんでした。
「閉じないわ」
王女が泣き出してしまうと、侍女は事態の異変に気が付き慌てて近づこうとしました。しかし、その王女の体から霧の様なものがあふれ出し、みるみる内に箱に吸い込まれていく様を目撃したとき侍女は固まってしまいました。やがて、若々しい王女の顔はどんどん老いてゆき、侍女に助ける求めるその顔は老婆そのものでした。髪は白髪で埋め尽くされ背中は曲がり体がどんどんしぼんでいきました。やがて王女だった体は床に崩れ落ち、肉がそげ落ちた骨と皮だけの木乃伊化したものが転がったのでした。
これを間近で目撃した侍女は、あまりの驚きに声も出ず腰を抜かしてしまいました。持ち手の無くなった箱は怪しく宙に浮き、次の得物を狙っているようでした。床を這いながら必死で侍女は外に逃れようとしましたが、王女同様、体から霧のような物があふれ出すとみるみるうちに老化し、干物のようになってて床に伏してしまいました。
宝物庫の衛兵は二人がいつまでも中から出てこないので、心配して様子を見にやってきました。王女と従者の姿はなく、既にもう外にでたのかと思いましたが、自分が扉を守っていたのでその様な事などあるはずはありません。床を見下ろすと、なにやら干からびた様な遺体がありました。王女と侍女の服を纏った二つの木乃伊はそれが何であるか、守衛にひらめかさせました。すると彼の体から霧のような物が吹き出し、それは棚にある箱にどんどん吸い寄せられたいったのでした。やがて守衛だった体は倒れる様に崩れ落ち、その衝撃で首から剥がれて転がってしまいました。
王城内は大騒ぎでした。宝物殿に異変が起き調査に行ったものが次々に還ってこなかったからでした。その中に王女も含まれ、事態を聞きつけた王子は、妹が禁断の箱を開けたのであると察したのでした。このことを父の王に告げると、王は宝物殿に何人も近づく事を禁じ学者達を招集すると対応を協議したのでした。
「おそらくあの箱が原因であろう。王女は既に亡き者と予は判断した」
王は自らの考えを述べると、意見を求めた。
「宝物殿に倒れていました遺体を、長棒を使って回収したところ皆老化して死んでいました。殺傷箇所はなく死因は老衰です」
「信じれん。噂に聞く東方の魔法なのか?」
「私どもの知る限り、違うように思えます。東方の魔法は火、水、雷、風、地と属性を伴っており違います。豊饒の魔術が近いような気がしますが、老化させるなど聞いた事がありません。幻術なるものも存在しますが、此方はまやかしの術です。防御魔法は文字通り防ぐだけです」
「魔法であれば、なんでも出来るのと違うのか?」
「残念ながら、そういうものではないようです。例えば鳥や動物に化ける変化などは出来ません。自由に場所から場所へと瞬時に移動は出来ませんし、浮くことは出来ても鳥のように飛ぶことも出来ません。何かの物を作り出すこともありませんし、人の心を操ることも出来ません」
「なるほど、思い通りとは行かないようだな」
「ですが、我々の力を遙かに凌いでいるのは事実です」
「だが、予の前に不思議な現象が起こっているのも事実。呪師でも呼ぶか」
「お止め下さい。無駄に犠牲者を増やすだけです。彼等は先祖霊を祀る者でなんの力にもなりません。生きた人の心を慰めるの彼等の役目」
「だが東方の魔法でないとしたら、なんであろうか」
「もしかしたら・・・」
それまで隅で参加していなかった学者が声をあげました。
「なんじゃ。申してみよ」
「東方の黎明期の魔法では」
「詳しく説明せよ」
「東の国の黎明期、つまり千年前の頃に起こった戦いを彼等は瓊筵と呼んでいます。激しい戦いが起こったようで、この時使われた魔法が現在の魔法を遙かに凌いでいたと伝えられています。」
「東方では魔法の力は衰えたということなのか」
