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駅馬車に揺られながら、眠りこけていると森の入口に一番近い待合所で御者が声をかけて起こしてくれる。
「嬢ちゃん、いっつもここで下りるじゃろ?」
「......そうだった、ありがとう。」
「下りる時、後ろに気を付けるんだよ。偶然だと思うが、豪奢な馬車がこの馬車のあとを一定距離開けて付いてきてるみたいなんじゃよ。」
「下りたあと、跳ねられんようにな。」
「ありがとうございます。気を付けて下ります。」
テラは馬車を下りて、後ろを振り返って見た。
「確かに豪奢な馬車が迫ってきている。こんなところに?」
テラは、森の中の家を目指して歩く。
家が視界に入ったころ、後ろから声を掛けられていたようだったが、たまたま風が吹いて葉擦れの音がして声が掻き消されテラは気付かなかった。
玄関のドアを開けると、上がり框にフェムトが待っていた。
『おかえり、テラ。』
「ただいま〜。」
フェムトの首に抱きつく。
(今までやってたし...狼のときはいいよね。)
『外に人の気配がするぞ。』
「人の気配?」
フェムトがその場で人の姿に戻った。
毛皮じゃない肌の感触がする。
フェムトが片方だけ立て膝を付いて、テラの腰に腕を回して抱え込んだ。
「ちょっと......」
ドアが勢いよくバンっと開く。
モラド王子が目を見開いて、二人を食い入るように見た。
「テラ......その男は、いったい.........」
「お前、婚姻もせずに......貞節を守らんふしだらな女だったとは!」
「なんのこと......」
テラは後ろを振り返る前に思い出す。
(フェムト...人に戻ったんなら、素っ裸じゃーーーー!?)
「ええっと、これは......ん」
フェムトが後ろからテラの口を手のひらで塞ぐ。
「お前は何用でここに来ておる?」
フェムトがモラド王子を見て、鷹揚に口を開いた。
「クソっ...処女なら決闘してでも離れさせるが......」
モラドが二人を見て、悔しそうな顔をする。
「テラ、残念だがネフライト王国の王族との婚姻は処女であることが一番に求められる。」
「自分の身持ちの軽さを悔やむんだな。」
そう捨て台詞を吐いて去っていった。
フェムトが狼に戻る。
『なんだ、テラはあやつと夫婦になるつもりだったのか?』
「今のってそういうことよね...いや、全く。」
フェムトの首に掴まった。
「それより、フェムト運んでね〜」
テラは狼のフェムトに運んでもらおうと思い、首に腕を絡めて足を胴体に絡めてナマケモノのようにぶら下がる。
『行儀が悪いぞ...全く。』
フェムトが急に人型に戻ったので、テラの視界が急に高くなった。
「なに、フェムト止めて〜!」
人型に戻ったフェムトはテラを横抱きにして、ドアに鍵をかけてから、居室まで歩いた。
「ね、全裸よね。本当に止めて〜。」
フェムトはテラをソファに下ろすと、獣化して2階の私室に行った。
しばらくして2階から下りてきたフェムトは、ゆったりとした濃紺のシャツにトラウザーズを履いている。
(わあぁあ......均整の取れた体付き、オーバーシャツなのに骨格の形がすごく良くわかる。美しい顔に美しい体...羨ましい...)
