第11回 向かい風
ビルトス 主人公の師(本名ダーナ)
グノー 主人公の兄弟子
グレーティア 主人公
プエラ 主人公の幼なじみの娘
レピダス 黒虎騎士団(銀弓のレピダス)
ソシウス 斧使いの大男(旋風のソシウス)
フィディア 祖母の家へ帰る少女(譚詩曲のフィディア)
デスペロ 魔法宰相
コンジュレティオ 軍総司令
ホスティス ヘテロ国魔法宰相
ウーマー デスペロ配下上級魔法使い
ウレペス デスペロ配下上級魔法使い
セラペンス ビルトスと死闘した上級魔法使い
ペコー セラペンス配下
アクイロ 元政府所属魔法使い
モリウス アクイロの息子
アクイロは荒れ地にいました。ここは町の郊外であまり人が訪れることのない所です。彼は地面を踏みしめると大きく気を吸いました。闘志が満ちてくるのが分かりました。
彼の意志に合わせて空気が激しく流れ始め、草が小刻みに揺れ砂埃が舞い上がりました。
昨日酒場で聞いた娘というのが指令にあった娘に違い有りませんでした。話を聞く限り娘だからと侮ってはいけない感じがいたしました。彼が意識をこめると空気は渦を巻いて竜巻となり周囲の物を吸い込み空に舞い上がらせました。一本の木に狙いを定めると、木は砕けバラバラになって宙に散ってしまいました。五年のブランクは彼の技を衰えさせていませんでした。これなら戦えるとアクイロは思いました。
しかしまだ迷いがありました。妻はこの生活を望んでおり戦いに赴くことを許してくれないでしょう。彼女はこの田舎で家族で生活することを望んでいるのです。それで彼は一度は魔法使い復帰の夢を諦めました。それは許されたといっても組織復帰の夢が保証されものでもなく、遭うことがあり得るのか全く霧の中の状態だったからです。まったくそれは空絵ごとのようなもので淡い夢に過ぎないのでした。
ところがそれは現実のものとなりそうで、女魔法使いがまもなくこの町にやってくるのとなると話は別です。このまま農業をやるのか魔法使いに復帰するのか判断を迫られていうようなものでした。妻の喜ぶままに農夫として一生を過ごすか、再び栄光ある魔法使いに復帰するかなかなか決断出来ませんでした。
そもそもが見ず知らずの娘を殺害するのになにか抵抗らしきものもありました。その娘何人の人を殺め、災いを人に及ぼしたのか。昨日飲み屋でしゃべっていた男の証言通りに血も涙もない娘であったらよいのですが、無垢の娘だった場合は容赦なく殺めるというのは気が引けました。しかし、手紙によれば世を混乱に陥れる人物とされているので、やはり問題がある娘なのでしょう。国家の判断に誤りなしとそうやって動いてきたのであり今回も例外ではないのです。娘は倒すべき存在なのであると自分に言い聞かせました。
知り合いの門番には若い娘二人と男二人の者達が来たら、家に届け物という形で連絡をするということで話はついていました。そのまま町を通過したとするならば直ぐ後を追いかけ、町に逗留するとするなら程良いところで待ち伏せしようしました。揺れ動く心を静めながら今日はまだ良き夫であろうと彼は思いました。
モリウスは珍しくお父さんが用事で何処かにいったので、お手伝いもなくのんびりとしていました。しかし自由ということはそう楽しいものでなく近所の友達は畑に行ってしまっており遊ぶ相手などいませんでした。しかたなくモリウスは午前中は自宅で遊んでいたものの流石に退屈してお昼から久しぶりに町に行ってみることにしました。
市場にお父さんといっしょに作物を出荷したりするのでおなじみの道でした。子供の足で歩いても町はすぐ近くでした。町の入り口では守衛のおじさん達がちらりと此方を見て何事もなかったかのように視線を戻しました。門の上には教訓めいたものが書かれているそうなのですが、文字を読めない少年にとってそれは落書きのようなものでした。
いつものように駄菓子屋にいくと、お母さんからせがんでもらったおこずかいを使って甘いあめ玉を買い、大事に咬まないように注意しながら口の中で転がしました。少年は幸福感に満ち満ちていました。
この町の広場には真ん中に浅い川が流れていました。なぜこんな町の中に川が流れているのかはよく分かりません。小川など郊外にはいっぱいありめずらしいものでもないのですが、お父さんにこの分けを訪ねると人間という奴は嘘が大好きで欺瞞の川に心惹かれるということらしいのです。そんなわけで靴を脱いで嘘つき川の中をじゃばじゃばと走っていると気がつけばずぶ濡れになっていました。重たくなったズボンに動きづらくなった足を持ち上げ広場の敷石の上に立つと、周囲は大水で溢れ返ってように水浸しになりました。
近くを三人のお姉さんと二人の男連れの旅人がこの姿を珍しそうに眺めて去っていきました。一人で遊ぶということはつまらないことです。動き疲れたモリウスはベンチに転がり空をみつめました。空は青くてなにもありません。白い雲があるもののあまりに遠く大きさがよく分かりません、そのまま仰向けになって寝そべっていら瞼が重くなり彼は知らないうちに寝てしまいました。