「衰えたというより、瓊筵の時代。数々の魔法を産みだした者達がいたというわけです。瓊筵時代だけのもので、戦いにおいて彼等は死に絶えています。その技を使える者達はその後おらず、不完全な魔法が残り、禁断魔法として伝承されているそうです」
「そんな者達がいたのか。彼等はどれほどのものなのだ」
「おそらく、現在の魔法使いは足下に及ばぬかと」
「するとあの箱は」
「おそらく瓊筵の時代の遺物が我が国に流れ込んだのかもしれません」
「では東方に使いを送り、教えを請うとしよう」
「それはなかなか難しいことです」
「何故じゃ」
「東方にて古代魔法は絶えています。この話も私が昔東方に旅をしたさい、魔法博士と呼ばれるダーナという人物から伝え聞いただけです。彼は国随一の博識の持ち主でしたが、彼をもってしても黎明期の魔法は復元出来ないのです。かれは禁断の魔法を少し実演してくれましたが、とても危険で制御できていませんでした。使えば我が身が危ないしろものでした」
すると別の学者が提案をいたしました。
「いかがでしょうか陛下。魔法を解くのを諦めるというのでは。宝物殿を封印してしまうのです」
「王女の亡骸を回収しておきたかったが、やもう得ぬことだな」
宝物殿あ封鎖され、この謎のものは永久に封印されるはずでした。ところが宝物殿から少し離れら場所で老化した守衛が発見され、さらに後宮で再び被害者が出ると事態は深刻なものとなりました。明らかにあの箱は王宮を彷徨っているのです。
そこで王は強者達に箱の破壊を命じたのでした。
「あの箱は魔法の箱だったらしい。本来は俺が栄えある第一の犠牲者のだったはずだがな」
「お前は悪運が強いな」
ホーネスは予感が正しかったことを実観しました。しかし、人ではなく魔法の箱を破壊せよとの命令に戸惑ってもいました。彼等が取った手段というのが、区画を絞り込んで追いつめてゆくといったものでした。主兵器は弓でした。離れた位置から箱を破壊しようとしたのです。
敵を追いつめているはずでしたが、箱は見いだせませんでした。最後の区画に飛び込んだ時、なにも起きませんでした。一同は作戦は失敗したのだと痛感しました。
王に謁見し作戦の失敗を報告すると、王はやむなしと許されました。そして再び別の手だてを講じるように指示をいたしました。
強者たちが項垂れて退こうとした時、どこから入ってきたのか一人の男が靴音を響かせながらやってきました。その手には問題の魔法の箱が握られていました。
この様子にそこにいる全てのものは驚き、何者であろうかと囁き会いました。衛兵が男に詰め寄ると、衛兵は一瞬にして老化し朽ち果てました。
その場にいる全員に戦慄が走りました。
「お前達は、この箱を探していたようだな。欲しければ呉れてやろう」
その低い声は恐怖を呼び起こしました。強者の一人が箱目がけ矢を放すと、不思議なことに矢は何かに刺さったかのように空中に止まり、男にも箱にも当たることはないようでした。
「呉れてやると言っているのにせっかちな奴だ」
男が軽く指を弾くと、強者は吹き飛ばされ壁に体を打ち付けました。謎の男は手に持った箱を投げるとそれは床を滑り強者達の前で止まりました。
「お前は何者だ!」
一人の武将が問いかけると
「千年の眠りから覚めた者と答えておこうか」
と男は答え、不敵な笑いをしました。
「この箱はお前に関係在るのか?」
「それか、それは俺に時を伝えた品だ。もう必要はないがな」
「貴様魔法使いか」
敵と分かって、強者共は武器を構え、謎の男目がけて攻撃をしかけました。
しかし、その思いとは裏腹にそこに居る全ての者はあたかも時が止められたかのように、動くことできませんでした。制止した状態のままの強者共に謎の男は近づくと、一人の男の腕を引き抜くと他の男の腕に植え付け、さらに別の男と男の首を付け替えました。
まるで蝋人形をもて遊ぶように、謎の男は謁見の間にいる者達をいじると、気に入らなかったものはどんどん老化させてしまいました。
