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第14回 旅芸人

<登場人物>

ビルトス   主人公の師(本名ダーナ)

グノー    主人公の兄弟子

グレーティア 主人公

プエラ    主人公の幼なじみの娘

レピダス   黒虎騎士団(銀弓のレピダス)

ソシウス   斧使いの大男(旋風のソシウス)

フィディア  祖母の家へ帰る少女(譚詩曲のフィディア)



デスペロ   魔法宰相

コンジュレティオ 軍総司令

ホスティス  ヘテロ国魔法宰相

トラボー   反乱軍首魁


歴山太子   パテリア大国王子

蘭公主    パテリア大国王女


ウーマー   デスペロ配下上級魔法使い

ウレペス   デスペロ配下上級魔法使い

セラペンス  ビルトスと死闘した上級魔法使い


コレガ    黒虎騎士、レビダスの友

ソダリス   黒虎騎士、レピダスの友


クロレア   蘭公主のお世話役

 ウラナの北の橋を渡った一行は町の入り口に立つ石柱のところで立ち止まりました。

「このまま真っ直ぐ行くと三つ目の町がビダ街道に交わるソサだ。俺達はソサを通過しそもまま北に向かう訳だが」

 ここまでレピダスが語るとソシウスが反応しました。

「危険ということか?」

「そうだ。ビダ街道はこの国の東西を貫く基幹道だ。この街道の町には守備隊も多く配置されている。ソサはウラナなどの町が周囲にあり交通量も多いので、今回の盗り物の連中も待ちかまえているのは必定だ」

「だったら強行突破するか。相棒の魔法の威力も増しているし俺等が頑張れば不可能じゃない」

「お前その後どうするんだ」

「後だって?」

「俺達居場所が分かってしまうし、人相風体も分かってしまうではないか」

「確かに少し不味いな」

「少しどころじゃない。これまで逃げ失せられたのもグレーティアの顔が知られていないことによるんだ。追っ手は魔法を使う16才ぐらいの娘とだけしか分からない。娘を捕らえても魔法使いどうかは上級魔法使いにしか察知出来ないんだ」

「今まで通りに脇道に逸れて通過しましょうよ」

 プエラが割り込んできました。

「それは無理だ。確かにソサを外して北に向かう道もあるが、追ってはここにも人を割いているはずだ。そこを強行突破しても情報は伝達され、広範囲に広がった捕獲網はここ一帯に集中し俺達は逃げ場を失うということになる」

「それでは私が荷物の何かに隠れて・・・」

 グレーティアは良い考えが浮かばないまま提案しました。

「そして発見されることになる」

 レピダスはあっさりと否定しました。

「私たちここから先には行けなのですか?」

 フィディアは心配そうに訊ねました。

「いいや、幸いにもこの旅の一行には黒虎騎士という政府の者が紛れこんでいたものでな。

そこでお前達には少し努力してもらわなくてはならないと言う訳だ」

 レピダスは意味ありげに笑うと一同は不安そうに顔を見合わせました。


 王都フローレオでは魔法宰相デスペロがうなり声を上げていました。東のヘテロは依然動く気配がなくパテリア軍とのにらみ合いを続け、両軍とも無意味に軍事費を費やしていました。デスペロはヘテロの意図が計りかね、動けない状態に歯ぎしりをしていました。いっぽう西の捕り物も芳しくなく、いっこうに成果が現れませんでした。無意味な連絡ばかりが報告され、デスペロは苛立ちを隠せませんでした。

 彼の構築した魔法の連絡網は一日で国の隅々の情報を集め、指令を伝達できる画期的なものでした。それ以前は狼煙による伝達であり、伝達事項が限定され多くの人員を必要としました。また書面による伝達は早馬にてなされていたのですが国の僻地から首都までは何日も要していたのです。この国の強みはこの伝達の早さであり、いち早く相手より行動できることに優位性を保ってきたのです。十七年に及ぶ統治も反乱を未然に防いできたのも、これによるものでした。

