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翌朝、扉をノックする音で目が覚めた。
テラは眠い目をこすりながら、近くの椅子に掛けてあった上着を羽織って玄関に向かう。
「誰?」
(しまった...警戒せず、声を出しちゃったけど、昨日の温泉男だったらどうしよう!)
「北の水門の管理者ソル・ティアリッド・ティルケルです。」
(ああ、辺境伯の嫡子のティルケル卿ね...なんの用かな。)
テラが扉を開ける。
ティルケル卿が、テラの顔を見て微笑んだ。
「おはようございます、朝早くにすみません。」
身分が高いのにそれを笠に着ず、平民のテラにもすごく丁寧なので、テラはティルケル卿には気を許していた。
「いいですよ。なんの御用ですか?」
「昨日の第三王子の非礼を詫びたいと、陛下がテラさんを内々に呼んで来るよう仰せになっているんだ。」
「私、今日久しぶりの休みなんですけど...」
ティルケル卿が笑顔で答える。
「はい、ですので私がこうして呼びに参りました。」
(そうじゃなくて...明日でも良くないかな〜って。)
「謁見の間じゃなくていいんですよね?いちいち正装しませんよ。休日だったのに...」
テラは、ティルケル卿相手なので不機嫌さを隠さなずに、ぞんざいな喋り方をしてしまう。
そんな態度のテラに腹をたてることもなく、穏やかに答えてくれる。
「もちろんです、執務室に通すよう言われておりますので。」
テラは腹をくくった。
(ごねてもティルケル卿には何の権限もないしな。お呼びなのが陛下なら行くほかない。)
「10分ください、ユニフォームに着替えますから。」
扉を閉めてから、リビングに下りてきたフェムトに小さな声で呼びかける。
「フェムト、ちょっと王宮に行ってくる。」
『仕事か?』
「そんなとこ、多分すぐ帰れる。」
白の上下ひと繋ぎのトップスとパンツの組み合わせのユニフォームを着て、急いでボタンをとめる。
外にティルケル卿を待たせているので、ばたばたと支度を済ませ外に出る。
森を抜けたところに、王宮からの迎えの馬車が停まっていた。
王宮の馬車はさすが駅馬車なんかと比べるまでもなく、サスペンションがいいし、クッションも分厚くお尻が痛くない。
テラは馬車の窓から王都の街並みを眺めていたが、途中から飽きて眠ってしまった。
城門を通過して、馬車寄せに停まる。
「起きてください、着きました。」
ティルケル卿が、眠っていたテラに声をかけてに起こす。
同乗していたティルケル卿の従者が、テラを白い目で見る。
「あ、ああ。もう着いたんですか?」
テラはよだれを袖で拭って急いで馬車から下りて、ティルケル卿の案内で回廊を進んでいく。中庭には庭園があり噴水や花壇がある。
(何度か来たことあるけど......やっぱり迷子になりそうだ...)
王宮の廊下には赤い絨毯が敷かれて、天井が高く天井画が描かれている。大きな窓が等間隔にあり、ところどころに絵画が飾ってあったりと贅を尽くしている。
階段で3階まで上がると、大きな扉があり近衛兵が扉の左右に立っていた。
ティルケル卿が近衛兵に挨拶をする。
「お疲れ様、テラさんをお連れしたと伝えてもらえる?」
「お疲れ様です、ティルケル卿。陛下からすぐ通して良いと言われておりますので、どうぞ。」
近衛兵が言うと同時に、ベルデ閣下が中から扉を開けて、二人を迎え入れる。
ベルデ閣下はネフライト王国の宰相の任に付いている。
「すまなかったね、ティルケル卿。使いを頼んで。」
ティルケル卿がベルデ閣下に会釈をする。
「いえ、私の領地の問題ですので。ベルデ閣下こそお力添えいただいたようで、ありがとうございます。」
ベルデ閣下がテラにも労いの声をかける。
「テラさんも、休日だったのにすまなかったね。あなたのこの国に対する貢献には感謝してもしたりないくらいだよ。」
「いえ...」
「さ、陛下がお待ちだ。」
ベルデ閣下が目の前にある扉を開けた。
執務椅子にネフライト国王が威厳のある様子で座っている。
「急に呼び出しですまないね、二人とも。」
ティルケル卿が会釈をする。
(これは...カーテシーだ!カーテシーをする場所だ。昔習ったけど...できるかな。)
テラはがんばった。
片足を斜め後ろに引いて、もう片方の足の膝を軽く曲げる、背筋を伸ばしたまま......両手を水平にしてバランスをとった。
(た...倒れる。)
「はははは...」
至って真面目な表情のテラを見て、ネフライト国王が大きな声で笑った。
ベルデ閣下とティルケル卿も、国王が笑ったのを見て堪えていたのを吹き出した。
「もう、よろしいでしょうか?」
テラが涙目でネフライト国王に伺いを立てる。
(自分でこの体勢を戻そうとすると、多分よろける。)
ネフライト国王が苦笑した。
「くく...構わん、楽にしてくれ。」
「では、ティルケル卿、すみませんが脇の下から手を入れて持ち上げてください。」
テラは真面目な顔でティルケル卿に頼んだ。
その一言で、執務室はかなりの笑い声で溢れ、扉の前で警備していた近衛兵の二人が怪訝な顔をしていた。