次に目を覚ましたのは近くを見知らぬ子がはしゃぎ回っていたときでした。目を覚ました時モリウスは影の傾き具合からあまり先ほどから時間が経っていないことに気がつき、今日大事に持ってきた玩具を取り出しました。それは平たくくの字に曲がってものでした。
お父さんが自分の為に作ってくれたもので、誰も持っていない不思議なものでした。投げると戻ってくるしろもので魔法でもかかっているようでした。お父さんから誰もいない広いところで遊ぶようにと約束させられているのですが、どうしても町の人が空を飛ぶ不思議な玩具に驚く様をみたくてしょうがなくって持ってきたものでした。
それに向けて勢いよく投げるとそれは空をくるくる回転しながら飛んでいき先の方で次第に進路を変え一回りして此方に戻ってきたのでした。何事かと周囲の人が空を見上げています。人々の驚く様子に心躍ったモリウスは何度も何度も空に向けて投げました。
ところが最後に投げたものは力が弱かったのか少年の所まで返ってこず、ゆっくり楕円を画きながらとんでもない方に飛んでいきました。
これに不味いと思った少年はあわてて玩具を追っかけましたが、間に合わずベンチに腰掛けていた老人めがけて突進したのでした。「しまった!」と思わずモリウスは声をあげると、不思議なことに玩具は再び上昇すると空を舞ってくるくる回りながら飛んでいったのです。その先には三人の女性がいて、そのうち一人が手を挙げるとその玩具は吸い寄せられるようにその手に収まったのでした。
意外な出来事に怪しみながら近づいてみるとお姉さん達はこちらを見つめていました。
栗色の髪のお姉さんは怖い顔をして此方に話しかけてきたのでした。
「僕。こんなもの投げたら危険でしょう」
モリウスはお姉さんの雷にびくつきながら、申し訳なさそうに近づきました。
「人に当たらなかったから良かったけど。私たちが通りかからなかったらご老人に当たっていたわよ」
「ごめんなさい。俺そんなつもりじゃ」
「いいこと。もうここで投げちゃだめ」
お姉さんの言葉はお説教に満ちたものでした。
一方金色の髪のお姉さんは珍しそうに玩具を見つめていました。
「僕が作ったものなの?」
お姉さんは優しく訊ねてきました。
「父ちゃんが作ったんだ」
少年は自慢げに答えました。
「これはね遠い国のもので、噂では聞いていたんだけど不思議な形をしているね」
「魔法の道具ですか?」
「そうではないですよ」
グレーティアはその玩具を上か横からと測るかのように凝視していました。
「ほらほら、玩具はその子の返して買い物に行くわよ」
プエラはグレーティアがあまりにも熱心に玩具に見とれているので呆れたような声を出しました。それでも彼女はその声に耳を傾けるでなく玩具を手に投げるそぶりを見せました。
「駄目じゃない。あなたまでそんなことしたら」
「ちょっとだけ」
かまわず彼女は玩具を空に投げました。それはくるくる回りながら空に飛んでいき戻ってきました。
「なんで言うこと聞かないのかしら」
プエラは怒って彼女の詰め寄りました。
「どうして戻ってくるのか分からなくて・・・」
「こんな玩具に夢中になるってどういうこと。子供じゃないんだから」
「でも不思議じゃない。へんてこに曲がっているものが戻ってくるなんて」
「あなたは昔から変なものに夢中になるてのは変わらないわ。見てくれは違っても中身は同じね」
プエラはぷぃと背中を向けるとフィディアの手をとりました。
「買い物は私たちだけで行きましょう」
「でもいいんですか?」
「女の子だけで行くのよ」
「だけって。あの・・・」
フィディアの戸惑いをよそにプエラは無理矢理手を引っ張って連れて行ってしまいました。
プエラの剣幕に退いていたモリウスはグレーティアの元に近づいて来ました。
「お姉ちゃん。お友達怒って行っちゃったよ」
「まあ、しょうがないよ」
グレーティアは一寸寂しい気持ちもしましたが、退屈な買い物から解放されたので半ば嬉しい気持ちでした。
「これ小さくても同じように戻ってくるのかなあ」
彼女は玩具をなぞりながらふくらみの部分を確かめていました。
「おいらは大きいからなるんだと思うな」
「実験といきましょうか」
そう言うと彼女は小刀を取り出すと近くにあった枝を拾い削り始めました。モリウスが物珍しそうにその様子をわくわくしながら見つめていると、ほどなくして小さな玩具ができました。見てくれは全く同じでそれがそのまま小さくなって手のひらに乗ったというものでした。
「そっくりそのままだね」
少年は彼女の器用さに感心していました。
「これが戻ってくるなら安心して何処ででも飛ばせるはずだよ」
「本当だね。お姉ちゃん」
早速手のひらに乗った玩具を指で弾いてみるよくるくる回りながらそれは返ってきたのでした。
「大成功!」
小さい玩具は何度でも戻ってきて、これに気を良くしたのか彼女はもう一つこしらえて二人で何処まで遠くに飛ばして戻ってくるか競争をしました。
これに飽きるとグレーティアは手の中に玩具を置き軽く弾くと、それは手の中を飛び出し宙に舞うと何度も円を描きやがて手のひらの戻って来ました。これまでと違った玩具の動きにモリウスは興奮しどうやって飛ばしたのかせがみました。それはお父さんの帽子飛ばしとなにか似たような匂いがしたのでした。