 ところがその自慢の情報網も虚しく空回りするだけで、なんの手がかりも届けてはくれないのでした。

「閣下いかがなされました」

 ウーマーが現れ出ました。

「ヘテロの奴が動かない」

「確かに仰せの通りで御座います」

「これは何だと思う?」

「ルーバス地方にて不穏な空気があります。これに関係しているのでは」

「儂もそれも考えた。あの地はムルティ山脈の麓でヘテロと隣接している。隣国と連動して反乱を起こしやすい」

「多くの武器がヘテロから流れ込んだという噂もあります」

「ルーバスの連中が行動を起こしていることは本当であろう。しかしだ」

「なにか腑に落ちない事でも」

「それだ、ホスティスが考えるにしては単純過ぎないか」

「でしょうか?」

「あやつ、我々がワルコを探しているのを察知しているのでは・・・」

「情報が漏れることなど」

「ありえん話ではない。奴にとってワルコは喉から手が出るほど欲しいものだからな。もっともダーナに横取りされたがな」

「それとは別に気になることですが」

「なんだ」

「ハレエレシスが居なくなりました」

「あの男なにか企んでいるな。少々泳がせてやるか」

「追跡はさせていますので、随時報告が参ることでしょう」

「ところで、なにか吉報がないか」

「御座いません。凶報なら御座います」

「ほう、なんだそれは」

 興味深げにデスペロは訊ねました。

「黒虎騎士のレピダスが亡くなりました」

「なに!誠か」

「先ほど報告が参りました」

「それでどういうことだ」

「ケドルスの大群とカッタが町を襲い、この戦いで命を亡くしたようです」

「死は確認されたのか」

「町の医者は杭に刺さったレピダスを確認したそうで、もう手の施しようがなかったようです」

「哀れな最後だ」

「遺体は何者かがかたづけ、混乱の中で何処に葬られたのかは分からず終いのようです」

「あの男の利発さを見込んでこの捕り物に参加させたのだが、可哀想なことをしてしまった」

 デスペロはため息をつきました。

「閣下、自分を責められませんよう。持ち場を離れ余計なことに首を突っ込んだあの男が悪いのです」

「この事が姫の耳に入ろうものなら、怒鳴り込んで来ようて」

「それは確かに厄介なことです。姫のお気に入りでしたからな、あの男」

「儂も覚悟をしておくとしよう」

 デスペロは深く腕を組みました。

「ところで閣下何をお考えでした?」

「次なる一手だ」

「捕り物のあれですか」

「千里眼をもう一度試してみようと思う」

「閣下あれは不確実で、曖昧です」

「だがなんの手がかりもないのではな」

「あれには対象となる相手の情報が必要です。名前も容姿も分からないのでは捕捉できないでしょう」

「女魔法使いを捜すのでない。ダーナの愛弟子グノーを調べさせるのだ」

「なるほどそれなら情報はあります。しかし何故その男なのです?」

「最近な、もしかしたらダーナは娘を側に置いてなどおらず、その弟子が連れているのではないか疑うようになったのだ」

「確かにあの町でビルトスと名乗って隠れていた時、娘の姿を見たという証言は一つもありませんでした」

「我々は有りもしない影を追っていた可能性がある」

「それで確かめられるのですな」

「早速だがルーメンを呼んでくれ。あの男の千里眼で状況を打開するのだ」

「かしこまりました」

 ウーマーは音もなく姿を消し、デスペロは悩ましげに額を拳で軽く叩きました。


 執務室にやって来たのは、背の低い平らな顔の男でした。

「ルーメンお前の技が必要だ」

「閣下光栄に御座います」

 男は深々と礼をしました。

「早速だがある男を調べてもらいたい」

「誰でしょうか?」

「ダーナの弟子グノーだ」

「あの男ですか・・・」

 ルーメンの狼狽した顔がありました。

「どうした。難しいのか?」

「あの男、師のダーナ以上との噂があります」

「確かにそうだな若僧だった時、儂の攻撃を防いだほどだからな。あれから15年も経てばさらに恐ろしい男になっているはず」

「ダーナはこの国に潜んでいることを知られない為に千里眼を妨害する程度でしたが、あの男はなにをしてくるか分かりません」

「だが、手詰まりなのだ。お前の力がいる」

 デスペロは優しく諭しました。

「分かりました。最善を尽くしましょう。それでグノーの持ち物とか御座いますか?」

「そこの机に上に奴の持ち物を5点ほど置いた。それで出来るか?」

 ルーメンが示された先をみると大小様々の物が置かれてありました。

「十分で御座います。早速とりかかるとしましょう」

 ルーメンは席に腰掛け机の品々に手をかざすとゆっくりなぞるような仕草をしました。閉じた瞳は何かを探るように宙に舞っているかのようでした。デスペロはその様子に固唾を呑んで見守っていたところ、ルーメンが叫びとともみ椅子から転げ落ちたのでした。ルーメンの息は荒く脂汗を掻いていました。

