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異世界転生した妹がワンダーウーマンみたいなマッスルボディになって帰ってきたよ  作者: スカンジナビア半島
第一章:どえれぇマッチョになってた異世界帰りの妹を兄はどのようにして受け入れたか
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反異世界転生町内会との対決

【五】

「あんなに騒ぐなんて、びっくりしたわ」

「まあ、そうだな。自分でも、あんなにテンションが上がるとは思わなかった」

「これも、思い出になるでしょうね」


 人の連続性というものを、外側から認識するのは、実のところ困難を極める。

 究極的には臓腑を開き、その人間が同じ構造をしているのか確かめねばならず、内面においてはさらにその先の確認が求められる。


 異世界転生を経て、変わり果てた姿で戻ってきた妹は、果たして同一人物なのか。


 ありったけの服を買い、それらを荷物とともに自宅へ置いた進藤蓮は、再び家の前へ戻った。

 志紀はそこで、蓮の帰りを待っていた。


 ついて来てもいいと言ったのだが、「気になることがある」と志紀は断ったのだ。


 洋服店でうっかり騒いでからというもの、志紀はちらちらとこちらを見てくる。

 まだ動揺しているのか……あるいは、進藤蓮が精神に異常を来していると判断したのかもしれない。

 距離が縮まったのか、遠のいたのかは、判断が分かれるところだった。


「気になったことは、解決したか?」

「……ここは、いつもこんなに人がいないの?」


 進藤志紀が、張り詰めた様子で尋ねた。


 平日の昼間だ。

 人でごった返す時間帯ではないが、それにしても、今は人影がまったくない。

 それどころか、人の気配そのものが存在しなかった。


 言われてみれば、こんなに静まり返った住宅街の昼間など、記憶にない。

 生活音が、一切しないのだ。


「よし……敵襲、ということか」


 周囲の住民の安否を心配するより先に、また魔獣と戦えるという思考が浮かぶ。

 朝に比べれば、体の疲労もわずかに抜けていた。


 魔獣になすすべもなく負けることはないだろう。


「あのね、“よし”じゃ駄目なのよ。危険なんだから。それに犠牲者が出るかもしれないのだから不謹慎よ」


 諭すように、妹が窘める。

 正論だが、進藤蓮が今さら聞き入れるはずもない。

 喜ぶのは不謹慎というのだけは、受け入れた。


 それにしても、この姫戦士は妙に常識的かつ大人っぽい。

 まるで大人の女性──学校の先生と話しているような感覚すらある。


 志紀は、どこからともなく戦斧を取り出し、柄の握りを確かめながら言った。


「ここには、本当に人が住んでいるの?」

「そうだ。だからこそ、おかしい。魔獣の仕業か?」

「……いいえ。まだ、この段階では起きないはず。人がここまで消えるのは、日が暮れてからよ」


 意味深な呟きと同時に、志紀は斧を振るった。


 金属が弾ける音。

 粉砕された鉄粉が、地面に散る。


「そこにいる者! 我が目を欺けると思ったか!! 姿を現せ!!」


 民家の屋根に斧先を向け、志紀が叫ぶ。


 まだ本調子ではない蓮には、何も見えない。

 だが、確かに“誰か”がそこにいるらしい。


 固唾を呑んで待つが、姿は現れない。


「なあ、本当にそこなのか?」


 警戒を解きかけた、その瞬間──

 風とともに影が走った。


 進藤蓮には追えない速度。


 志紀の斧に、逆手持ちの小刀がぶつかる。

 斧で押し返すと、影は数回転して着地した。


「みも……ミモー!?」


 三森茜──愛称ミモー。

 一切の無駄を排したボディスーツに身を包み、小刀を構えていた。


 いつも明るく、優しい幼馴染の臨戦態勢。

 あまりに馬鹿げている。


「お前、何やってるんだ!?」