「これは、その人の素質が必要なんだ」
「なにそれ」
「特別な人しか出来ないてことかな」
「お姉ちゃんが特別な人てこと?」
「うん、そうだね」
「なんで女の人に出来て、男にできないものか。教えてよ」
「やってみる?」
少年に闘争心を呼びよこしてしまったと、彼女は少々反省いたしました。少年が失望したら玩具を宙に飛ばして楽しませてあげようと考えていました。
「手のひらに乗せたら、同じ風に言葉を投げかけてごらん」
彼女が言葉を発すると玩具はくるくる手のひらで回りました。その様子を見ていた少年もまねをしますが玩具はびくともしません。少年がいらだっているとグレーティアが側に寄りモリウスの小さな手のひらを覆うように手を差し伸べると不思議なことに玩具は小さく回りました。これに少年は大喜び。逆にグレーティアは補助があったとはいえ、少年が魔法の入り口に立ったこと気がつきました。この子は魔法の素質があるのだと彼女は気がつきました。
「ね、お姉ちゃんこの町の人?」
「よその人ですよ」
「残念、おいら好きになったんだけどさよならか・・・ で、何時までいるの?」
「あす朝出発かな」
「早い。で何処に行くの?」
「北の町」
「そうか、じゃ二度と逢えないな」
「記念にこれのもっとすごい飛ばし方教えてあげるから」
「本当?しっかり憶えるよ」
それから少年は必死になって呪文を憶え、彼女の補助なしに玩具を動かせるようになりました。
「これで大丈夫。魔法使いになれそうだね」
「魔法使い?あまり興味ないな」
少年は不服そうな顔をしました。
「そうなの。何が好きなの?」
「おいら大きくなったら赤鬼騎士になるんだ」
「騎士かあ。だったら剣の使い方教えてあげようか」
「え、お姉ちゃん女の人のくせに剣術も出来るの?」
「すこしね」
グレーティアはにっこり微笑むと近くに落ちている木の枝を二本拾い一本を少年に手渡しました。
「背筋は真っ直ぐ、お尻が出たり反り気味になっても駄目。頭も同様に目が平行になるように首が傾いちゃいけないよ。剣先と足先鼻の先が一直線上に揃うように半身になること」
言われるまま少年は姿勢をしますがあちらこちらゆがんで、彼女に直されます。
「肩に力が入っているから楽にして。肘を少し曲げる。全身はゆったり構えないと素早く動けませんよ。剣は腕先だけで動かすものでなくて全身で動かすもので、足先の力が胴を通じ腕、剣先と伝送させるの」
モリウスは姿勢を収縮状態から解放へなんども繰り返しました。
「剣は真っ直ぐ刺すものだけど、螺旋を画いて放されるものです。これは防御についても同様で螺旋を画いて相手の剣の威力を相殺するの。さあ突いてきてごらん」
少年は枝で突いてくると、巻き込まれたように外に弾かれました。
「こんな風にね」
「なんだか力が吸い取られたみたいだ」
「もっと分かるように。どんどん突いてきてごらん」
少年は彼女追いつめてやろうと意地悪い思いが湧いて出て、激しく攻め立てましたがグレーティアは涼しい顔をして全てを受け流してしまいました。少年は息切れして腕を降ろしもう十分だという表情をしました。
「お姉ちゃんすごいや。ぜんぜん当たらない」
「螺旋というものが分かった?」
「なんとなくね。姉ちゃんなら赤鬼騎士になれるよ」
「騎士に?」
「いけない。女の人が赤鬼騎士にはなれないんだった。男だったらなれたのになあ」
「どちらにしても騎士のなるつもりなないから」
「そうだよね」
少年は馬鹿なことを言ったものだと苦笑しました。
その後も二人は練習を重ね、少年の立ち姿勢も様になりかけたころプエラ達が戻ってきて少年とグレーティアはここでさよならをしたのでした。
今日は畑仕事はお休みでしたが、家の仕事で大忙しでした。お母さんは家の掃除とか後かたづけで動き回りました。久しぶりに台所では実をぐつぐつ煮てとろりとしたジャムを作るお母さんの姿があり、彼女は満足げに瓶詰めした容器の列を眺めていました。
息子のモリウスは遊びたいさかりで一つ二つの仕事を与えたものの何処かに行ってしまうし、夫は納屋に整理や修理さらに壊れた柵など補修しているはずなのですがこれまたいつの間にやらいなくなってしまい男共はどうしてこうも駄目なのかと彼女はご立腹でした。しかしまだ小さい娘が大きくなったらいろいろ自分を手伝ってくれるに違いないと明るい未来に夢を描いていました。そうこうするうちに日も傾き夕飯の仕度に取りかからなくてはならなくなりました。竈にはジャムを作った時の火種が残っていていっでも調理可能でした。しかしまずは井戸水を汲み上げてからです。桶をもって外に出てみると丁度疲れた様子で夫が息子を連れて帰って来たのでした。
「姿が見えないと思ったらこいつ町にいやがった」
夫は息子の頭をぽんぽんと叩くと、モリウスは不服そうな顔をしていました。
「人のこと言えて。あなた今までどちらに?」
「それはだ、男の大切な用事があってだな」
次の言葉が思いつかなくアクイロはしどろもどろの返答しかできませんでした。
「二人して井戸水汲み上げて頂戴」
きっぱりお母さんは命令すると、すごすごとお父さんと息子は桶を手に持ったのでした。
