夕方
三題噺もどき―ななひゃくにじゅうきゅう。
小さく窓を叩く音が聞こえてきた。
初めは気のせいだろうかという程に、小さく静かであったはずなのに。
気づけばその音が世界を支配しているように感じるほどに、激しく窓を叩く。
「……」
朝食の前にはまだ外れの方にあった雲が、こちらへと流れてきたらしい。
外は少し暗くなり、雨が勢いよく滑り落ちてきている。
でも、この感じだとすぐに止むだろう。ちょっと激しめの通り雨だ。
まだ外を歩いている人間はいるかもしれないが、まぁ、濡れたらそれまでだろう。子供たちは喜ぶかもしれないがな。
「……」
夏休みももうすぐで終わるのか、起床時に見かける子供たちが増えてきたような気がする。
今月はキリがいいからな……学校が始まるのは来週からだろうか。
宿題のラストスパートを掛けているかもしれないし、まだかもしれない。
走り回っていた子達は、まだ終わってなさそうだな。
「どうぞ」
そんなことを考えながら、あと数十分ほどで止みそうな雨を眺めていた。
すると、柔らかなコーヒーの香りと共に、小柄な青年が立っていた。朝食の片付けも全て終わったのか、いつもつけているエプロンはしていなかった。
―元の姿は蝙蝠で、私の従者で、私の唯一の家族である、青年だ。
片方の手に私のマグカップを持ち、もう片方には自分のマグカップを持っていた。
「ん、ありがとう」
差し出されたマグカップを手に取り、ソファの中心に寄っていた体を動かし少し横にズレる。大き目のソファだから、ズレなくても余裕はあるのだけど、一応だ。
そのまま持っていたコーヒーを軽く一口飲むと、特有の苦みと酸味が絶妙なバランスで口内を満たしていく。
これは香りもいいモノなので、朝には持って来いのコーヒーだ。
「……」
隣に座ったコイツも、一口飲み、小さく息を吐く。
中身はカフェオレのようだ。コーヒーは同じだろうから、これに砂糖とミルクとまぜたのだろう。甘いものが好きだから、結構多めに砂糖を入れているかもしれない。
「……怖いものですね人間は」
そう小さく呟いた視線の先では、テレビで夕方のニュース番組が流れていた。
あまり興味もないのだが、世の中の流れを知っておくことはそれなりに必要なモノだろう。調べれば簡単に出ては来るが、朝はこうしてゆっくりしながらニュースを見られるのだから楽でいい。
「……そうだな」
この辺りの話でもなく、遠い町での話ではあるが。
ある男性が、女性に刺されたのだと。幸い重症で済んだようだが、後遺症は残るのだろうな。身体的にも精神的にも……何が原因かは分からないが、痴情のもつれだろう。体格差があるようにも思えるが、そこはまぁ、色々と手段はある。
「……」
テレビでは女性が連行される姿が流されている。
多くの人間に囲まれながら、連れられて行く。
布で覆われた隙間から見えた、真っ赤な口紅を塗った唇が、楽しげに揺れているのを世間はどう見るのだろうか。
女性も女性で、何かを抱えていたのかもしれないな。それに情状酌量の余地があるかどうかは別問題だろうけれど。人を襲った人を擁護は出来まい。
「……」
ニュースはうつり変わり、政治の話になる。
事件はすぐに忘れられ、知らない間に結末を迎えているのだろう。
大抵のニュースなんてそんなものだ。最後まで追い続けるのは政治がらみか業界がらみだ。それだってモノによっては途中で飽きて捨てられる。勝手に玩具にした挙句に。
全くもって、興味も湧かない。
「……今日のご予定は」
「……そうだな」
お互いテレビにも飽き、これからの話をする。
アナウンサーの声はたいして聞こえないし、雨音も小さくなってきた。
世間ずれしている私たちには、これくらい適当なほうが丁度いいだろう。
「……ならついでに買い物をお願いしていいですか」
「あぁ、買う物をメモしておいてくれ」
「分かりました」
「では、仕事をしてくる」
「はい」
お題:雨・口紅・テレビ