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異世界転生した妹がワンダーウーマンみたいなマッスルボディになって帰ってきたよ  作者: スカンジナビア半島
第三章:妹が帰ってきたよ

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くたばれ

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【十】

「ぐぅっ!!」

 傷口から炎が侵入し、内臓を灼く。その痛みを、師匠直伝の呼吸法でどうにか消化する。

 異世界育ちである志紀の純粋な腕力は、もとより蓮を遥かに上回っていた。

 そして今や、その攻撃には死をもたらす意志が込められている。

 動きを理性で抑えられなくなっていた。

 彼女は本当に魔王になったのだ。

 魔王となり、その数十倍にまで力が上昇したことで、もはや一挙手一投足が戦士という枠を超えている。

 蓮に残された選択肢は、攻撃を受け止めることではない。砕くか、弾くかの二択しかなかった。

 避けようとすれば、攻撃の余波だけで致命傷だろう。

 そして、いくら砕いても、蓮の攻撃がシキに届くには、相手の質量が多すぎる。

 積極的に攻めることを考え、地面を蹴る。

 魔王が腕を伸ばし、足元の黒い霧から炎を揺らめかせる。

 黒い影から炎上する小人──ゴブリンめいたものが、次から次へと足元から這い出てきた。マントを掴んでよじ登り、伸ばした腕を伝って蓮へと跳ぶ。

 物語では粗末な石槍を武器にされがちだが、彼らはセラミックに似た材質の武器を手にしている。

 一匹ずつ砕こうとした、その瞬間。

 ライゼンに聞かされた話を思い出し、躊躇いが生じた。

 ギリーを倒した時にも抱いた感情だ。

 こいつらも、元は知恵を持ち、志紀と一緒に生きてきた存在なのだ。

 操られているとしても、その世界の駒だとしても──倒して良いものなのか。

 右腕に裂傷が走る。

 遅れて、鋭い痛みが生じた。

 ──戦い方が上手い。

 兄はそう思った。

 万物の「突けば死ぬポイント」を視認できる、蓮の武術眼。

 それによって、一突きで万物の破砕が可能となる。

 異世界の怪物相手にも通用する技だ。

 弱点は二つ。

 「蓮が視認し、体が追いつく限りのものでなければならない」こと。

 そして、「未知の異界の物質や肉体を観察・分析するには、気力と眼球の消耗が激しすぎる」こと。

 酷使した眼が激痛を訴え、血の涙がとめどなく流れ落ちていく。

 魔王もいる空間での対象分析は、眼を中心に全身を内側からガソリンで焼くような、爆発的負担があった。

 知ってか知らずか、魔王シキ=ヴァンキッシュは、無限の物量をひたすら展開するという、蓮には最も不得手な手段で攻めてきた。

「…………っ!!!」

 内臓の中の物、いや内臓そのものが喉元までせり上がるような激痛。

 肌の感覚どころか、骨の感覚さえ消え始めている。

 三森茜に放った全力の攻撃。眼球への負担はともかくとして、肉体への負担は想像を絶する。

 師匠にも「生命を賭ける時以外は絶対に使うな」と厳しく言い含められていたものだ。

 全力を出せるのは、次が最後だ。

 出しどころは見極める必要があるし、蓮には何を見つけるべきかの理解が多少はできている。

 やるべきことは、チャンスを捉え、逃さないこと。

 一拍生まれた激戦の隙間。酸素を取り込み、集中する。

 ひたすら修行をしてきた拳士に、巨大な刃が迫った。

 避けることはできない。

 全身が総毛立ち、脳みそを氷水に漬けたような寒気。

 命の危機に鼓動が速まり、体感時間が二十倍にも引き伸ばされる。

 問題ない。これくらいの窮地なら修行で何度もくぐってきた。

 意識を集中。眼球に関係する上直筋・下直筋・内直筋・外直筋・上斜筋・下斜筋――そして滑車を自律的に動かし、物や生き物ではなく、蓮と相手を結ぶ空気に集中する。

