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王宮の庭園の一角に、低木に囲まれていてちょうど姿を隠すのに最適な場所がある。
テラはそこで、うずくまった。
「どうしよう、怖い…。」
(白の魔女の意識が覚醒したら...自分が消えるかもって考えたら怖い。)
『テラ、最後まで聞け。』
「え?」
後ろを振り向くと、フェムトが獣化して付いてきていた。
「フェムト…」
テラはフェムトの首に抱きついた。
「フェムフェム。」
(落ち着く…ペットセラピーって効果あるんだ。)
『十中八九、君は白の魔女の生まれ変わりだ。』
「生まれ変わり?」
(生まれ変わりって、私が白の魔女だってこと?)
『白の魔女の名はルネスという。』
「フェムト...黙っていたけど。私違う世界で一生を終えてテラとして覚醒したんだよ、白の魔女なわけないよね。」
『そうか、そういうことか。』
『白の魔女と似た能力を持つ者は何人もいたが、白の魔女と呼ばれるものはルネスだけだ。ルネスだけが能力を使用する時に身の内から光が立ち込めるらしい。その光の色が白く見えたから白の魔女と呼ばれていたらしい。』
(体から発光って...私だ...クエラも回復の能力を持つけど、クエラは発光しない...)
『隣国というラベルが禁書にあったのを覚えているか?そこに白の魔女の最後が書いてあった。』
『彼女は牢獄で監禁状態だったんだ。なぜなら白の魔女は乙女でなくなるとその能力を失うからだ。』
『これは雷の魔女と逆で、雷の魔女は子を作ることで自分の能力を後世に残す。対して、白の魔女は消滅して、生まれ変わることで自分の能力を後世に継承するらしい。』
『過去に白の魔女と似た回復系の能力を持つものについて検証されていたようだが、回復系の魔力を持つ者は子を宿すと徐々に能力が失われていくらしい。』
『歴代類を見ない強い力を持つ白の魔女が、子を宿して力を失うのを恐れて、当時の隣国の王が監禁していたようだ。』
『テラ、禁書に私にしか開けなかったページが存在したように君にしか開けないページもあると思うんだ。』
『私と今から禁書庫に行こう。私に掴まりなさい。』
フェムトは、テラが首にしっかり掴まって乗ったのを確認すると、風のように駆けた。
王宮のエントランスに侍女のネルフがローブを持って控えている。
フェムトが人の姿に戻り、ネルフがローブを急いで頭からかぶせる。
「鍵は拝借してきております。」
3人は慌ただしく地下の禁書庫に向かった。
ネルフが鍵を開ける。
「扉の前でお待ちしております。お急ぎください。」
フェムトが書庫内に入るとすぐに、素手で魔女の禁書を書架から取り出す。
禁書が光る。
「私は禁書の表紙の紋章をうっかり手で触れてしまって、これに気付いたんだ。」
「王家は手袋の着用を義務付けることで、禁書庫の最後の秘密は、王家だけで秘匿するつもりだったのだろう。」
「これを見ることができるのは、禁書扱いにした王家と雷の魔女の血を濃く受け継ぐ私と、白の魔女ルネスの生まれ変わりの君だけだ。」
テラが恐る恐る、禁書の紋章に触れると発光する。
語りかけるように、声がテラとフェムトの頭の中に聞こえてきた。
〘私は力尽きるまで、この檻の中で生きていくのか...そう思い毎日をただ無意味に過ごしていた。
雷の魔女のラディアンラの使いだというものが、私を助けるために危険を冒して来てくれたが、牢獄にたどり着くまでに致命傷を負ったようであっけなく私の真向かいに投獄された。
牢獄は堅牢で、致命傷を負った手負いの獣が逃げ出すには絶望的だろう。
彼は美しい狼の獣人で、モラードと名乗った。
彼はどうやら雷の魔女ラディアンラを愛しているようで、彼女の憂いを晴らすために、私をここから出したかったと言った。
私は彼とここで会話を重ねるうちに、モラードに心を寄せてしまった。
私の持つ全ての力を使えば、彼は回復するだろう。