いつもの慌ただしく作った料理と違って今日は手間のかかったものが食卓に並びました。お母さんはスプーンをふうふうしながら娘に食べさせていました。息子はお腹を空かしていたのか口一杯にほおばりむしゃむしゃ食べ、喉を詰まらせると慌てて水を流し込みました。
「それじゃいつか食い物を喉に詰まらせて死んでしまうぞ」
呆れたようにお父さんは言いました。でもお母さんがお父さんのお皿を覗いてみると嫌いなものが選り分けられていてどっちもどっちと思いました。
「そこの残さないで下さいよ」
「これはだな。最後に食べようと残しているんだ」
お父さんの苦しい言い訳でした。
「そういえば、門番のひとが貴方に頼まれた物だとか言ってあれを置いていったわよ」
お母さんが指し示すところに白い包みがありました。
(尋ね人来たるか)心の中でお父さんは呟きました。
「また変な物頼んでいないでしょうね」
「開けてのお楽しみさ」
「まあ」
食事の後も片付けでお母さんは大忙し食器の片付けのあと取り込んでいた洗濯物をしまい込んでいます。お父さんはというと道具の手入れをしていました。モリウスは最初は妹を相手を暫くはしていたものの退屈して剣士のまねなどしていました。
「とうちゃん、どうだい。おいらすごいだろう」
道具をぴかぴかに磨き上げていたお父さんは頭を起こし息子の方をみると、なかなかの姿勢をしています。
「なんだ、やたら美味くなったな。様になっているぞ」
「見直したかい」
息子は自慢げでした。
「なんだ、誰かに剣でも教わったのか?」
「公園で会ったお姉ちゃんの教わったんだ」
「女の剣士か珍しい」
「強いんだよ」
「ほう」
お父さんは息子には女の技で十分と面白がっていました。
「それからね。これ作ってもらったんだ」
取り出されたものは小さな飛ぶ玩具でした。
「そいつは。なるほどこれは面白いな。こんな小さくなるとはな」
「小さいだけぢゃないんだ」
モリウスは指で弾くと玩具は部屋の中を飛んで戻ってまいりました。これにはお父さんも感心しました。
「良くできているなあ。これなら危なくない」
「危なくないですって!」
突然お母さんが話しに加わってきました。
「部屋でこんな物飛ばしたら危険でしょう。今も思わずよけようとしましたよ」
「そうだそうだ。危険だろう」
お父さんは変わり身が早いのでした。
「そんなに怒らないでよ。こんなことも出来るんだ」
モリウスは手の中の玩具に言葉を投げかけると玩具は回転し始めゆっくり浮上したのでした。あっけに取られるお父さんとお母さんをしりめにそれは悠々と宙を舞ったのでした。
「あなたこれって」
「魔法だな」
アクイロは渋い顔をしました。
彼は息子から発せられた言葉が魔法のものだと直ぐ分かりました。まだ幼稚でよちよち歩きの魔法でしたがしっかりとした成文をしていました。自然発生的なものでなく訓練された整った文法でした。
「これね、お姉ちゃんから教わったんだ」
この時、アクイロの顔が真顔に変化しました。
「お姉ちゃんは、隣のお姉ちゃんぐらいの娘だったかい」
お父さんは慎重に訊ねました。
「そうだよ。ものすごく綺麗なひとだったよ」
(この娘に違いない!)アクイロは高鳴る鼓動を隠し息子と語らい合います。
「明日もう一度会うといい」
「それが駄目なんだ。お姉ちゃんは明日朝早く北に向かって旅立つんだ」
「本当か」
お父さんの驚いた様子に息子は何事かと小首を傾げました。
「お父さん。なにか若い娘に御執心みたいですけど」
お母さんはぬーと顔を近づけてきました。一寸怒っているようにも見えました。
「美人という言葉に釣られいるんじゃないでしょうね」
「馬鹿を言うな。息子の為に考えているんだ」
「そうかしら」
お母さんの返事は冷ややかなものでした。
お父さんは何事もなかったように道具の手入れを初め、息子は手の中で玩具をくるくる回していました。手入れをしながらアクロイは明日が決戦の日であると心に言い聞かせました。家族に気づかれないように出かけ、決着をつけたら早々に家族の元に戻ろうと考えていました。
朝、ロバの背中に荷物をくくりつけたソシウスは、近くで馬の手入れをしているレピダスを興味深げに眺めていました。結局この男敵はなのか味方なのか、すっきりしないその立ち位置に少々戸惑っていました。俺はこの男を信じていいものなのかとソシウスは自問自答を繰り返しましたが答えは出ませんでした。ケドルスの一件以来妙な連帯感は出来たものの仲間とい認めるにはまだまだ時間が必要でした。そこにプエラ達がやって来て、なにやら荷物を増やしてくれます。
「なんだその包み」
「食糧に決まっているじゃない」
「ここからは山越えてのはなくて、町から町への旅だ。野宿の心配はないぞ」
「だからその旅を楽しくしようとお菓子を買い込んだのよ」
「菓子だあ」
堂々と主張するプエラにソシウスは呆れます。
「おまえ、俺達逃避行してるて分かっているよな」
「もちろんじゃない。変なこと言うのね」
「おまえの行動に悲壮感てものがなくてな」
「楽しく逃げて何処が悪いの」
「変だろうそりゃ」