 蓮と志紀を結ぶラインの上に、空気を崩す点が浮かんだ。

 それを素早く、最低限の動きで突く。

 志紀の戦斧と蓮の拳なら、拳の方がずっと速い。

 宙空に真空が生じ、周囲の空気がそこに吸い寄せられる。

 戦斧の太刀筋もずれた。

 素早く拳を引いていた蓮が、掌底によって一箇所に塊となった地点を打つ。

 空気の岩と言うべきものが志紀の顔面にぶつかり、大きくのけぞった。

 月夜。いつもは青褪めた色合いの空が、魔王の炎を映して赤く揺らめいている。

 ぽかりと浮かんだ三日月が、血の海に半眼で照らされて。

 志紀と蓮は相対する。

 指が長く鋭利になり、顔貌そのものの輪郭さえ、人の形が崩れていく。

「ふたりともここまで強いの……!?」

 驚愕したライゼンが武器を構えながらも狼狽する。

 構えに隙はないが、魔王の高まり続ける力に、対抗する術を見いだせない。

「もうわかっただろ」

 唾を飛ばしてライゼンが蓮に叫ぶ。

「彼女を殺そう! もう無理だ! 今なら殺す隙もあるんじゃないの!?」

「殺さない。あいつは俺の妹だ」

 頑として譲らない少年に、少女が苦渋を滲ませた。

「この馬鹿野郎!!」

 焦燥感に駆られて、かつての魔王が吐き捨てた。

 疑念が生まれたのはライゼンだけではない。現魔王の志紀もだ。

「どうして…………?」

 片手で両目を覆い、妹は唸る。

 “どうして”──彼女がここに来てから何度も繰り返された言葉だ。

 初めは圧倒的なほどの陽の気配を持っていた彼女が、ずっと内に持っていたものだ。

「私がもうどうしようもないのはわかっているでしょ」

 両目から滂沱の焔を流し続け、魔王は首を傾げる。

 身体の動きは乗っ取られても、まだ感情は表に出せるのか。

 兄に問いかけることはできるのか。

 そして、今の進藤蓮にはすべてへの答えがある。

「お前と再会したからだ」

「聞いていないのかもしれないけれど、私は──」

「妹でも体は別物だし、ここのことをほとんど覚えてないんだろ? そうなったものはしょうがない。ここにいたのも、お前にとっては二十年も前のことだ。じゃあ、お前はどうしてこの世界に来た? 記憶にない、血の繋がりもない、かつての肉体の故郷ってだけのものに」

「それは──」

 言葉に詰まった魔王が目を伏せた。

 もはや兄が見上げなければならないくらいに大きい妹だが、困った時の仕草は蓮が覚えているのと同じだった。

 彼がずっと求めていた少女のものだ。

「私だって気づいている。どこにも、楽園なんてないって。でも…………」

 志紀の瞳に涙が浮かび、筋となって落ちた。

 炎で燃える体表で瞬く間に蒸発したが、兄は決して見逃さなかった。

「ここにいた頃が、とても幸せだった……“感情”だけは覚えてたから……一度、帰ってみたかったの」

 何処が幸せだったんだと、蓮は内心で叫んだ。

 あの頃の自分は、友達と遊ぶことだけを考えていて、ついてくる妹をぞんざいに扱ってばかりだった。

 あんなものが、幸せだったはずがない。

 できること、してやれることは何千倍、何万倍、何億倍、何兆倍もあった。

 己を責める億の呪言を胸に秘め、あの思い出を追ってきた志紀に、蓮は断言した。

「じゃあ、お前は絶対に俺の妹だ。だって、困ってて、本当に困りきっていた時に、頼りたかったんだろ? きっと、それが家なんだ」

 志紀の頭を撫でようとして炎に焼かれた。

 すぐに手を振ってかき消す。

 悲しいが右手を犠牲にはできない。

 これから、彼女を家に連れて帰るのに必要だからだ。

 代わりに、妹に笑いかける。

「俺はお前を絶対に助けるよ。絶対に見捨てない。せっかくの里帰りなんだから、好きなだけ家にいろよ。いくらだってハグしていいし、なんなら猫も飼おう……そうだ、子供が好きみたいだから、休日には公園とかショッピングモールに行くのもいい。子供たちがよく遊んでる。お前には無限の楽しいことが待ってるんだ」

