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夜空の星が無数に瞬いている。
テラは温泉に浸かりながら、夜空を見上げた。
(明日は、フェムトが一緒に王宮に行くって言ってたけど...この状況を打破できる策があるのかな。)
(エルデさんのことも、なんで殺そうとしたのか、教えてくれなかったし......)
テラは周りを見回して温泉から上がる。
(フェムトのせいでいろいろ意識しちゃうよ〜!さっきのも...)
テラは両手で首を触って、頭から火が出そうになる。
持ってきたワンピースを、急いで頭から被って部屋に戻る。
テーブルに用意してあった冷たい水を飲んで、ベッドに入る。疲れていたせいかすぐに眠れた。
翌日、テラは目の前のフェムトに見惚れた。
王宮に上がるため、ネイビーのジュストコールと下にジレとひざ丈のキュロットを着用していた。
袖口にレースをあしらってあったり、全体に煌びやかな装飾を施してある。
銀色の髪は、ワックスを少しだけ付けてラフに整えている。
(ここに、本物の王子さまがいる......)
背が高く均整の取れた体つきは、どんなものでも着こなせるのだろうと目の前のフェムトを見てテラは納得する。
(獣人って...フェムトもエルデも次元が違う美しさだけど...みんなそうなの?)
テラは自分がユニフォームだったのを後悔した。
「フェムト......ずっとずっと見てたいくらい綺麗!ただ、その格好で駅馬車に乗るの?」
テラは、フェムトが駅馬車に乗るには浮いてしまいそうなのを心配する。
フェムトは、テラが自分に見惚れていたことに気付いて上機嫌だった。
「馬車はジークに用意するように頼んだから、もう来ると思うが。」
「ジーク?」
「私の弟でネーベルの次期領主だね。」
「ネーベルって?」
扉をノックする音がした。
「来たようだ。」
フェムトがテラの腰に手を当てて、玄関まで促す。
扉を開けて、来客者を迎える。
目の前に肩までのラフな濃紺の髪に、ブルーの瞳のでチャコールグレーのジュストコールを着用した男性が立っていた。
「お前、自ら来たのか?領地はどうした?」
「兄さん、会いたかったよ。全く音沙汰無しでやっと居場所を掴んだと思ってエルデを迎えに行かせたら帰って来ないばかりか、こんな要求するんだから。ぼくが当然来るでしょう。」
森の中の貧素な木造建築の前に、かなり不釣り合いな豪華絢爛な4頭立ての馬車が停まっている。
「お前も一緒に謁見をするのか?」
「もちろんです。どういう意図があって、ネフライトの国王に会うのか知りませんが、昨日兄さんからの伝言を聞いてからすぐに、今日伺うとネフライト国王に伝えてあります。」
「手間を掛けた。」
フェムトがジークに優しい眼差しを向けて、礼を口にした。
ジークがはにかんで、フェムトに会釈する。
「少し離れるぞ。」
フェムトがテラに声を掛けて、馬車の護衛に付いてきた男性2人と御者にも声を掛けに行く。
フェムトは昨夜眠れなかったのもあって、獣化してネーベルまで走り、今日の段取りを口伝えで領地のものに頼んでいた。
ジークがテラの方に寄って来た。
「女、お前が兄のメイドか。」
「私?」
「兄の世話をありがとう。お前が兄のそばでずっと仕えてくれていたのだろう?」
「いや、どちらかというと私の方がお世話になってるかも...」
ジークはテラの返答が気に入ったようだった。
「謙虚な心がけだ。そのまま仕えてくれ。」
ジークがフェムトの気配を察して、後ろを振り返って声を掛ける。
「では、参りましょう。」
テラはフェムトが腰に手を当てたので、馬車に乗っていいという合図だと思い、先に馬車に乗り込もうとした。
護衛がそれを見て、慌てて主人と同じ馬車に乗るのを止めさせようとテラに近づく。
フェムトが護衛を手で払った。
「よい。」
そして、フェムトがテラに手を差し出す。
護衛が目を丸めた。
ジークはこの光景を見て、固まってしまった。
