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パンチ


【七】


 三森茜。幼馴染。異世界転生に纏わる事象の監視者。さらには処刑人。

 複数の名前はすべて異世界転生への繋がりを消すために作られたもの。

 幼馴染なのは、異世界転生遺族の進藤蓮を監視するためであり、偽装。

 本人の主張としては、個人ではなく群体めいた存在であるらしい。

 人間に群体というのは、進藤蓮にはピンと来ないものはある。


「異世界からの稀人を拒み、消し続ける。それが私の使命」


 ミモーの両手の指が五十本に分裂し、それぞれでクナイを投擲する。

 進藤蓮は右腕を振るい、その風圧で刃幕を退けた。

 同時に、粘ついて消えにくい煙幕が展開される。

 一瞬見失った進藤蓮は空気の流れを見破ろうと試みる。


「終わり」


 頭上に跳んでいた忍者が、電柱を切り飛ばして落としてくる。

 横に転がって避けた進藤が三森を追おうとするが、追いかけられない。

 絶妙にこちらの死角、把握しきれない位置を絶えず突いている。

 昼に軽く拳を交わしたのとは違う。

 正真正銘の戦闘行為。


「クソッ、ずるいなミモー。お前、俺をどう倒すのかずっと考えていたんだろう。俺はお前がこんなに戦えるのを今日知ったのに」


 異世界相手じゃないと燃えないが、これなら対異世界生物を想定した、さぞかし良いスパー相手になったことだろう。

 こんなことなら修行についてあんなに話さなければよかったと、蓮は少し思った。

 無理だ。ミモーに修行のことを好きなだけ語るのは本当に楽しかった。思い出すと泣きたくなるくらいに。


「物心ついたときから私はこうだった。全身を改造され、この宇宙で唯一の“超人”として。すべての“奇妙”を、“未知”を追って滅ぼせと言われてきた」


「誰がそんなことをさせているんだ。《反異世界転生者》のトップは誰なんだ」


 何も知らないけれども、毅然とした態度で蓮は問いかけた。

 先に戦った時は事態に流されて、無知な少年は狼狽えるばかりだった。

 けれども、今は落ち着いて物事を受け入れられる。


「個人だけの憎しみではない。無数の人々の無念と憎悪。それを私は受け継いできた。貴方も私と同じ気持ちのはず」


 幼少から普通とは違う人生を送ることを強制されていたという忍者は、進藤蓮の世間知らずさを軽蔑した。

 堪える返事だ。信じ切っていた幼馴染から受け取るには。


「貴方が力を求めて強くなり続けたように、私は遺族の恨み、憎しみによって、この世界最強になるよう産み出された“超人”。異世界に対抗し、滅ぼし尽くすのを復讐とした“反異世界転生町内会”の殲滅装置」