「お兄ちゃん……」

 魔王の声音が、“あの日”に自分を呼ぶ妹の声音と重なった。

 それで十分過ぎる。

 進藤蓮がずっと求めていた者が、過去も今も重なっている。

 兄が妹を助けるのに全力を尽くす理由は定まった。

「これからお前を誰よりも幸せにする。それで、俺も幸せになる」

「フフ……なにそれ」

 兄につられ、異形に変じていく妹も笑う。

 力強く頷いて、進藤蓮は言った。

「それが家族だ」

 二人を取り巻く環境のすべてが、少しの間だけ取り払われた。

 今いるところ、これまで何をしてきたか、今どうなっているか、何をしなければいけないか。

 何もかもを忘れ、素顔になった兄と妹が無音の世界にいた。

 深夜の小学校で魔王になった妹に家族を語る。

 なんだかおかしな光景に思えた。

 しかも妹はずっと歳上で背が高くて筋肉質だったのが、魔王の異形に成っているのに。

 でも、言葉というのは不思議だ。

 こうして宣言したら、自分の心身に染み渡って、底なしのパワーが湧いてくる。

 異常な密度と質量の修行を超え、用意された死線も乗り切ってきた。

 その上で、異世界相手にできることはあまりに少ない。

 ただ一つに集中する。

「ごめんね、もうダメみたい」

 魔王の様子が変わった。

 節くれだった細長い震える指。爪が頬を掻き毟る。

「思い出を作る。死ぬ前に、少しだけ機会を持てたから。

 それだけだったのに、貴方はずっと優しくて……その口が“幸せ”と言葉にするだけで、制限された感情がどんどん解き放たれていった」

 過度に集中したことで眼球の毛細血管が切れ、血が流れていく。

 志紀の意識も魔王というシステムに乗っ取られようとしている。

 “魔王”の貌が、人の心が刺激されれば刺激されるほどに強まっていくのか。

 これまでで最大のオーラが燃えていく。

「──死にたくない。嫌だ。嫌なの」

 頭を抱え、頭痛に苦しむように体を折り曲げる。

 これまでの戦いで蓮が学んだことが一つある。

 志紀の力は内部から溢れているのではない。

 外部から注ぎ込まれているもの。正確には足元の影からだ。

「どんどん、その感情が溢れてくる。

 本当は死ななきゃいけないのに。

 止まらない。止まらないのよ」

 ライゼンも志紀も、本質は言葉にしつつも見抜けなかった。

「──だから、わたしは【魔王】なの」

 蓮の推測通り、志紀の足元から力が止め処なく溢れていく。

 逆流して、天へと昇っていく。

 彼女らは異世界転生者。転生先が求める運命に最適化する体となっている。

 言うなれば駒。

 駒が駒でいるには必ず必要なものがある。

「《災厄招く十の題目》、無窮せよ」

 進藤志紀の全身の輪郭が膨らみ、霧散し、拡大していく。

 一個の形なきエネルギー体となった魔王が、天に咆哮する。

 炎の尾を振るい、火炎製の巨兵となったものが拳を振り上げ、落とす。

「ライゼン、俺を上空に跳ばせ! 志紀の頭上にだ!」

「わ、わかった!」

 目の前の威容に硬直した旧魔王が、蓮の言葉で我に返った。

 疾風がバネになって蓮を上空へ弾く。

 横から、正面からの視点ではまだ見極めきれない。

 地面と垂直の位置でわかることがある。

 異常集中した眼球が、氣の流れを読み取る要領で、志紀の頭上からまっすぐ下までを見抜かんとする。

「あった…………!!」

 地下。志紀の足の下。影を生み出す源があった。

 禍々しく揺らめき、形を常に変えながらも、志紀の両足を起点に嫌らしく蠢いていた。

 それが志紀を陣営のキングとして、広大な盤面を形成させていた。

 今朝に会った時も、不確かな存在感を発揮していた。

 志紀の足元、その下。途方もない力の塊。

 目を凝らすと、本当にあった。

 大地震を起こすと錯覚させるほどの力を放つエネルギー源。

 それが何だというのか。

 恐らくは、魔王、システムの根源だ。

 志紀の意志を乗っ取り、加えて、どうしてか地面から魔獣が出てくる。

 魔王の力で、志紀の意思を超えて出しているのならば、虚空でも志紀本人から出てもおかしくないはずだ。

 師匠に「力の全ては踏みしめた土台に通じている」と言われたことがある。

 彼の発言を信じ、イチかバチかの賭けに出よう。

 志紀を魔王に、異世界転生者とその世界に生きる者達を縛るルールは、地面を通じて干渉していた。