男は動けなくなった強者の握っていた槍を引き抜きました。軽い腕慣らしとばかり槍を一振りすると壁が吹き飛びました。男は満悦したかのようにその場を去ろうとしましたが、在る事実を発見したのでした。
「誰だ!俺の結界の中で動く奴は」
謎の男が振り返ると、小さく動いているホーネスがいました。
「お前は何者か!」
ホーネスは動けぬ体を精一杯動かしていました。しかしそれは蝸牛の這いに似ていてとても遅いものでした。謎の男はホーネスに興味を起し暫く観察した後、その理由について悟りました。
「結界の中を動けるはずよなあ。まさか、ここでお前に再会するとはな。なるほど千年ぶりに甦ったのは俺だけではなかったという訳か」
「なんの事だ?」
ホーネスは動かぬ体を精一杯動かそうとしました。
男は薄ら笑いを浮かべ、ホーネスの頬を叩きました。
「ワルコの恩寵を受けていないお前など、脅威ではない」
男は愉快そうにすると、玉座の王に顔を向けました。
「なるほど彼奴がお前の主と言う訳か。お前の真の主はあの猿ではない。お前の未練を断ち切ってやるとしようか」
男が槍を振るうと、王は石化し、更に一撃でその体は粉々に砕け散ってしまいました。
「貴様!」
ホーネスに怒りの炎が燃え上がりました。
「お前にはもう少し強くなって貰わなくては、殺しがいがない。俺を喜ばさせてくれよな」
そういうと花瓶から花を一輪抜き取ると、ホーネスの槍に換えて花を持たせたのでした。謎の男はドアを開くこともなくその場から突然消え、結界も無くなったのか人々は動くことができました。しかしその場は無惨な状態で、人々のうめき声で溢れたていました。王妃は粉々に砕け散った王の破片に泣き崩れ、臣下は涙ぐんでいました。
ホーネスは持たされた花を床に叩きつけると、怒りで肩を振るわせました。
箱と謎の男の関係は不明でしたが、今回の事件は宮中に恐怖をもたらした人物が原因であることは明白でした。その後、宮殿内を探査いたしましたが、男は発見出来ませんでした。しかし王が殺害されたこともあり、その行方は突き止めなくてはなりませんでした。
ところが、男に関する情報は直ぐにもたらされたのでした。それは最近都では人が襲われる事件が多発しており、奇妙な遺体で発見されていたのでした。これはあの男に仕業にちがいありませんでした。
早速、兵を総動員してくまなく都を探しましたが男は発見できませんでした。生き残った目撃者の証言によると、どこからもなく槍を持った男が現れ、身動きできなくなると次々に形を変えられていってしまったとの事でした。
王宮での一件から多くの兵が逃げ腰でしたが、ホーネスだけは執念を燃やしていました。
目の前で主君を粉々にされて、彼は烈火の如く怒っており、槍を手にするや馬に跨ると町に飛び出したのでした。
あの男はもう一度自分の前に現れると、ホーネスは読んでいました。部下の兵を引き連れて南門に向かっていると、人々の逃げまどう人々とすれ違いました。さらに進むと、形を変えられた人の姿があり、その近くには老化した人々の亡骸が路上に転がっていました。
ホーネスは槍を構えると、謎の男に呼びかけましたが何の反応もありませんでした。
既に、ここには居ないのだと判断したホーネスは西門目指したのでした。彼が西門に近づくと、別のグループはなにやら抗戦中で、謎の男を中心として囲むよう兵が囲んでいました。兵士達の手には捕縛のロープが握られており、真っ直ぐ伸ばされたロープが幾重にも謎の男を取り囲んでいました。その周囲には捕り物の道具を持って捕縛しようとする兵達がさらに囲み、大がかりなものとなっていました。
一人にここまですれば逃れる事は不可能で、ロープに巻き取られてしまうはずでした。しかし男は半歩ずつ瞬間移動を繰り返し、ロープをすり抜けてしまうのでした。次の瞬間、男が手を上げると、兵士達の動きが制止したのでした。宮殿の出来事と同じで、次々に兵士は老化し地面に倒れていきました。