ソシウスはこいつには付いていけないと勝手にさせることにしました。フィディアはというとどことなく旅行気分のようで浮かれているようでした。まだ旅も始まったばかりで疲れもなく新しい出来事に興味をそそられるのは無理もないことでした。これが正常というものでプエラが長旅でへとへとなはずなのに元気がいいのが異常なのでした。
五人は宿を発つと町の北門を出て緩やかな丘陵を登り下りしながら続く道を北に向かいました。丘陵には朝靄がかかって木々の姿がぼんやりとした形で浮かんでいました。東から差す朝の光が木々を通してきらきら輝き霞を次第にうち消しています。
道を横切る小川。水は澄みずっと底の砂までしっかり見え、川の中では水草が長い髪のように流れに揺れていました。その小川の渡る道には石積み作りのアーチの橋が架かっておりその橋は少し苔むしていて端には草がへばりつくように生えていました。
フィディアは小高くなったアーチの橋の上から小川を泳ぶ魚の群を目で追いかけ、プエラは組まれた石に交互に足を乗せけんけんしながら渡っていきました。
その様子をため息混じりにロバの手綱をとるのはソシウスで、その隣をグレーティアは並んで歩いていました。
「昨日小僧と遊んだって?」
「ああ、そうだよ」
「あの小娘共とつき合わされなかったのは幸いだったな」
「そ、そうかな」
彼女は歯切れの悪い返事をしました。
「その子供赤鬼騎士に憧れていそうだって?」
「魔法使いより騎士になりたいらしいね」
「赤鬼騎士か、俺も憧れるな。コンジュレティオ配下の赤鬼騎士団といったら命知らずの連中ばかりだからな」
すると背後で鼻息を荒くする音がしました。
「赤鬼騎士団は気が荒い者の寄せ集めにしかすぎん。聞こえはいいが戦いの消耗品だ」
レビダスの手荒い評価でした。これにソシウスは一寸不愉快になりました。
「そういうが赤鬼騎士団は戦功を随分上げている。これを単なる寄せ集めといっていいのか」
「後先考えない頭の悪い猪武者ばかりでことだ」
黒虎騎士団と赤鬼騎士団の間には競争意識というものがあるのか、面白くなったソシウスはからかってやろうと考えました。
「そういうが、具体的になにがあるんだ」
「赤鬼騎士団に憧れて入団してくる者は多い、最近入団したもののなかに双手剣の使い手がいたがある地方の行政長官を殺害して行方をくらました。その武芸のほどからコンジュレティオにも期待された人物だったらしいが、後先ない行動がおたづね者になってしまう結果を招いている」
「それは惜しいことだな」
「先を考えずに行動することは行き止まりに直面する。お前達、次の町ではある人物を訪ねるとしよう」
「ある人物?」
話が突然切り替わったのでソシウスは戸惑いました。
「お前達は気にならないのか。何故災いの元として命を狙われているのか」
「その理由が分かるのですか?」
グレーティアが興味深げに話しに参加してきました。
「俺も命令でもあり、あえてその理由は追求しなかったが。縛りから解放されてみるとその正当性の根拠について知りたくなってな」
「確かにその通りだな。身に覚えのないことで命を狙われては納得できない」
「それに転身に術を解く方法について訊ねたい」
「その方はできるのですか?」
グレーティア身を乗りだしました。
「魔法使いではないので、無理だろうが。誰かを紹介してくれるだろう」
「そうですか・・・」
「これから訪ねる人物は現政権以前にクーデターを実行し失敗した者たちの生き残りだ。
監獄の底で病死するところをデスペロに助けられ、現政権に加わることなくこんな田舎に引きこもっているというわけだ」
「そんな人物の所在をよくご存じでしたね」
「現政権に牙をむくこともあり得るからな。監視を付けるほどではないがチェックは怠りなくやっている」
「騎士のくせになんでもやっているんだな」
「俺達は治安部隊みたいなものだ。災いの根を摘むのが仕事だからな」
町より程なく歩いたところの小高い丘陵に北に行く道は真っ直ぐの延びていました。少し辺りは開けていて、緑の草の茂るなだらかな坂道は丘陵の頂上で見えなくなって青い空は広がっていました。まだ全体的に靄がかかったようでしたが低いところの林では雲がかかっていたものの岡の上ははっきりとあたりを見渡せました。
一行が岡の坂道をどんどん登っていくと頂上のあたりで立つ人物を見かけました。この人物は北に向かって見えなくなることなく、こちらに下ってせまって来るでもなく、そこに佇んでいるように見受けられました。
この人物はこんな所でなにをしているのだろうと一同がいぶかしんでいると、その人物はそれまで眺めていた遠くの山々の方から体の向きを変えて此方の方を真っ直ぐ見定めたのでした。
「あの人私たちの方を見つめていますよ」
フィディアは心配そうに言いました。
「気にしないのよ。お早うて元気にご返事すれば大丈夫」
プエラのちゃめっけたっぷりの言葉でした。
「あれは俺達を待っていたようだな。なんの用があるというのかな」
「あの農夫姿は通りがかりの人と、とらえたほうがいいのかもしれませんね」
グレーティアは追っ手のことを考えていました。