 ライゼンと志紀が飛ばされたジャヒムでは、足元から深くに伸びる領域──力場によって二人を双陣営の長にさせていたのだろう。

「喰らいやがれ!!」

 蓮が拳を力場に向かって降ろした。

 上空から下へ、魔王の脳天を貫く。

 狙うはその先。拳閃が雷光もかくやという速度と、針の穴に意図を通す精密さで、地面に拳の穴を開けた。

 膨大な黒い影を生み出していたのは、紅く燃え盛る黒点。

 中央に一点ある白濁がおぞましく蠢き、蛇の幼虫めいた鳴き声が微かに聞こえた。

 影として魔王たる力場を生み出していた宝珠に、拳が届く。

 危機を察した宝珠が、禍々しい絶叫をした。

 システマチックな異世界転生者の殺し合いをさせ続けた存在とは思えない、原始的かつ根源的な叫び。

 黒い奔流が宝珠から噴き出し、夜に溶けて燃え上がる。

 奔流が固まって現れたのは、錬鉄の巨岩。

「オギャアァァァァァァァ!!」

 無機質な見た目から出る赤ん坊めいた鳴き声。

 これが最終防衛ライン。

 この世界からプレイヤーを選出し、意味不明な英雄と魔王の無限の戦いを強制していた何か。

 恐らくは、個人ではなく、世界とか、ルールそのものと見るべきだろうもの。

 進藤志紀、ライゼン、そして過去にあの世界に転生した多くの人々の命を縛り、弄んできたモノ。

 小学校校舎を突き崩せただろう巨きさ。

 進藤蓮の眼球に激痛が走った。

 過度の集中により、相手の破砕点を見抜くことができない。

 それどころか、停電した時のように視界がぷつりと消え、視神経が千切れ、暗闇が視界を覆う。

 異世界、根底から異なる理の核心を見続けたことで、ついに眼球が破裂した。

「大丈夫!」

 誰かではなく、自分に言う。

 すでに打つべき場所は見抜いている。

 それを的確に貫く技術も身につけている。

 だって──この“瞬間”のために、すべてを注ぎ込んで鍛えたんだ。

 巨大物質が蓮へ叫ぶのが、音と気配でわかる。

 ライゼンが何事かを叫んで物質に斬りかかるが、傷一つとしてつけられない。

「逃げて!!」

 落ちる最中である少年にできるわけもないとわかっていようと、ライゼンが言う。

 宝珠から生まれた巨大な物質が激しく振動する。

 超振動により、周囲一帯の空間における物理法則が引き歪む。

 異世界転生を司ってきた物質が今度は、こちらをその世界に染めようとしている。

 物質に孔が開き、焔の熱線が蓮へと走る。

 照準は正確、威力は掠っただけで蒸発するほど。

 だがその熱線は、大きく上に逸れた。

 十本のワイヤーが巨岩に巻き付き、牽引されていた。

「やって!! ここまでさせたんだから、シンちゃん!!」

 異世界転生の恨みで造られた三森茜が、進藤蓮のアシストをしてくれる。

 それだけで、友達がこの世にミモーただ一人しかいない少年には、これほどの後押しはなかった。

 激痛は彼方に消え、やるべきこととやりたいことが一致した完全な状態。

 怪物を抑えきるにはまだ両腕もどきの突起がある。

 異世界転生で家族、人生を奪われた少年が全力攻撃を放つには、まだ時間が足りない。

 両腕がこちらを叩き潰さんと伸びてくる。

 瞬間、物質化した宝珠の力場、その残滓が少女の形を作って、敵の両腕を融解せしめた。

『お兄ちゃん……』

 何度も夢に聞いた声、言葉。

 それがすぐ近くにある。

 手を伸ばせば抱き寄せられるという、曇りない自信が漲っている。

「安心しろ」

 力強く答え、蓮は右腕に力を籠める。

 最終手段かつ、絶対に殴りたいやつがいる時にだけ使えと師に言われた技。

 それをもう二回も使ってきた。

 言ってしまえばやることは、敵の弱点──突けば必ず倒せるという破砕点シャッターポイントを、髪の毛百分の一本のズレもなく、全力で打ち抜く。

 シンプルだが、針の穴に拳を通すような無理難題だ。

 故に、最大最強の破壊力を齎す。

 見知ったこの世界の物質ならほぼ無反動でできる。

 だが異世界を相手にすれば、全てが未知な物質を高速で演算し、理解する無茶を断行するため、反動で視神経と利き腕が急速に壊れていく。

 腕の表皮が剥がれ、力は神経繊維の欠片が溢れる気がしている。

 もう肉体は限界だ。

 この世界の肉体でも不可能を可能にする、その武術を修めた。

 しかし、それは決して無敵の技術ではない。

 使えば使うほどこちらの体を崩壊させる、自爆技に近い。

 だから毎日、崩壊の寸前まで身体をイジメ、少しでも限界までの距離を伸ばしてきた。