この現象は離れているはずのホーネス達にも影響を受け、彼はまだ動ける部下に安全域までの退却を命じました。そうして自らは馬を降りると、槍を小脇にかかえ謎の男目がけ突進したのでした。しかしその足は強風に逆らって歩むかのように、男に近づけば近づくほど緩慢になり、次第に動けなくなりました。
この槍を持ち駆け寄る様に謎の男も気が付き、物珍しそうに眺めていました。
「お前か、懲りない奴だな」
「俺はお前を倒す!」
ホーネスはやっと足を一歩前に進めました。
「それは、嬉しいが。恩寵を受けていないお前ではつまらぬ。せっかく主から解放させたやったのに、まだこの国にしがみついているとはな」
男は暫しの間、思索をしているかのようでした。
「わかったぞ。お前がまだこの国にもつ未練がなあ」
「何を言っている。この忌々しい技を解き、俺と勝負しろ!」
「お前は、こんな結界の中でも自由に動けるはずなのだが、よかろうそうしよう」
すると、ホーネスの体が軽くなり手足が自由になりました。いきなり解放されて少々バランスを崩しましたが、ホーネスは姿勢を起こし槍を構えました。
「お前は、何故人を襲う?」
「朝起きて、食事を摂らないのか」
「これが、朝飯だと言うのか!」
「千年分だな」
笑いをかき消すかのように、ホーネスの槍が繰り出されました。
次の瞬間、男は家屋の上に立っており、見下ろしていました。
「さあ、俺を倒すんだな。追いついてみろ」
そう言うと、男は屋根から屋根へと跳躍したのでした。これを下で見ていたホーネスは見失ってはいけないと、それを追いかけました。馬に跨り後を追いかけたホーネスは、男が馬よりも早く移動するので見失いそうになりました。やっと到着したところは彼の屋敷でした。
あまりの展開に驚いたホーネスは不安な気持ちで溢れました。何故あの男は家の所在が分かったのか、それとも偶然なのであろうか。馬ごと屋敷に飛び込むと、女性の悲鳴がしました。
妻か使用人のものです。槍を構え母屋に突入すると、そこには男が立っていました。ホーネスは槍を構え、接近しようとしましたが、この時部屋の隅の物体に目が行きました。
ホーネスは硬直し、思わず槍を床に落としてしまいました。そこにあったものは化石化した家族の姿でした。
「なんということだ」
ホーネスは震えながら、無惨な家族の姿に手を添えたのでした。
「王の様に粉々にするつもりか!」
そっぽを向いて男は母屋から出ていこうとしました。
「ここで、戦ってはお前の言うとおりになる。表に出るんだな」
ホーネスも後を追いかけ、通りで二人は向かい合いました。月明かりで路地は照らされ、二人の影が地面に落ちていました。二人はにらみ合ったまま動かず、野犬が徘徊する音だけがしていました。ホーネスは槍を繰り出せずにいました。謎の男は結界がなかったとしても、相当の使い手であることが分かりました。この様な敵に今まで遭遇していませんでした。まったく隙が見いだせないまま、槍の矛先が男を指したまま微動だにしませんでした。額から汗が流れ、時が過ぎゆきました。静止した状態で向かい会っていた二人でしたが、やがてホーネスが力無く槍を収めました。彼は肩を落とし、悔しさに顔を歪めていました。
「なるほど鋭い技を放ってきたな。しかし敵にはならんな。」
「俺の負けだ。好きなようにしろ」
投げやりな言葉をホーネスは発しました。
「いいのか家族があのままで」
「残念ながら、お前の方が上だ」
「俺を倒せば家族も元に戻るのだがな」
「さあ俺も石に変えろ」
「それはつまらぬな。寝ぼけた奴を倒してもなんの自慢にもならぬ。仲間の笑い者なるのがオチだ。そうだな。俺を倒すには、真の主に会わなくてはならないだろう。お前の主はパテリアの女魔術師だ。その近くにはプエラという娘がいる」