「使命を果たす」


 無表情のまま、小刀を逆手に構えて告げる。


「……“町内会”の指示」

「町内会!? なんであそこがそんな物騒なことを……!」

「あなたの想像する、無力で矮小な組織ではない。

 一つの理念、信念、理想、そして憎しみに基づいて突出し、分かたれた組織。

 私の主の正式名称は──《反異世界転生町内会》」


 初めて聞く名だった。

 《異世界転生町内会》の頭に“反”が付いた名前。初耳だった。

 三森茜が何らかの組織に所属していることも、今ここで初めて知る。


 異世界転生した妹が帰ってきたのを受け入れ始めたと思ったら、今度は幼馴染が忍者じみた格好で襲いかかってきた。

 加えて《反異世界転生町内会》という耳慣れない言葉。


 毎日、修行と鍛錬しかしてこなかった進藤蓮のキャパシティは、あっさりと限界を超える。

 戦いとは縁遠く、異世界転生のような非日常とも違う――日常と人間性の象徴が、進藤蓮にとっての三森茜だった。

 それなのに今の彼女は、非日常と戦いの権化になっている。


「異世界転生。人がこちらから向こう側に飛ばされるのならば、なぜ向こう側からこちらに来ないと言える?

 誰かがそれを考え、研究をした。そして、この世界に唯一の“超人”を作り、あらゆるエリアに配備するのを決めた。異世界と繋がる者たちを消すために」


「待て、ミモー。それはここで話さないといけないことなのか? 俺たちは今、向こうから来た魔獣の対処を──」


「私たちでやっている」


 そう言って三森は黒い球体を投げてきた。

 包装紙やシーツにくるまれているわけでもないそれは、数回跳ねてから蓮の前に止まった。


 牛の頭──それも八体分。


 それだけなら、ただの奇行だ。だが状況が答えを教えてくれる。

 おまけにその牛の頭は、とてつもなく巨大だった。


「ミノタ……いや、ヒポタウロスだったか」


 今朝に出会った魔獣よりも遥かに大きい。

 恐らくは五メートル級がいるだろう。

 それを三森茜が倒したというのか……? 進藤蓮は訝しむ。

 一体だけでも脅威なのに、複数体を倒すなど、戦車でもできるかわからない。


「進藤蓮。あなたが異世界転生した妹のためにずっと鍛えてきたように」


 志紀が弾かれたように兄へ振り返った。

 どんな表情をしているかまでは、三森に集中している蓮にはわからない。


「私はずっと、この時のために武装し、改造をしてきた。異界からの来訪者は常に変革を招く。

 故に“あらゆる異世界を憎んで消す”。そのために世界中に偏在するのが我ら《反異世界転生町内会》」


「それはもう町内会って規模じゃないだろう……」


 驚きすぎて、どうでもいいことを口走る。

 異世界転生から妹が帰ってきた。

 そんな妹を、ずっと戦えないふりをしてきた幼馴染が忍者になって襲いかかっている。

 急速に、自分の中の常識と価値観が崩れていく感触がした。


 ──というか、町内会ってネーミング、どうにかならなかったのか。

 考えがまとまらない。


「どうして帰ってきたの、進藤志紀? あなたが帰ってこなければ、私も動かずに済んだ」


 頭が真っ白になった兄をよそに、幼馴染が志紀に詰問する。


「それは……その……」


 突然の糾弾。

 無視してもいいのに、志紀は怯えたように唇を震わせ、目を泳がせた。


 困ったように言葉を濁す妹の代わりに、蓮が絞り出す。


「何を言ってるんだ、三森茜!! こいつが悪いわけないだろう!!」


「異世界は存在が不和を齎す。たとえば、今の私とあなたみたいに。だから殺す。“町内会”が使命のままに」


 ミモーだけが、すべてに納得し、志紀を殺すことを決めている。

 付き合わされる側には意味がわからない。


 ついさっきまで普通に話していた友達が、どうしてこんなことをするのだ。

 異世界に繋がるものを消す。そのために、人を殺すのか?


 三森茜らしくない──だが、三森茜って誰だ?


