03.魔力なき者
俺は焦ってる。母さんから話しを聞いたし、この1年の間に本をたくさん読んだ。周りを観察して、この世界の生活には慣れたけど、記憶も魔力も戻らない。
実は、俺が転生したヒーロム・クローバー少年は、公爵家の嫡男で、産まれた時から高い魔力を持っているって、有名人だった。この世界では魔力なしは、先祖から力を引き継げなかった罪人の子孫として蔑まれているらしい。
(バレたら、終わる⋯⋯)
記憶の方は、猛スピードで学んでるから、何とか誤魔化せそうだけど、魔力だけはどうにもなりそうにない。
「コン、コン! 坊ちゃま、診察に参りました」
部屋の外から、丁寧なノックと共に、じいちゃん先生の声がかかった。
「ねぇ先生。僕の魔力、やっぱり戻らないのかな?」
診察を受けながら、聞いてみた。診察方法は、以前から何も変わらない。6つの魔力を流して、その反応を見るだけだ。実はこのじいちゃん、ど偉い経歴の持ち主で、過去には、王宮の筆頭医師を務めていたらしい。この世界に存在する6つ全ての魔力(本人曰く、微量らしいけど)が使えて、更に人のオーラが見えるらしく、特に病人は患部が黒ずんで見えるらしい。
「坊ちゃまのオーラが見えたら、治療の手掛かりになるかもしれませんが⋯⋯」
「やっぱり見えない?」
本来、オーラのない人はいなくて、罪人だと言われる魔力なしでさえ、紫色のオーラを纏っているとか。今の俺は、不自然に無色透明らしい。
「えぇ。改めて王宮の禁書庫に赴いて、調査をしてみたのですが⋯⋯。今まで症例の記載も無く、八方塞がりです。禁書庫、わかりますかな?」
「⋯⋯」
子供っぽさを演出するために、敢えて俺は答えなかった。
(この世界では、「魔力なし=罪人」なんだから、わざわざ罪人を治療することなんてないだろうし、治療しても記録なんて残さないんだろうな⋯⋯。公爵家の嫡男が罪人だなんてなったらまずい)
「まあ、禁書庫とは、重要な本や記録がしまってある部屋のことですな。無くしたり、悪用されないように、閲覧を制限しているのですよ」
(それを見られるあんた、何者だよ)って、突っ込みたくなるけど、まあ、長年王宮の筆頭医師を務めたんだから、顔パスなんだろう。
「へぇ⋯⋯」
俺は適当に相槌を打った。
「あと儂が調べていないのは、教会の禁書庫くらいです」
「え? 教会にも禁書庫があるの?」
「えぇ。ですが、教会の禁書に触れられるのは、大神官のみです。今の大神官様は、堅物で有名な方ですから、いくら金を積んでも見せていただけることはないでしょうな⋯⋯」
(じいちゃん先生は、八方塞がりだって言ったけど、なんだ、まだ方法が残ってるんじゃないか!)
「先生、僕、大神官になる!」
頭の中では、大神官になるにはどうしたら良いか、フル回転で逆算を始めていた。
「フォッ、フォッ、フォッ。坊ちゃまのそういう素直で前向きなところ、本当に好ましい」
「ダメ?」
俺は、必殺の上目遣いで瞳を潤ませ、じいちゃん先生を覗き込んだ。
「人生は、失敗と成功の連続、思う存分、失敗なさいませ!」
「おい! 失敗前提かよ?」
思わずまた、子供らしくない発言をしてしまった。それに、じいさんの失敗は、患者の死を意味するだろう。直ぐに気を取り直して発言が無かったことにする。
「⋯⋯先生、僕で失敗しないよね?」
「それはどういう意味ですかな?」
じいちゃん先生がニヤッと口角を上げた。
「あのさ、じいちゃん。あっ、あの、先生が、たくさん調べたりしてくれてるのはわかったんだけど、僕にも協力させて欲しいんだ」
「はははっ、じいちゃんで結構、この老いぼれを頼ってくださる方がまだいらっしゃるなんて、まだまだ引退できませんな。それでは今度、秘密裏に、神殿に魔力測定にでも参りましょう」
(神殿?)
「えっ? だって、魔力がないと罪人だって言われてしまうんでしょ?」
「おやおや、そんなことまでご存知だったのですね? ですが、目覚め時に比べれば、魔力の反発は起こっていないのでは?」
「そうかなぁ?」
「ええ。全ての力を弾くので、理由はわかりませんし、オーラも変わりませんが、少しずつ力が戻っているのではないかと思いますぞ」
そう言われて、俺は、気持ちが楽になった。
(まだ見た目は6歳だ、何とかなるよな?)