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ラメットが、浴室の窓を全開ににしてテラの背中の布を剥ぎ取る。
テラの寝顔を見て忌々しそうに舌打ちをして、髪を鷲掴みにして台の上から引きずり落とした。
「うぅ...」
テラは全身を強く床に打ち付けた。
目は覚めたが、落ちた衝撃で頭がクラクラする。
テラはかろうじて意識を保っていた。
視界が不明瞭だが、雰囲気でファルファラではない使用人がいるような気がした。
一生懸命に目の前の人物を見ようと、目を凝らしていた。
ラメットは、フェムトに丁重に扱われているテラにちょっとした嫌がらせをするつもりで、丁度いい機会が巡ってきたのでそれを利用してやってきた。
ラメットは少し嫌がらせをしたつもりだったが、浴室の床に萎れた花のようにくしゃりと倒れている。
よく見ると目の前の女性の体の線は細く、すぐに壊れてしまいそうだった。
ラメットは全身の血の気が引いた。
人間の脆さに驚き怖くなって立ち竦んだ。
フェムトは自分から辞退してしまったが、それまでは次期領主として皆に認められていたほどの人物で、狼の獣人としての能力もさることながら稀有な魔力持ちで皆が一目置く存在だった。
ラメットは、そんな人物の手中の珠を壊してしまったと震えがくる。
「あ...寒...い。」
テラは、全身が震えだした。
ラメットはすぐに駆け寄って、布を体に巻きつけた。
「ごめんなさい...私、羨ましくて。」
「こんなに、人間が脆いなんて。壊すつもりはなかったのよ。」
ラメットがしくしくと泣き出す。
「だ...大...丈夫。温めて。」
テラは、朦朧とした意識の中でラメットを慰めようとした。
「泣いてる...可哀想に...反省してるのね。」
「......」
ラメットはテラを抱きかかえて、自分の使用人部屋に連れて行った。
遅い時間で、すれ違う人もいなかった。
部屋を温めベッドに一緒に入ると、テラを温めた。
窓から差し込む光で、テラは目が覚めた。
目の前の女性を見て、昨日の一部始終を思い出す。
緑の髪をひとまとめにしている色白の女性は、お仕着せのままで眠っていた。
(エルデさんと同じくらいの年かな?)
テラは上半身を起こした。
テラに掛け布団を全てかけ、自分も一緒に入ってテラを温めているようだったが、よく見ると女の背中は掛け布団からはみ出していた。
(ずっと、温めてくれてたんだね。)
テラは、昨夜のことを責める気持ちになれなかった。
(反省してたしね。)
目の前の女のまぶたが開いた。
女は急いで飛び起きてテラの様子を観察する。
「あ、目を覚まされたんですね。よかった、本当によかった。」
俯いて涙ぐむ。緑のまとめ髪がほつれて顔にかかる。
「あの、ごめんなさい。許してもらえるとは思ってませんが...」
「お名前を伺っても?」
テラの言葉にビクッとして恐る恐る名乗る。
「ラ、ラメットと申します。いかような罰も受けます。」
テラがラメットに向けて微笑んだ。
「ラメットさん。大丈夫、もう気にしていません。」
ラメットは困惑していた。
「え?でも…」
「一晩中温めてくれて、ありがとうございます。」
「テラさま...そんな、許して...いただけるなんて。」
ラメットが嗚咽を漏らし始めた。
「ラメットさん、お願いが...着るものをいただけますか?」
テラは、浴室から布を簀巻きのように巻かれて担がれてきたので裸だった。
「お、お待ち下さいませ。なにか...」
「ラメットさんのお仕着せの替えがあれば借りていい?」
「こんなもので、よろしければ。」
テラはお仕着せを着て、ラメットの付き添いで部屋に戻った。
扉を開けると、窓際に椅子を置いてフェムトがかけていた。
テラの後ろで、ラメットが固まったのがわかった。
「フェムト、こっちの部屋にいたの?自分の部屋にいるかと思ったよ。」
「テラ、可愛らしい格好だね。」
フェムトがテラを一瞥すると、椅子から立ち上がってテラの方へ向かってきた。
テラの前に立ち、鼻をテラの髪に寄せる。
「私はね、鼻も良くてね。昨夜君が部屋にいなかったので、匂いをたどって探したんだよ。」
「彼女の部屋のベッドで寝ているところを、確認している。」
「どういう経緯かな?」
フェムトがテラの毛先を弄る。
(何かを、疑われている...)
「フェムト、この方はラメットさんというのよ。私がお風呂でこけて気を失いかけたから、それを見た彼女は気が動転して、自分のお部屋に運んじゃったのよ。」
「...それだけ?」
フェムトの目が探るように覗き込んでくる。
「それだけよ。」
テラは負けじときっぱり言い切った。
「いいよ、わかった。ラメット、食堂に行くからテラの準備を頼む。」
テラはラメットにワンピースを着せてもらって、フェムトと食堂で食事をとった。
時間が遅くなったので、ジークとエルデは先に済ませてもらっている。
今日はこの後フォーゲルを治療するため、テラとフェムトは寝室ヘ向かっていた。
「フェムト、待っててくれてありがとう。」
「いや、それより昨夜は1人にして済まなかった。」
「解決したの?」
フェムトが思い出して苦笑した。
「ああ...君に食べさせるために母の指示でフルーツを探しに山に入ったらしいんだ。全く、人騒がせなことだよ。」
「そうだったんだ...」
(気持ちはありがたいけど、それだけ期待されているということよね...成果が出るといいけど。)