フェムトが食料貯蔵庫から野菜を彩りよく盛ったサラダと肉を出した。
「もう獣人だと明かしたからな、一緒に同じテーブルで食事をしようと思って用意しておいた。」
フェムトがテーブルの上に、パンとサラダを置いた。
「今日商店街にも行ってきた。私は野菜がなくとも気にしないが、お前は野菜を良く食べるからな。」
「待って、お金はどうしたの?」
「私が盗人のような真似をするとでも?」
テラは、ソファからキッチンの方ヘ移動した。
コンロの方からお肉を焼くいい匂いがする。
「そうじゃないけど、......え、すごく美味しそうなお肉だね!」
サシと赤みがうまい具合に入っていて、見ただけで良いお肉だとわかる。
フェムトが肉を片面ずつ焼いている。
テラはフェムトが調理しているところを見ていた。
フェムトが焼けた肉を皿に取り分けたのを、テラが配膳した。
フェムトと一緒にテーブルに付く。
「フェムトありがとう、いただくね。」
テラがナイフとフォークを使って、肉のソテーを切り分ける。
「隣街から迷宮の森に潜ってきた。」
「資源の宝の山って言われているところ??ん〜!お肉美味しいよ、フェムフェム。」
テラがソテーした肉を食べて笑顔になった。
「それはよかった。」
フェムトがテラの笑顔を満足そうに見て、自分の分を食べる。
(フォークとナイフを器用に......いや、上品に使ってる...!?私の中でフェムトって狼だから変な感じ...)
「そういえば、迷宮の森って...樹海のようになっているっていうところだよね......危険なところだって噂があるけど?」
「そうだな、人が奥深くに足を踏み入れるのは危険だな。エリア分けがしてあるんだが、人は賢いな。人間はエリア3までが限界だろう。あの奥深くは我々の領地でもあるしな。」
「そんなところに、狼の住処があるの?」
「獣人の治めるネーツェル国と、ネフライト王国は元は一つだったんだ。この際だから話しておくが、獣人は誰もが完全獣化できるわけではないのだよ、特別なものだけだ。多くの獣人は人と同じ姿で生活している。生活様式はこちらと殆ど変わらないと思ってもらっていい。」
「そうなんだ...フェムトの狼の印象が強すぎて人の姿が普通っていうのもなかなか慣れないよ。」
「その迷宮の森は一人で行ったの?」
「今回は...頼まれてな。人とチームを組んだからエリア3までしか行ってないが一人ならもっと奥に入れるな。あまり奥に行くと同胞に会いそうだから遠慮したいがな。」
「今回はなにを取ってきたの?」
「ああ、樹海を抜けた先の鉱山から宝石と金属鉱石だな。」
「ふーん......フェムト、パンも美味しい!」
「そうか、おかわりするか?」
「大丈夫、おなか一杯になりそう。フェムト食べるの早すぎる......喋ってるのに。」
「それで、フェムトは狼の姿で行ったの?」
「お前が私を助けたとき狼だったから、そのまま狼の姿で過ごしていたが、普通は人に会うのにわざわざ獣の姿を晒すことなどないのだよ。私とてテラの前以外であえて獣化することはないな。」
「もしかして、気付かないだけで獣人はこの国で私たちと一緒に生活してたりしているの?」
「特別に獣人の能力が強い者は、領地を持ってそこを治めている。」
「そうじゃないものはネーツェル王国で普通に生活している者もいるし、人に混じってネフライト王国で生活していたり様々だな。」
「自分が獣人のルーツだと知らないものもいると思うぞ。そういった者は人より少し力が強かったり、目が良かったり、鼻が良かったりする。人と普通に結婚しているものが多いからな。」
「獣人の能力の高いメスと番になり領地を継ぐ者はわずかだ。」
「獣人のこと、誤解してた。洞窟みたいなところに住んでいるのかと思った。」
「テラ、食後におすすめのハーブティーがあるぞ。店のものに勧められた。」
「飲む!」
フェムトが、お湯を沸かしてお茶をカップに注いでくれた。
甘い香りが立つ。
「フェムト...その勧めてくれた人って、女の人でししょ?」
「そうだが。」
(この茶葉......なんとなくこの甘い香りがフェムトに好意を伝えている気がするけどね〜)
テラは、一口だけハーブティーを飲む。
(この間、『私にも好みがある』って言われたから私のことはそういう対象じゃないんでしょうけど...)
「もしかして、これ勧めてくれた人って、好みの女性だったり?」
「テラ、気になるのか。私の好みが?」
「......別に。」
「フフ...そうか。」