「ここからは気持ちの問題だ。百億回だろうと耐えてやる」

 痩せ我慢に笑顔を浮かべる。

 丹田に力を入れて、全身の経絡から気血を右腕に送り、全生命力を籠める。

 全力の限界、それを超えた生命を削る技。

 非常識な技ばかり教えられてきたが、これはその非常識技の究極を、蓮が独自に改良させたもの。

 べつに進藤蓮がそれだけ技を究めて偉業を成したわけではない。

 限界を超えて、死の危険を無視して、後先を考えない体の使い方を一撃に入れ込むだけだ。

「ずっと、お前に言いたいことがあったよ」

 今朝、異世界の怪物を見たときに浮かべていた笑み。

 それよりも深く、激しい獰猛な表情。

 昏い憎悪、怒り──それを解き放つ。

 自分を焦がして灰にする復讐、恨みの黒炎。

 自分を燃やして壊すならすればいい。

 ただ、それより早く相手をぶん殴る。

 そうすれば早いもの勝ちで、こっちが生き残る。

 全ての心を籠めて、突きを放つ。

「よくも……!」

 あの日が上映される。

 酷使した脳が見せた走馬灯だ。

 後をついてくる妹。一顧だにしない最低な兄。

 トラックが突っ込んでくる。動けない。

 動いてからはすべてが遅かった。

「よくも…………!!」

 今は違う。動くべき時に動く。命を賭すべき時に賭す。

 進藤蓮の精神がようやく動こうとしている。

 妹を守れなかった時からずっと止まっていた人生が、異世界転生を前にしてようやく。

 今この瞬間のために“あの日”も、そこから今までの道程もあったのだという確信があった。

 血、氣、魂の全てを右腕一本に滾らせることで、腕の血管が次々に弾け、神経が切れていく。

 心臓が破裂寸前になり、呼気からも自死の気配がする。

 生命・思考・意志・怒り。掻き集められるものを全部集めて、一点に注ぎ込む。

 残心、腕の引き、反動への備えを肉体の反射から意図的に外す。

 激痛は気にならない。この瞬間だけだ。目の前には長らくの宿敵がいる。

 何もできなかった自分、弱く身勝手でヘタレなクソ野郎──昔の自分の陽炎が、宿敵にこびりついて一体化している。

「よくも、僕のかわいい妹を、奪ってくれたな」

 再度、物質が熱線を放つ前に、進藤蓮が右腕をまっすぐ突き出す。

「異世界転生の……クソ野郎め!!!」

 限界を迎え、過集中によって右の眼球が弾けた。

 喉が震えるのは痛みではなく気合。

 膨大な光輝を放つ拳。これで憎き異世界転生をぶちのめす。

 顔らしい球体めいた場所にて、拳圧がそのまま手形のように陥没し、その凹みが穴を穿つ。

 極大のエネルギーが顔面を通って後頭部より解放され、爆発する。

 刹那の後に、衝撃が全身深くを巡り、毛細血管の如く亀裂を創っていく。

 進藤蓮が教わった武術における終の技。

 破砕点にピッタリと全力の突きを放つ。

 そして破壊をする。

 だが、それには先がある。

 先、と言うよりはむしろ究極の果て。

 概念、世界のルールそのものを破壊せしめるもの。

 卓越した武術眼で有機体、無機体の領域を超えた、世界の理そのものの破砕点を突くのだ。

 穴が生じた世界の法則は、欠落を埋めようと近くの強い意思を求めて取り込む。

 そこに自分の意思を注げば、あらゆる不可能を可能にする。

 馬鹿げた原理の技だった。

 異世界転生のルールを司ってきたシステムの化身を粉々にする以外には、オーバーキルでしかない。

 ただでさえ自分の身体を壊す業で、世界のルールそのものを粉砕する。

 故に、使うべきは此処しかないのだ。

 一突き。妹が異世界転生した、あの日から今日まで鍛えてきた技。

 この日、この瞬間のための、兄としての復讐。

 異世界を、自分を、過去の愚かさと憎しみをまとめてぶち殺せる歓喜。

 妹を今度こそ救える達成感。

 陰も陽もまとめた極大の感情。

 拳を通して全身全霊を注ぎ込む。

 反動によって全身がボロボロになり、落ちていく蓮の目には、断末魔をあげるように霧散していく影が見える。

 十年ぶりの清々しい気分で、少年は満面の笑みで言った。

「ざまあみろ。顔面を思いっきりパンチしてやったぞ」

 骨まで見えるほどボロボロの腕を、空に向かって突き出す。

 異世界転生を、ぎゃふんと言わせてやった。


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