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「これがうまくいけば、私も無駄な魔力水を作らなくて良くなる!」
(もっと早く思いつけばよかった。さあ、帰ってフェムトと戯れよう!)
「じゃ、もういいですかね。私はこれで帰ります。」
テラは用事は終わったとばかりに、帰宅の意思を告げる。
「......王宮の馬車で送る。」
「モラド王子......どうしたんですか?」
モラド王子の申し出にテラが首をかしげる。
ティルケル卿が御者に、二言三言告げた後こちらを向き直す。
「モラド王子殿下、テラさんを送っていただけるならお任せしてよろしいでしょうか。私は急ぎティルケル領へ戻りますので。」
「テラさんありがとう、今回は助かりました。これを貯留槽に入れてみて、経過などをまたお伝えしましょう。」
「ティルケル卿、道中お気を付けて。」
「ティルケル卿、気を付けてな。」
二人が挨拶をすると、ティルケル卿が頭を下げて、馬車に乗り窓を開ける。
もう一度二人に会釈して、御者に指示を出して出立した。荷台引いた馬車が後ろから付いていく。
ティルケル卿の馬車が出立してすぐに、王宮の馬車が馬車寄せに付ける。
「ほら、手を出せ。」
モラドが、エスコートするために手を差し出した。
(どういう風の吹き回し...気持ち悪い。)
断ることもできず、モラド王子の手を取って馬車に乗る。
テラは、進行方向と逆の窓側の座席に座った。
モラドが隣に座りそうになったので、お尻を真ん中に移動させる。
モラド王子が小さく舌打ちして、テラと対面する座席に座った。
テラは無言で窓の外を見る。
(なんなの、さっきから〜)
「テラ、お前が力を使うところを見たが......その...」
「なんですか?」
テラは仕方がなく顔をモラドの方に向けて、ぶっきらぼうに聞き返す。
モラドは、テラのあまりの無愛想さに次の言葉を飲み込む。
「父上から、お前を懐柔するように言付かっている。」
「懐柔?」
モラドが頬を染める。
「父上はお前が気に入ったようで、私の妻にしてはどうかと...私としては平民の娘なぞ冗談じゃないが、先ほどのお前が魔力を使っているところを見て考えが変わった。」
(無視しよう!聞いてない、聞いてない!)
馬車が止まる。
「あ、着いたようですね。」
テラはホッとしたように言った。
御者が馬車の扉を開ける。
「では、ありがとうございました。」
テラはお礼を言って腰を上げる。
「おい、お前。待て!」
モラド王子が、テラの腕を掴んで自分の方へ強く引き寄せた。
「ちょっと...急に引っ張ったら、バランスが...」
バランスを崩してモラドの膝に座ってしまう。
モラドがテラを離すまいと、テラを掴む腕に力を入れる。
「ああ、すみませんねぇ。」
「どっこいしょ!」
テラが、前かがみになって腹筋に力を入れて、足を踏ん張る。
モラドがテラの反応に目を丸めて、腕を掴む力が抜ける。
テラは拘束が緩んだすきに、立ち上がった。
「お前...もうちょっと可愛らしい反応はないのか?」
テラは扉を開けて待っている御者に声をかける。
「御者さん、手を貸して下さい。」
御者がモラド王子の方を気にしながら、手を差し出す。
その手を取って馬車を下り、テラは振り返りお礼を言った。
「送っていただき、ありがとうございました。」
テラは馬車がすぐに去ったのを、ホッとしながら見送った。
森の中の家まで歩いて帰る。
テラは玄関を開けて、上がり框にフェムトが居ないのを寂しく思う。
(2階かな?いつも迎えてくれるのに...)
テラはリビングのソファに、背中から倒れ込んだ。
瞼が閉じて次第に眠たくなってくる。
(魔力放出すると、疲れるのか眠たくなるんだよね......)
「起きろ、テラ。」
「うぅ...」
「テラ。」
(男の人の声...?)
