09.ライバル
「2番か⋯⋯正しく、井の中の蛙だな」
俺は、自室で一人ごちた。今日、王立学園の入学試験の結果が返ってきたばかりだ。やっぱり、上には上がいる。
(王太子も同時期に入学すると聞いてるし、1番はきっとあいつか⋯⋯)
「きゃーっ! 合格よ、おめでとう!」
廊下を駆けていく声が響いた。2番目の妹、ディアンナだ。案の定、俺の部屋まで丸聞こえだ。あいつ、またドア閉めてないな。
(ほんとガサツだな⋯⋯まあ、そういうところが前世の妹達を思い出させて、ちょっと親しみ湧くけど)
「あ、ありがとうございます⋯⋯」
ミリーの小さな声が聞こえた。どうやら合格証書を受け取ったようだ。
「満点よ! あなた、とっても優秀なのね?」
「ぶふぉっ⋯⋯!」
俺は、飲みかけていたお茶を盛大に噴き出しかけた。
(待て、試験まであと1週間しかなかったよな!?)
どれだけ家庭教師が優秀でも、1週間で満点は普通じゃない。実際、今回教えた彼でさえ、かつての最高得点保持者だったが、満点ではなかったはずだ。
(まさか⋯⋯あの家庭教師が、そこまでの実力者だったのか?)
彼は基本的に他人との接触を嫌い、今まで指導依頼を断り続けていた変わり者だ。
今回は、急遽受験が決まり、他に指導者が見つからず、母さんが頭を下げてやっと引き受けてもらったと聞いた。
(たった1週間で満点って⋯⋯チートかよ?)
ちなみに、試験の内容は決して簡単じゃなかった。
「問1:貴族と平民に、身分以外の差はあるか? 『ある』『ない』から選び、理由を述べよ」
俺は『ある』を選んだ。神官を目指すなら『ない』と答えるべきなのかもしれない。
(でも、現実には人は差をつけたがる。
どの国に生まれたか、親は誰か、過去に何があったか⋯⋯そんなことが常に争いの種になる。)
俺の家庭教師は、「どちらを選んでもいいが、理由に矛盾がないこと。素早い判断が鍵だ」と教えてくれた。この問題は、いわば『初動の思考力』を見るものだったらしい。
(そして高得点を取るには、「自分ならどう関わるか」を加えること。未来への視点を問うってやつだな)
偶数番号の問題はすべて、「君の答えは間違っていると誰かに指摘された。
答えを変えるか? 変えないか? その理由を述べよ」という形式だった。単純に正誤を見るのではなく、思考の柔軟性や自省の力が試されていた。
(いや、小学生にやらせる試験か、これ⋯⋯)
俺はそっと廊下に出て、ミリーの様子を見に行った。
「⋯⋯満点だったんだってな?」
ミリーは、少し驚いたように顔を上げた。
「はい⋯⋯」
蚊の鳴くような声で答える彼女に、思わず眉がひそむ。
「どうやったんだ? こんな短期間で、しかも孤児院出の君が⋯⋯」
「あの、頭がいいわけではないんです。ただ、わからない問題は、そのまま『わからない』と書きました」
「⋯⋯は?」
「たとえば、『指摘されたら答えを変えるか』って問題がありましたよね?」
「ああ、あったな。俺は『変えない』と答えた。その理由を一生懸命書いたよ」
「私は、『話を聞いてから決める』って書きました。変えるかどうかは、その時の状況で決まると思ったから」
「なぜ、そんな答えに?」
「試験の朝、先生に言われたんです。「わからないことは恥じゃない。素直に自分の考えを書くのが一番だ」って」
「いや、悪く取らないでくれ。驚いてるだけだ」
(俺は、どうやって正当性を証明するかばかり考えてた⋯⋯それが敗因か?)
「⋯⋯そうか。君は素直なんだな」
「いえ、単に諦めたんです。
――私のような者が、時間をかけるより、賢い人に聞いた事を信じようって」
ミリーは、少し顔を赤らめた。
(俺は、完璧な答えを出そうとして、自分の中だけで問題を解決しようとしていた。
俺は⋯⋯器が小さいってことか)
「完敗だよ。これから、ライバルとしてよろしく頼む」
俺が手を差し出すと、ミリーはおずおずと、それでもしっかりと握り返してきた。