「どうした?」

「閣下残念ながら。捉えることは出来ませんでした。恐ろしい男です精神攻撃を加えてきました。どうやら逆に此方の情報を読みとられてしまったようです」

 デスペロは肩を落とし、椅子にもたれ掛かりました。

「ルーメンご苦労だった。よくやってくれた。下がって良いぞ」

 男は軽く会釈すると力無く執務室を後にしたのでした。


 デスペロは疲れた心を癒すべく執務室を出て王宮の庭園にやって参りました。宮廷の庭は庭木の手入れも良く、幾何学的に設計された庭は野山の情景とは違った人工的な美しさを放っていました。幾重にも創られた薔薇のアーチは緑の中に赤い花を鮮やかに映えさせていました。並び立つ白い石柱の横を思案げに歩いていたデスペロに追いかけてくる者がいました。 

「宰相殿お尋ねしたきことがあります」

 声の主は蘭公主でした。激しい剣幕で、後ろに付き従う侍女達はおろおろするばかりでした。

「これはこれは姫様」

 恭しくデスペロは挨拶をすると、来るべきものが来たかと覚悟しました。

「噂によれば、レピダスが亡くなったとのこと。これは間違いないのですね」

「間違い御座いません」

「何故です。変な捕り物に参加させたのです。貴方の人選を遺憾に思います」

 蘭公主の不満がぶつけられました。

「彼は国の為殉じたのです。彼の仕事は国家の大事であり、名誉の死といえます」

「娘の探索が国家の大事ですか。まったくの無駄死にではないですか」

「姫、その娘放っておくとこの国に災いをももたらすのです。芽は若いうちに摘み取らないと後の祭りとなってしまうのです」

「私には信じられません。攻撃魔法を使う娘などこれまで一杯いたではないですか。なにをそんな娘に躍起になるのです」

「その娘、只の女魔法使いではないのです。ワルコと呼ばれる存在で、御し難い存在なのです」

「とにかくこんな馬鹿げた捕り物など陛下に申し上げて止めさせます」

 姫の怒りは止みそうもなく、これにはデスペロも手の施しようがありませんでした。

「よさないか!みっともないぞ」

 駆け寄って来たのは歴山太子でした。

「お兄さま」

 驚いたように蘭公主は振り返りました。

「宰相殿に何を言っているんだ見苦しいぞ」

 太子は公主を睨みました。

「私はお尋ねしただけですわ」

「そうは見えなかったぞ。お前はレピダスが亡くなったので、宰相殿に八つ当たりしているだけだ。恥ずかしくないのか」

「そんなつもりは・・・」

「とにかく、宰相殿を困らせてはいかん!」

 強く太子に戒められた公主はしぶしぶその場を立ち去ったのでした。

「太子、誠に申し訳ない」

 デスペロは深く礼をしました。

「詫びるのは此方だ。まったく騎士にのぼせ上がって困る。あれは自分の立場が分かっとらん」


「まったく兄上は何故に、宰相を庇うのかしら!」

 怒りの治まらない蘭公主はソファーのクッションの八つ当たりをしました。

「まあまあ、姫様気を安らかに」

「こんな悲しいのに平然としてられますか」

 公主の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていました。

 ベッドのシーツを頭から被ると公主は無様な格好で呻きました。

「姫様みっともないですよ」

 するとシーツのなかから支離滅裂な言葉が発せられました。

「もしかしらこれは狂言かもしれませんねえ」

 意味ありげにお世話役のクロレアが述べると途端に声はやみ、イタチのようにシーツから首をちょこんと立てた公主がいました。

「それはどういう事かしら」

 鼻をすすり涙目で彼女は問いかけました。

「いや、これは推測ですがあまりにも姫様がレピダス殿に御執心なので、太子が心配し宰相と組んでこの様な話をでっち上げたのではないかと思われます」

「そうなの?」

「十分可能性はありますわ。レピダス殿が穴に落ち、杭に刺されて亡くなるなどと考えられません」

