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王宮の調剤室は、救護室も兼ねていた。
「新人がちょっと怪我したんだが、クエラ嬢はいる?」
「グリス副団長、付き添いすみません。」
「トラウム、気にするな。」
新人のトラウムが、グリス副団長の付き添いに恐縮した。
王家お抱えのステラ騎士団の副団長のグリスが、調剤室に新人を伴ってやってきた。
グリスは元平民だが、魔力持ちだったので騎士団長のモラ・ルネス・シルエタが引き取り養子にした。
次期団長候補だ。
テラが遠目に、トラウムの傷口に土が付いているのを認めた。
「トラウムさん、こちらの椅子に掛けてお待ちください。先にちょっと傷を洗いますから。」
テラが桶を取ってきて、トラウムの膝の上に置いてグリス副団長に水の入ったボトルを渡す。
「グリス副団長、私がいいと言ったら、傷口に水を掛けてください。トラウムさん、心の準備してくださいよ、この傷ならけっこうしみますよ!」
テラが泡立てた石鹸をおいて、傷口を泡で優しく洗う。
トラウムが顔をしかめる。
「うぅ...これ、必要な処置なんですかぁ?」
「そうですよ、必要ないことするわけないでしょう。」
テラがグリス副団長に指示を出す。
「では、洗い流してください。」
グリス副団長が納得いかない顔で、言われるまま泡を洗い流す。
洗い流した水は、トラウムの膝の上に抱えている桶に入る。
グリス副団長もトラウムもクエラが来るのを内心では、今か今かと待っていた。
テラは清潔な布を用意して、傷口を押さえる。
「よしっ!いいかな...ちょっと布を持っててください。」
テラが桶を回収して中を洗って棚に戻す。
思った以上にしみたようで、トラウムがテラの後ろ姿を恨めしそうに見る。
「早くしてください、しみて余計に痛みが増長されました。」
トラウムが涙目で訴える。
モラド王子が湖で泥を回収するという仕事をしたおかげか、クエラの謹慎は一日で済んで今日は出勤してきていた。
奥の続き部屋にクエラを呼びに行こうと、扉をノックしようとした。
急に扉が勢いよく開く。
(危なっ...おデコをぶつけるところだった...)
クエラが、テラをちらっと見てから、グリス副団長とトラウムを見て普段より1オクターブ高い声を出す。
「まあ、大変でしたわね。お怪我の具合を拝見しますわ。」
クエラのユニフォームは、立て襟で修道院の尼僧のような形の白い胸当てがあるミドル丈のワンピースだ。
上品で可愛いブーツを履いていて、ワンピースと合わせるとこの上なく清楚に見える。
グリス副団長とトラウムがクエラが来たのを見て、満面の笑みを浮かべる。
クエラが、トラウムが傷口に当てていた布を取り傷口を見て、眉を寄せて目を潤ませる。
「痛そうですわ、すぐに治して差し上げましょうね。」
クエラは、傷の修復を得意とする。
手をかざすとトラウムの腕の傷の治癒が進む。
かさぶた状に変わってきた。
「あとは、自然治癒を待ちましょう。」
簡単に傷口が塞がったのを目の当たりにして、トラウムがテラを恨めしそうに見てから、クエラを崇めるような目で見た。
「クエラさまありがとうございました。痛みが引きました。噂通り女神のようですね。」
「まあ...そんな噂が。」
クエラが謙遜しながらも享受する。
「お前は、早く持ち場にもどれ。」
グリス副団長がトラウムを追い出して、クエラと二人になりたがる。
「クエラさまありがとうございました!」
トラウムが、グリス副団長の口調が本気なのを感じ取り、名残惜しそうに早々に出ていく。
「君も、少し気を利かせてもらえるかな。」
テラにも調剤室から出ていくように言う。
(なに、この副団長...めっちゃ感じ悪い。)
「クエラ、いいの?二人きりって...あんたがいいなら出ていくけど。」
(クエラって、どの人狙ってるのか...いまいちよくわからない、モラド王子じゃないのか?
この副団長の見た目は黒髪短髪に青い目の長身で、確かに見た目はいい方だと思うが...クエラの好みの路線から外れているような気もする。)
お節介だと思うが、心配になる。
(どれもこれもに、いい顔すると大変だよ...)
扉をノックする音が聞こえた。
「はーい、はいはい...」
テラが返事をして扉を開ける前に、勝手に開く。
「おはよう、テラ。」
満面の笑みのモラド王子が立っていた。
「モラド王子殿下、いいところに来ましたね。」
「待っていたのか?」
モラド王子の口元が緩む。
「クエラの貞操の危機ですよ、ほら行って来てください。」
モラド王子の背中を押す。
「おいっ」
テラは、そのまま知らん顔をして調剤室を出て行った。
(もうこのまま帰るかな...今日の分の魔力水作っちゃったし。)
テラは王都の待合所に行って、駅馬車に乗った。