 そう言われると自分と何も変わりがない。

 自分はたまたま師匠に会って力を手に入れられた。

 しかし、そうじゃなかったらどうしていたか、わからない。

 憎しみと怒りを持て余したまま、異世界転生への憎しみで体を捨てていたかも。

 そうなると進藤蓮と三森茜との間の違いはほとんどないように思えてきた。


 動揺した進藤の足元にワイヤーが絡みつき、視界が横転しかけるのを堪えた。

 スピードと技術で翻弄。

 進藤蓮には天敵に近いスタイル。

 だが少年は事前に似通った戦法のライゼンを倒したばかりだ。

 目が、身体が慣れている。幸運に違いない。


 三森茜の脚部から刃が飛び出し、蓮を地面に植え付ける。

 重要な臓器が無事なのは意図してのものだろう。

 掌から銃口のみが飛び出し、蓮の頭に狙いを定めた。


「だから貴方の妹も必ず殺す。こうして実害も出た。私の判断ミスが招いた事態」


 異世界への憎しみに突き動かされ、怪物を倒すのに歓びを見出していた蓮に、茜の言葉を否定するのは難しい。

 おまけにミモーの言う通り、志紀は魔王になって人々を消している。

 殺す理由は無さ過ぎる。

 進藤蓮にとっても、彼女が妹でなかったならば────


「貴方も異世界転生遺族なら異世界を憎む気持ちはわかるでしょう。それに、これは世界のためでもある。貴方だって他人事なら同じように彼女を殺せと言う」


 ──そんなことはさせない。

 そう、言いたかった。

 弱る心でもそれだけは決まっているが、反論が出てこない。

 これが幼馴染でなかったら、殴って退かせた。

 だが、彼女にそれをしたら、もう仲直りできない気がする。

 それはダメだ。志紀との約束も破ることになる。


 思わず助けを求めるように、志紀の友達と名乗ったライゼンの方へ、視線を彷徨わせる。

 もしかしたら助言をくれるのではないのかと思ったのだ。

 ライゼンは無表情で進藤蓮を見つめている。

 助ける気も見捨てる気もないのがわかった。

 ただ、目の前で起きていることをじっと観察している。


「諦めなさい。貴方は彼女と死ぬの。それがこの世界の、異世界転生の遺族の総意」


 自分と同じ異世界転生の遺族の意見。

 軽い気持ちで無視することは絶対にできない。

 もしも妹を、進藤志紀を助けるという名目でなかったならば……?

 そう考えると言葉が出てこない。

 まず何よりも、進藤蓮は口下手だ。

 学校では三森が代わりに話をしてくれた。

 だからこうなったのは因果応報でもあった。


「そう、あなたには何もできないの」


 その通りだった。目の前で女の子を助けられずに、見殺しにしたも同然なのだから。

 そんな自分が進藤志紀を助けられるのか。

 あれだけ修行をしても、昔の自分と変わっていないとわかったのに。


 たった一日だがヤケに濃密な、彼女との思い出が過る。

 見捨てるかどうかの瀬戸際にも走馬灯とは流れるものなのか。

 牛頭、ヒポタウロスを倒した姫戦士。

 まず最初に抱きついてきた志紀。

 圧倒的なカリスマによって英雄として、周囲を惹きつけ、卒倒させる志紀。

 子どもと穏やかに優しく話す志紀。

 やたらとボディタッチしてくる志紀。

 こちらの頭の匂いを嗅いでくる志紀。

 真実を隠し、罪悪感に苦しむ志紀。


 もしも、志紀が志紀でなかったとしても助ける。

 そうなのに、彼女が魔王で、自分達のような境遇……すなわち不幸と悲劇を生み出す存在だとしたら、殺すのか。


「いや違った」


 巻き付いたワイヤーを突くと、解けた。

 右目に激痛を感じ、悲鳴が出てきそうになる。

 ここまで短時間に連続して目を酷使したことはなかった。

 極度に視界を集中させ、一突きすれば相手を粉砕できる破砕点を見出す。

 それが進藤蓮が訓練で身につけた技術。

 対象は生物に留まらない。


 幼馴染である少女の左胸を拳で突く。

 人間とは全く違う構造であり、胸部を貫いても問題ないとわかる。

 三森茜が大きく吹き飛ぶ。

 戦いを静観していた、茜の仲間達は微動だにしない。


「わからないの…………!? 貴方の妹は今、たくさんの人々を消している。貴方がされたことと同じことをしているのよ」


 少年の心が折れたことを確信していた三森が驚愕を露わにして言う。

 激怒の貌を垣間見せてからも、常に能面であり、一切の感情も向けてこないように見えていた三森茜。

 それが進藤蓮の行動に大きく揺れていた。


「志紀の兄だから、志紀が妹だから、それで庇っているのはそうかもしれない。どれだけ言葉で取り繕うとも、家族だから拘るのはきっと合っている。でも、そうだ、お前の口車にまんまと載せられるところだった」


 心を通わせていた少女の前で、少年はファイティングポーズを取る。


「俺はあいつが志紀かずっと確信が持てなかった。でも、お前が“全力で向き合え”と言ってくれたから、あいつを見てきた」


 異世界を殴るのは楽しかったし、復讐心や憎悪を癒やしてくれた。

 だが、それでも志紀やライゼンを殴りたいとは一度も思わなかった。

 進藤蓮の目には、彼女達は異世界と繋がる存在ではあったが、この世界や自分の心と繋がりのある生命に視えた。


「それで妹だとわかったというの!? 気づいたと!?」


「違う。常に気のせいだ。俺はあいつが妹だと断定するほどはわからなかった。わかるわけがない。見た目も性格もあんなに変わってるんだ。偽物でもこちらに助けを求めるなら助けてやりたいから、と俺はお前に言った。でも俺の本音は少し違った」


 丹田に気を練る。

 ゴキブリウサギ撃破の戦利品である被虐の真珠が、力を与えてくれる。

 まるで志紀を奪った世界すら、手助けしているかのようだ。


「俺が思ったのはずっと“こいつが志紀だったらいいな”ってことだ。こいつが本当に家族だったらきっと嬉しい。こいつが困っているなら助けたい。そこのライゼンのことも手助けしたいと思ったのと、根っこは同じだ。異世界転生とかじゃない。助けを求めるなら、手を差し伸べたいんだ」