「そうね。それはそうだわ」

 公主から涙は消えて明るい表情が戻ってまいりました。

「ですからお悲しみにならなくて良いのですよ」

「ルーメンを呼んで真相を調べさせましょう」

 寝台から降りると慌てた様子で公主は部屋を出ようとしました。

「お待ち下さい。ルーメンは宰相の部下です。本当のことは申しません」

 慌ててクロレアは押しとどめました。

「おお、では私はどうしたらいいのかしら」

「ご心配めされるな。別に千里眼を持つ者を存じています」



 王都フローレオは政治の中心でありこの国のありとあらゆるものが集まるところで、とてつもなく巨大で人で溢れかえっていました。この大都の片隅に深くずきんで顔を隠した女性が少し年輩の女に連れられ足早の路地を歩んでいました。彼女等が居るところは、賑やかな商店街でもなく、危険なスラム街でもありませんでした。この都市で中流クラスのものが集まった区域でした。やがて二人はごく普通の民家に辿り着くと門の中に消えてしまいました。

「ここで間違いはないのですね」

「姫様、ここに御座います」

 蘭公主が建物を見渡すと、庶民のありふれた家でした。

「危険を冒してこっそりお城を抜け出したのですから、期待してもいいのでしょうね」

「もちろんです。町の女性ですが透視能力はルーメンと遜色ないでしょう」

「だったらいいわ」

 呼び鈴を鳴らして待ち受けると中から人が出てきて二人を案内したのでした。通された部屋は奇妙なものが沢山収集してある部屋で、中央に水の入った大きな杯があり燭台の光を反射させていました。香の薫りが立ちこめ、部屋の中を流れる空気に炎はわずかに揺れていました。奥から現れたのは、物語で登場しそうなしわくちゃの老婆でした。

「何を調べて欲しいのかね?」

 老婆は静かに言いました。

「行方知れずの恋人が亡くなったという風の噂を聞きまして」

「それは心配なことです。私は離ればなれになった家族や恋人を探すお手伝いをすることが大好きで、必ず捜し当てますからね」

「 お願い致します」

 二人は水の入った杯を前に向かい合わせに腰掛けました。

「なにか恋人の持ち物を持っていますか?身近であればあるほど相手の事がよく分かりますよ」

「彼の髪を持っています」

「 それは好条件です。恋人のお名前と生まれた日をお聞かせ下さい」

 蘭公主がそれらを伝えると老婆は目を閉じ、深い思索を彷徨っているような仕草をしました。そして髪の一部を手に取ると小さな火鉢のなかにくべ、何かを口ずさんでいました。部屋中に髪の焼かれた臭いが充満し公主は気持ち悪い気分になりました。

「ご安心んなさい。貴方の恋人は生きていますよ」

 ほどなくして、老婆は目を開けると微笑みました。

「本当ですか!」

 公主の瞳は大きく見開きました。

「貴方にも見えるようこの杯にその像を映しだしましょう。水の面を覗き込んでごらん」 言われるまま蘭公主は恐る恐る杯に目を向けました。杯の中の水は燭台の光を反射してましたが、その煌めきのなかから少しずつ像が浮かび上がってきました。それは何処かの見知らぬ町の光景でした。像はその町を彷徨うように移動し一軒の建物の中に吸い込まれて行き、何人かの者のがいる部屋へと侵入したのでした。そして公主は陽気に笑うレピダスの顔を見つけたのでした。彼の姿を見つけ興奮気味に杯にさらに近寄りました。水面に映るレピダスは元気そのものでした。この様子を見て公主は深く安堵し、訃報は太子と宰相の狂言であったのかと納得しました。恋人の無事な姿に安心したのか少しその様子を眺めておこうと見つめていると、レピダスが若い女性と踊り始めたのでした。相手の女性は美しい娘で王都のフローレオでもあまり見かけないほどでした。その娘と手をとり陽気にレピダスは踊っているのです。普段は見せないその姿に蘭公主は驚きの眼差しを向け彼の心になんの変化が起こったのであろうかと怪しみました。

(この娘だわ)

