銀髪騎士は安眠剤を手に入れた!
朝の光が、静かに差し込んでいた。
古びた修道院の小さな窓から入り込む柔らかな陽射しが、白いカーテンを淡く染め上げている。
遠くから聞こえる鳥のさえずり。中庭で遊ぶ孤児たちの笑い声。
いつもと変わらない、穏やかな朝の風景。
――本来なら、心が安らぐはずの時間。
しかし。
「………………」
ミカエルは、目を開けたまま、天井を見つめて固まっていた。
瞬きすら忘れたように、ただ仰向けのまま動かない。
……いや。
正確には、動けなかった。
(……動いたら……思い出してしまう……)
昨夜の記憶が、容赦なく脳裏に浮かび上がる。
イルフェルミナ。
ベッドの縁に腰掛ける姿。
優しく響く歌声。
一定のリズムでお腹を叩く手。
――そして。
十秒で意識を失った自分。
「………………っ!!」
布団の中で、そっと身をよじる。
(な、ななな……何をしているんだ、私は……!!)
帝都神殿騎士団長。
数々の戦場を生き抜いた銀髪の英雄。
“鉄壁の騎士”とまで呼ばれた存在。
その自分が。
子供のように寝かしつけられ。
抵抗もできずに眠り落ち。
朝まで熟睡。
――事実が重すぎた。
(……一生、誰にも言えない……)
顔がじわじわと熱くなる。
耳まで真っ赤だ。
羞恥と自己嫌悪と謎の幸福感が、ぐちゃぐちゃに絡み合う。
そんなときだった。
――こんこん。
控えめなノック音。
「ミカエル? 起きてる?」
聞き慣れた声。
イルフェルミナだ。
「っ!?」
反射的に背筋が伸びる。
「は、はいっ! 起きております!」
勢いだけは完璧。
――完全に挙動不審だった。
扉が開き、彼女が顔を覗かせる。
「おはよう。よく眠れた?」
いつもと変わらない、穏やかな笑顔。
「……っ」
ミカエルは、思わず視線を逸らした。
まともに見られない。
昨夜の記憶がフラッシュバックして、心臓が忙しい。
「……そ、その……」
喉が詰まる。
「……だ、大丈夫でした……」
「え?」
「い、いえ……! とても……その……」
言葉が迷子。
イルフェルミナは、じっと彼を見つめた。
「……なにその顔」
「……え」
「トマトみたい」
「!?」
的確すぎる指摘。
自覚はあったが、言われると精神に直撃する。
「だ、大丈夫です!!」
慌てて布団を掴む。
「昨日は……その……ご迷惑を……」
「迷惑?」
きょとん、と首を傾げる。
「よく寝てくれたから、よかったじゃない」
あっさり。
あまりにも自然に。
ミカエルのHPがごっそり削られた。
「……そ、そうですが……」
もごもごと小さく呟く。
「……あの……」
「ん?」
「……あれは……特別な事情が……」
必死の弁明モード。
「普段は……あんな……子供みたいな……」
「ふーん?」
イルフェルミナは、にやりと笑った。
「でも、可愛かったけど」
「!?!?!?」
致命傷。
脳内で爆音が鳴った。
「か、かかか……可愛……!?」
完全フリーズ。
「すぐ寝ちゃって」
「………………」
「安心しきった顔で」
「………………っ」
「おっきなワンちゃんみたいだった」
「………………!!!!」
限界。
ミカエルは勢いよく布団を頭まで被った。
現実逃避。
「し、失礼します……っ」
もはや逃走。
イルフェルミナは、くすっと笑った。
「そんなに恥ずかしいの?」
布団の中から、かすかな声。
「……恥ずかしい……」
布団がもぞもぞと動く。
まるで芋虫。
「……でも……」
少し間を置いて。
「……よく、眠れました……」
ぽつり。
正直な本音。
イルフェルミナは、驚いたように瞬きをしてから、柔らかく微笑んだ。
「そっか」
そっと、彼の頭を撫でる。
「じゃあ、また眠れないときは言いなさい」
「……っ!?」
「いつでも歌ってあげるから」
優しい声。
逃げ場ゼロ。
ミカエルは、観念したように小さく頷いた。
「……よ、よろしく……お願いします……」
か細い声。
こうして。
かつて戦場を支配した銀髪の英雄は。
正式に――
《夜の寝かしつけ常連客》となったのだった。
次は2/2(月)19時に更新予定です