テラはよくわからないが、この手を取ってはいけないという空気をひしひし感じる。
「大丈夫だって、駅馬車も一人で乗ってるから!」
差し出された手を取らずに、さっさと一人で乗る。
フェムトが寂しそうな表情になり、視線でテラを追う。
テラは、フェムトの視線に気付いて罪悪感を感じたが、さっきの恐ろしい空気に耐えられなかった。
中は広くて、座席がゆとりがあって座り心地がとてもよい。
テラは進行方向の窓側に乗った。
フェムトがテラの横に腰を下ろす。
テラが嬉しくて笑顔で伝えた。
「広いから、横並びで余裕で座れるね。」
「今日のフェムトの格好に合わせて私もちょっと着飾ってみたかったな。」
なにせ作業服だった。
フェムトが嬉しそうに、テラの頬を手の甲で撫でて微笑む。
慈しみ愛でるような甘やかさに、なんとも言えない妖しさを含んでテラを見つめる。
「テラは着飾らずとも、そのままでも愛らしいよ。」
声にも色気が混じる。
「表情豊かなところは見ていて癒やされる、私は特にテラの笑顔に惹きつけられる。だから、私のそばではよく笑っていてくれ。」
フェムトの色気が滝のように勢いよくテラに向かって流れ落ちてくる。
(別の意味で殺られる......)
(私は、どういう心境でこれを受け止めたらいいのー?!)
テラは滝壺にいる修行僧のような気持ちで、フェムトの色気を浴びた。
「あ、あの...もうそのくらいで......」
「だがドレス姿はこの上なく美しいだろう...着る機会があれば私に用意させて欲しい。」
(は、話を変えよう!!)
「そ、そうだ!フェムトのこと私に教えて。ほら、狼の姿でずっと一緒にいたからフェムトのこと聞くこともなかったし...」
「では、城につくまでに、私のことを少し話しておこうか......少しは獣人の私に興味を持ったか?」
フェムトの目から妖しさが消えが、いつもの穏やかな目に変わってテラを見つめる。
「うん、すごく聞きたい!」
(良かった...流れが変わった。)
「城に着くまでの、お前の無聊の慰めになればよいがな。」
一部始終を目にしたジークが、素早く馬車に乗り込んで、フェムトの対面席に座った。
「ぼくもこちらに、ご一緒しますから!」
ジークとしては、メイドがなぜ主人と同じ馬車で移動するのかと問い詰めようと思ったが、フェムトが先ほど馬車に乗る際、テラに手を差しのべたのを見て黙っていた。
そして先ほどのやり取りを見て、ただのメイドではなく愛人のような立ち位置なのかと勘繰る。
ジークがテラを観察するように見る。
「あなたの名前を伺っても?兄さん、自己紹介してもいいですか?」
「必要ない。お前の名前は先ほど伝えてある。」
フェムトはテラがジークの名前を呼ぶのを良しとせずジークの申し出をはねつけた。
ジークも獣化するが、濃紺の毛並みは自分とは違った美しさを持っていることにフェムトは警戒して、できるだけテラと接点を持たせないようにしていた。
しかしそれを知らないジークは、安心した。
身内の自分に正式に紹介しないとなると、すぐに切り捨てる程度の相手だろうとにらんだ。
フェムトを領地に連れて帰るのに、エルデの立場を脅かすものを見逃すわけにはいかない。
ジークはテラを今だけの、ちょっとお気に入りのメイドだと認識した。
「揺れは気にならないか?」
フェムトがテラを気遣う。
「全く!揺れないわ、進んでるのか心配だったくらいだよ。」
テラはちらっとジークを見る。
(気のせいかもしれないけど、私を品定めしているような目を向けられているような気がする。)
(さっきフェムトがジークさんを次期領主と言っていたけど...フェムトが兄なら本来はフェムトが次期領主だったのかな?)
(テラは農民の子で学問をする環境じゃなかったから、地理も隣国のことも知識ないんだよね。こんなことなら王宮の図書館で勉強しておけばよかったな...)
外から声が掛かって、馬車の扉が開く。
王宮の馬車寄せに着いたようだ。