 そう思った瞬間、杯の像は消え元の平らな水面に戻ってしまいました。

「どうしたのかい、突然途絶えたけど。貴方の心に暗いものが芽生えたのかねえ」

老婆はやれやれとため息をつきました。



「ほらもっと笑顔で愛くるしく」

 厳しいレピダスの指導の声が響きました。

「はい」

「俺がいまプエラの代わりに相手をして踊っているが、俺みたいに楽しそうに出来ないかな」

 グレーティアは無理に微笑もうとして逆に引きつってしまいました。

「色気がないんだよな。こう男の心をくすぐるような表情できないものかな」

 レビダスは無理難題をつきつけました。

「そいつは男だぜ。無茶言うなよ」

 後ろで踊りの練習を眺めていたソシウスは呆れたように言いました。

「そうよ何でこんな踊りを憶えなくてはならないのかしら」

 不満げにプエラもレピダスを責めました。

「お前達は旅芸人だ。踊りぐらいできなくてどうする」

「けどな、それだったら変装程度でいいんじゃないのか」

「甘いな、自然に踊り子の動きがで出来なくて旅芸人の雰囲気は出ないものなんだ」

「まる一日中この町で芸の練習でもやるのか?」

「そうだが」

 当然のようにレピダスは答えました。

「それにしてもレピダス、何故そんなにグレーティアに厳しいの!」

「決まっているだろう。この一座きっての美貌の歌姫に視線が集まらないはずがない」

「なーにそれ、私たちオマケという訳」

 プエラはふてくされて、ぷいと背中を向けてしまいました。

「少し休んだらどうだ。グレーティアは疲れ気味だぞ」

「それもそうだな小休止だ」

 レピダスは顔の汗をふき取り、グレーティアはその場にへたり込みました。

「いいかお前達は旅芸人として関所を通過する。争い事にならないようにして、堂々と通過するんだ。俺はお前達が関所で足止めを食らいそうになったら、黒虎騎士の権威を使って補助をする。そしてお前達は通過できても油断してはいけないぞ。おそらくは判断を確実なものとするために3つの町ぐらいまで追跡をかけてくるはずだ。関所を抜けて安心したところが馬脚を表すからな。ここからが踊りの本番で町の広場にいったら芸を披露し見せつけてやれ」

「まあ、深淵な計画だな」

「俺はお前達を追跡する連中を背後から追っかける。俺がお前達と合流したときは追跡者が去った後となる。出来るだけ争い事を避け、特にグレーティアは魔法を何事が起きても使ってはいけない」

「事件に巻き込まれたらどうする」

「なるがまま自然にしていろ」

「無茶を言いやがって」

「フィディアは演奏のほうは大丈夫か?」

「私でしたら大丈夫です。大半の曲は分かります」

 竪琴を胸に抱えてアルペジオで音色を響かせました。

「お前だけは本物だからな、その点は助かる」

「ところで俺の役回りだがどうするんだ」

「馬鹿、きまっているだろう。座長だ。一寸若いがしょうがあるまい。次は衣装を着て練習してみるとしよう。少しは雰囲気が掴めるはずだ」



「どうしたんです姫様は?」

 侍女達はお世話役のクロレアに訊ねました。蘭公主はお忍びから戻ってくるやいなや、再びベッドのシーツに頭を突っ込んだまま動こうとしませんでした。

「透視術師の所まで行ったのは良かったんだけど、まさかこの様なことに」

「では、やはりレピダス殿は亡くなっておいでなのですか」

「いいえ、どうやらご存命のようです」

 困惑した表情をクロレアは浮かべました。

「それはどういう事でしょう。怪我でもなされているのでしょうか」

「どうやらお元気らしくて、逆に楽しそうにしていたので姫はふさぎ込まれたようです」

「さっぱり分かりません。喜ばしいことではないですか」

 侍女たちが裏でこそこそと話していると、おもむろに公主は起きあがり鏡の前に立ったのでした。そして鏡に映る自分を見つめていました。


(私は負けてないわ。こんなに肌もつややかだし、瞳も綺麗だわ)

   (でもあの娘は美しかった・・・)

(あんなの子供じゃない。対象外よ)

   (でもレピダスが若い娘が好きだったら)

(彼は私以外に興味をしめすはずがないわ)

   (あんなに楽しそうに踊っていた)

(よして、彼は私のもの)

   (身分の壁があるのに・・・)

(そうよ、取り戻すのよ)

公主は頭の中がぐるぐる回りました。


「クロレア!」

 突然振り返ると、蘭公主は我慢出来ないように呼びました。

「姫様ここに」

 足早にクロレアは近づくと言葉を待ちました。

「直ぐに絵師を呼んで頂戴」



 黒虎騎士のコレガとソダリスは宰相に命により蘭公主のもとを訊ねました。公主の御指名によるものと聞き及び何事であろうかと、その真意を二人は計りかねていました。あの姫のことです、きっと無理難題を押しつけてくることは明白でした。諦めたようにこれも役目だと二人は覚悟をいたしました。暫く案内された部屋に待っていると、奥から蘭公主が現れました。