しかし、私はまだモラードとの時間を味わいたかった。
朝、目が覚めて彼に挨拶をして彼と他愛もない話しをする、ただこれだけのことに今まで感じたことのない幸福感を感じた。
もう少し、もう少しと引き伸ばしてしまった。
モラードはさすが獣人だ、ここに来て7日目だ。
普通ならば、もう息絶えていてもおかしくないほどの深手を負っているが、まだ私と会話することができる。
8日目の朝、とうとう彼の息が、途切れ途切れになり、もう長くは持たないと知ったとき、私はようやく覚悟が決まった。
どうせ私は生きながらえても、ここから出られない。
ならば、彼を逃してやろうと思った。
私は国王に永久の命をやるからモラードを牢獄から出してやるよう懇願した。
国王は二つ返事で了承した。
儀式など有りはしないが、必要だと言って神殿に彼と私を運んでもらった。
牢獄にいるより、モラードが逃げ出しやすいだろうと思い提案した。
皆が見守る中、わたしはモラードにすべての精気を移すことにした。私の体が発光することで、周りのものに能力を使ったことがわかる。
神経を研ぎ澄ませて、邪魔が入る前にモラード目掛けて一気に体内の精気を放出した。
白の魔女と呼ばれる私にしかない能力だ。
私は自分の精気を使い、病や怪我を治すことができる。
私は、自分の精気を対象者や物に送ることができる。
私の力が枯渇した時、消滅して次代に能力を継承することができる。
私は全ての精気と引き換えに、瀕死の者を蘇生させることができる。
どれも教わらなくとも本能でできる。
ただモラードは、神殿に運び込まれた時にはすでに息絶えていたようだった。
行き場をなくした私の魔力は行き先を求め彷徨っていた。
国王の命令で、魔力持ちの記録係が記録を取って残すようだった。
永久の命を得る瞬間を記録しようという魂胆のようだ、滑稽なことだと私は思った。
だが私はこれを利用することにした。
近くに来た記録係の手を強く握って懇願した。私の思考、感情、記憶を今から記録するようにと。
彼は私に憐れみの目を向けた。
数多いるこの儀式を見に集まった人の中に、牢獄に毎日食事を届けてくれていたボルドーよりまだ深い赤い髪の一人の女に目が止まった。
彼女の澄んだ緑の目が私を悲しみの目で見つめいてた。
彼女に決めた。
ここで私は消滅するが、いつか彼女の子々孫々の中で私の能力は芽吹くだろう。
それまでは彼女を護るように祈る。
雷の魔女、私の同士。
あなたの愛する人と先に旅立つことを許して。私の心はここで消滅するから。
この私の心の声を、ラディアンラあなたのために、この場に閉じ込めて私は消える。
記録係は、私の頼みを聞いてくれた。
誰かこれを、見つけてラディアンラに届けてくれ。
私の心の声を聴いてくれ、多感な時期をずっと牢獄で過ごしていた私の心の声を…生まれ変わるときは魔力など持ってなければいい。〙
「声が終わった…」
「テラの言う通りだった、雷の魔女は狼の獣人を愛していたんだ。彼女が傍若無人になったのは恋人を失ったからなのか……」
フェムトが独り言のように小さな声でつぶやいた。
テラは自分の深みのある赤い髪に触って言った。
「消滅した白の魔女は生まれ変わって異世界で生を終えて、命が終わってしまったテラに異世界の記憶を持ったまま転生したのかも。」
「テラは、白の魔女の最後に立ち会った女の血を引く者だったんだ。」
フェムトが禁書を書架に戻す。
「テラ、雷の魔女は神殿まで救出に行ったんだ。白の魔女の最後には間に合わなかったんだが…狼の獣人の亡骸と白の魔女の残した記録を持って帰ったんだ。多分だが、いつかルネスの能力を継承した君が見ることができるように。それを獣人国に持ち帰って国王に保管を頼んだ。」
「それをなぜ、王家が禁書にしたのかは、謎だが...」
「お時間です。」
ネルフが声をかけた。
「欲しい情報は手に入りましたか?」
「ああ、優秀な侍女のおかげでな。」