 ──出席日数? 異世界転生保険を利用しなよ。遺族さんには融通きかせてくれるよ。

   それに、自分が異世界転生事象からどうやって立ち直ったかを書けば、それだけで進学の助けになるよ。


 これまでの彼女が自分にしてくれたこと。

 あれはすべて、まやかしだったのか。


 三森茜はとても優しかった。誰よりも信用できる相手だった。

 それが今、自分たちに明確な敵意を、刃物のように向けている。


 今朝から絶え間なく、少年の脆弱な価値観は揺るがされ続けていた。


「そっ……待て、考え直せ。落ち着こう、話し合うんだ」


「骨が疼く……異世界のことに触れるといつもそう。貴方は違うの?

 この疼きは、進藤志紀を殺さないといけない」


 蓮の言葉を聞かず、町内会とやらの刺客は二の腕を掴み、己の身を抱きしめた。


 おろおろする少年を置いて、忍者めいた姿の三森が、最初と同じく風に消える。

 凄まじい速度だ。新幹線に匹敵していてもおかしくない。


 志紀は戦斧で受け止めた。

 さらに肩からぶつかり、強引に距離を取る。


 しっかり間合いを測ってから、志紀が斬撃を放つ。


「ぐっ…………!」


 姿勢を崩した三森に、志紀が長い脚を活かして横蹴りを叩き込んだ。

 腹部に直撃し、忍者が大きく吹き飛ぶ。隣家の塀が崩れた。


 あそこの家は夫婦と三人姉弟。子どもたちはまだ小さいはずだ。

 悪いことをしてしまった。保険は……異世界転生保険が対象になるのだろうか。

 そんな場違いなことが頭をよぎる。


 本来は志紀と連携して三森茜を制圧すべきだとわかっている。

 だが、進藤蓮には理解が追いつかない。

 三森茜の正体も、そしてそれ以上に──“異世界転生者を排除しに来る者がいる”という事実も。


 異世界転生遺族の会にも何度か出席した。

 遺族は皆、安否を気にかけ、帰りを待っていた。

 もう帰ってこないと時間経過とともに割り切ってしまう人が大半だったが、

 それでも「帰ってくるな」と言う者はいなかった。


「痛かったらごめんなさい。でも聞いてほしいの、アカネさん。

 わたしはあなたたちに危害を加える気はないわ。詳しく話すことはまだ出来ないけれど、もう少しだけ待ってほしいの。

 本当に一日だけでもいいから。わたしがここにいるのを受け入れて」


「断る」


「一日だけ、一日だけでいいから! それでやり切って満足するから!」


「もう一度言う。断る」


「わたしを殺したら、あなたは……あなたが──」


 志紀の説得への返答は、一直線に伸びた閃だった。

 異様に伸びた三森の腕が、志紀の首を捉える。


 なにか重要なことを打ち明けようとしていた流れだったが、関係ないのだろう。

 速く殺したいのだ。


「志紀!!」


「近づかないで。あなたも感染しかねない。ナチスが開発した神経毒を、さらに改良して強めてある。

 異世界転生者であっても、ひとたまりもないはず」


 近づこうとした兄を、鋭く制した。


 顔を真っ青にして倒れる志紀。

 伸びた腕が静かに戻っていき、元の位置へ収まる。


 機械の駆動音が、かすかに聞こえた。

 なにかを巻き取る音も。


「これが私の体。全身のすべてを常に最先端の硬質に置き換え、変形機能を持たせる。あらゆる異世界からの侵入者を抹殺できるようにするために」


「んな……そんな……非現実的な」


 選べる中で最も反知性的な返答だった。

 これほど現実離れしたことが起きているのに、自分は何を言っているのか。


 自分を責めた進藤蓮だったが、三森茜は冷静に頷き、続ける。


「非現実的。それが根幹。プロジェクトオリハルコン

 内臓と骨を鋼に置換し、知識と感性を忍術に置き換える。

 この世界で唯一の“非現実”。そして、その記憶と思考はニューラルネットワークで世界中の“私”と同期し、偏在する。