「黒虎騎士のお二方、これから直々に姫様が直々にお話をされます。謹んで聞かれますように」

 クロレアは公主の前に立つと二人に注意を促しました。

「レピダスと親しい間柄と聞き及んでいますがそうですか?」

 公主はおもむろに問いかけました。

「はい、間違い御座いません」

「ならば適任です。今日はそなた達に重要な任務を与えようと呼んだのです。クロレアあれを」

 蘭公主は指図するとお世話役は恭しく箱から何かを取り出すと二人に手渡したのでした。怪訝な様子でふたりは渡された紙を広げてみると、そこには町の絵が描かれていました。

「絵師に描かせた町の様子です。どこだか分かりますか」

 公主の問いに、二人は食い入るようにして絵を読み解きました。

「ゆっくりと吟味しなくては分かりませんが、ソサやウラナあたりの建物に似ているようです」

「よろしい」

 満足げに公主は笑みを浮かべました。

「その地にレピダスは居るようです。二人して探し出しここに連れて来るように」

 突然の命に二人は驚き、公主の顔を伺いました。それは自信に満ちたもので、しっかり此方を見つめていました。

「恐れながら、レピダスは亡くなっております」

 コレガは困惑しながらも公主の対し異議を述べました。

「それは嘘です」

「嘘とは?」

 ソダリスも思わず声を上げてしまいました。

「そなた達は宰相に騙されているのです。彼は亡くなってなどいません」

「しかし、医師が最後を確認しているのですが」

「良いですか、私が生きていると言えば生きているのです」

「ですが」

 コレガは口ごもってしまいました。

「信じれないのも無理はありません。ではこうしましょう。その地でレピダスの幽霊に会いここに連れてきなさい」

「幽霊をですか・・・」

「私の命令は以上です、二人とも下がってよろしい」

 有無を言わせず命を与えると蘭公主は足早に奥に消えて行きました。取り残されたふたりは、友人の幽霊を探すという変な役目を頂いたことに頭を抱えてしまいました。



「なんだよこの衣装は」

 ソシウスは不満を漏らしました。

「旅芸人の衣装に決まっているだろうが」

「それにしては目立ちはしないか」

 彼は逃避行にこれはないだろうと言いたげでした。

「芸人はその衣装で人を引きつけるんだ。目立って当然だ」

「こそこそやる方がかえて怪しまれるぞ」

「そういうものか?」

 しぶしぶソシウスはずきんを頭に被りました。

「なによそのくらい、私たちのもっと派手なんだから。それに何よほっぺにの紅付けすぎじゃないの」

 プエラは文句を付けていましたが、どこか面白がっている様子です。その点はグレーティアにほうが浮かない顔をして、どう愛嬌を振りまいたらいいのか未だ解決していないのでした。フィディアというと文句も言わずもくもくと準備し、どこから見ても旅芸人のような自然な雰囲気を醸し出していました。

 その町での訓練も終わり、少し様になった様子に満足したレピダスはいよいよ関所のあるソサの町への侵入を試みる決意をいたしました。買い込んだ芸人道具を荷馬車に載せ、着飾る前の旅芸人一行のような姿で一同は並びました。

「いよいよ本番だ。ここからはお前達とは離れることになる。練習したことを忘れないないなら大丈夫だ。次会うときまで気を抜くな」

 こう言うとレピダスは一行を送り出し、後ろから見送ったのでした。


「この作戦はうまくいくと思うか?」

 ソシウスは心に引っかかるものをグレーティアに投げかけました。

「追う側の人間の立てた策です。十分可能性はあると思います」

「俺はそのまんま行ったほうが自然な気がするんだが」

 ソシウスは納得行かない様子でした。

「私はこんな風にして旅が出来たら楽しいだろうなと思っていました」

 竪琴を背中に背負ったフィディアは愉快そうに目を細めました。

「そうなのか?」

「こうやって見知らぬ土地に旅をして、その地の人々に歌を謡って聞かせるの。なんて素晴らしいことだと思いません。一人で曲を奏でるのも幸せだけど、大勢の人が自分の歌に喜んでもらえるてこんなこと普段ではありませんよ」