「主だと?」
「俺とお前の差は主があるか無いかの差だ」
「それはどういう事だ」
「かの地での再会を楽しみにしているぞ」
男は背を向けると立ち去ろうとしました。
「お前は、何故俺を助ける?」
去りゆく姿にホーネスは声を投げかけました。
「助けてなどおらん。実が熟れていないから、美味くなるようにしているだけだ」
「俺は食い物という訳か。覚えておこう。お前の名はなんだ」
「針山獄、一角獣のハスタだ」
そう言うと男は姿を消しました。
以降この国では同様の事件は起こらず、人々は不安が少し混じった安堵に包まれたのでした。
「旅立つのか?」
「そうだ」
荷造りを終えたホーネスは友の出迎えを受けました。
「パテリアは遠いぞ。しかもあんな化け物を追いかけるのか?」
「家族が石にされた状態ではな」
「確かにそうだが、その様子では陸路で行くつもりか」
「そのつもりだ」
「海路を選ぶべきだな」
「その方が早いが。海賊程度ならば自信があるが、嵐では運を天にまかせるしかなくなる」
「山賊や獣の方がご安心というわけか。お前らしい」
友は笑いました。
「東方では魔術師が沢山いるらしい。用心したほうがいい」
「そうだな。しかし俺はその魔術師を探さなくてはならないらしい」
「魔術師を?」
「あの男が言っていたのだが、奴を倒すにはパテリアの女魔法使いの力がいるようなのだ」「それは本当か?敵に塩を送るなど考えられないがな」
「事実だろう。奴は遊戯として楽しんでいるようだった」
「確かに、宮殿や町でのやり口は、どこか遊んでいるような無駄なところがあった」
友はホーネスの胸に着けられたブローチが目に入りました。
「それは?」
「これは石にされたとき、妻が手に持っていた花だ」
「なるほど、それが石でなくなる時、家族は戻っているという訳か」
ホーネスは馬に跨ると友に語りかけました。
「何年かかるか分からないが、俺は奴を仕留めて家族をもとの姿に戻す」
「留守中お前の家族は、誰も悪戯しないように俺が守っているぞ」
「すまん」
「 還って来るのを楽しみにしているからな」
「ああ」
こうして友に見送られ、ホーネスは東を目指して旅立ったのでした。
陸路の旅は長く、ホーネスは海峡に到達するまでに行く度か追い剥ぎ連中を退けていました。槍を持っているせいか、そのほとんどが矢によるお出迎えで、他の武芸者は倒されたに違いないものでした。彼の旅の障害になるのは山賊連中だけでは在りませんでした。武芸者の挑戦もあり。彼が神槍のホーネスと気が付くと戦いを挑んでくるのでした。しかしホーネスはこれらのものをうち破り、その名を守ったのでした。
海峡は対岸が目と鼻の先に見えるものでした。大河であると言えば容易に信じたことでしょう。大きな陸地と陸地が迫らんばかりに近づき、その間を船がひっきりなしに往復していました。東側の陸地に降り立つと、そこは魔術師たちがいる世界でした。まだ西の端でしたので、その数は少なかったのでしたが、法衣を着た人物を町で見かけるようになりました。
この地においても追い剥ぎは健在で、但し特徴的なのが一味に魔法使いが混じっているということが違っていました。魔法使いといっても初級レベルで、その威力は対抗できるものでした。こういった者に荷担する魔法使いは崩れ者であり、場をこなしていくと次第にそれらの者は飛び道具となんら変わりはないのではないかと思えるようになりました。特に彼等は魔法使いという自負があるためなのか法衣あるいは、それを連想させるような服装をしているため、容易に見分けがつきました。彼が驚いたのは飛んでくる魔法より、防御魔法と呼ばれるものでした。いっこうに相手を貫くことができないので、退却をせざるをいない状況に陥ったこともありました。