 異世界に繋がる者を常に殺せるように。殺し尽くして、誰もが異世界転生の悲しみと憎しみを消せるように」


「殺す、殺すってお前……こいつは俺の妹! ……かもしれないんだぞ!? 俺たちは幼馴染じゃなかったのか!」


「あなたの妹のような存在を殺すために、この体になった。

 これまでの私は、あくまで異世界転生者遺族を慰めるために設定した後付けの人格に過ぎない。

 それよりも、選んで」


 少しでも相手の言葉に情や共感が混じっていないかを期待した。

 だが、どれだけ期待してもそこにあるのは、血の通わない単語の羅列だけ。


 三森が腕を掲げ、拳を進藤蓮の胸へと定める。


「あなたが彼女を妹と確信し、彼女を守るのか。それとも彼女は妹じゃないと気づき、今日のことをすべてなかったことにするか。

 後者を選ぶなら、異世界のものを殺してから私は消える。

 けれども、もし前者を選ぶなら、あなたも殺す」


 初めて見た三森茜の顔。

 一切の感情、思い入れ、手心がない。機械的な言動。


 しかし、相手が極めて本気であることも、わかる。

 彼女には、進藤蓮を殺すのに躊躇がない。生命という概念があるのかさえ不明だ。


「たしかに……もう何もわからないが、お前とは曲がりなりにも幼馴染だった。ずっと一緒だった」


「あなただけじゃない。異世界転生者遺族の周りには必ず“私たち”がいる。

 三森茜でなくとも、“異世界を排除する”意志のアバターが。

 異世界転生を憎む意志の集合体。怨念の代表者。それが私たち」


 また衝撃的な事実。

 どこにでもいるというのか、こんな存在が。


 言われてみれば、異世界転生者遺族が近隣住民とトラブルになった話は聞いたことがない。

 ただの偶然で、遺族が善意に支えられているのだと思っていた。

 だが実際は、三森茜のような存在が周囲に働きかけていたのかもしれない。


「それに、志紀だって本人かわからない。あいつは、本当に小さい頃に異世界に飛んだ」


 非現実の扉が開き、これまでの日常が崩れていく。

 世界で唯一の友達も、本当は異世界転生絡みで自分に近づいていただけだった。


「でもあいつは俺を頼っている。少なくとも、異世界から来た困ってる奴なんだ。……なら、俺は助ける」


「私は殺す。世界の秩序のために、そうしろとされてきた」


「誰にだ。“町内会”のリーダーにか?」


「それは問題ではない。

 貴方が理解するべきは、『異世界転生者に帰って来てほしくないし、帰ってくるなら殺したい』と考える人がいる、というだけ。

 だから、貴方は選ぶだけでいい」


 混沌とした頭の中を晴らすために、進藤蓮は大きく息を吸い、吐いた。

 丹田から気を練って内功を安定させる。


 思考の混乱が、少しだけ収まる。

 やらねばならないことが、見えやすくなる。


「お前がいったい誰かとかも気になる。でもそうだ。俺はずっと、今この瞬間のために鍛えてきたんだ」


 痛みだけで鼻と目と耳から血を流し、十年間、フラフラになるまで修行してきた。


「志紀が本人かはまだわからない。でも俺が鍛えてきたのは、異世界から帰ってきた奴らを、お前みたいに排除するためじゃない。迎え入れるためだ」


 一発なら、お見舞いできる。

 今の少年なら、確かな攻撃力のあるものを、一発。


 向けていた腕を三森は射出する。


「結論。貴方を殺し、異世界からの怪物を処理する」


「俺は妹を守る。本人じゃなくても、正体が違っていても。お前を倒してでもだ」


「思い出して。貴方は異世界転生を憎んできた」


「……わかるだろ。異世界転生は、結局はあくまでキッカケだ」


 あの時、妹が連れ去られなかったら、彼女はトラックに轢かれて死んでいた。

 だから冷静に考えれば、異世界転生が妹を奪ったわけではないのはわかる。

 けれども、どれだけ自分にそう言い聞かせても、受け入れられない。


