20
馬車が森の中のテラの家の前に付ける。
フェムトは、獣化する前にジュストコールだけは脱いでいたが、他は破れてしまっていた。
『ジーク、衣類は全て持って帰ってくれ。』
「...兄さん、領主にならないならぼくに命令口調は止めて欲しい。」
ジークは完全にへそを曲げてしまっていた。
『そうか、確かに...頼む...いやお願いします。』
テラは嫌な予感がした。
兄を慕っている弟が拗ねて言ったことに、弟の神経を逆なでする返しだと思った。
ジークを見ると案の定、傷付いた顔で俯いた。
「フェムト、今のは......」
テラが可哀想に思い、ジークの擁護をしようと口を開く。
あっという間に腰に腕を回され、ジークの膝に抱え込まれていた。
馬車が停車して、扉がちょうど開きそのまま外に連れ出される。
『テラ!』
「兄さん、許さない!」
ジークが、テラの首に手をかける。ジークは本気で首を絞めようとはしていないが、恐怖でテラの顔が青ざめる。
『ジーク!テラを傷付けるな!』
ジークの理性を失っている様子に、テラの安全を考えるとフェムトは不用意に近付けない。
フェムトが悲痛な声で、懇願する。
『頼む...テラを傷付けないでくれ...』
ジークは一瞬顔を歪めると、テラを引きずってその場から離れていく。
テラの細い首にジークの指が回っているのを見て、フェムトは為す術もなかった。
「次期当主のぼくが命じる。フェムトを拘束しろ。」
ジークが護衛に命じた。
護衛が一瞬躊躇したが、すぐにフェムトを拘束する。
フェムトが魔力を放ってこないのを見て安心したジークは、テラを引きずって森の中に入って行く。
テラの耳元でに囁くように言った。
「この奥から『迷宮の森』に繋がる道があるんだ。次期当主にしか教えられない秘密の通路だ。兄上は残念ながらまだ知らないはずだよ、追ってこれないい。」
ジークの拘束の手が緩む。
「...弟さん、フェムトはエルデさんを殺そうとしたよ。理由はわからないけど...弟さんエルデさんのことを気にかけているけど、いいの?」
「兄上がエルデを殺すなど...あり得ないし、戻ってきたエルデも傷跡などなかった。」
「私が治したからね。」
テラは自信満々に胸を張ってジークに言う。
森の奥に入ってけっこう経つが、獣に遭遇しないのはジークの影響だろうかと考える。
ジークは、エルデが深い傷を負った話を全く信用しなかった。
テラは、抱えられているから全く足の疲れはないが、押さえられているので体の節々が痛い。
暫く進むと遠くの崖の上に、城が見える。
「あそこに見える城が、ネーベル城だよ。」
「あんなとこまで行くの?」
今いる場所から、まだかなり小さく見えている。
ジークが、ジュストコールとベストとシャツをテラの目の前で脱いだ。
テラが質問する前に、目の前でジークの体が変化していく。
ジークが、狼の姿になった。
濃紺の艶のある毛並みは雄々しく美しい。
『背中に乗って、首に腕を回せ。』
テラは言われたとおりにする。
ジークは脱いだ衣類を全て口に加えた。
テラがしっかりしがみついたのを確認して、ジークは速度を上げた。
この先は道が急勾配になっているので、狼の姿のほうが進みやすいようだ。
景色が目まぐるしく変わっていく。凄いスピードに振り落とされないように必死でしがみつく。
テラはだんだん手の力が入らなくなってきた。
体感的には30分ぐらいこうしている気がした。
テラが気を失いかけたところで、スピードが落ちる。城門が目の前に現れた頃には、テラは意識を手放した。
城門は石造りになっていて堅牢で壮大だ。
ジークは、テラをジュストコールで顔がわからないように包んで、シャツだけを羽織る。
ジークの帰城に合わせて、城門で待機していた人物に「ネルフ、頼む。」と声を掛けて、テラを託しジークは居館の方へ向かう。
ジークは整えられた庭園を通り、正面のエントランスに向かう。
家令がジークを出迎え、目を見開いて驚きすぐに使用人にローブを持ってこさせる。
ジークは、使用人からローブを受け取り頭から被った。
エントランスホールで、ジークがひと目を集めている間に、ネルフがテラをひっそりと使用人棟の一室へ運ぶ。
ジークを出迎えに向かったエデルが、たまたま窓の外を見てテラが運ばれているところを見る。
テラは一番奥まった部屋へ連れて行かれる。
エルデはこっそりと後をつけて、一部始終を使用人棟の陰から覗いていた。
ネルフが部屋から出て、外から鍵を掛けていく。
「外から鍵を掛けられる部屋に、わざわざ運び入れるって物騒な感じね。しかもネルフってジークの専属の護衛だわ。...厄介ごとの予感だわ。」
エルデは帰ってきたジークのところへ、状況の確認に向かうことにした。
意識が戻ったテラは、船酔いのような状態になっていた。
気持ちが悪くて洗面所へ駆け込む。
テラは驚いた。
(ここも下水道完備されてる、ネフライト王国と変わらない。前世の知識がある私としてはかなりありがたい。)
「出すもの出したら、ちょっと楽になった。」
部屋の中は簡素だが、すっきりとしていて清潔感がある。
ベッドとドレッサーと、小さなテーブルと椅子がありお手洗いが付いている。
ベッドの近くに小さな窓がある。
窓から外を覗く。
近くに、シーツがいくつも干してあり、時々風がそよいでシーツをはためかせる。
奥には芝の手入れされた、だだっ広い庭園があり、噴水とちょっとしたガゼボがある。
少し離れたところに城が見える。外観はネフライト王国の貴族の城より堅牢な作りに見える。
扉をノックする音が聞こえる。
テラが開ける前に、ガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえて勝手に開いた。
「テラさん、大丈夫?」
エルデが素早く体を、室内に滑り込ませてきた。
「エルデさん!」
エルデがテラの両腕を掴んで、全身を上から下までくまなくチェックする。
「良かった、怪我は無いようね。どうしてここに?」
エルデがベッドにテラを掛けせせる。
「それが、脱いだ服を持って帰ってくれってフェムトが言ったら、もっと丁寧に言うようにジークさんが言って...フェムトがそのとおりにしたら、ジークさんが怒って私をここに連れて来たの。」
テラは事実だけを言った。
「ちょっと、それだけじゃ要領を得ないわね...テラさん話を端折ってない?」
「端折ってないよ、ジークさん本当は丁寧に言って欲しくなかったんだと思う。ほら、他人行儀な言い方になるから。」
「話の前後がわからないけど、でもジークがそうしろって言ったんでしょ。」
「それは拗ねて...かまって欲しくて言ったんだと思う。」
エルデが、困った顔をした。
「あ...多分、兄弟喧嘩みたいな感じ?」