25.一筋の光
私を轢いた軽トラの運転手はよそ見をしていたらしい。
たったそれだけのことで私は歩けなくなった。
学校にも行けなくなって、ずっと病院で日々を過ごすことになった。
治療は一段落して見えるところに傷は残らなかった。
けれど、私は後遺症で普通の人と同じように歩くことはできなかった。
必死にリハビリしたけれど、日常生活に支障がない程度にしか戻らなかった。
無理をしたり、走ったりはできない。
自分の歩という名前が『歩くことしかできない歩』というふうに思えてきて、名前を呼ばれるたびに嫌な気分になった。
病院のテレビではスポーツ中継がよく流れていた。
<野球の頂点を極めるWBCで森谷ジャパンが三連覇を成し遂げました!>
<ワールドカップ日本勢史上初の決勝進出!>
<東洋の魔女がオリンピックで金メダルを獲得しました!>
<小林真理が不屈の走りでフルマラソン日本人新記録を樹立!>
病院にいるおじいちゃんやおばあちゃんたちは、そのニュースを見て自分のことのように喜んでいたけれど、私は気が滅入るような気分だった。
だから、スポーツ関連の情報が目に入らないように過ごしていた。
私立由比ヶ浜女子に入学したのは、共働きの両親に代わって私の面倒を見れる祖母の実家が近くにあったこと。そして、学内のバリアフリーが充実していることが理由だ。
当初は高校生活に対して何の希望も持っていなかった。
私だけが走れない。私だけが泳げない。私だけが……。そういうふうに思っていた。
そんな私を変えたのは、祖母が貰ってきた一枚の学校案内パンフレットだった。
『eスポーツは運動が苦手な人でも活躍できる競技です。ゲームの世界で一緒に楽しみながら切磋琢磨しませんか?(部長:ココ助さん)』
私はそこで初めてeスポーツという存在を知った。
調べてみると、世界大会の動画が出てきた。
そこには歩かずとも、真剣にスポーツに打ち込んでいる少女たちの物語があった。
そして、私は今、決勝戦の舞台に立っている。
eスポーツを始めて一月ちょっと。そんな自分がここまで来れたことが信じられない。
信じられないことだけれど、ある意味必然だったのかなと思っている。
何故なら、私にはずっとずっと一筋の光が差していたからだ。
◆
「うわぁぁぁあああん! また負けたー!」
決勝戦を翌週に控えた練習日、私は頭を抱えながら身悶えていた。
ギャル先輩が委員会、ココ助先輩は所要で参加が遅れるということで、空いた時間を使ってソロランクに挑んでみた。
けれど、まったくもって自分の力が通用しなかった。
――いつもみんなとやるときは勝ってるのに! みんなとやるときよりも弱い相手と対戦してるのに! なんで勝てないの〜!!
「えーと、今のラウンドはBエリア前を敵に抑えられちゃってるので、先に中央エリアの情報を取ってからゲームを組み立てないといけないんですよ。まず相手がワンフロントのツートラッパー構成だから……」
後ろから見てくれているあかちゃんがゲームの反省点を語ってくれている。
ただ、ぶっちゃけ何を言っているのか全然分からない。
ほんとに日本語? って思う。
こうして自分一人じゃ勝てない現実を目の当たりにすると、いかに何も考えないでゲームをしていたのかを痛感させられる。
「あかちゃんはどうしてそんなに上手なの⁉ なんで的確な指示が出せるの⁉ 一体あかちゃんには何が見えてるの⁉」
「別に新堂さんほど上手くなる必要はないわよ。ていうかそれは無理だし」
爪やすりで手入れをしながら私にそう言うのは隣に座っている瑠依先輩だ。
いつも本質的なことをズバズバと言ってくれる先輩だけれど、『無理』っていう言葉は聞き捨てならない。
「無理って簡単に決めつけるのは良くないと思います!」
「けど、ノーミスって無理だと思わない?」
私は無理だと決めつけることについて、気持ち的な部分でちょっと口答えしただけのつもりだった。
けれど、瑠依先輩にはもっと深い意味があったようだ。
私は瑠依先輩の話を黙って聞くことにした。
「スポーツって、私はミスありきの勝負だと思ってる。極限の緊張感の中で戦っていると、どうしても焦っちゃってパフォーマンスが下がるから。三冠王だってど真ん中を空振りするし、バロンドールだってPKを外す。けれど、新堂さんは絶対に判断を間違えない。ありえないことなんだよ、そんなの」
「いやいやいや! 私だって普通にミスしますよ?」
あかちゃんは滅相もないといった様子で否定するが、瑠依先輩の表情も声のトーンも大まじめだ。大げさに言っているわけではないのだろう。
「私、新堂さんが同好会に来てからのゲームを全部振り返ったんだけど、本当にミスが一つもなかった。鳥肌が立ったよ。もちろん結果的に負けてるゲームもあるけど、そういうