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第16回 花嫁

<登場人物>


グノー    主人公の兄弟子

レピダス   黒虎騎士(銀弓のレピダス)

ストレニウス 赤鬼騎士(重戦車のストレニウス)

ソシウス   斧使いの大男(旋風のソシウス)

フィディア  祖母の家へ帰る少女(譚詩曲のフィディア)

グレーティア 主人公

プエラ    主人公の幼なじみの娘



ビルトス   主人公の師(本名ダーナ)

デスペロ   魔法宰相

ホスティス  ヘテロ国魔法宰相

コンジュレティオ 軍総司令

トラボー   反乱軍首魁


歴山太子   パテリア大国王子

蘭公主    パテリア大国王女



「レピダスの奴早く追いついて来ないかな」

 道をてくてく歩きながらソシウスはぼやきました。芸人と分かる衣装は宣伝効果がありましたが、偽物の彼等にとって少し気恥ずかしい心持ちのするものでした。出来れば早々に店じまいといきたいところでしたがそうもいきませんでした。

「なーに。もう飽きたの。我慢なさいよ」

 プエラがだだをこねる子供に言い聞かせるように言いました。

「こんな彩度が高い服はなにか落ちつかないんだよ」

「似合っているわよ。祭りで見るお猿さんみたい」

 プエラはけらけら笑いました。

「褒めてないなお前」

「多分、私たちは尾行されているはずです。レピダスは当分姿を現しはしないでしょう」

 グレーティアは背後を意識しながら言いました。

「そうなのかな。あいつらそんなに暇なのか」

「レピダスの言うように、安心仕切ったときに人は馬脚を表すという事でしょう。ここで私たちが芸人を止めてしまうと相手の思うつぼです」

 グレーティアが戒めると、ソシウスは深くため息をつきました。

「私、次の町で一所懸命に演奏します。みなさんが心配なさらないように」

 フィディアがソシウスに気を遣って楽器を鳴らしてみせました。柔らかな音色がこぼれソシウスはしょうがないかと諦めました。

 取り調べに対し必死の思いで切り抜けたのはほんの少し前でした。ソサの町はまだすぐ背後にあり、強固な城壁がまだはっきりと分かる位置にありました。とって返せば城門まで直ぐでした。

「町二つ過ぎれば安全なんだよな」

 ソシウスは念を押しました。

「多分追跡はそこまででしょう。レピダスはそう言っていましたし、それまでの辛抱です」


 一つ目の町に辿りつきました。

ソサに比べれば遙かに小さな町で、全体を壁で覆ってはいませんでした。ただ家々の塀が組み合わさって一塊りの町の姿を造っていました。当然、町は家々が好き勝手に集まったとうに歪な形をしており、その中の街路は曲がりくねっていました。しかし全くの無防備状態というのは間違いで、町を横切る河を利用して周囲に溝らしきものは存在しました。

「さて町に着いたもののどうすりゃいいんだ?」

「そうね、芸人らしい姿を見せればいいのじゃないの」

 プエラが無責任な軽い言葉を返しました。

「広場で金を稼いた後、飲み屋で芸を披露すればいいのか」

 するとプエラが素早く反応しました。

「私飲み屋で踊るなんて嫌ですからね。お酒臭いし、おじさん気持ち悪し。ねえフィディア」

「そうですね。私も自信がありません」

 フィディアも同じような気持ちでした。

「ソサの町などの大きな町を相手にする芸人はじっくり腰を据えて公演するのでしょうが、私たちの規模になると、田舎の町を巡回するような形でしょう。芸を披露する場もないので、酒場になってしまうのかも」

「グレーティア本当にやる気なの?」

「しかし追っ手を欺くには・・・」

「ははん。我が一座の一番の美貌の舞姫様は殿方に愛嬌振り撒きたいというのかしら」

 プエラは意地悪そうに言うとグレーティアは黙り込んでしまいました。

「とりあえず、広場で演じてみよう。後はそれからだ」

 ソシウスが驢馬の手綱をとると、一同も引っ張られるように先に進みました。

「あとは肝心の追っ手が後ろから着いてきているかどうかよね」

「プエラ後ろ振り向くんじゃないぜ。そのうち観客として拝めるからな」

「用心しすぎなんじゃない」

「お客がどこかに隠れてしまうだろう」


 町の真ん中には広場があり、老人がくつろぎ子供は遊んでいました。ソサの町に近いせいか人も思いの外多く、ここでは大道芸として人を呼び込むには十分と判断されました。

離れたところには、別の芸人が素手で堅い煉瓦を粉砕している様子がみてとれました。

「なるほどあんな風にやればいいんだな」

 ソシウスは他業者の様を参考に、案配のいい所で幟を立て道具を広げました。グレーティア達は踊りに衣装に着替え、頭には髪飾りをつけました。やがて他の芸人の催しが一段落したところで、人々の注意を引きつけるようにグレーティアが笛の音を響かせました。芸人の演武が終わって帰りかけた観客も、何が始まったか興味深げにそちらの方を向きました。やがてフィディアの奏でる琴の音に釣られるように次第に人々が集まってきたのでした。

 繊細な琴の音が辺りに広がり、人々は聞き惚れるようにフィディアを中心にして弧を描くようにして立っていました。フィディアが琴の音に合わせて歌い始めると、透き通った声に人々は心を奪われ夢心地の気分になりました。こうしてフィディアは馴染みの曲を数曲歌ってあとで、彼女が得意の譚詩曲を披露したのでした。哀愁を伴った物語が終わると、曲は突然明るいものもに変わり、人々が涙を拭いていると華やかな二人の踊り子が登場して舞を披露しました。くるくる回る動きに衣が舞いそよ風が吹いているかのようでした。優雅な舞いに見とれていると公演は終わりとなり、人々は満足した様子でした。彼女達はお捻りを沢山もらい、素人の見よう見まねの大道芸は大成功で終了したのでした。町の人は、今日はもうやらないのかと質問を投げかけ、名残惜しそうでした。

「私たちの芸なかなかのものじゃないの」

 プエラは鼻高々でした。

「そういうのは他人に言われるものだぜ」

「謙譲という言葉は私にはないの」

 そうかも知れないとソシウスは思いました。

「ところで、観客の中で顔が引き締まった二人の男を見かけた。多分彼奴等が追っ手の連中だろうな」

「確かなの?」

「観客は去ってしまったが、彼奴等は離れたところから動こうとはしない」

「レピダスは?」

「ここからでは確認できなかった。おそらく二人組みから、さらに離れた位置にいるのだろう」

「監視している人を監視する人がいるて面白いことですね」

 フィディアはクスクスと笑いました。

「では、もっと確実なものとするために別の場所で公演をするとしましょうか」

 グレーティアが提案をしていると、手を叩きながら近づいてくる人物の姿がありました。

一同は響く音に手を止め何事が起こったのか音のする方向に振り返りました。

 そこにはふとちょの、顔が油切った男が立っていました。

「あなた達の公演見させて頂きましたよ。すばらしい」

 男はそう言うとソシウスに近づいてくると握手を求めました。

「あんたたちの芸は素晴らしかったよ。儂はこの町で居酒屋を営んでいるものだが、うちの店で芸を披露してもらえないか」

 どうやら出演の依頼のようでした。

「しかし踊りのほうが・・・」

 ソシウスは口ごもり、チラリとプエラのほうを見ました。

「小さいながらステージはあるから、踊りも大丈夫」

 男は勘違いして、自信満々に言いました。ソシウスは申し訳なさそうに断ろうとすると、プエラが口を挟んできました。

「お店の方から報酬は頂けるのでしょうか?」

「こちらからの依頼だから当然支払うさ。お客からも稼ぐがいい」

「じゃ。契約成立ですね」

 プエラは明るく微笑みました。

「儂の店は飲屋街のポポクという店だ。暗くなったら来てくれ」

 そう言うと男は足早に去って行きました。

「いいのか本当に?」

 ソシウスが怪訝そうに訪ねると、

「なんかさっきの公演気持ちよかったのね。お店だったらもっとうけるかも」

「しかし、酔っぱらいで一杯だぞ」

「そこはほれ、専属の護衛兵のあんたがいるでしょう」

 プエラはソシウスの胸を軽く叩きました。

 ソシウスはこの娘には着いていけないと半分諦め気味になりました。グレーティアはというと困ったことになったものだと暗い顔をし、フィディアは期待と不安が入り乱れている様子でした。


 グレーティア達を尾行していた二人の男は、夜になり居酒屋に4人が入っていくのを目撃しました。そして暫く様子を窺ったあとに用心深く店内に足を踏みいれたのでした。彼等の背後にはレピダスが追跡しており、尾行の二人には全く気づかれる事なく行動していました。

 レピダスはソサの町の門の近くでグレーティア達を追跡している男達を見定めた後、注意深く彼等の行動を監視しました。彼等はグレーディア達が休むと足を止め、見えないところで様子を窺っていました。レピダスの読み通りに、ソサ突破は所作が板についていないなどが怪しまれ、追跡の手が放されたことは分かりましした。

 町の広場での公演のさい彼等は観客として紛れ込み、大道芸を確認したものの、やはり釈然としなかったのでしょう、観客が去った後木の陰に隠れると密かに話し合っているようすでした。これはレピダスも感じたことで、グレーティア達の行動にどこかもたつき感というものがあったのです。なにをどうすればいいのか、てきぱきと様子が見て取れませんでした。おそらく男達はもう少し監視してみることにしたのでしょう。

 居酒屋での出演依頼があったのは幸運とと言えるものでした。ここで彼等が納得してソサに引き返して行くのをレピダスは期待しました。ソサの諜報網を突破すれは、北は官軍の勢力が弱まる無法地帯。ここに入れば追っ手の心配もなくなるというものです。このまま強引に無法地帯に逃げ込むということも考えられましたが、そうなると逆に地帯から外に出ることが叶わなくなってしまう危険性がありました。ここは追っ手の男達を騙して帰らさせるのが上策というものでした。

 レピダスが男達を追ってポポクの店内に入ると、夜も始まったばかりか客はまばらでした。ランプの光が淡く店内を照らし、据えられたテーブルに先には小さなステージがありました。ここがグレーティア達の三度目のお披露目の場となる場所でした。左隅を見ると例の男達がなにやら会話をし、登場を待ちかまえていました。レピダスはその対角側にあるカウンターに腰掛けると、男達の様子を窺いました。

 カウンター越しにバーテンと会話をし、暫く立つと店内は人で埋まってきました。煙草の煙が漂い、あちらこちらが話し声で充満してきました。ステージに灯りが点され二人の人物が登場してきました。彼等は陽気な会話を振りまき、曲に会わせて道化をしてました。

どうやら舞台の一番手はベテランのようでした。彼等の振る舞いには無駄が無く観客の心を掴んでいました。レピダスはこの演技を舞台の背後で聞いていたグレーティア達はさぞかし緊張しているだろうと愉快になりました。


 この時店の扉が開き、中に入ってくる男の姿がありました。男は店内を見渡すとテーブルが埋まってしまっている事に気がつき、カウンター歩み寄るとレピダスの隣に腰掛けました。

 男は大男で、ソシウスと遜色のない体格を持っていました。彼が立てかけた剣は大きな剣で、両手を使って操るものでした。しかしその大きさは尋常でなく、本当に振り回せるのであろうかと疑いたくなるほどの大きさでした。

 男はカウンターに置かれた酒を一気に飲み干すと溜飲を下げ、満足した様子でつ摘物をつまみました。

そんな男に構い無くレピダスは静かに杯を傾けてきたところ、大男の方から語りかけて来たのでした。

「あんた、役人さんか?」

「俺がか?」

 レピダスは薄ら笑いをしました。

「酒を楽しんでいるようには見えないが」

「ほう、それは面白い。では何をしているように見える?」

「そうだな監視だな」

 言い当てられレピダスは心が動きましたが、そのことは顔に出さず自然な振る舞いをしました。

「それで、誰を監視していると?」

 男は流し目で反対側の隅の男達を指し示し、ニヤリと笑った。この男見抜いてやがるとレピダスは舌を巻きました。

「あんた、さっきから彼奴等の方を確認している。可愛い娘ならいざしらず、蝦蟇のような男共ではな」

 確かにそれはそうだとレピダスは思いました。自分に監視者が着いているならこういう読みをしたであろうと、可笑しくなりました。最終監視者が自分であると思いこんでいる自分の姿が見て取れました。

「俺はあんたの仕事の邪魔はする気はない、お互いお構いなしで行かないか?」

 なるほどそういうことかとレピダスは納得しました。

 この男脛に傷があるのだな。

「異存はない」

 レピダスは同意しました。漫談の演目が終わると続いて登場したのがフィディアでした。男達の視線を浴びてか、緊張した面もちで足取りもぎこちない様子でした。彼女は軽く会釈をすると、灯りが強く照らされた椅子に楽器を携えて座りました。酒場の男達は賑やかな芸のあとに、ひょっこりまだ若い娘が一人登場したので何が始まるのか興味津々で眺めていました。フィディアは一呼吸息を吸うと竪琴を奏で始めました。始まりはゆっくりしたテンポで奏でられた音は次第にうねりをもって響き渡りました。舞台の事など気にもせず仲間との話題に夢中だった男達も口を止め、舞台で一心不乱に演奏する少女に目を向けました。

「なるほど、たいした演奏だな。あんなに多彩な音を奏でられるとは、あんたが気になるのはよく分かる」

 大きな男は言いました。

「俺が気になっていると?」

 レビダスは不遜な顔をしました。

「あの娘が登場したら、任務を忘れて舞台の方ばかり見ていたからな。それも知り合いか?」

 こいつ人をよく観察しているとレピダスは渋い顔をしました。

「そういや、あんたのターゲットもあの娘に見入った感じだな。しかしあの程度の奏者ならフローレオでは沢山いる。これはどうしたことかな」

「詮索はしないことだ」

 レピダスは冷たく言い放すと、大男はその通りと態度を改めました。

 フィディアの演奏は終わり、拍手喝采を受けると彼女は舞台の後方に下がり、そこで演奏を始めました。すると舞台の隅から二人の娘が優美な衣装を着て登場してきました。ランプの光に照らされて、衣装に取り付けられた飾りがきらきら輝きました。髪は高く結い上げられて、髪飾りが揺れています。彼女達が舞い始めると衣装がひらひらと舞い春風を運んで来たかのようでした。グレーティアとプエラは三度目の演舞となったので呼吸も以前より合い、物の見事に舞ったのでした。酒場の怪しい女の魅力を出した舞台と違って、若い娘の純粋な踊りに男達は興味津々に見入っていました。特に片方の娘が若いとはいえたいそう美しかったので、その優美な動きに心揺さぶられていました。

「おい親爺あの娘は、ここでいつも踊っているのか?」

 興奮したように大男はカウンター越しに店の親爺に問いかけました。

「あの一座はこの町に一時的に寄った者達で、私が仕事を依頼したのです」

「なんだそうか。それで、いつまでいるんだ」

「明日には北に旅立つようですよ」

「今日だけなのか・・・」

「お客さん、どうやらあの娘がお気に入りになられたようですな」

 店の親爺は茶化すと、大男は恥ずかしそうに否定しました。

「どうやらあんたも気になったようだな」

 大男は話を隣に振りました。

「そう見えるか?」

「もちろんだ。あんた食い入るように見てたぜ」

「だったらそうかもしれんな」

 レピダスはグラスを傾けました。

「俺はあの綺麗な娘が好きだな。あんたは誰だい?」

「全部かな」

「そりゃ欲張りだ」

 大男は素っ頓狂な声をあげました。

「あの娘は俺のということで、どうだ」

「まあ、それでも構わないが」

「よし決まりだ」

 大男は浮かれた気分で演舞を眺めていました。やがて彼女たちが舞台から去ると名残惜しそうに見送って、カウンターによろよろともたれ掛かりました。舞台には次の芸人が登場していましたが全く相手にしてませんでした。

「彼の娘、よかったなあ」

 大男は呟くと、娘の姿を思い浮かべていました。

 その時二人の男が席を立ち店から出ていくのをレピダスは目撃しました。その後を追跡すべく席を立ち上がったのでした。

「いい夢をみるんだな」

 カウンタにへばりついて夢見心地の大男にレピダスはそう言い放すと店から出ていきました。



「ちょっと出発が遅すぎない?」

 プエラは仕入れたお菓子を頬張りながら言いました。

「いいんだ。これで」

「おかげでゆっくり出来たけど、日暮れまでに次の町まで着くのかしら」

「それは大丈夫だ。それにお客さんに気持ちよく追跡していただきたいだろう」

 ソシウスは驢馬の鼻を撫でると静かに手綱を引きました。ゆっくり荷馬車が動き始め、それに付き従うように彼女たちも歩み始めました。

「私、昨日は興奮して眠れませんでした」

 フィディアはグレーティアに語りかけました。

「大丈夫?今度の町で芸人を演じるのは終わりだから、それまでの辛抱だから」

「我慢だなんて。違います」

「そうなの?」

「嬉しくてたまらないです。大勢の人に私の演奏を聴いてもらえて、こんな素晴らしいことはありませんもの」

「そうなんだ。こちらは恥ずかしくてしょうがなかったなあ」

 グレーティアが反省気味に語ると、フィディアは思いが違っていることに気がついたのでした。

「ご免なさい私だけ舞い上がって・・・」

「良いのですよ。フィディアの演奏は人を感動させるものだから当然です」


 グレーティア達が旅を始めたので男達は追跡を初めました。この様子を窺っていたレピダスは頃合いを見計らって気づかれないように後を追いかけました。この時背後から呼び止める声がしてレピダスは馬を止めました。

「昨晩の人じゃないか!」

 明るく声を掛けてきたのは、酒場で出逢った大男でした。背中に大きな背嚢と長剣をぶら下げていました。

「なんの用だ?」

「昨日の奴らを追跡してるんだろう。邪魔はするともりはない。だた挨拶しただけだ」

 十分障害になっているとレピダスは思いました。

「お前も北に行くのか?」

「あの娘を追いかけようと思ってね。まだ会話もしてないことだし」

「そうか、うまくいくといいな」

 そう言うとレピダスは馬を走らせました。

「有り難うよ。次の町で会おうぜ!」

 レピダスの去りゆく姿に大男は声を掛けました。


 次の町は岡の上に立っていました。町の入り口は平坦地でしたが、頂上目指して螺旋を描くように道が続いていました。その頂点には教会があり、この町自体が教会から発展したものであることが見て取れました。教会から見下ろす大地は草原や木々に満ち、南には今着来た道がうねりながら延々と続いていました。一行は見晴らしの良いところで休んだ後、追っ手が辿り着く頃合いを見計らって、頂上の広場で公演を始めました。今回は一同は落ち着いたもので、てきぱきと仕度を整え無駄がありませんでした。公演は大成功で最初はまばらだった客も終わる頃には一塊りになり、人々を十分楽しめさせたことはよく分かりました。

「だいぶ板に付いてきたみたいだな」

 満足げにソシウスが言うと

「このまま芸人になっちゃう?」

 とプエラが意地悪そうな顔をしました。

「よせやい。俺は怪物ハンターだ。なんでこんな芸人なんぞ。それに相棒はぴかいちの魔法使いで、舞姫ぢゃないぜ」

「あーらでもその舞姫のほうが受けが良いのじゃないの」

「俺達のこれまでの活躍を見せればもっと驚嘆するぜ」

「まあ、活劇ヒーローは勇ましいこと」

 プエラは結い上げた髪を下ろしました。

「追っ手の人達の監視はもうこれで終わりでしょうか?」

フィディアが心配そうに訊ねると

「レピダスはこの町までと予想したましたが用心にこしたことはないでしょう」

グレーティアは警戒を怠らないように注意を促しました。

 一人のお客さんが話しかけてきました。おしゃべりな老人らしく、若い芸人ばかりなので老婆心を起こして忠告しているのだと述べていました。それによると、こらから北は無法地帯になって、旅芸人には危険だから引き返すようにとのことでした。無法地帯は実入りはいいが危険も多く、護衛の男を雇って移動しないと襲われるとのこと。もっと北に行くと怪物どもが跋扈しており、この中にも町があり、強力な魔法を使う者や名うての剣の使い手など荒々しい者が住んでいるとのことでした。十三前、前政権の残党の名だたるものががカプトで反旗を翻し、王都フローレオに進軍ました。反乱軍はコンジュレティオ率いる政府主力とヒパボラ河西岸の川原で激突。両軍一進一退の戦いを繰り広げていたところ、赤鬼騎士団に密かに上流から渡河され、背後をかき乱されるようにして陣は崩れ反乱軍は敗退しました。政府軍から逃れるように彼等が辿り着いたのは、怪物の住むシルバの森でした。それ以前もここはお尋ね者の住処でしたが、反乱軍が逃げこんだことにより全く政府の手の届かない地帯と化してしまったのでした。これらの事を伝えると老人は何処かに去っていってしまいました。


 一同が店じまいをしていると3人の男達が近づいて、幟をたたんでしまい込もうとしていたグレーティアに話しかけたのでした。

「よう姉ちゃん。親方は何処いるか」

 突然の呼びかけに、一瞬棒立ちになったグレーティアは

「誰か来ましたよ」とソシウスに呼掛けたのでした。プエラの奔放な行動にどうしたものかと頭を抱えていたソシウスは、その声に我に返り3人が横並びに立っていることに気づいたのでした。

「お若いな。お前が親方か?」

 男は笑いながらソシウスを見下したそぶりを見せました。

「そうだが」

 挑戦的な言葉に気分を害したソシウスはぶっきらぼうに返事をしました。

「ここは俺達の縄張りだ。誰に断って商売している」

「町の広場のようだが、私有地か?」

 ソシウスは平然と答えました。

「若いの、ここは俺達の島なんだ。興行するからにはそれなりの上納金てもんがあるんだよ」

「なんだお前達たかり屋か」

「何を!」

「お前等に恵んでやる金ならないぞ」

 その言葉に男は怒りを顕わし、他の男達に顎で合図をしました。次の瞬間男達は一斉にソシウスに襲いかかりました。三人に狙われてソシウスは打ち据えられるかと思いきや、逆に男達は一瞬ソシウスを見失いました。

 男達が素早く振り返ると、ソシウスの蹴りが炸裂し、男は蹴り上げられると地面に勢い良く倒れ込みました。もう一人はパンチを繰り出しましたが、拳はソシウスの体を突き抜けたように見え、その瞬間に男の体に重い突きが打ち込まれ崩れるように倒れました。二人の男が一瞬で葬りさられると、残った一人は狼狽し、少しずつ間合いを広げると一気に逃げ去ったのでした。

「相変わらず強いわ、あんた」

 プエラが腰に手をやり、褒めているのか、呆れているのか分からない言葉を発しました。

「恐喝やろうは、これでいいんだ」

 ソシウスは殴り足りないようでした。

「しかし、この分では先ほど逃げた男が仲間を連れて戻ってくる恐れがあります」

「大丈夫だ。あの程度の奴は10人束にかかって来ても撃退できる」

「監視人が腕の立つ大道芸人で納得すればいいのだけれど」

 グレーティアが腕を組み心配そうに頬に指を置きました。

「そうだな。変な疑いを掛けられてもな」

「どうでしょう。この町を出て隣村まで移動しませんか。そこまで移動すれば追っ手の人も引き返すかもしれません」

 フィディアが提案すると、ソシウスは要らぬ争いは避けるべきであると思いました。道具をまとめて荷馬車に積み込み、出発しょうとしたとこを再び呼び止める者がいました。フィディアは先ほどの件もあり緊張した面もちで対応いたしました。

「もうこの町をお発ちで?」

 平たい顔の耳が大きな男が声を掛けました。

「そうですが」

「あんた達のすんばらしい芸を見てました。儂は隣村のもんで、村長の用事でこの町に寄っていたところですだ。実は村でおめでたい婚礼が行われるだけど、よかったら芸人さんに来てもらえないかと思ってだな」

「出演依頼ね。分かったわ」

 即答したのはプエラでした。

「おい、いいのか?」

 ソシウスは思い切りのいいプエラに心配しました。

「どうせそのつもりだったんだからいいのよ。それに演じるの私たち」

「んじゃば、案内するで、こっちだ」


 広場を下って行く男達の背後でレピダスはこの町で監視は終わらないことを悟りました。先ほどちんぴらを一蹴したソシウスの技に、芸人というよりは戦士の薫りを嗅きつけたのでしょう、男達は追跡を止めませんでした。しかも何処から現れたか分からぬ者に連れられて、グレーティア達は町を去ろうしてます。そのまま尾行すると彼等は東門から出て行ってしまいまいました。

「いやー追いついた」

 レピダスの前に大男が人懐っこしく立っていました。

「お前か」

「あんたの追いかけている男達は門から出て東に向かったな」

「のようだな」

 門の影に隠れて男等の姿は確認で来ませんでした。

「俺はあの娘を追いかけているんだが、奇妙なことに気がついた。娘は男達に追跡され、その男達はあんたに監視されているてことだ」

「詮索はしないことだ」

 レピダスは冷たく言いました。

「ああ、すまん。悪かった。俺はあの娘の事が心配だ。この先には山賊のねぐらがある。事件に巻き込まれないならいいのだが」

「お前は、ここの地理に明るいのか?」

「この前までこの町をねぐらにしていたんで多少なりとはね。どうだい一緒に追跡てのは」

「よかろう」


 案内された村は森の中の小さな村でした。夕方近くで家々から煙が立ち上っていました。

村は静かで今日婚礼のお祝いがあった様子もなく、明日がその日なのでしょう。今晩は一休み出来ることにグレーティア達は安堵致しました。心配していた追跡者ですが、ソシウスが背後にお客で見かけた二人組みがかわらず尾行しているのを確認し、終わってないことを知りました。もっとも村に迎えられたということは、芸を披露しなくてはならないので同じでした。

 村長の家は特別大きな家という訳でもなく、黙っていたら他の家と区別がつきませんでした。特徴的なのが廊下に槍や剣や弓などの武器が並べられていたことでしょうか、部屋飾っているものではないので実用としか考えられませんでした。

「よくぞ連れてきてくれた」

 村長は平たい顔の男の肩に手をやると、満面の笑みを浮かべていました。

「みなさん、婚礼の祝いの席にお越し頂きまして有り難う御座いました」

 村長は礼を述べると一同を、来客室に案内しました。

「お持てなしの料理を運ばせますので、まずはお席に着かれてください」

 勧められるまま腰掛けると、程なくお茶が運ばれて来ました。

「まったく綺麗な娘さん達だ。これで婚礼も華やぐというものです」

「花嫁さんは明日見られますか?」

 プエラが訊ねました。

「今日にも間近で見られますよ」

「本当ですか!」

 プエラはたいそう喜び、フィディアとあれやこれやと会話しました。

「この村で行われると言うことは、花嫁は他の村からお越しという事ですね」

 ソシウスが陽気に言いました。

「私は花嫁を迎入れるのが仕事でして」

「なるほど村長はお世話てのは大変ですなあ」

 感心したようにソシウスは相づちを打ちました。

「因果な仕事ですよ」

 そういうと村長は笑いました。

「知らない村に花嫁さんは一人でおいでなんですか?」

 フィディアは訊ねると

「付き添いのかたを伴われていますよ」

 と村長は答えました。

「そうはいっても、花嫁さんは不安なことでしょうね」

「いやいや、楽しくにこやかに笑っておいでですよ」

 まるで村長は花嫁を見てきたかのようでした。

「お婿さんは、家でそわそわしてお待ちでしょうね」

「そうでしょうな、待ちに待った婚礼でしょうからな。気に入るかどうかは合ってみないと分かりませんが」

「まあ、全然知らない者同士の結婚なんですか?」

 驚いたようにフィディアは声を上げました。

「この、村では珍しいことではありません。これまで私は何組も結ばさせて来ました。その度にお婿さんはお気に入りでしたなあ」

 花嫁はそれでどうだったのかしらとフィディアは思いました。

 料理が運ばれてきて、一同は食事を摂り会話を弾ませました。ソシウスは村長に酒を勧められるまま何杯も飲み、あっという間に酔いつぶれてしまいました。

プエラはフィディアと料理について会話し、グレーティアはそれを聞いていました。すると程なく会話していたはずのフィディアは頭をふらふらとし初め、やがてテーブルに顔着けました。その相手のプエラも同様に本人が気がつかないまスプーンとフォークを握ったまま椅子にもたれかけたまま寝入ってしまいました。これを見たグレーティアは異常に気がつき村長の顔をみると静かに笑っているのが分かりました。そのままグレーティアは意識を失いました。


「首領には連絡したか?」

「へい、夜道を走って間もなく到着のはずです」

「少し若かったかな」

 村長は思案げでした。

「多少の若さなんて、1、2年もすれば問題ないですぜ。それにウブなほうが可愛いてもんです」

「そう言ってくれると、安心だ。昔年増を捕まえてきたので、酷い目にあったからな」

「3人のうち、この娘は絶品ですから首領が気に入らないはずないですぜ」

「山寨でこの娘の取り合いになったら面白いがな」

「村にとっては山賊共が仲間割れしてくれると大助かりですがね。まあこの上物は首領のものになるでしょう」

「問題は男だが」

「そいつはでかいから山寨で力仕事でしょうな。そうでなかったらここであの世行きです」

 ほどなくして村の門をくぐって20騎ばかりの馬が蹄の音をたてて侵入してきました。いずれも屈強な男共で、その先頭にいるのは針金のように立った鬚をもった男でした。

「村長はいるか。約束のもの受け取りに参ったぞ」

 男が声を上げると村長は手を合わせ、ペコペコしながら前に進み出ました。

「これはようこそ。お待ちいたしておりました。今回はお気に召されるととでしょう」

「うむ。期待して居るぞ」

 首領の男は村長を置き去りに、家に押しのけるように入って行きました。すると3人の娘の寝姿を発見したのでした。男はたいそう喜び、娘達に手と足に錠をかけ、手下に運ばせました。

「村長、今回は満足しているぞ。これでお前の村も安泰だな」

 首領は上機嫌でした。

「それで身代わり娘を帰してもらえませんか?」

「よかろう。この娘の美しさに比べればあんなのクズだ」

 村長は苦笑いしました。

「他の娘二人は手下にくれてやるとしよう」

「それで、連れの男はどうします?」

「お前達で処分しろ」

「分かりました」

 山賊達は娘達を馬で抱きかかえ、再び蹄の音を響かせながら村を去っていきました。


 「今連れ去られたのは彼の娘に違いない!」

 レピダスの隣で様子を窺っていた大男は、慌てて茂みがら出ようとしました。するとレピダスは服を掴み押しとどめました。

「行き先は分かっているはずだ。それより二人組みの動向が問題だ」

「あんたにはそうだろうが」

 大男は我慢できなさそうでした。

 すると村に侵入し様子を窺っていた二人の男は、村の入り口に戻ってきてなにやら話し込んでいました。やがて結論が出たのか、町の方向けて夜道を戻っていってしまいました。

 どうやら娘が山賊にさらわれたので普通の娘であったと判断したようでした。人道的には避難されるものでしたが山賊はこの地の者が処理すべきことでした。これでグレーティアが追っ手から狙われる心配はなくなりました。

「あんたの尾行していた二人組は戻っていったぜ。追っかけないのか?」

 大男は疑問を投げかけました。

「その必要はなくなった。俺は村に取り残された男を救う。お前はどうする?」

「おれは連れ去られた、あの娘を助けに行く」

 そう言うと大男は茂みから飛び出すと韋駄天のごとく走り去ってしまいました。


 レピダスが村に入ってみると、山賊達が帰っていったあとで村人は安堵し力が抜けたかのように家に戻って行くのがわかりました。しかし村長の家はまだ人が集まり何かを議論している様子でした。レピダスが馬で村に侵入したことが分かると、途端に会話を止め彼を凝視しました。

「あんた誰だね?」

 村長が呼びかけました。

「人を捜している。歳の若い芸人がここに立ち寄ったはずだ」

 レピダスは馬から降りると村人に近づきました。

「残念ながら。この村ではありません。他をお探し下さい」

「なるほど、お前達はソシウスを殺める気だったな!」

 レピダスが怒りの表情を見せると、村長は全てを知られたと悟り狼狽しました。

「殺す気など御座いません。あの男は奥の部屋で酔いつぶれて寝ています」

「案内しろ」

 村長に案内されてレピダスが部屋に入ると、確かにソシウスがいびきをかいて寝ていました。そこでレピダスは水を持ってこさせると、気持ちよさそうに寝ているソシウスに手荒く水を振りかけました。冷水をかけられたソシウスは眠りから醒め、驚いたように辺りを見渡しました。

「レピダスじゃないか。俺は寝込んじまったのか?」

「そうだ。お前警護になってないぞ。グレーティア達が山賊に攫われた」

「なんだって。まさかこの村は・・・」

「そうだ。だがしかし今は急ぎ救援に向かわなくてはならない。追っ手は去ったので大暴れしても大丈夫だ」

「それれを待っていたぜ。よし直ぐ追いかけよう」

 ソシウスは得物の大斧を肩に担ぎました。

「俺は追跡した二人が確実に去ったのか今一度確認にいく。その後、山へ向かう」

 こうして二人は別れソシウスは汚名挽回の為、山寨目指して夜の道を突き進んだのでした。


 グレーティアが薬に効果が切れ眠りから覚めたとき、目に映ったのは酒を酌み交わし騒いでいる男達の部屋でした。部屋の中はやや薄暗く男達の回りだけがランプで照らされていました。隣にはプエラとフィディアが寝息をたてており、まだ目覚めていない様子でした。手が自由に動けないととに気がついたグレーティアが手足を見てみると、金属の鎖によって繋がれ逃れられなくしてありました。

 意識が途絶える前の村長の笑いからすると、村人とこの者達は関係があり、自分たちが騙され差し出されたのだろうと推察できました。あの村長の言っていた花嫁とは自分達のことなのでした。

 この山賊を倒すのは簡単な事でした。魔法の一撃で粉砕できることでしょうが、使っても良いか悩ましいことでした。山賊を退治したあと、追っ手がその痕跡から山賊が魔法によって殲滅されたと気がつけば、追跡を強化させてくるでしょう。そうなると後が厄介です。ここで剣のみで大勢の男を相手に戦ったとしたら、自分一人では逃れることが出来そうでしたが、プエラやフィディアを伴ってではなかなか困難でした。しばらく思案した後、グレーティアはやはりソシウスやレピダスの救援を待つのが上策と判断したのでした。

 こう結論を出したところで丁度プエラが目覚め、大きく背伸びすると、寝ぼけ眼で周囲を見渡しました。彼女は目の前に鎖の様なものはぶら下がってたので不審に思い、その先を追ってみると自分の腕に着けられた錠から延びているのに気がつきました。

「なんなのこれ!」

 プエラは叫び、これに呼び覚まされたのかフィディアも起きあがりました。しかし男達も此方に気がつき、話を中断すると三人の方へ眼をやったのでした。

「ここは何処なんですか。あの人達は誰?」

 怯えたようにフィディアはプエラに抱きつきました。男達の視線が集中し、一人がゆっくりと此方に近づいてきました。

「やっとお目覚めか。ようこそわれらが館に。見ての通り俺達は山賊だ」

 礼儀正しく、首領とおぼしき男は挨拶をしました。

「私たちを帰して頂けませんか?」

 グレーティアが語りかけると、男は指を振って

「だめだめ、お前は俺の花嫁だ。明日は婚礼をあげるとしよう」

 と相手にしてくれませんでした。

「なんなの、あんた達頭おかしいんじゃないの!」

 プエラが噛みつきました。

首領は鼻で笑うと仲間の一人を呼び

「この生きがいい娘はお前にやる」

 と分け前を与えると

「兄貴いいですか。俺の女にして?俺、こういう抵抗する娘を調教するのが好きなんです」 と子分は興奮気味に答えました。

 首領はさらに暗い顔をした男を呼び

「この娘は見るからに大人しそうだ。お前に丁度良い。可愛がってやれ」とフィディアを与えました。子分の男は嬉しそうにフィディアの手を取るとなにやらしきりに鼻でクンクンしました。

「いい香りだ。女の匂いだ」

 男は夢心地のようでした。

 グレーティアが無抵抗な様子なので、首領は彼女の横に腰掛けました。

「俺と一緒になれば、なに不自由ない生活を与えよう。そうだ婚礼には宝石を必要だったな。準備させよう」

「それよりこの鎖を外して頂けませんでしょうか」

「なるほどその鎖か。それは駄目だな。外すのは先の話だ」

 いきなり男はグレーティアを押し倒しました。

 彼女は眼を見開き、突然のことに硬直してしまいました。男は一時見つめると

「美しい」と呟きました。

 そうして笑いながら起きあがると

「俺もせっかちだな。明日にしよう」

 とグレーティア達から離れて二人の子分を呼び、もといた場所に戻りました。


 グレーティアを追いかけていた大男は山寨に辿り着きました。正面突破も考えられましたが、娘三人を保護となると手早く確保したあとに安全なルートで脱出しなくてはなりませんでした。ここは秘密裏に潜入し、賊を蹴散らしたあとに闇に消えるのが上策のようでした。

 彼は剣を背中に山の急な斜面を登っていきました。訓練された技術が軽々と崖を登り切り警備の手薄なところに出ることが出来ました。月の明かりで周囲は明るく、踏み外すということなど考えられませんでした。見上がれば山の中腹あたりに灯りが漏れています。そこが山賊の住処であることは間違いありませんでした。

 大男は注意深く、呼び子が張られていないか足下を確かめて森を走り抜けました。賊の住処は山の中だというのに屋敷のように塀が廻らされており、随分手入れがしてありました。大男は軽々と塀に登ると、それから母屋の屋根に飛び移り警備の者を下に見下ろし、それらしき建物に到着しました。

 この辺りの建物が怪しくはありましたが確信がもてません、仕方なく近くを警備している男の背後に舞い降りると背後から襲い、短剣で脅して情報を聞き出しました。どうやら隣の建物で首領ら15名が女を魚に宴会を催しているようでした。必要な情報を手に入れると、大男は警備の男の首を断ち切り息の根を止めました。

 再び屋根に登ると屋根裏部屋から中に侵入し、大部屋の上に出ました。梁の上から見下ろせば、確かに15人ほどの男が宴会をしており全く無防備でした。部屋の隅には三人の娘が捕らえられているのが分かり、目的の娘もいました。賊は手元に武器は所有しておらす、それらは壁に立てかけられていました。おそらく戦えば相手が武器を手にするまで半数は始末できるはずでした。

 あの娘に勇士を見せつけるには正面のドアを叩き破り、姿を現すとともに啖呵を切るというのが見栄えがしましたが、実際はそのようなことは出来ませんでした。他の仲間に報せる間もなく始末するというのが本筋でした。

 梁を移動し一番人が集まっている所の上にまでくると、大男は飛び降りたのでした。宴席で賑わっていたテーブルに何かが落ち、辺りに料理や皿が飛び散りました。この机の回りにいた男達は思わず眼を閉じ、なにが起こったのか分かりませんでした。冷たい閃光が二度走りその姿を見ることなく五人の男の首が床に転げ落ちました。

 近くにいた者は空から男が舞い降りてきたのに気がつき慌てて逃げ出そうしましたが、素早く大男は移動し、一人を背中から突き刺し、二人目は横から立ちきり、三人目は袈裟がけに叩き切りました。

 強襲で8人を屠りましたが、敵は残り7名もいました。これらの者達は仲間が殺られて居る間に壁に掛けていた武器を手にしていました。ですがまだ武器は鞘の中にありその刃を露わにしてませんでした。大男は疾風すると敵が鞘から抜き去るのにもたついている間に下から斜めに切り上げると男ははらわたを撒き散らし床に落ち、別の男は鞘を抜く姿勢のまま心臓を一突きされて果てました。

 この事態に賊の一人が仲間を呼ぼうと、笛を吹こうとしましたが、吹くより早く大男より投げられたの短剣が喉を貫き男は倒れてしまいました。一人が大男に襲いかかりましたが、軽くかわされ首に手を回されると首の骨をへし折られ力無く床に転げました。

 残った三人の中の一人は他の者とは別挌の衣装を着ていて、この男が首領であることは見て取れました。しかしそんなボスとの一対一の戦いをするなど愚かなことでした。三人が連携を組む前に大男は前進し、首領とおぼしき男の腕を刀ごと切り落としそのまま心臓を貫き、抜いた刀でもう一人の首を切り落とし、振り返って最後の男を前進の体重を込めて真っ二つに切り落としたのでした。


 この部屋の賊は全て殺され、部屋は真っ赤に染められました。大男は近くにあったカーテンで剣に着いた血糊をふき取ると鞘に収め背中に戻しました。

 グレーティア達は大きな音がしたかと思うと瞬く間に賊が屠られ一人の大男が部屋の真ん中に立っているのに何が起こったのか理解できないでいました。血しぶきを浴びた男が静かに近づいてくるのに、人ならぬ者を見ているような錯覚を覚えました。

 大男はグレーティアの前に跪きました。

「姫、お救いに参りました」

 グレーティアは意味が分からず、大男を何者であろうかとしげしげと見つめました。

「貴方は?」

「俺は、ストレニウス。貴女の騎士です」

 グレーティアは自分たちを救ってくれる大男に感謝はするものの、自分のことを姫と呼んだり、騎士気取りなのがなにやら心配でした。

「ストレニウスさん。私は貴方を存じ上げませんが」

「それはお気になさらられぬように。俺は存じ上げています」

 グレーティアは大男が騎士道に憧れているのだと感じ、折角救ってくれるのに夢を壊してはならないと思いました。

「それでは騎士さん。ご覧の通り私たちは鎖で繋がれ身動きがとれません」

「おおこれは、申し訳ない。おそらく近くに鍵が有るはずです」

 ストレニウスは足早に辺りを探すと鍵はありました。グレーティア達は鎖から解放されて生きた心地がしました。

「姫、脱出いたします。俺の後に付て来てください」

 三人の娘は恐る恐る外に出ました。プエラがグレーティアにそっと囁きました。

「あの人大丈夫かしら。あなたの事、姫と呼んでいるわ。意味わかんない」

「救ってもらっているのは事実だし、夢は壊さないようにしてあげましょう」

「あなたの回りには変な人が集まるわよね」

 プエラは仕方なしといったところでした。


 山寨に辿り着いたソシウスは自分の不始末でグレーティア達が危険に陥ったことを後悔してました。ついつい酒を勧められるまま酔いつぶれてしまって、護衛気取りが情けないことでした。ここはなんとしても仲間を救い出し汚名返上と行かなくてはなりませんでした。しかし密かに山を登るのは難しく、夜道の森の中では道を見失いやすいのでした。

しかもあちらこちらに切り立った断崖があり行く手を阻んでいました。

 そこでソシウスは正面突破を試みることにしました。何人の敵が居るかは分かりませんでしたが、ようするに全員殺してしまえは良いのです。

第一の関は強固でなかなか中に入る方法が見つかりませんでした。やもう得ず村人の振りをして門に立ちました。

「ご免。村長のからの命で約束の娘を帰してもらいに参りました」

 こう呼びかけると門が開き易々と中に入れました。中に入ると5名の門番が待機しており、親しげに近づくと賊も警戒を解いたように槍を壁に立てかけたままでした。その瞬間疾風のようにソシウスが駆け抜けると、五人の男はなにが起こったか分からぬうちに地に伏したのでした。第一の関の門は大きく開け放したままにし、退却時の障害にならないようにしました。

 そのままさらに上に登っていくと第二の関にぶつかりました。こちら城壁は先ほどと違って容易に抜け道を探し出せました。この山寨は第一の関が防衛の中心であり強固に造られていたということが分かりました。なんなく第二の関の内側に抜けたソシウスはそこで二人の守衛と遭遇し、あっさりとかたづけました。しかしこの様子を気がつかないところから目撃され、仲間に通報されたのでした。

 第三の関は本殿の目の前でした。ここがこの山賊共のねぐらであることは見て取れました。山の中腹に灯りが煌々と点り賊が一杯いることは確実でした。しかしその気持ちと裏腹に関で待ちかまえた賊の強固な抵抗に遭い、先に進めないでいました。壁そのものは大したことは有りませんでしたが、幾人の者が放す矢が先に行くこと阻まれていたのでした。

 攻めあぐんでいると、突然矢の雨は止み密かに関を通過できました。様子を窺っていると賊に何かが起き、集中していた関から分散したようでした。

 天佑でしょうか千載一遇の機会を逃すことはありません、五人に減った賊を一気に片づけると、第三の門も開け放しました。広い屋敷にはいくつもの建物が建ちソシウスにはグレーティア達の所在が分かりません。走り回っては賊と遭遇し、その度に切り結び、あちらこちらに遺体が転がりました。

 すると奥から一人の大きな男が登場すると、その後ろにはグレーティア達が付き従っていました。

「彼奴が賊の首領か!」

 ソシウスは全身が闘気で満ちあふれました。全速力で走り抜けると男に斧で斬りつけました。

男は背中に背負った双手剣を抜くと両者の得物はぶつかり合い火花が散りました。ソシウスは縦横無尽な動きをみせ攻撃の手を弛めませんでした。しかし男はその技をことごとく受とめ、その力は強く一撃一撃が響いてくるのでした。

(俺の技をことごとく返し、反撃してくるとはこいつ何者だ。レピダスほのどの素早さはないが、一撃一撃にパワーがある。こんな奴が世の中にはいるのか)

 好敵手にレピダスの闘争心の炎が燃え上がりました。

(この賊必ず仕留める)


 ストレニウスは三人の娘を救い出し、正面突破を試みましたが予想通り守衛の賊に悟られることになりその度に切り結ななくてはなりませんでした。十名ほどの賊を切り捨てて空き地に出たところで、大きな斧を背負った男に出くわしました。

 その男は今まで出逢った賊達とは何処か違い、鋭い殺気を放していました。この男はただ者でないと感じた瞬間、斧の男は尋常ならざる早さで間合いを詰め、襲いかかってきたのでした。剣を抜き応戦したものの、男の動きは素早く縦横無尽の動きを見せたのでした。

男の攻撃は疾風のようでした。

(この男の攻撃は早い。まるでつむじ風のようだ。赤鬼騎士だった俺をここまで追い込むとは、こいつ何者だ)

(賊うんぬんより剣士として相手に不足なし、全身全霊をもって斧の男は倒す)


 両者の戦いは、互角の戦いを繰り広げ、集中力を切らした方が地面に伏す運命にありました。グレーティアは両者の気迫ある戦いに圧倒され止めることも叶わず、互いが疲れて戦いが収まることを願っていました。何度も切り結び、両者の体力は少しづつ削り取られ得物が重たく感じ始めていました。額から汗が流れ落ち、にらみ合ったまま両者は機会を窺っていました。ソシウスが戦いを仕掛けようとしたとき、両者の間に矢は放されたのでした。矢は地面に突き刺さり、第三者の介入があったことを告げていました。二人は得物を下ろし、地面に突き刺さった矢を放した人物を見ました。そこにはレピダスが立っていました。

「二人とも止めるんだ。味方同士戦ってどうする!」

 レピダスは撫然とした表情でした。

 味方と聞いて二人は互いの顔を見合わすと、無意味な死闘を繰り広げたことを悟りました。 二人の熱気は一気に冷め、疲れが一気に襲いかかりました。

「レピダス。待っていたよ」

 プエラは走り寄るとレピダスに抱きつきました。

「で、どういうことだ。味方同士て」

 ソシウスが訊ねると

「そいつはグレーティアを助けに来たんだ。一目惚れてやつだな」

「おいおい、相棒の悩みの種を作るんじゃないぜ。まあいい俺が後で説明しよう」

 レピダスはストレニウスに向かうと

「おかげで仲間が助かった。礼を言う。そうだ名前を名乗っていなかったな。俺はレピダス。何故か銀弓のレピダスと呼ばれている」

「まさか、あの黒虎騎士の銀弓なのか・・・」

 ストレニウスは驚いた表情をしました。

「そして戦っていた相手というのが、仲間のソシウス。旋風のソシウス呼ばれている」

「旋風か。確かにその通りだったな」

「そして、この抱きついているのがプエラで、そこにいる二人が右からグレーティアにフィディアだ」

「グレーティアと言うのか・・・」

 ストレニウスは名前を心に刻み込みました。

「そうだ、俺の名前は・・・」

 ストレニウスが名乗ろうとしたところ、笑ってレピダスが制しました。

「重戦車のストレニウスだろう?」

「どうして、それを」

「賞金首のリストに載っている。それに重い双手剣を使い、ソシウス相手に互角の戦いをやる奴なんて、そんなにいないはずだ」

「お前は知県を殺した赤鬼騎士だったのか。道理で強いはずだ」

 ソシウスが納得したように自分の頭を叩いた。

「どうやら、賊の残党は逃げていってようだ。山を降りるとしよう」

 レピダスは手を挙げると一同を導いて村に帰っていったのでした。

 かくして新たな剣士を加えた一行は無法地帯へと足を踏み入れるのでした。

新春のお喜びを申しあげます。

 元日に16回を投稿できました。やはり連休の力は偉大です。

暇がなかったら、小説は書けないものです。

 今回、ストレニウスが仲間に加わりましたが

そのキャラについて前回との整合性が少しとれていません。

というのも、15回の彼はまともに出来上がってしまって

今回は頭が変な人みたいに見えてしまうのです。

 ところが本来の彼の設定は強いんだけど、女ににだらしなく

すぐ美人に騙されるみたいなキャラです。

 キャラを描く力がないのが原因なのですが、

性格が変わるのは、この小説ではありということで

ご了承いただきたい。

 ところで主人公の仲間がだいぶ集まってきました。

やっと半分近くまでいったので、賑やかになりました。

しかし肝心の敵が一人も現れていなのはどうなんでしょうかね。

登場しても強すぎになってしまうかな。


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