「それはどうかな用心したほうがいいだろう」
レピダスは注意を促しました。
男はもう目の前でした。農夫姿のその人物は組んでいた腕を降ろしこちらに語りかけて来たのでした。
「待ちかねたぞ」
不敵な笑いを浮かべ男は道の真ん中に仁王立ちになりました。
男の言葉を聞いてソシウスは獲物を肩に担ぐと前に飛び出しました。
「それは待たせたな。それで俺達になんの用だ」
「俺は女魔法使いを捜している。そこの3人の娘のうち魔法使いは誰だ」
「なんのことだ、人違いしてないか」
「そうか、そうだろうな」
突然、林のなかに四本の竜巻が起こったたかと思うと木々をへし折りながら一同に向かって移動してきました。靄のなか静寂に包まれいた林は轟音とともに嵐の世界に一変しました。竜巻は黒々とした渦を画き、からだをくねらせどんどん迫ってきました。
フィディアの驚き叫んだ声は暴風にかき消され、打ち付ける風の音だけ聞こえるのでした。竜巻にの中では枝やら草やらが宙に巻き上げられ吸い寄せられるように上空に消えていきました。やがて一本の渦が一同を襲おうとしたとき、それは霧散したのでした。
「なるほどお前ということか」
男は魔法の呪文が相殺されたことに満足し、その魔法の使い手が防御魔法でなく攻撃魔法で無力化したことで確信を得たのでした。
男は被っていた麦藁帽子を整えました。すると残り3本の竜巻は消え辺りに静寂が戻ってきました。
「魔法使いかい手荒い歓迎だな。それであいつになんの用だ?」
何事もなかったかのようにソシウスは言い放しました。
「なあに、命を頂戴するだけだ」
男も平然と返しました。
「なんなの。こんな涼しくて気分さわやかな朝に通せんぼして命下さいて、あんたこそ畑に返りなさい!」
「プエラなんてことを」
プエラの剣幕におろおろしてフィーディアは彼女の腕を掴みます。
「こら!そこの芋おじさん私と勝負よ」
男を睨み付けていたソシウスは背後でプエラが騒ぎ始めたので、やれやれと背後を振り返りました。
するとこの様子を後ろで見ていたレピダスは失笑すると馬に跨りその場を去ろうとしました。
「何処に行くんだ?」
慌ててソシウスが声をかけると
「つき合いは此処までだ。後はお前達で好きにしろ」
とレピダスは言葉を残すとその場を去ってしまいました。その後ろ姿を呆然としてレピダスは立ちつくし、その後無性に怒りがこみ上げてきました。所詮あいつはそんな奴なんだ信じるほうが可笑しいのだとソシウスは沸き起こる怒りを理性で抑えました。
「お前達の仲間は薄情だな」
男は苦笑します。
「彼奴はたまたま一緒に歩いていただけだ。仲間じゃない」
「そうか、すまんがあの騒がしい嬢ちゃん遠くに離れさせてくれなないか。巻き添えさせては不憫だ」
言われて振り向き、去りゆくレピダスに叫いているプエラを見て同感だと思いました。
「フィディアすまんがプエラを連れてそこの裂け目に非難してくれ」
懇願するように言うと、フィディアはまだまだしゃべり足りないプエラを無理矢理引っ張って離れたちころに避難したのでした。
「私の名前はグレーティア。あなたは」
「俺はアクイロだ」
「お見受けしたところ一般の方のように思えますが、私の命を狙われる理由はなんでしょう」
「職場復帰のためだ」
「取引が行われているということですね」
「それにお前はどうも世の中を混乱させる原因のようだ」
「それは私にもよく分かりません」
「でなければ、こんな大規模に捜索なんてしないさ」
「宜しければ見逃してもらえませんでしょうか」
彼女は男に無理を承知で頼み込んでみました。
「おまえさん、蚊が飛んできたらどうする。殺すだろう」
「害ということですか」
「俺には実績が必要だ」
「貴方は部外者です。貴方が私を殺したとして、その相手が魔法使いであったという報告を果たして信じてくれるのでしょうか」
「なにを馬鹿な」
「なんの証拠もないのですよ」
グレーティアはアクイロの弱いところを突いていきました。
「信じてくれるに決まっている」
アクイロは少し狼狽えている様子でした。
「そうでしょうか。それに貴方はご家族の方がいるのではないですか」
「変なことを言う奴だ。もう何も言っても駄目だ」
うち消すように帽子を地面にうち捨てると、激しい怒り顔をグレーティアに向けました。
「お前の相手は俺だよ」
アクイロが攻撃に移たと感じたソシウスは前触れもなく大きく斧を振りかざしました。しかしアクイロの反応は早くそれをかわすと彼の体を吹き飛ばしたのでした。大きな巨体が宙に舞い音を立てて地面に落ちました。落ちたところは幸い石も少なく草が茂っていたので、直ぐにソシウスは起きあがることができました。
「今度、変な真似をしたら殺すぞ」
アクイロは警告をいたしました。
「相棒が殺されるのを黙って見てられるかってんだ」
ソシウスは全速力で駆け抜けると渾身の一撃を男に向けて振り下ろしました。しかしそれより早く魔法は繰り出され激しい衝撃が彼を襲い、それは地面を遠くまで削り背後の林に穴を開けました。ソシウスはというと以外や無事で魔法が放された瞬間なにやら丸いものに包まれてそれが相手の威力の前に砕け散ると吹き飛ばされたようなのでした。