「え!?」
テラは飛び起きた。
ソファの、テラの足元辺りに男の人が座っている。
銀色の髪は、髪の毛が長い部分と短い部分の2つのブロックに分かれており、上がマッシュヘアになっている。
瞳は薄いグレーで鼻筋が高くて肌の色は陶器のようで唇はわずかに赤い。
テラは不覚にも一瞬見惚れてしまい、叫ぶのが遅れた。
少し遅れて我に返る。
叫べばフェムトが気付いてくれると思い、叫ぼうと息を吸う。
「きゃあぁ......ん」
男がテラが叫ぼうとしているのを見て、口を手のひらで優しく塞いだ。
「叫ぶなよ...テラ。」
テラは男の手に噛み付こうと更に口を開いた。
男がテラの瞳を静かに見つめて、低くてよく通る声で言い聞かせるように伝える。
「今から手を離すから、落ち着きなさい。」
「んんぅ...」
男がゆっくりテラの口から手を離す。
「誰!?」
テラの声が裏返る。
「仕方ない......」
目の前の男が淡く発光して体が縮む。
だんだんと見たことある形に変わっていく。
「フェムト......」
『お前が今日は帰らぬというから、元の姿で寛いでおった。』
(初めて経験したけど、息を呑むほどの美人っているんだね、先に見惚れちゃうって......一瞬恐怖を凌駕した...)
テラは狼の姿に戻ったフェムトをじっと見ていた。
(これは、あれかな...ファンタジーによくある獣人というやつ?)
「えっと...フェムトは獣人?」
『......獣人だな。』
テラはフェムトの毛並みを撫でた。
「フェムトが喋れる時点で、獣人の可能性を考えておくべきだったね。」
(狼のフェムトの傍が居心地が良くて、あまり細かいこと考えてこなかったな。)
「きれいだねぇ...フェムトは狼のときも美人だったけど、人になっても美人だったんだね。」
『テラ、驚かないのか?』
(この国自体が......前世の記憶を持っている今の私にしたら異世界。ここで獣人が出てきてもあんまり驚かないよね...)
「驚いたけど...意外とすんなり受け入れられたかな...」
『戻るタイミングを失して、狼の姿でいたが人に戻っても大丈夫そうだな。』
(ん?あれ...考えなきゃいけない問題が...)
「そしたら、人間と交尾できるってこと?」
テラの言葉でフェムトが一瞬たじろぐ。
(できるってことね!)
テラがフェムトと距離を取る。
『...できるが安心しろ、私にも好みがある。』
(え?なに...なんか言い方が...癪に障るぞ〜)
「そう...ならよかった。」
(私が、断られたみたいな空気になってない?)
テラはちょっと胸がモヤモヤした。
「フェムト...獣人と人って獣化すること以外で、他には何が違うの?」
『嗅覚はいいな、あとは腕力も脚力も普通の人より数段良いだろう。』
『テラ...先ほどから男の匂いが、テラからするのだが...?』
「ああ、モラド王子が膝に乗せるから...」
『王子の膝に乗るような間柄に、いつからなったのだ?』
フェムトが人の姿になった。
テラの腕を掴んで抱き込む。
「私は、自分のテリトリー内に自分以外の匂いが付くのが我慢ならん。」
「え?」
テラの首にフェムトの鼻筋を押し付ける。
「くすぐったい〜!」
「それ、狼の習性でしょ?するなら狼の方がいいんじゃないの?」
フェムトがテラの耳元で話す。
「こっちの方が、より密着箇所が増えるだろう。それより狼の習性などよく知ってたな。」
「おばあちゃん家で、狼じゃないよ、犬を飼ってたことあるからね。」
(しまった...前世の話だった。)
ちらっとフェムトを見る。
「って......え?は、裸なの?全裸なの!?」
「当たり前だろう。」
当然だと言わんばかりの顔をする。
「すぐにもとに戻って!家から追い出すよ。」
テラの様子を見てフェムトがすぐに獣化する。
『どっちも私だろう。』
「全然違う!」
『まあ、よいわ。早く帰ったなら夕食は一緒にとろう。』
狼に戻ったフェムトが、ソファからひらりと下りてキッチンへ向かった。