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呑んだくれの悲哀


【四】


【進藤蓮のオリジン】


「よぉし、お前にはいっちょ、これを覚えてもらうからな」

「な、なんですかこれぇ……」


 それはどこからか持ってきたのか、全長百メートルはあるだろう鋼鉄の塊だった。

 用意するのも大変、破壊するのはほぼ不可能という代物だ。

 それを、師匠は一突きで粉砕してみせた。


 十八歳になった蓮は当時を思い出し、

「いくらなんでも、あれはありえないだろ」

と今なら思う。


 しかし、当時まだ十四歳の蓮には、ただ師匠の凄さだけがあった。


「はい、注目ー。物にも人にも、なんでもかんでも“破砕点”っつう、存在レベルの急所がありまーす。そこを見抜いて突けるようになってもらうわけです」

「そんな話、見たことも聞いたこともない!!」

「そうだろ? あるわけねえわ。“ここ”では」

「どうやって、こんな技を覚えたんですか?」

「遠い遠い場所だよ。それで十分だろ」


 質問は禁止と言わんばかりに、師匠がビール瓶をあおる。

 今日はすでに二十本目。

 毎日がこのペースだ。


 常人なら肝臓が死んでいる。

 内臓があまりにも無敵すぎるのが、少年の師だった。


「そんなアバウトな……」

「これを極めたら何でも壊せるようになる。人間でも化物でも、なんなら世界も壊せる」


 そのつもりで強くなれということなのだろう。

 “ま、世界を壊したことはないけどな”と、肩を竦めるのを大げさだなぁと思った。


「お前……遠いところに行って、一番つらいのが何かわかるか?」

「帰れないこと?」

「いいや」


 弟子の蓮が口うるさく言ったおかげで、師匠は最低限の身だしなみは整えるようになった。

 さっぱりした前髪のおかげで、双眸がよく見える。


 感情の変化も、ほんの少しだけわかりやすくなった。


 遠い、過ぎた過去に思いを馳せる。

 その顔は、郷愁と悔恨に痛んでいた。


「必死こいて強くなって、帰ってもさ。帰る場所が、家がないってのが、一番つれえ」


 うなだれ、誰にともなく呟く師匠は、

 そのときの少年の目には、迷子のように映った。


 そんなはずはないと、すぐに自分の考えを否定する。


 師匠は誰よりも強い。

 子供だった蓮には、師匠の悩みも、正体も、この世界の歪みもわからない。

 彼、彼らの想いの深さにまで考えを巡らせることはできなかった。


「だからよ。お前は、妹が帰ってきたら、全力で迎えられるくれえに強くなれよな」


 そう言って、頭に手を置き、珍しく撫でてくる。


 その手に込められた意味を、蓮は理解できなかった。

 ただ、素直にうなずくだけだった。


 ──その“帰る”ということが、どれほど困難な意味を持つかを、蓮はまだ知らなかった。


 …………。

 ……………………。

 …………………………懐かしいことを思い出した。

 

 身支度を整え、めちゃくちゃになった玄関に向かう。


 外へ出る前、蓮はふと足を止めた。


 玄関の隅。

 さっき置いたままの鍋。


 蓋が、わずかに湯気を吐いている。


 ──まだ、温い。


 異世界だの、魔王だの、殺すだの殺されるだの。

 そんな話をしている間も、三森のシチューは冷めきっていなかった。


 朝ごはんの予定はシチューとトースト。

 志紀に、たっぷり食べさせるつもりだった。


 それだけは決めていた。


「……後で、ちゃんと食うからな」


 誰に向けたともなく呟く。


 ライゼンが一瞬だけ、鍋に目を落とした。

 それから、ほんのわずかに視線を逸らす。


 日常は、まだここにある。

 壊されていない。

 志紀を、妹をまた連れてくる。


「行くよ」


 ライゼンの声が、やけに静かだった。


 蓮は一度だけ振り返り、

 鍵のかかっていない玄関を、そのままにして外へ出た。


 ──帰ってきて、続きをやるために。




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