ホーネスはこうしていくつかの国を通過し、ガッリアまで到達したのでした。当時ガッリアは北の国と交戦中で、西側にも警戒態勢が敷かれていました。ホーネスはこの国にて三名の武芸者との果たし合いにて全勝し、その存在を知られるようになりました。彼の武芸は東に向かえば向うほど技に切れと威力を増し、自身が驚くほどでした。目的地パテリアは目の前であり、何らかの力が作用しているとも思えました。魔術師達がこの地で不思議な力をつかうのと同様、彼自身にも何らかのものをもたらしているようなのでした。
ホーネスは三人の武芸者を倒したことにより、宮中に招かれ、ここで一将と御前試合を演じることになりました。対戦相手はこの国随一の槍の使い手でした。北との戦いにおいて武勇を轟かせた人物で、戦と聞ば戦いたくなる性分で、この試合はその人物自身が願ったものでした。御前試合のため穂先は外したものでしたが、両者の戦いは激しくそのままでも相手を刺殺できそうな勢いをもっていました。両者譲らぬ展開に、周囲が固唾をのんでいたところ、ホーネスの技に相手が槍を落とし決着したのでした。
対戦者は恨むどころかホーネスの実力に感嘆し、彼に仕官をもとめ、王にも奏上したのでした。王はホーネスにその意志を問いたところ、彼はパテリアに人を探しに行かなくてはならないのでと辞退したのでした。王は重ねて「誰を探しているのか?」と訊ねると、ホーネスは「女魔術師」と答えたのでした。
これを聞き王は彼を哀れみ「それは達成できないでろうと」語りました。これにホーネスは驚き「何故?」とその理由を聞きました。すると王は「女魔術師はいない。いたとしても狂人である」と返したのでした。
これにはホーネスも愕然とし、自分は訊ね求めたものが存在しないということに俄に信じられませんでした。王は彼の動揺を察し、魔術師等に説明するよう命じたのでした。
魔術師等は魔法の技や魔法の歴史に語ったのでした。そしてこれまで女性の魔法使いは存在しえなかったと伝えたのでした。攻撃魔法において女性のもつ情念といった不安定要素が、蓄えられた力を制御出来ず身を滅ぼしてしまうということでした。
ホーネスは落胆し、自身を見失ってしまいました。
王の臣下がホーネスが他国に使われぬように、国に留めおくことを奏上し、王は同意し食客として迎え入れることとしました。
かくして、ホーネスはパテリアを目前にして漫然ととした日々を過ごすこととなり、二月を費やしたのでした。この様子に、槍の将は心配し戦場へと彼を呼びました。ホーネスには戦いが必要なのだと将は判断し、このまま仲間にしようと目論んだのでした。
戦いの臭いを嗅ぎ、ホーネスの闘争本能が呼び戻されました。敵将を一瞬のうちに刺殺すると、続けて二将を倒したのでした。この時、ホーネスは謎の男を思い出しました。「あの男は自分との戦いを望んでいた。女魔術師の件は偽りの事でなないはずだ。それに体にみなぎる力がその存在を教えてくれている」
そう閃いた彼は再び魔術師達に会い、女魔法使いについて訊ねました。「真に女魔法使いは存在しなかったか?」の問に魔術師達は口を濁し「千年前、パテリアの王女芙蓉が女魔法使いだった。しかしそれ以降現れたものはいない」と語ったのでした。それを聞いてホーネスは高笑いをし「ならば二人目が現れたのだ」と立ち去ったのでした。
食客としていたホーネスがパテリアに仕官する事を恐れていた臣下達は、パテリアへ向かう関において彼を通さぬように指示を出していました。ホーネスが旅だったの報を聞いた槍の将は急ぎ後を追いかけると、第一の関は将がうち倒され突破されていました。もっと穏便に彼を扱って引き留めおいてくれたと、残念がり先を急ぎました。第二の関も再び将が倒されていましたが此方は生きていました。兵達は多少の傷で済んでいました。さらにパテリアとの国境ラセオ河の第三の関に来てみると痣を作ったもの多数でしたが、けが人は出ていない様でした。