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フェムトが図書館には似つかわしくない声で、テラを呼ぶ。
「テラ!」
「待つんだ、誤解だ!」
フェムトがシュトラントに見向きもせずに、テラを追う。
シュトラントは目を見開き、テラを追いかけて行ったフェムトの後ろ姿を見つめた。
テラは地下に続く螺旋階段の手前で、フェムトに掴まった。
「聞いてテラ、彼女がつまずいたんだ。」
フェムトの瞳が切羽詰まっている。
テラは必死なフェムトを目の前に混乱して、懸命に動揺を隠しながら言った。
「わたしは、仮初の妻だし…気にしてないし。ちょっとびっくりしただけ。そう、びっくりしてどういう態度でいたらいいのかわからなくて、あの場に居づらかっただけ。」
テラはそう言って、フェムトの腕の中から逃げ出そうとする。
フェムトがテラを逃さないように、腕を使って囲い込む。
「私にはテラだけだ。仮初めでも本当でも、私にはテラだけだ。」
テラは何度も頷いた。
「フェムトわかった、もうわかったから...人も見てるし恥ずかしいから。」
テラがフェムトの胸元を両手で一生懸命に押すが、びくともしない。
何人かが、二人のやり取りに好奇の眼差しを向ける。
フェムトの薄いグレーの瞳が不安気に揺れて滲む。
「テラ、誤解は解けた?本当に?」
(フェムト...私が無断外泊したときみたいになってるじゃない...もしかしてトラウマになってるの?)
「フェムフェム、大丈夫!信じてるから!」
テラがフェムトを安心させるために、渾身の笑顔をフェムトに見せた。
フェムトがテラの笑顔を見て、ホッとして甘やかな微笑みを見せた。
(え…これって、やっぱり私を好きなんじゃ。)
「二人ともこんなところでまで、イチャイチャ披露してないで。早く行くよ、兄さん。」
横からジークとエルダがテラとフェムトを覗き込む。
エルダは、余裕のないフェムトを見たのは初めてだった。
テラはパチパチと瞬きをした。
(え?披露...これも、今のもイチャイチャなの??仲睦まじい夫婦のためってこと???)
フェムトは誤解が解けたと安心して、テラの手を握って螺旋階段を下りる。
テラは、フェムトに『私にも好みがある。』と過去に言われたことをお守りに、肌見放さず鎧のように身に付けることにした。
(はぁ…なまじ飼い主ってポジション持ってると駄目ね。フェムトの好意を自分のいいように捉えてしまうみたい。)
4人で螺旋階段を降りていく。
クレーメンスが鍵を開ける。
「30分後にまた声を掛けさせていただきます。」
「兄さん、順番で見る?」
「フィー、魔女ってこの中じゃ異質の見出しよね...先に開いてみたら?」
エルデが提案する。
「魔女なんて関係ないんじゃない?」
ジークが不服そうに言う。
「わざわざ禁書庫に置いてあるくらいだから、関係ないことはないんじゃない?」
テラの鶴の一声でフェムトは魔女の禁書を手にとった。
テーブルの上に禁書を置いて、ピンセットでめくっていく。
パラパラと捲ってフェムトが目を見張った。
「レーツェルと今のネフライトは元々は一つの国で人が治めていたらしい。」
「その頃は人は皆が魔力を持っていた、技術が発達して魔力が要らなくなって衰退していったようだ。」
「その当時膨大な魔力を持っていた者が2人、雷の魔女と白の魔女と呼ばれるものがいたらしい。雷の魔女は気性が荒く苛烈だったと書いてある。」
「雷の魔女が、獣を魔力で獣人にしたのが最初だそうだ。」
テラは目を見張った。
「魔力で獣を獣人に変えたの?」
「500近くを獣人に変えて自分に仕えさせていたようだが、雷の魔女の城から逃げ出した者たちが、今のネフライト王国に逃げて人と婚姻したりして獣人は増えていったようだ。」
「どうやら見目の良い獣人に、雷の魔女は身の回りの世話をさせたり、夜伽をさせたりしていたそうだ。」
「気に入らないことがあると雷撃を放って、獣人を支配していたようだが...」
フェムトの声が詰まった。
「雷の魔女の能力は雷撃ということは...私は雷の魔女の性質を継いだらしい。」
「兄さんの能力は雷撃、雷の魔女と同じ……」
「それで、グレンツェ叔父さんは兄さんを排除しようとしたんだ。」
「国王の言っていた魔力持ちを守るっていうのは雷の魔女を連想させないようにってことだったんだ。グレンツェ叔父さんのような考えをする人が出てこないようにということ?」
フェムトがページを捲って目を見開いた。
「ここを見ろ、この性質は遺伝していても皆に現れるわけではないようだ、獣人の性質より魔女の性質を強く引き継いだものにしか現れないと。」
「私に雷の能力が宿っているということは、雷の魔女が、狼の獣人の子を孕んだということか?」
「狼の獣人は、見目の良いものが多いから、夜伽の相手に選ばれていたんじゃないのかな。」
ジークが納得しながら言った。
「ね、この白の魔女っていうのは……」
エルデが口にした。
「お時間です。」
クレーメンスが扉をノックした。
「続きは明日か。」
フェムトが禁書を書架に戻した。




