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図書館は、書架が壁面にそって配置されている。
両面書架を中央に並列してあり、室内は薄明るい。
「禁書庫は、こちらです。」
奥に階段があり、3階から人が一人通れるくらいの幅しかない螺旋階段を使い地下までおりる。
地下は薄暗く、空気が少しひんやりしている。
クレーメンスが懐から鍵を取り出して、鍵を開ける。
中は小さなテーブルが2つと、椅子が4脚置いてあり壁面書架が一つ設置してあるだけだった。
「書庫内の温度と、湿度が上がると羊皮紙が痛むので30分ずつにしていただきます。もう一度入室する場合は一時間ほど間隔を開けてから入ってください。入室は日に2回までです。」
「滞在中はいつ利用はしていただいても良いですが、必ず私に声をかけてください。」
「中にページを捲るためのピンセットと手袋とマスクがあります。必ず使用なさってください。」
クレーメスの説明があって4人は中に入る。
(畳10畳ほどの広さだわ、ドレスで入ると窮屈ね。)
フェムトはテーブルの上に置いてある手袋とマスクを着用する。
フェムトが書架を確認する。
書架見出し版には、建国・魔力・王家・隣国・魔女の見出しがあった。
「魔力から見るか…」
テラがフェムトの横から覗く。
「フェムト、魔女ってなに?」
「さあ、魔力持ちの女性ってことか?」
「こんな禁書庫に分類項目があるような存在ってこと?」
テラは魔女の項目が気になった。
ジークが口を挟んだ。
「まずは建国から見れば?」
「そうね30分しかないし。ピンセットが一つだから一冊ずつしか見れないし急ぎましょう。」
エルデが同意した。
フェムトが建国の記録を手に取った。
テーブルに置いて、ピンセットで羊皮紙の角を慎重に丁寧に捲る。
暫くパラパラとページを捲る。
「これには、いまの王家と、今の地方領主が協力して国を作ったことが書かれている。」
フェムトがざっと目を通して口を開いた。
「この辺のことは、禁書庫に入れる内容かな?」
ジークが不思議そうに言った。
クレーメンスが扉をノックする。
「お時間です。一度出てください。」
4人は館内で時間を潰して、もう一度禁書庫に入ることにした。
禁書庫を出て、テラは館内の書架の見出し版を眺めて時間を潰す。
料理の項目に目が止まって、手を伸ばそうとしたとき、両面書架の2連先で小さな声でお喋りしている声が聞こえる。
「フェムト卿が王宮にお見えになるのは、久しぶりですね。」
フェムトの名前が聞こえて気になり、テラが2連先の書架を隙間から覗いた。
フェムトの傍に浅葱色の髪の毛に、イエローの瞳が宝石のように輝いている、色白の美しい女性が見える。
この館内で見かける人と同じユニフォームを着ているので司書のようだ。
「そうだな、通い詰めているときもあったな。」
「フェムト卿が、依頼した書物を誰がお届けするか司書同士で競ったりしてましたわ、懐かしいですわ。」
「そんなこともありましたね。」
フェムトは気安い感じに、かつ当たり障りなく司書と会話する。
「なんだか、懐かしくて楽しい気持ちになります。昔のようにフェムトさまとお呼びしても?」
自然な感じで距離を詰める。
なんの下心もない風なのが、かえって拒みにくいとフェムトは思う。
「どうぞ。」
一言短めに返事をした。
愛称や、呼び捨てを許してくれと言われたわけではない。変に警戒するのも逆に自惚れていると捉えられそうで、全く気に留めない風に返事をした。
「フェムトさま、ありがとうございます。」
花が綻ぶような笑顔を見せる。
「そういえば、フェムトさまが昔探しておられた鉱石の資料の改定版が昨年出たんですよ。私それを手にした時、フェムト様のことを思い出して…お会いできたらお伝えしようと思っていたのその機会ができて嬉しいです。」
「そうだね、希少石を産出する鉱山をいくつか持っているから、当時は色々調べていたね…」
「今は、もういいのですか?」
クレーメスが、書架の間から覗きをしていたテラに声をかける。
「そろそろ時間ですので、禁書庫に行きましょうか。フェムト卿は一緒じゃないのですか。」
「フェムトに声を掛けてきます。」
「では、先に行って待ってますよ。」
テラはフェムトと司書の間に割って入りにくかったが、時間が迫っているのでしょうがなく声をかけに行く。
テラが声を掛ける前に、遠くからすごい速さでフェムトと女性のいるところを目指して一直線に向かってくる人がいる。
二人の気のおけない会話の中に、スカートを捌きながら歩いてくる音が割り込む。
「シュトラント嬢、こんなところでさぼってないで新書の整理早くして!」
年配の司書がけっこうな声量で怒鳴りつけた。
「あ、ごめんなさい!リーリエさん。すぐ戻ります!」
焦って戻ろうとしたシュトラントが、スカートの裾を踏んでしまいバランスを崩す。
咄嗟に、フェムトが手を差し出して転ばないように肩を支えた。
シュトラントがフェムトを見上げて見つめる瞳は、潤んでいる。
フェムトもバランスを崩したシュトラントを助けるために視線が向いていたので、意図せず見つめ合うことになった。
二人の姿勢は、悲恋のすえにようやく巡り合った恋人という風情の、一枚の絵画のように完成された構図だった。
年配の司書が踵を返して立ち去ると、その後ろにいたテラはまんまと二人を見てしまった。
テラは目を見張った。
テラは年配の司書の後ろにいたせいで、シュトラントがつまずいたのを知らなかった。
「あ、と。邪魔してごめんね、クレーメンスさんが時間って。」
テラはとりあえず小走りでその場を離れた。