第三の関は国境で多くの将と多くの兵が守っているはずが、いとも簡単に突破されていました。しかしこれだけの兵の相手を軽傷で済ますとは、驚きでした。ホーネスは国境に向かって次第に強くなっているのであろうかと槍の将は疑いました。国境での大立ち回りに人々は、役人が賄を要求するために起こったのだと噂をしていました。おそらくは指令通りに行った結果であろうし、人々が普段から搾取されていた結果この様な話になったと推察されました。ラセオ河には大きな橋が架かっています、これは昔この地がパテリア領だったころに架けられたもので、崩されずの使われていたのでした。橋の中程まで進みましたが既にホーネスの姿はなく、パテリアに入国したであろうことが分かりました。槍の将はホーネスが敵として戻ってきたときは自分が倒そうと心に誓ったのでした。
パテリアの地に入国したホーネスはやっと目的地に到着した安堵感とこれからどうすればいいのか分からないという不安感が入り交じった状態でした。
パテリア入国後の最初の町ベトーは城塞都市でした。隣国ガッリアとの戦闘が過去に繰り返されたいたため強固な城壁が町全体を覆っていました。休戦協定後ガッリアとの交易が行われているため、町全体は要塞都市でも人々の生活は商業都市のような風情を持っていました。一つには国境の河に橋が存在するということが理由で、かなりの物資が両国間を移動しているのでした。
何処にいるかも、名前の分からない人物を探すのは至難の業でした。分かることいえば、その人物はパテリア国内にいること、女魔法使いであること、その近くにはプエラという娘がいる事だけでした。仕方がないので手当たり次第に女魔法使いについて尋ねると誰もが存在を知りませんでした。この町の魔法使い達に出会えたので訊ねてみると、ガッリアの魔術師と同様否定的な返事が返ってきました。女魔法使いでは探せないと判断したホーネスはプエラという名前の娘を探しました。その名の娘は町には居ましたが、その近くには魔術師の存在がありませんでした。この様な調子でパテリア全土の町を探していては無駄に時を費やしてしまうと判断したホーネスはパテリアの王都フローレオを目指すことに致しました。王都であれば国中の噂が集まると判断したからでした。
ビダ街道を東に向かいながら、近隣の町を訊ね歩きましたが結果はベトーと変わらないもでした。しかしソサまでやって来たときその足は止められたのでした。此より東ではアウダックという男が反乱を起しており、その支配地となるため身の安全は保証されないとの事でした。
山賊でも反乱軍であれ行く手を阻むものがあればうち破って通るもの、ホーネスは構わず東に向かったのでした。東に向かえば向かうほど、町は戦いの色を濃くしていきました。
兵士達の慌ただしく走り行く様を見かけるようになり、市民は怯えて籠もってしまっているようでした。ここでも彼は女魔法使いの事について訊ねましたが、それどころでなく誰も相手をしてくれませんでした。町で出会った男が「あんたが名のある人ならみんな相手をしてくれるだろうがね。貧乏武芸者ではね」と言うと、それも確かにあるかかも知れないとホーネスは思いました。町のお尋ね者の張り紙には、反乱軍の首魁の賞金が張り出されていました。女魔法使いが簡単に見つからないと分かった以上、この国は長く留まらなくてはならないようでした。路銀の問題もあり一稼ぎするとしようと彼は決心しました。
「この男は強いのか?」と訊ねると、男は「強いてもんじゃありません。彼奴を退治しようと多くの武芸者があの世行きです。黒虎騎士でも手を焼いているんですぜ」と返しました。
「ならば相手に不足なし。奴は何処にいる?」とホーネスが問うと、「彼奴はここから南の町にいついてしまってますが、本気ですか?」と男は問い返しました。
