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インフィート領から戻ったテラは、調剤室で今日までの納期の仕事の仕上げをしていた。
(やっと終わったよ、これを手渡したら家に帰れる。)
瓶を台に置いて、帰宅準備をいそいそとしているところへ誰かが調剤室のドアを乱暴に開けた。
「テラ、聞いたぞ。君は優秀なクエラ嬢の仕事を邪魔しているそうじゃないか、君はクビだ!」
「目障りだから、私の目の前に二度と現れるな。」
テラはイラッとした。
(目の前に現れるなって...そっちが今来たんじゃないの。)
ネフライト王国の第3王子モラド・サルモン・ネフライトは金色の柔らかい髪にブルーの瞳でこれぞ『王子』という見た目の男だった。
モラド王子が、テラの目の前で先ほど精製したばかりの魔力水の入った瓶を傾けテラの足もとに零した。
魔力水がテラの靴を濡らす。
「クエラ嬢、これで君の無念は少しでも晴れたかい?」
空の瓶をテーブルに置いて、モラド王子は隣にいるピンク色のふわふわの髪に、ガーネットのような色の瞳の女の機嫌を伺う。
テラは鬼の形相でクエラを睨みつけて、ドスの利いた声で凄んだ。
「クエラ、あなたこんなことしてただで済むと思っているの?」
テラは怒りのあまり月並みな言葉しか出てこない。
クエラはテラの形相に一瞬ひるんだが、すぐに言い返した。
「あなたみたいな平民が出しゃばるからだわ!」
クエラ・マヘンタ・アスルは伯爵家の次女だ。
「テラ!平民の分際で私のクエラ嬢にそのような口を利くなら罰を与えるぞ。」
モラド王子がクエラに気に入られたいがために加勢する。
「はぁ〜、建国以来のバカって本当だったんですね...」
テラがわざと大きくため息をついてから、軽蔑の目でモラド第3王子を見た。
モラド王子が、かーっとなって帯剣していた剣の柄に手を掛ける。
「なんて無礼な態度だ!手討ちにしてくれるわ!」
「やれるもんなら、やってみなさいよ。」
テラも一歩も引かない。
テラの魔力水を受け取りにきた北の水門を管理しているティルケル卿が、一触即発のところを止めに入った。
まさにモラド王子がテラを斬りつけようとしていた。
ティルケル卿は2人の間に身体を滑り込ませた。
そして、クエラに助けを求めた。
「止めてください、クエラ嬢。テラさんにもしものことがあれば我が国は大変なことになるのですよ。」
その一言でクエラのプライドが刺激される。
「皆がそうしてテラを甘やかすのが悪いわ!」
クエラが癇癪を起こして、調剤室を飛び出していった。
クエラを止めようと足を踏み出したティルケル卿は、ぴちゃんという音に嫌な予感がする。
「まさか、この下にこぼれているのがテラさんの魔力水......」
ティルケル卿が青ざめて足元を見る。
「そうだよ、一ヶ月かけてようやく瓶にいっぱいにしたのにそこのモラド王子殿下が全部こぼしたよ。」
ティルケル卿が泣きそうにテラに確認する。
「北の水門の分ですよね?」
「うん、他の水門の人達は昨日取りに来たからね。」
ティルケル卿から青い炎が見えるようだった。
「モラド殿下、このことは陛下に報告いたしますから。」
モラド王子の顔色が悪くなる。
「ちょっと待て...そんな大仰なことか?またすぐに作ればいいだろう。」
テラがこの一言にキレた。
思いっきり回し蹴りをしようとしたところを、さすがにティルケル卿が止めた。
「落ち着いてください、あとは陛下にお任せしまし
ょう。」
テラは大きく舌打ちをして調剤室を出ていった。