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テラとフェムトは身支度をして朝食を済ませて、エントランスに向かった。
エントランスホールで、ジークとエデルを待っていると、国王と王妃とアデリナが揃って見送りに来た。
「テラ夫人、アデリナのこと本当にありがとう。もっとゆっくりしてもらえると思っていたから、こんな形でお礼を言うことになってごめんなさいね。」
王妃がテラの手をとった。
「いえ、慌ただしくて申し訳ございません。王妃陛下がおもてなしの準備を計画してくださっていることを聞きました。」
テラが王妃の心遣いに感謝をする。
アデリナが王妃の横に来て、テラを引き留めようと手を伸ばす。
「もっとここにいたらよいのだ。テラは私の命の恩人なのだ。」
レーツェル国王が、テラに触れようとしているアデリナを止めようとした。
それより先に、フェムトが割って入った。
「アデリナ王子殿下、テラは私の妻です。呼び捨ては如何なものかと思いますよ。」
フェムトがテラの腰を抱いた。
「フェムト、相手は寝たきりだった子供よ。大目に見てあげて。」
このテラの全く悪気ない一言に、アデリナの顔色がみるみると青くなった。
レーツェル国王はアデリナを可哀想に思いながらも、安堵した。まかり間違って雷撃でも食らっては敵わないと内心ヒヤヒヤしていた。
王妃陛下はようやく事態を飲み込んだようで、アデリナを諭した。
「アデリナは、体調もよくなったのだから、これからは今までできなかった分の、常識や礼儀をお勉強していきましょうね。」
フェムトがテラを引き寄せて、アデリナの目の前でテラのおでこに唇を寄せる。
「アデリナ王子にも、同種族の婚約者がそのうちできるでしょう。その人を守れるように頑張ってください。」
ジークとエデルがエントランスに着いた。
二人は国王と王妃が揃って見送りに来ているのに恐縮した。
ジークが会釈をして、エデルがカーテシーをする。
国王と王妃がそれに目で答えた。
4人が馬車に乗り込む。
侍女のネルフがフェムトの乗った馬車まで来た。
「フェムト卿、領地には昨夜のうちに早馬で国王からの書簡をお届けしております。」
「グレンツェ卿当てにしております、フェムト卿が語られるより信憑性が増すだろうと国王からの配慮です。」
フェムトは馬車を下りて、レーツェル国王の前に行き、ただ深々と頭を下げた。
フェムトの背負ってきたものがわかるような、国王の心遣いに深い感謝の意を感じとれる最敬礼だった。
テラは馬車の中からそれを見て涙が溢れ出す。
(フェムトはずっと叔父のグレンツェからの仕打ちに心を痛めていたはず。私と会った時も怪我を負っていた。幼少の頃からの植え付けられた苦手意識ってなかなか消えないよね。前もって国王が雷の魔女のことを伝えてくれるなら、大分気が楽になったよね。)
フェムトが馬車に戻って来て、馬車が進み出す。
テラの涙を見て微笑む。
「心配させたな。」
フェムトがテラの隣に座り、ハンカチを出して涙を押さえてくれる。
「しばらくは、二人だけで水入らずの時間を過ごそう。」
「うん、そうだね。あの……時々ネフライトに行きたいんだけど。水門だけは心配で。私の……テラの両親とも会って欲しいし。」
「もちろんだ、テラの両親とは是非会いたい。」
フェムトが笑顔を浮かべて、テラを膝に乗せて腰に腕を回す。
二人で車窓から景色を眺める。
フェムトがテラの耳元で口を開いた。
「テラ、私は帰ったらすぐに婚姻を結びたいと思っているが、テラの魔力が消えるがいいか?」
「フェムト、私ね魔力は消えない気がするんだよね。」
「なぜだ?」
「私が、白の魔女の生まれ変わりだから…かな、一度異世界で生を終えて、転生した意味ってこれなのかもって考えてる。」
「フェムト…私が乙女じゃなくなった時は、一日中そばにいて、一緒に検証してね。」
フェムトの目が欲の色を持つ。
「片時も離れるつもりはないから、安心してくれ。」
そう言ってキスをする。
眉間から鼻筋を通って、唇を啄む。
何度も唇を吸っては、味わうようにして甘噛みする。
フェムトは、テラの目が潤んでいるのにを見て仄暗い喜びを感じる。
唇を離して、テラの惚けている瞳を愛でる。
急に離れたフェムトにテラは物足りずに、深く考えずに甘えるように催促した。
「フェムト、甘噛しないの?お終い?」
(狼の親愛の行動だったよね...もう少し欲しい。)
潤んだ瞳で甘えるような声の調子で言われて、理性が持つほどフェムトは躾の良い狼ではなかった。
テラは自分の一言で、このあと大変になることを知る。
二人を乗せた馬車は、これ以上ないくらい幸せいっぱいで領地に付き、フェムトはしばらくは狼の姿でテラのそばにいる羽目になる。
初夜の開けた朝方、テラをまとう光が、星の輝きのように満ちてネーベル領内を包んだ。




