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次の日の昼過ぎに、テラは治療のために第二王子のもとに行くことになった。
「フェムトは、お昼からまた禁書庫に行くの?」
テラは侍女に支度をしてもらいながら、フェムトに確認した。
テラの今日の装いは、くるぶし丈のフリルスタンドカラーのワンピースだ。
薄いグリーンを基調にし、裾にゴールドの花の模様があしらってある。
髪はハーフアップにしてもらう。
フェムトが近付いてきて、テラの後れ毛に指を絡めて遊ぶ。
「そうだな、私はまだ少し気になることがあるから行くつもりだ。」
「テラ、それよりもくれぐれも、私の妻だと主張することを忘れずに。」
第二王子のもとに行くテラに、フェムトが念押ししに来た。
「フフ…大丈夫、覚えてるよ。」
後れ毛で遊ぶフェムトの手を、テラがやんわり退ける。
侍女が二人のやり取りを微笑みながら見た。
「では、テラさまご案内します。」
「ありがとう、え...とお名前を教えてください。」
「ネルフと申します。」
ネルフが嬉しそうに笑顔で名乗った。
「ネルフさん、今日は同行よろしくね。」
「かしこまりました。」
テラがフェムトに手を振った。
「それじゃ、フェムトまた後でね。」
テラはネルフに案内してもらい第二王子のいる場所に向かう。
第二王子は静養中ということで離れに住んでいた。
敷地内だが宮殿から歩いて5分ほどのところに離れが建っている。
白い洋瓦を組んだ傾斜のある三角屋根に、薄いオレンジの外壁はメルヘンぽくも見える。
木製の扉をネルフがノックすると、扉が開いて中から執事が出迎える。
「お待ちしておりました、アデリナ第二王子の執事をしておりますグリスと申します。」
「テラと申します。」
「この人は執事だからカーテシーいらないはず…」
「...テラさま、心の声が漏れてます。」
ネルフがテラに忠告する。
執事のグリスが呆れた目でテラを見る。
(カーテシー、気にしすぎて口から出てた...)
「失礼しました。」
テラは背中に汗をかいた。
「...では、ご案内いたします。アデリナ王子は、日中はほとんどの時間をこの離れで過ごします。」
エントランスから2階に上がる階段の、飾り柱が洒落ていて部屋を明るく可愛らしい印象にしていた。階段は途中5段ほど上がったところでL字型に折れて2階に続く。
グリスが、形ばかりの小さなノックをして、返事を確認することなくドアを開ける。
王子の寝室は、余分な物が置いていなくて簡素だったが、窓は風がよく通るように設置されていて、今もレースのカーテンが風になびいて柔らかい風が室内に入ってきている。
テラの頬に掛かるおくれ毛が風にそよぐ。
執事のグリスがそれを盗み見て、急いで視線を外した。
アデリナはベッドで眠っていた。
金色の柔らかそうな髪に、色白で穏やかそうな見た目の雰囲気の少年だった。
寝たきりのせいか体の線が細めだった。
(とりあえず、魔力を送ってみようかな。フェムトの父で試しておいてよかった、度胸試しになった。)
「アデリナ王子は獣化しますか?」
テラはグリスに聞いた。
「王家の方々は、もれなくなさるかと。」
テラはベッドサイドにちょうど椅子があるのを確認する。
「座っていいですか?」
「テラ夫人のために、用意してあります。」
テラはベッドサイドに置いてある椅子に腰掛ける。
「御身に触れますよ。」
眠っている王子にひと声かけてから手を握る。
魔力を放つ。
(フェムトが、妻という保険をかけてくれたけど、王子はまだ子どもだわ。杞憂だね。)
テラの体が淡く発光しだす。
執事のグリスが目を見開いた。
我を忘れてテラに見惚れる。
ネルフも初めて見る光景に目を輝かせた。
少しすると第二王子の瞼が開いた。
「すごい、この時間に目を覚まされることは今までなかったのに…」
執事が驚いて呟く。
「アデリナ王子殿下、獣化してください。」
テラが起きたばかりの王子に指図した。
アデリナは目の前で発光している少女を見て、言われるまま疑いも持たずにそのまま獣化した。
まだ若い雄の獅子だった。
テラはそのまま魔力を送り続けた。
(よくわからないけど、けっこうな魔力を持っていかれるな…この辺にしないと後がきつくなりそう…ここで寝るわけにはいかないし。)
獣化したアデリナの目にだんだんと精気が宿ってきたのが、グリスにもネルフにもわかった。
しばらくすると、精気が満ちてアデリナの目の輝きが増す。
テラは、アデリアから手を離した。
アデリナは、途中で手を離したテラを残念そうに見上げる。
「よかった、効果があったみたいですね。」
アデリナに伝える。
『ぼくは人型に戻っていいのか?』
「どうぞ。」
アデリナがテラの目の前で人型に戻る。
執事が急いでローブを着せる。
テラは椅子から立ち上がって挨拶をした。
「テラ・エクリプセ・ネーベルと申します。フェムトの妻です。」
一瞬だけカーテシーをした。
(昨日考えた、ふらつかない秘策よ。)
テラはふらつかなかったことに満足する。
「フェムト卿の…残念だ。」
アデリナの口ぶりでが落胆したのがわかる。
アデリナはベッドに横になって、そっぽを向いた。
ネルフが王子の不毛な恋ごころ察知した。
早々に手を打つために仕掛ける。
「お二人はとても仲睦まじくしていらっしゃいますよね。フェムト卿のあんなにお優しい表情はテラさまの前だけですわ。片時もお離しになりませんもの。」
アデリナはネルフの言葉を聞いてフンっと鼻を鳴らした。
王家のものは多種族と婚姻はまずありえない。
獣化する血を受け継いでいく義務があるからだ。
この不毛な恋心の芽をすぐに摘むのも、優秀な侍女のネルフの仕事のうちだ。
侍女のネルフがここが潮時だと判断して、テラに声をかける。
「テラさまそろそろ戻りませんと、フェムト卿が首を長くしてお待ちですわ。」
「そうだね、アデリナ王子殿下。御前、失礼します。」
テラが帰ると聞いて、そっぽを向いていたアデリナが振り返る。
「また来るのか?」
金色の目が不安気に揺れる。
(多分...王子はもう大丈夫なはず。)
「レーツェル国王からの依頼があれば。」
テラが答えた。
(おそらく、アデリナ王子は回復した。__私のこの力はなんだろう。不気味だな。)
テラと侍女は第二王子の別荘をあとにした。
(王子は今後は、多分...王宮で暮らせる。)