「まあ、こんな経験はないだろうけど」

「ええ、グレーティアもプエラも踊ってみたらやみつきになるかも知れませんよ」

 グレーティアは一瞬自分たちが舞う様を連想しましたが、愛嬌振り撒く姿に逆に気分が悪くなりました。

「みんな見て。ソサの町が見えてきたわ。いよいよ本番よ」

 ブエラが声を上げると向かう道の彼方に、城壁で囲まれた強固な町が見えてきました。ビダ街道はこの町を真一文字に走っているはずでした。やはり主要道にある町のためか祖城壁は高く強固で遠目から見てもその存在は分かりました。大地に埋められた巨大な岩とも思える風貌の町は多くの人をその口に飲み込んでいました。城門に近づき見上げれば城壁には無数の旗がはためいていました。

 一行は南門から入ろうとすると、そこに守衛の者を見出したのでした。

「お前達芸人のようだな。何処へ行く」

 軍装をした厳つい顔の男は呼び止めました。すると仲間の守衛もそれに従い詮索を始めました。

「へい、この先の北の町まで芸を披露に」

 ソシウスは腰を低くして、逆らわないように愛想笑いをしました。一同は固唾を呑んで成り行きを待ちかまえると、門番はじっと彼等を見つめ仲間に囁きました。

「 十五、六の娘の手配があったが、どうする庁舎に連れていくか?」

「そうだな、ここは入れるだけだ。出口の北側の者に判断をまかせよう」

「とりあえず報告だけはしておくとするか」

 出入りが多いためか門番の判断は速く、容易に一同を城内に入れたのでした。

「第一の難関突破というわけだな」

 ソシウスは緊張から解かれ息をつきました。

「いやね。若い守衛なんかじろじろ見ていたわ。去り際にはグレーティアに握手してるんだから」

「無事通過できただけでも感謝するんだな」

 この町は通過するだけでした。周囲を見渡すとビダ街道の為か城内には人や馬車がひっきりなしに移動していました。離れた位置には、馬から降りて此方を見ているレピダスの姿を見つけたのでした。

「いいか、次は北門だ。はぐれるんじゃないぞ」

 そう言ってレピダスが気を引き締めるように一同に促そうとしたところ、プエラの姿がありません。ソシウスは慌ててよく周囲をみると彼女は近くの店で食べ物を買っていました。

「お前は食い気だけかよ!」

「緊張したらお腹空いて」

「普通そうなるか?」

 諦めたようにソシウスは一同を引率して北門に向かいました。


 北門でも往来は多く城内に出入る人や物でいつぱいでした。アーチ状の門を抜けると外です。ここでももちろん門番が出入りするものを厳しく監視していましたが、南門と違ったのは軍装でなく法衣の者がいたということでした。追っての連中が守衛の中に居るのははっきりと見て取れました。ここからが本番であることを皆は理解しました。

 門では入る側と出る側で分かれて門番は手分けして監視にあたっていました。田舎の町と違って人通りが多いので次々に通行者は許され場外へと出て行きました。しかし一行の番になったとき門番は彼等を引き留めて奥に呼び込んだのでした。

 連れてこられた先には門番以外の人物が数人椅子に腰掛け様子を窺っていました。四人は恐る恐るその場につくと辺りを見渡しました。隣には別の男が同様に連れられとおり、なにやら馬車の荷物を調べられている様子でした。

「何か問題でもありますかね」

 申し訳なさそうなそぶりをみせ、ソシウスは門番に尋ねました。

「実は、十五、六の娘を調べよというお達しがあってな。お前の連れがそれに該当する」「へえ、そうなんですか。それで娘の何をお調べで?」

「それは儂にはわからん。そこの方々が判断される。お前達は質問に答えればいい」

「そうですかい」

 すると椅子に腰掛けた四角い顔の男は彼等のところにやって来て、四人を細かく見ていったのでした。男は思案げに何歩か歩みソシウスに語りかけようとしました。

 その時隣で荷馬車を調べられていた男は荷物を守衛めがけ投げつけると、一目散にその場から逃げようとしました。大きな荷物が散らばる音がしたかと思った瞬間、どこからともなく守衛達の走る足音がこだまし瞬く間に男を捕らえてしまったのでした。地方の門番ではとっくに取り逃がしてしまったのでしょうが、流石にビダ街道に配属される守衛は優秀で統制がとれていました。