ホーネスが槍を片手に反乱軍の支配地に近づいて行くと、そこは政府軍と反乱軍が相対峙していました。丁度政府が都市を奪われた直後で、救援に駆け付けた政府軍が間に合わず、敗走した城の守備兵を集め再編をしている最中でした。
その両軍相対する真ん中に、馬に乗って草地を散策するかのようにホーネスが現れたので皆の目が集まりました。
ホーネスは馬を城門に進ませると、城壁の男に大声で呼びかけました。
「私は西国から来たホーネスと申す。アウダック殿との果たし合いを申し込みたい!」
すると障壁の上から
「俺に挑戦状を叩きつけるとは身ほど知らずだな。今お前などと遊んでいる暇はない!」
と声が返ってきました。
「臆されたか、アウダック殿。真に強いのはどちらか決めようと申しているのですぞ」
「俺より強いだと笑わせるな!」
そう言うと城門を開いてアウダックは現れ出ました。
両者は馬に乗り向かい合いました。
城内の兵士達は大将の一騎打ちに興奮し、平地に陣を構えた政府軍の兵士達も、何処から来たのかわからない男が、一騎打ちをやろうとしているのに気が付きざわめき始めました。
政府軍内の黒虎騎士は妙な男が現れたので、静かにその成り行きを注目しました。
「お前の得物は槍か。俺と同じだな」
アウダックは横柄に言いました。
「左様、同等なればあとは技あるのみ。どちらが上かハッキリ致す」
そう言うと両者馬を走れらせ二合ほど交えました。
アウダックの槍は素早く、普通の武芸者であれば今の攻撃で地に倒れていたことでしょう。しかしホーネスはこれを交わし反撃したのでした。
アウダックはいまの一撃でホーネスの実力を一瞬で悟り、油断していた自分を戒めました。ホーネスはというとアウダックの自信が本物であると分かり、強敵相手に嬉しくなってきました。再び両者は何合がぶつかり合うと、互いの切れ味に一瞬の油断もできないことに気がつきました。
ホーネスはアウダックの鋭く変幻自在な技に舌を巻き、多くの者がこの騙し技によってうち倒されたのであると察したのでした。
アウダックは二度ほどぶつかり合って、ホーネスが今までの武芸者と違うところを感じは初めていました。それが何であるかは分かりませんでしたが、繰り出される槍自体に力の渦みたいなものが感じられ、それが次第に強くなっているようなのでした。
両者が三度ぶつかりあうと
アウダックの放した槍はホーネスの槍の力の渦に巻き取られ、アウダックは心臓を一撃で刺し貫かれたのでした。
静けさが辺りを包み、アウダックが馬上から地面に倒れると、反乱軍からはどよめき、政府軍からは歓声が上がりました。
この様にして首魁を無くした反乱軍は崩壊し、ホーネスはパテリアにその名を知られる事となったのでした。懸賞金を受け取ったホーネスは黒虎騎士と親しくなり、その場で女魔法使いについて尋ねてみました。王都から来たという騎士はそれはかなわぬことと述べ、自分たちの情報網では発見に至っていないと答えたのでした。ひどく落胆するホーネスにその騎士は、自分たちの探査の及ばないエリアがあって。そこで発見できる可能性を示唆したのでした。
その地帯とはシルバの森周辺部、つまり無法地帯なのでした。ホーネスは馬に跨り北を目指しました。
やっと敵役が初登場。おっと!これまで登場した人も、もちろん敵です。
今回ホーネスのお話になってしまいました。
実は彼はは第一回に既に登場しています。それは主人公とお父さんの会話の中なんですが、お分かりになります?
第一回を書いていたとき、彼の登場はだいぶ先であろうと思っていましたが、その通りでした。しかもまだ合流していません。
長いお話にするつもりはありませんでしたが、こうなって申し訳ありません。
この小説の骨子は「トートの書」を読んで、結局魔術の原理てこれ?
という単純な発想のものです。
四大五元などはそのまま採用せず、一般的な馴染みのあるRPG仕様にしてあります。