01.転生
【注意事項】
本作には冒頭、津波に関する描写が含まれています。実際の防災や行動の参考にはなりませんのでご注意ください。また、残酷な描写ではありませんが、心理描写が強く、恐怖やパニックを伴う可能性があります。そうした描写に弱い方は、無理に読まないことをおすすめします。(2話目からお読みいただけると幸いです)
「津波が来るぞ〜!」
同僚の大声を聞いた俺は、すぐに机の下から這い出て、気づいたら放送室にいた。
「津波が来ます! 津波が来ます! すぐに高台へ避難してください」
防災無線のスイッチをオンにして、大音量で叫ぶ。
「訓練ではありません! 地震の影響です。テンデンコ、テンデンコ! すぐに避難を! これは訓練ではありません⋯⋯」
(何分叫んだんだろう? 役所の同僚はもうみんな避難したかな?)
「お前も逃げるんだ!」
そう言って、放送室に入ってきたのは、隣の席の早じいこと、早川さんだった。
「何言ってんすか? 早じいも逃げてください」
「バカ、お前のがこの先の人生長いんだぞ、とにかく逃げろ! 放送なら俺が代わりにやってやる!」
普段温和な早じいが、怒鳴る。
「マジで言ってんの? クソじじい。孫が生まれたばっかりだろ? 俺、独り身なんだからさ⋯⋯」
(逃げたい気持ちもあるけど、この放送で、できる限りの命が助かるといい。それに俺の家族も助かって欲しい)
「ヤベッ、早じい、拡声器持って、屋上へ行くぞ!」
早じいと話してる間に、津波はもう窓のすぐ下まで到達していた。慌てて防災無線を拡声器に持ち替えて屋上に走る。
「キーンッ!」
拡声器のスイッチを入れて叫ぼうとすると、嫌な音が響いた。一度、スイッチを切って入れなおす。すると、足元が揺れた。
「うっ!」
(建物が崩れる⋯⋯)
そう思った時には、俺はもう津波に飲まれていた。
「助けて⋯⋯たすけ⋯⋯」
少年の弱々しい声で目が覚める。
(あれ? 助かったのか?)
真っ白な布団の上で、俺は辺りを見回した。
「誰か? 誰かいないのか?」
頭が割れるみたいに痛いけど、何とか助かったようだ。何人かの足音が近づいて来る。
「ヒロ、良かった〜」
そう言って、近づいてきた女が、俺を抱きしめた。
(あれ? 誰だ? 俺のこと、ヒロって呼んだけど、俺の街にはこんな金髪美人いなかったよな? それに、この匂い⋯⋯初めて嗅ぐ匂いだ。香水か? そもそも、こんなに強く抱きしめられた記憶がない)
「ヒーロム、目が覚めたんだな? どこか痛い所はないか?」
続いて、ヒゲのダンディーなおっさんが、声をかけてきた。
(ん? ヒーロム? 俺、大夢だけど? それに、この仰々しい喋り方はなんだ? 時代劇か?)
「もう、1人で川に入ってはいけないって言ったじゃない! 何か言うことないの?」
「ご、ごめん⋯⋯」
女の圧力に負けて、仕方なしに謝る。
(いや待て。俺、津波に流されて死んだんじゃないのか? 早じい、早じいはどうなったんだよ⋯⋯そもそも、ここはどこだ? 病院か? でも、こんな豪華な病院、見たことないぞ)
「ぐぅ〜」
大混乱の頭の中を無視して、腹の虫が鳴った。
(空腹は、万国共通か)
「まあ、お腹が空いたのね? すぐ持ってこさせるわ」
そう言って、女が部屋を出た。
「さ、どうぞ!」
満面の笑みで出された食事は、すごく少ない。
「少なっ!!」
思わず口に出たけど、災害時じゃ、パン一切れとスープでも仕方ないよな。
(いやいや、待て。冷静になれ。この食事、質素で全然美味そうに見えない)
「何言ってるの? 5歳児には充分な量でしょ?」
「う、ぶふっ」
思わずむせた。
(5歳児、何言ってんだよこの女? えっ? 5歳、まさか俺、転生したのか?)
よく見ると、俺の手は思っていたより小さくて、試しに引っこ抜いた髪の毛は、目の前の女と同じ金髪だった。
「母さん、で合ってます?」
「ヒロ、何言ってるの? 私が母親じゃなかったら、何なのよ⋯⋯まさか、寝ぼけてるの?」
(だよな? 目の前の息子の中身が、まさか別人だなんて思わないよな)
「申し訳ありません、もう少し寝てもいいでしょうか?」
違和感を与えないように、出来るだけ子供っぽい口調にしたつもりだったけど、微妙な空気が流れた。後から落ち着いて考えれば、俺の口調が全然子供っぽく無くて、おかしかったってわかるんだけど、頭の中が大混乱で、それどころじゃなかった。
(この身体の持ち主は死んだのか? こいつの記憶が戻ることはあるんだろうか? この状況、正直に話すべきか? そもそも信じてもらえるのか? いや、無理だ)
どう考えても無理がある。それなら、このまま黙って、彼らの子供として生きていくしかない。それが、一番丸く収まる方法だ。
(ダメだ、悩むな! 悩んでても仕方ない! そういえば、俺が5歳の時って何してたっけ? 公園の滑り台が好きで、それしか記憶にない? そうか⋯⋯、ってことは5歳までの記憶が無くても何とかなるのか?)
注:テンデンコとは、防災用語で、「自分の命は自分で守れ!」という意味です。
「あれ? 転生したら、おじさんでした」の登場人物であるヒーロムの恋やより深いエピソード、大神官になった後日譚を描きます。全部で35 話前後になる予定です。