「俺は、妹を連れ去った異世界転生をぶちのめす。

 そうしたら、あの日のクソッタレなガキだった自分に区切りをつけられるんだ。

 妹を誰よりも笑わせるためなら、なんだってやる兄になるんだ。

 ここで退いたら俺は、そんな夢を見る資格すら永遠に喪う」


 確信を込めて断言した。


 放たれたロケットパンチを、蓮は避ける。

 一拍遅れて三森が高速移動――否、滑走してきた。


 小刀での刺突。だが角度が、人間のそれではない。

 腕が五メートル伸び、四つの関節が形成される。


 三節棍ならぬ四節棍の体で、蓮の右脇腹を狙う、斜め下からの刺突。


 かろうじて避け、カウンター気味に突きを叩き込んだ。


「ガハッ!!」


 胸部にもらった拳突。

 少年の拳型に、胸部がへこむ。


 機械油を口から垂れ流したサイボーグ忍者が、口元を拭った。


 進藤蓮の知る三森との連続性は、今も見えない。

 だが、彼女の動かぬ顔に、感情の変化が浮かんだ。


「これがあなたの研鑽の成果。…………初めて喰らった。本当に……本当に、凄いんだね」


 能面のような顔で言うその表情に、ようやく蓮の知る幼馴染の色が戻った――ように思えた。

 錯覚かもしれない。だが、進藤蓮にとっては捨て置けない。


 どんなことになっても相手は幼馴染なのだ、と確認できたのだ。


 人気のない住宅街で、異世界から帰った妹が毒に倒れ、犯人の幼馴染は体が変形するサイボーグ忍者だった。

 馬鹿馬鹿しい状況だ。天気が嫌味なくらい良いのも、またそうだ。


 雲ひとつない青い空。吹き抜けるそよ風。

 世界が刷新されるには、普通すぎる。


「貴方の妹の要求を、一旦呑む」


「え?」


「異世界からの魔獣が増加しているという報告が、今も私の大脳ネットワークに届いている。

 市民の目には晒さないようにしているし、ここで貴方たちを殺せばいい。

 けれど、多少の損傷も今は惜しい。壊される危険がないとも言えない」


「じゃあ……!」


「誤解しないで。明日は必ず殺す。

 今日だけは、あなたの妹が言う“一日の猶予”に従う」


 曲がりなりにも殺し合いを避けられたことに、進藤蓮は心の底から安堵した。

 予想外のことが立て続けに起きる中で、二人の関係のこれからを見直すのは難しい。

 だが、とにもかくにも事態が落ち着けば、どうとでもなる。


 駆け寄ろうとした進藤蓮に、三森茜は一歩退き、馴れ合いを拒む。


 相手の掌に穴が開き、閃光弾が投擲された。

 瞼を閉じるより先に響く光。


 腕で顔を覆った少年が目を開けると、幼馴染の三森茜はどこにもいなかった。


 疲労の重い体でも、ひとまず修羅場を乗り越えられたことに、進藤蓮は一息つく。


「うぅん……」


 倒れていた志紀が身を捩って呻く。

 遅れて、志紀が毒にかかっていたことを思い出した。


「おい、志紀。しっかりしろ」


 毒の感染リスクを無視し、進藤は妹を揺さぶる。


 真っ青になっていた彼女のチョコレート色の顔。

 体の輪郭に赤黒い闇が生じ、それが毒素を吸い取るかのように、志紀の様子がみるみる良好になっていく。


 どうやら異世界人には、この世界の神経毒は無効化されるらしい。


 異世界から帰ってきた妹を見下ろし、抱き上げて寝顔を至近距離で見つめた。


 ────俺が妹を守る。


 そう幼馴染に告げた。たとえ殺し合うことになっても。


 事態の重みが遅れてのしかかり、少年の手に力がこもる。

 修行だけの日常は、終わりを告げたのだ。


「……なんか、良い夢を見た気がする。楽しいことだけをたくさんして、静かに眠るの」


 だが、妹は束の間でも安らいだ眠りについていたらしい。

 これを戦果と呼ぼう。少年はそう思った。

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