安眠剤は重度の依存性麻薬でした。
それは、最初は偶然だった。
あの夜、イルフェルミナの子守り唄で眠りに落ちてから。
ミカエルは、久しぶりに“まともな睡眠”を取った。
目覚めたとき、頭は澄み、身体は軽かった。
(……こんな感覚、いつぶりだ……)
正直、衝撃だった。
今までの眠りは、眠っているようで眠っていなかったのだと、初めて気づいた。
――そして。
次の夜。
ミカエルは、眠れなかった。
「…………」
布団に横になって、目を閉じる。
呼吸を整える。
……駄目だ。
頭が冴えていく。
心臓が、やけに早い。
気がつくと、天井を見つめていた。
(……おかしい)
昨日は、すぐ眠れたのに。
理由は、分かっていた。
分かっていて、認めたくなかった。
(……イルフェルミナが……いないから……)
喉の奥が、きゅっと締まる。
馬鹿げている。
たった一晩、子供扱いされたくらいで。
それに依存するなど。
騎士として、情けなさすぎる。
(……寝ろ……寝ろ……)
念じる。
無理。
三時間後。
ミカエルは、ベッドの上で起き上がっていた。
目の下、すでにうっすら影。
「……」
彼は、廊下を歩いていた。
無意識だった。
気づいたら、イルフェルミナの部屋の前に立っていた。
(な、なにを……しているんだ、私は……)
拳を上げて、止まる。
迷う。
数秒。
……数十秒。
結局。
拳は、扉を叩いた。
コン、コン。
「……イルフェルミナ……?」
しばらくして、扉が開く。
「……?」
寝巻き姿の彼女。
眠そうな目。
「……ミカエル? どうしたの、こんな時間に」
「そ、それは……」
言葉に詰まる。
恥ずかしさで死にそうだった。
「……眠れなくて……」
蚊の鳴くような声。
イルフェルミナは、一瞬きょとんとした。
そして。
すべてを察した顔になる。
「あー……」
納得。
「……来て」
当然のように、手を引かれる。
「え、えっ!?」
「はいはい」
ベッドに座らされる。
そして。
昨日と同じ位置。
腹部に、手。
とん。
とん。
「…………」
ミカエルの意識が、秒で溶け始める。
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
「何」
「これは……その……毎晩やるものでは……」
「眠れないんでしょ?」
「…………」
否定できない。
「じゃあ、必要でしょ」
淡々。
歌も始まる。
昨日と同じ旋律。
同じ声。
同じ温度。
「…………」
十秒。
十五秒。
二十秒。
――落ちた。
それからだった。
ミカエルは。
完全に“それ”がないと眠れなくなった。
数日後。
「……イルフェルミナ」
「なに?」
「……今日も……その……」
「ん?」
「……お願いします……」
顔、真っ赤。
視線は床を彷徨う。
完全敗北。
「はいはい」
イルフェルミナは、もう慣れた様子だった。
むしろ少し楽しんでいる。
「ほんと、赤ちゃんみたいね」
「……言わないでください…」
「ふふ」
さらに数週間後。
――事件が起きた。
イルフェルミナが、別の用事で一晩留守にした。
その夜。
ミカエルは、一睡もできなかった。
翌朝。
「…………」
目の下、真っ黒。
顔色、最悪。
幽霊そのものだった。
「……ちょっと……なにその顔……」
戻ってきたイルフェルミナが絶句する。
「……すみません……」
「何時間寝たの」
「……ゼロです……」
「は?」
その日の夜。
イルフェルミナは、彼を逃がさなかった。
「はい、今日は特別サービス」
「え?」
「手も握る」
「!?」
ぎゅ。
指が絡む。
腹トントン+手握り+子守り唄。
フルコース。
「…………」
ミカエル、三秒で昏睡。
翌朝。
幸せそうな寝顔。
イルフェルミナは、ため息をついた。
「……もう、完全に私依存じゃない……」
でも。
その声は、どこか優しかった。
「……責任、取らないとね」
冗談とも本気ともつかない声で、そう呟いた。
ミカエルは知らない。
自分がもう。
「彼女なしでは眠れない身体」になっていることを。
次回は4日19時更新予定です