「防御魔法か!」
アクイロは娘が防御魔法で斧の男を守ったことが分かりました。しかしその魔法はまだ未熟なもので彼が放った風撃の前に砕け散ってしまうようなものでした。
(この娘攻撃魔法と防御魔法の両方使えるというのか、戦い方を考えなくて)とアクイロは思いました。
この時前後左右から小石が飛んできてアクイロを襲いました。前触れもなく空の四方に黒いつぶつぶの様なものが出現したかと思うと勢いを付けて飛んできたので彼は一瞬戸惑いました。しかし難なく小石を捉え逆に娘に叩きつけたのでした。
「いろんなものを持っているんだな。しかし小石とは。そう言えばセラペンス配下に小石を投げるのが得意な奴がいたが。やたらと競争意識はあるのだが実力がいまいちだった」
思い出に浸りながら余裕で男は戦っていました。
「こんどこそぶった切ってやるぜ」
ソシウスが再び攻撃するとアクイロは風撃でなく竜巻を起こして彼を宙に舞い上げました。これにグレーティアは慌てて竜巻を相殺し消し去ると落ちてくるソシウスに突風をあてて地面落ちる衝撃を和らげようとしました。彼は地面に落ちてしまいそのまま起きあがってはきませんでした。彼女のところから離れていたのでソシウスが無事なのかは分かりませんでした。
「風の魔法もまあまあだな。元気のいい奴だったが、死んではいまい。防御魔法は遠くに離れては効かないからな。いい選択だった」
「お望み通りの一対一になりましたよ」
「最初からそのつもりだ。お前の魔法見せてもらうぞ」
二人は向かい合い攻撃の機会を伺いました。まずはグレーティアが動きました。彼女から放された雷撃は稲光をもってアクロイを襲いましたが彼はこれを慣れたように弾き草原に削ったような長い跡を残しました。
するとアクイロも反撃してきて風撃を放すとグレーティアはなんとかこれを弾き林の一部を消滅させました。風撃は雷撃と違い閃光や焼け焦げた跡は残らないため端からみるといきなり物が壊れていくように見えるのでした。ただ金属を擦ったような音が通過するので音と戦っているようでもありました。魔法使い達には術はこの様な効果音響として捉えられておらず、それは魔法文や数字が飛び交っているように見えるのでした。
「なるほど女が散り散りになってしまうはずだな」
「それは?」
「なあに褒めているんだよ」
アクイロが風撃を放すと、迎え撃つようにグレーティアも雷撃を放しました。二つの魔法は二人の間でぶつかり、お互いの圧力に逃げをなくし横に流れていってしまいました。勢い良く弾け飛んだ技は雷撃と風撃の二つの威力をもったまま地面を横一文引き裂いて消えました。
「なかなかやるな。では連続した攻撃に耐えられるかな」
アクイロは次々に風撃を放しました。連続攻撃の場合その数に反比例して威力は落ちるものですが男の風撃は先ほど受けた威力そのまののものでした。とっさに防御陣を発動だせたのでしたが風撃はいとも簡単にそれを破壊したのでした。少なからず彼女はダメージを受けてしまいました。
「間違いだな。未熟な技では防げない」
再びいくつもの風撃がグレーティアを襲い、今度はそれを弾き交わしたのでした。小石の時と分けが違いました。一つでも受け損なうとそれでおしまいです。「しまった」と思った瞬間彼女の体は消し飛んでしまうでした。
懸命に技をグレーティアこれを受け、そのため彼女を中心として岡の大地が放射状にどんどん削られていきました。
技を放すアクイロも最初は余裕で戦っていましたが、このあたりから次第に娘が技を的確に捌き始めたことに驚きの目で見ていました。
(この娘、この短い間に成長している。早く倒さなくてはならない)
こう思って来た時でした。受け一方の娘の方から雷撃が飛んできたのです。とっさにこれを弾くとアクロイは技を見切って攻撃に転じ始めたのだと悟りました。次第に数を増やす雷撃の魔法。まだこの様な若い者が放された魔法文を書き換え次の魔法が到達するまえに成文化した魔法を作成することが出来るのか驚きの眼差しを向けました。
二人の間で激しい興亡げ繰り広げられ周囲をずたずたに切り裂きました。雷撃が増えたこともあり草花がちりちりと燃え始めました。
雷撃と風撃の数は同数となり互角の戦いでどちらの一歩も退かない状態になってまいりました。ここでアクイロは雷撃の同時攻撃を受けこれに彼はたいそう驚いたのでした。
幸いにもその文が未完成で容易に捌くことができたものの完成したら不利になってしまいます。この娘の成長度を考えてもそのうち完成した文を放ってくるのは目に見えています。このような並列した文章は中級の上位者が行うもの、この娘侮りがたし。アクロは最後の手段を使うことにいたしました。
連攻撃を受けていたグレーティアは次第にそのリズムに慣れ次第に技を放す余裕が出てきたことを感じました。昔、追っ手の魔法使いと戦った時はまったく相手の攻撃を受け止めることも出来ない状態でしたが、数々の戦いを経てあの時よりは互角に戦えるほど上達していたのだと実感できたのでした。この戦いは気を少しでも抜いたら負けで意識を次々と放される文に集中しなくてはなりません。勝敗はどちらにこぼれるのか全くわからないのでした。
しかしここでグレーティアはある異変に気が付き始めました。それは次第に息が苦しくなって来たことでした。精神的疲労で呼吸が乱れはじめたのではありません明らかに周囲に異変が生じたのです。つぎつぎに繰り出される風撃の文を良く読み直してみると周囲の空気を奪っているのが分かりました。この時グレーティアは敵の策ににはまってしまったことに気が付きました。次第に意識が朦朧として風撃を防ぐことは困難になってしまいました。
アクイロは相手がまんまと策にはまり呼吸困難で意識を失いそうな姿にこの勝負は自分に軍配があがることを確信しました。あと数回風撃をたたき込めばこの戦いは終わるはずでした。これでやっと家族のもとに帰れると思った矢先でした。
一筋の矢が彼の首を貫いたのでした。息が止まりその放された方向を向くと弓を片手に持ち馬に乗った一人の男がいました。さきほど何処かに去っていた男であると分かると、策にまんまとはまったのは自分の方であったと気づかされました。息が出来なくなったアクイロは最後の力を振り絞り娘だけは仕留めようしました。
「止めを刺せ。そいつは死んでいないぞ」
レピダスの声に意識を僅かに取り戻したグレーティアは雷撃を放すと、それは弱弱しいものでした。しかしアクイロは攻撃に移ろうとした瞬間でしたので彼は防御もままならず胸に大きな風穴を開けたのでした。そのまま男は仰向けに地面に倒れ砂埃がたちました。
「大丈夫かグレーティア」
馬を走らせてきたレピダスは馬上から声をかけました。
「おかげさまで助かりました」
彼女は倒れた敵を確かめにいくともう完全に息はありませんでした。
「その男のミスは魔法に自信を持ちすぎて周囲を軽視したことだ。魔法使いといえど万能でない。通常は護衛のものたちを連れているものだがな」
グレーティアはレピダスは単身で自分を仕留めようとした人物であったことを思い出しました。
周囲を見渡すと岡の斜面は傷だらけで、ここで魔法使いの戦いが繰り広げられたのは一目瞭然でした。あたりには静けさが戻ってきてはきたものの木々は薙ぎ倒されみるも無惨な姿でした。プエラ達の隠れていた方向に目をやると、騒ぎが静まったので恐る恐る顔を出している彼女らの姿がありました。彼女達はグレーティアのもとにやってくると再開に感激して大泣きしました。ソシウスはというと飛ばされた方向を探していると草むらの中にその姿を発見できました。意識を失っていたものの怪我はしていませんでした。彼は意識を取り戻すと斧を持って果敢に戦いに挑もうとしましたが辺りの静けさに肩を落としました。
「はでにやちまったな」
「こんなもんだろう」
「俺達がいた痕跡になるなしないか」
ソシウスは心配そうに削られた地面をみました。
「魔法使いの喧嘩の跡はそう気にすることはない。問題なのはあの農夫だ。政府と繋がりがあったとするなら命令による戦いとなる。そうすると相手は女魔法使いと判断されルートを悟られかねない」
「だとするなら、こいつの遺体はあの窪地に埋めておこう。発見されるまでの時間稼ぎにはなる」
一同は足早にその地を去り北に向かいました。
昼時、お父さんが出かけたきり返ってこないのでお母さんは心配してました。町で油を売っていることも十分考えられるのですが、昨日の出来事となにか関係があるのではと思えたのでした。モリウスに町に様子を見にいかせ、お母さんは家で待つことにいたしました。
モリウスは直ぐにも出かけお父さんがいそうなところを探しましたが、見あたりませんでした。疲れ切って広場の芝の体を投げ出し寝そべっていると昨日のお父さんがお姉さんを興味深げにしていることを思い出しました。
もしやお父さんはそれを追いかけていったのではとモリウスはひらめきました。直ぐさま町の北門に向かってみると守衛のおじさんと旅人がなにやら話をしています。近くに寄って盗み聞きしてみるとどうやら町を少し離れた岡の上で魔法使い同士の戦いがあったということでした。魔法と聞きつけモリウスは思いあたるところがあって北門から飛び出すとどんどん北に向かって走っていきました。
岡の頂上には放射状に無数の亀裂が走っていました。草木も黒く焼け焦げたとことがあり戦いがごく最近あったことを物語っていました。モリウスは岡の斜面をあちらこちら探していると見覚えのあるものを草むらから発見しました。それはお父さんはいつも被っていた帽子でした。この帽子を飛ばしてお父さんはモリウスを喜ばさせていました。お父さんになにかあったんだ。そう少年は悟ると大きな声でお父さんを呼びましたが、その声は辺りに響き渡るだけで、なんの返事を返ってきませんでした。静寂があたりを包むとモリウスはお父さんはもういないんだと涙を流しました。
アクイロ一家その後どうなったんでしょうか。気になるところです。
この翡翠記は数年の物語なので成長したモリウス君に登場していただく事は出来ません。
前回三顧の礼だと予告しましたがそこまで行きませんでした。でも物語の切れ目としてはお父さんが殺害されたところで終わったほうがいいような気もします。
次回の登場人物は中盤で再登場いたします。