22
テラの使用人部屋で3人で食事を済ませて、テラは寝る支度をし、2人は怪しまれないように一度部屋に戻る。
いつフェムトが忍び込んでくるかわからないので、今夜からここで3人で寝泊まりすることになった。
ジークとエルデは皆が寝静まった頃に、この部屋を訪れることになっている。
簡易ベッドでエルデが寝て、長椅子にジークが寝ることになったので、ネルフが簡易ベッドを1つと、長椅子を持ってきてベッドメイキングをする。
夜半に、二人がこっそりとテラの部屋にやってきた。
部屋はもう明かりを落として、テラはベッドに入って二人を待っていた。
「二人とも、無事に部屋を抜けれたみたいでよかった。」
「ふふふ、ちょっとした冒険みたいでワクワクしたわ。」
テラとエルデがくすっと笑い合う。
「フェムト、来るかな?」
テラが何となく口にした。
「絶対来るよ、テラを取り返しに。エルデがそばにいてくれてよかったよ。」
「この部屋にテラと2人でいたら、兄上に何をされるかわかったもんじゃないよ。」
テラは、フェムトがジークに優しかったのを思い出した。
「大袈裟です、考えすぎですよ。大事な弟さんに何かするわけないじゃない。」
「呑気でいいね。」
ジークがテラをじろりと見る。
「ふたりとも、もう寝ましょう。ジーク、使用人にテラがいること口止めしてあるわよね?」
「大丈夫。信頼してる者にしか、ここにテラを連れてきたことを言ってない。」
「じゃ、私とジークは交代で休みましょう。テラはちゃんと寝ててね。」
「ありがとう、2人ともおやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。エルデも先に休んで。」
「おやすみなさい。2時間したら交代ね。」
テラは、普段と違う環境で少し興奮していたので、すぐには寝付けずベッドに横になって夜空を見た。
小さな窓はカーテンを開けておいたので、窓から満天の星空が見える。
テラは知らない間に眠っていたようで、真夜中に目が覚めた。窓の外はまだ暗い。
2人の寝息が聞こえた。
「ふふっ...」
テラは思わず苦笑した。
寝ずの番を交代ですると言っていたが、2人とも寝てしまったらしい。
(そうよね、フェムトが忍び込んで来るっていうだけで寝ずの番をする方がおかしいよね...敵じゃないんだし、それは寝ちゃうよね。)
扉が静かに開く音がした。
フェムトが忍び込んでくるという予備知識がないと、聞き漏らしてしまいそうな小さな音だ。
「フェムトなの?」
テラは、囁くように小さな声で聞いた。
人影がだんだん近くに寄ってきた。
窓から差し込む星の光で、シルエットがフェムトだとわかりテラは安心した。
「遅くなった、無事なようで安心した。」
フェムトが、上半身を起こしたテラを自然に抱きしめた。
テラはフェムトの顔を見るために、フェムトの胸元から顔を少し離し見上げる。
「フェムトも、無事で良かった。ここに来るまでの間に誰かに気付かれてない?」
フェムトは、テラの可愛らしい心配に思わず含み笑いをする。
「フッ...私がそんなヘマをするわけがなかろう。」
フェムトがテラを優しい眼差しで見る。
星明かりのもとで見るフェムトは、神秘的で艶やかでテラはため息が零れそうになる。
エルデが、寝返りをうつ。
(そうだった、静かにしないと、2人を起こしちゃう。)
テラはフェムトの腕を引き寄せ、耳元に唇を寄せると声を潜めて告げる。
「実は、みんなで王宮の図書館に行く計画を立てたの。明日詳しく話すからそれまで待ってて。」
フェムトの耳元で囁くテラの声は息遣いと混じり、フェムトの耳にかかる。
フェムトは、とっさに自分の右腕を強く掴み、体がうずくのを抑え込むために、まぶたを閉じてひとつ息を吐いた。
「は...ぁ...」
フェムトの漏らした熱のこもった吐息がテラの耳に残る。テラは聞いてはいけなかったような後ろめたさを感じた。
少しの沈黙の後、テラは朝までフェムトを休ませてあげようと思いつく。
「フェムト疲れたでしょう?よかったら、私のベッドで一緒に休まない?」
「は...いいのか?」
フェムトの喉仏が大きく上下した。
テラが掛け布団をめくって、中に入るように誘う。
「フェムト、狼になってくれる?」
「.........」
(あれ...急に固まったけど...)
「フェムト?」
フェムトが弾かれたように瞬きをした。
「あ、いや...わかっている。」
フェムトは、いっそ早く獣化してしまいたいと思っていたので、すぐさま着ていたローブを脱いで狼の姿になる。
ベッドに上がり、テラの足の辺りに無心で丸まる。
心配だったテラの傍にようやく辿り着き、人肌が気持ちよかったフェムトはそのまま無防備に寝てしまっていた。
次の日の朝、窓から差し込む光でテラは目を覚ました。
寝返りをうつと、フェムトはすでに着替え終わっていて、ベッドの端に浅く腰掛けていた。
「フェムト、起きてたの?」
テラが起きたと知って、フェムトが嬉しそうに微笑む。
「お前のおかげでよく眠ったから、朝は早く目が覚めたよ。」
「二人は?生きてるよね?」
テラは起き上がり、近くに二人がいないのを焦ってフェムトの胸元にしがみついて聞いた。
フェムトがそのままテラを腕の中に囲み、嬉しそうな顔をして答える。
「部屋の入口付近に長椅子を運んだ。二人ともそこにいるから、着替えたら行くと良い。」
「なんで、そんなところに?」
ジークは昨夜、テラのベッド近くに長椅子を置いて眠っていた。
「テラが寝ている間に、王宮に行く話を二人から聞いていたからだ。テラを起こしたら可哀想だから、長椅子を移してそちらで作戦会議をしていた。」
フェムトがテラを抱いていた手を緩めて、顔が見える位置まで離れて、話し始める。
「私からの提案なんだが...私の父にまずテラの魔力を使ってみないか?急に王家の者の治療に当たるなどテラも不安だろう。」
テラは、ありがたい申し出だったが、少しだけ躊躇われる。
魔力持ちが皆無のため、学校などもなく自分の魔力について本当のところ性質などよくわかっていなかった。
「だけど、そんな実験台みたいなこといいの?」
「それで、父上が治ってくれれば私たちこそテラの力を利用したことになってしまうからお互い様だ。こちらのほうが利がある。」
(フェムトは、私のためにネフライト国王に掛け合ってくれたり、希少価値の高い宝石を手放したりしたから、もし私の力でフェムトのお父さんが治ってくれるなら...少しは恩返しになるかな...)
「おはよう、テラ」
ジークとエルデがそばに来る。
テラは二人の顔を見て安心した。
「おはよう、二人ともよかったね。特にジーク、フェムトへのわだかまりは無くなったみたいね」
ジークが、はにかんだ。
「ああ、ありがとう。エルデとテラのおかげだよ。もっとちゃんと話し合って協力し合えばよかった。」
(ジークってこうしてみると、弟って感じなのね。)
「さ、先に朝食にしましょう。とりあえず私とジークはグレンツェさまに気付かれないように食堂に行きましょう。フィーとテラの分は信頼できる者に運ばせるわね。」
フェムトがエルデに指示した。
「父上のお見舞いに行くと言って、外出の許可も取ってくるんだ。」
ジークがフェムトの提案に難色を示した。
「この間、兄上の居場所を突き止めたから会いに行くと言ったら、グランツェ叔父さんの息がかかった護衛が2人も付けられたんだよね。何も言わずに、こっそり出たほうがよくない?」
「それなら...ジークが当主になる腹が決まったから、エルデとの婚姻の報告に行くとでも言えば、快く送り出すだろう。二人の中を進展させるために、二人きりで行きたいと言うんだ。」
「ちょうど私と諍いを起こした報告を護衛から受けた後だろうから、信じるだろう。」
「そうですね、ぼくが兄上を取り押さえるように言ったあの時の護衛は、ぼくの腹心ではなかった。」
「グランツェが付けた護衛は、端から私を処分するための隙きを狙っていたようだったぞ。気絶させるに留めておいたが。」
「では朝食後にグランツェ叔父さんのところに行って許可をもらってきます。」
ジークとエルデは部屋を出ていった。




