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馬車は道路が舗装されているおかげで、ほとんど揺れを感じない。
テラは車窓から外を眺める。
道路沿いに、飲食店や服飾店など多種多様な店が軒を連ねていた。
ネーベル領は活気があって栄えている。
「テラ、君に話しておくことがあるんだけど。」
(急に改まって何だろ?思い当たるといえば、フェムトのことかな...最近、距離感が近すぎたもんね。)
「…フェムトのことだよね、それなら心配いらないよ。特別な関係になりたいなんて、大それたこと望んでないよ。」
「大丈夫...私は今回の件が片付いたら、ネフライトに帰るつもりでいるし。」
(あの家に、フェムトは似合わない。こっちにきてつくづく思った…)
テラは今朝エルデに頼んで、手紙をクエラ宛に送ってもらっていた。
旅行をしたいので一ヶ月ほど留守にすると書いた。
本来なら許されないだろうが、フェムトが宰相と組んで、テラを全てから自由にするという契約書にサインをもらっていたので、ネフライト国からはなにも言ってこないはずだとテラは考えていた。
テラの心中を聞いて、ジークは戦慄した。
恐る恐る確認する。
「テラはそれでいいの?兄上を好きなのだと思っていたけど…」
(やっぱり、私がフェムトをネフライトに連れて帰るって思われているみたい…)
「うん。自覚したのは、獣人だって知った後かな。」
「そ、そう。」
「テラはちゃんと兄上を捕まえていてね。エルダが兄上のものにならないように。」
「ハハハ…人の気持ちなんて妨害したぐらいじゃ変らないでしょ。」
テラが車窓に視線を移した。
ジークが続けてテラに話掛ける。
「テラ、君と兄上は夫婦だということにして王宮に入ってもらうよ。番がいないとなるとお互い狙われることになる。...特に兄上が。そのつもりで振る舞って。」
「獣人は、同胞同士で婚姻するんじゃないの?」
「そうとも限らないよ、一夫多妻制の獣人もいるし。」
「君の相手はぼくでも、兄上でもどちらでもいいんだけど...ぼくはどうせならエルダと番だと言いたいからね。叔父にもそう言って出てきているしね。」
「さ、休憩だよ。」
護衛が馬車の扉を開けた。
ジークが先に下りて、手を差し出す。
テラがその手を取って馬車から下りた。
王宮に向かう途中の休憩所は、こぢんまりしたお店だ。
老夫婦で経営していて、昼は軽食を出すが夜は居酒屋に変わる。
店の前には、空の酒樽を置いてあった。
テラは、ガラス窓から店の中を覗いた。
カウンター席とテーブル席が3つぐらいしかなかった。
店の中はあまり明るくないが、雰囲気のある明るさで、カウンター席で座って食事をしている人が3、4人いた。
(中にフェムトは...いない。)
店主に断ってお店のお手洗いを借りたテラは、戻り掛けにカウンター席の客をなんとなく見ていた。
(獣人なんだろうけど、一見してもわからないよね。)
テラは、カウンター席の厨房側にいる店主に向かって軽食を注文した。
「一人で行動したらだめだよ。」
ジークが追いかけてきた。
「お手洗いに行くのに声かけにくいし。」
テラは頼んだ昼食を受け取った。
ジークが馬車まで送ってくれる。
(さっきと違う馬車だ...)
ジークの手を借りて馬車に乗り込むと、フェムトが先に乗っていた。
「フェムトここにいたんだね、もう食べたの?」
「ああ、かなり早く着いたから先に食べたよ。我々が休憩して先に食べないと、従者が休憩できないからな。」
フェムトがテラの座る場所に、クッションを置いてくれる。
「馬車は酔わなかったか?」
「道路整備がきちんとされているんだね、おかげで、まったく酔わなかったよ。」
テラはカップに入ったオムライスもどきを食べながら、フェムトに答えた。
テラがちょうど食事を終えた頃に、馬車が出発した。
「フェムトと私は夫婦ってことにするんだね。」
「ああ。君の能力を王家が欲しがらないとも限らないからな。婚姻という手を使って、取り込まれると厄介だ。」
「用心するに越したことはない。仲睦まじい夫婦になろう、テラよろしく。」
(仲睦まじいって...どんな夫婦を演じればいいのか、想像がつかないな。)
「ハードル上がったな…頑張る。」
テラはフェムトに笑いかけた。
フェムトの声色が真面目なものに変わった。
「テラ、王宮に入る前に伝えておく。私は攻撃系の魔力持ちなんだ。」
「8代前の当主の妻は回復系だったんだ。私の魔力は遺伝というには系統が違いすぎる。」
(回復系…クエラと同じ……)
「私はずっと長い間考えていた。最初の獣人の誕生において、獣と人との間に子が誕生しているはずなんだが...獣と人が繁殖行動をするだろうか。そして、子ができるだろうか?ここに疑問がある。おそらく王宮の禁書庫にこの辺の記録があるのではと思っている。」
「この私の魔力はどこから遺伝しているのか。叔父は何を知って私の存在を消そうとしているのか、全てが繋がっている気がする。」
「単に私の個人的な疑問のために、君を連れ出してすまない。」
「フェムトのためなら…って言いたいけど、私も自分の力について知りたい。わたしの力はちょっと異質な感じがする。知ったからといってどうするのかわからないけど、私も疑問に思っていたからちょうどいいよ。」
「でも王宮図書館なら、ネフライトにもあるよ。」
「人間はすぐ争うからな、ネフライトは建国してまだ300年ぐらいだ。おそらく古い書物などは戦火で燃えて無くなっている。」
(そうだったんだ…テラは平民だったからなんの知識も持ってなかったよね。)
「フェムトは、自分の事がわかったら叔父さんと対立するの?」
「父上が元気になられた、おそらく叔父上はそのうち当主の座からおりられるだろう。」
「そうなると、私が次期当主になることは間違いない。しかし、叔父が妨害してくることは目に見えている。だからこそ余計に知っておきたい。」
「両親は放っておけというが、身内の結束は領土を治める上で必要なことだからな。」
(ほら、やっぱり…私とフェムトはこの一件が片付いたら一緒にはいられないんだよ。次期当主のフェムトはネフライトには一緒に帰らない。私は以前のように一人の生活に戻ることになる。)
(エルデさんがフェムトと番になる。ジークさんと私は二人揃って失恋だ、ふふ、心強いや。)
車窓に目をやった。
外の景色はいつの間にか、森の中に変わっていて、夕日が木々の間を縫ってテラの顔に当たる。