 自分で言っていて、思考と信念が固まっていく。

 過去、妹よりも自分のしたいことを優先してきた兄、トラックを前に足が竦んだ弱さ。

 それよりもずっと耳に、心にこびりついているのは、自分の背中を追いかける鳴き声だった。

 振り向いて彼女の手を握れなかった自分への憤りが、彼の心と時間を凍らせた。


 三森茜が、“異世界転生町内会”のアバターが、体内から銃器を展開していく。

 それだけでなく、周囲で観戦していた三森茜の仲間達も。

 流石にライゼンが加勢しようと動くのを、進藤蓮は目で諌める。


「ミモー。お前が異世界転生遺族や、この世界の人のために異世界の奴らを排除するというのも合っているのかもしれない。けど、俺は嫌だ。異世界転生遺族だけじゃなく、異世界も異世界に転生した奴も困っているんだ。なら、俺は全員助ける。異世界の悲しみに触れたんだ。そうしたら、ぶん殴って復讐、殺して愉しいなんて絶対に思えない。だから助ける。俺にはあいつらが抱えて溺れた苦しみから、あいつらを助けてやれる力があるんだ。きっとあるんだ。そうだって、自分を信じるよ」


 結局は、昼間にミモーに対して言ったのと変わらないのかもしれないが、少年にとっては大きな違いだった。

 違うのは、そこに籠もった覚悟と確信。

 もう誰に何を言われようと、何が起きようと、この身を賭して助ける。

 異世界が憎くて堪らないのは変わらないし、今でもぶん殴りたいが、それはそれとして人は助ける。

 自分はそのために鍛えてきた、だから絶対にできる。

 傲慢かもしれないが、少年は自分が異世界に対して絶対の力を育んできたと“理解”している。


 左手を顎のラインに上げ、右手を丹田に添える。

 何千万、何億回、もしかしたら兆の数をこなしたかもしれない動作。

 その全力を今、三森茜にぶつける。

 “自らの全能性を理解し、受け入れよ”。

 師匠に授けられた、武術の極意。

 今の少年には、その言葉の意味がよくわかった。


「そうだ。俺には力がある。あいつを助けられる力が。お前の言うことに惑わされるところだったぞ! 俺は強いんだ!! 俺にできないことはない。もう異世界転生だのが、しがらみになってる人生に気を遣いすぎない!! 周りの言うことなんか知るか!! 俺はあいつを助けられる!!! 異世界も世界も!!! お前に毎朝話してきた修行の成果を全開まで見せてやろう!!! 毎朝、お前に話してきた修行の全てが、この日のためにあった!! 今の僕にできないことはないんだ!!」


 ずっと言葉だけで修行について聞かせていた、本当の極限までの成果を見せたことはなかった。

 今こそ見せてやる。これで相手に納得してもらう。

 幼馴染に、すべてをぶつける。

 魔王を助けるための前哨戦には相応しいだろう。


「…………本当は貴方と親しくなる意味はなかった」


 目を閉じ、ミモーが独り言のように話す。

 最後の別れを告げるかのようだ。

 穏やかな口元が微笑んでいるようにも見えた。


「異世界転生への憎しみで動く貴方は、この世界の誰よりもひたむきだった。それが、私には……親近感を抱かせた。あなたが、どう生きていくのか、どこまで強くなるのかを見たかった。でもそれもこれで終わる。さようなら、シンちゃん」


「毎朝、俺に『おはよう』っていう役は、お前だろ」


 微笑みを浮かべて三森茜と仲間達が銃火器をフル作動させる。

 三森茜が群体として蓮を抹殺しにかかっているのだ。

 それらが作動すれば、人間は肉片も残らないだろう。


「また明日だ。明日も会おう。これからは無くした骨のことを忘れるくらいに楽しいことをしていくんだ」


 少年が気安い調子で告げ、異世界転生のために骨を無くした少女が目つきを鋭くした。

 四方八方からマズルフラッシュが瞬き、中心に固まって発光したことで、夜に白色のドームができあがった。

 中央にいる進藤蓮に逃げ場はない。

 ミサイルと毒ガスも散布される気配もした。

 地図が変わってしまい、周辺にはしばらく人が住めないほどの質量攻撃。


 それに対して進藤は、愚直に突き詰めてきた行為を行った。

 すなわち、空間の破砕点を見抜き、そこに向かって全力の突きを──


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