「どうやらあの男、密輸品を運んでいたようだな」

 門番の男は嘲るように薄笑いしました。

 ソシウス達を取り調べようとした四角い顔の男は気勢をそがれ、気持ちを持ち直すと語り始めました。

「どうやら旅芸人のようだが、何処へ行く」

「三つ先の町で呼ばれてまして、伺うところです」

「ここらを巡業と言う訳か。この町には立ち寄らないのか?」

「こんな大きな町にはもっと芸達者な方々がいらっしゃいます。手前どもの技量じゃ恥ずかしくて」

「なるほどお前達は若すぎてそうであろうな」

 四角い顔の男はなにやら考えた様子のあと、ほんの少し瞳に輝きを放って言いました。

「では私がその芸を見てやろう。この町で演じても恥ずかしくないかどうか判断してあげよう」

 レピダスは背中に悪寒が走りました。

「出前どもの芸でよろしいので?」

「かまわん」

 男の目は威圧的でした。ソシウスは覚悟を決めて三人に合図を送りました。

「それでは恥ずかしながら私どもの芸を演じさせて頂きます。まずはこれなる奏者による演奏を」

 そうソシウスが述べるとフィディアが前に進み出て一礼をいたしました。そして椅子に腰掛け竪琴を構えると、静かに弾き始めました。フィディアの奏でる調べは美しく、心の表を柔らかな毛で掃いていかれたような柔らかなものでした。予想に反し見事な演奏を聞かされた男はやや呻きながら本物の演奏であることを認めざるを得ませんでした。

「他の二人は何を演じるのかな?」

 フィディアについては成果有りと判断したソシウスは、この場を切り抜けるには二人のがんばりにかかっていると目で合図を送りました。

「これなる二人は舞いに御座います。只今衣装を着ておりませんので、扇と剣のみになってしまいますことをお許し下さい」

「それはかまわん」

 フィディアの演奏と共にグレーティアとプエラが前に進み出て並んで一礼をしました。男が見つめる中、舞いは始まりました。曲に会わせてふたり息はピッタリで、計ったように規則正しく位置取りをし安定した動きを見せていました。扇がひらひらと舞い衣装を纏ってはいませんでしたが、動きから優雅さを推し量るには十分でした。

「なるほど、よく分かった」

「よろしゅう御座いますか」 

 ソシウスがほっとしたのもつかの間

「お前の一座の16才の娘はこの娘か?」

 男はグレーティアを指さし問いました。

「左様に御座いますが」

「すまんが彼女だけの舞いを見たみたい」

 男は的を絞ってきたようでした。

「では彼女には剣の舞いを演じさせましょう」

 プエラは退きグレーティアが残ると、彼女は片手に剣をもち演武を始めました。グレーティアが表演しはじめると、剣は命を持ったかのように宙を動き回りました。流れるような剣の動きにバランスのとれた姿勢は見る者を感嘆させずにはいられませんでした。

「見事だ。お前達の芸のほどはよく分かった」

「もう宜しいでしょうか」

「もう演じなくてよいぞ。お前達の通過を許可する。時間をとらせたな」

「有り難う御座います。ところで何故娘を調べられていらっしゃるので?」

 許しが出たことに安堵したソシウスはついでにこの事について訊ねてみました。

「逃走した娘がいてな、その娘が困ったことを引き起こすのだ」

「困ったことですか・・・」


 こうして無事北門を脱出できた一同は足早にソサの町を去って行ったのでした。しかしこれで安心している訳にはいきませんでした。レピダスが言うように判断を確実なものにするために、追跡者が後を追いかけているはずでした。まだまだグレーティア達は難を逃れた訳ではありませんでした。


 ここらへんになると登場人物が増えてきました。お忘れの場合は登場人物リストを参考にして下さい。もっとこれから増えますので。

 ところで王家の方々の名前を漢字表記にしてますが、気まぐれです。意味はありません。ローマ帝国皇帝を漢字表記しているみたいな捉え方をして下さい。

本当は王国なので太子とか公主という表現は間違っていますが、ここはファンタジーなんでもありです。実はパテリアは国土からいったら帝国がふさわしいのではと思いましたが、初期の時点で王国としてしまったのでこのまま続行します。

 前回予告にて新しい仲間の登場と書きましたが、蘭公主ががんばったのでそこまで行けませんでした。次回は登場します。

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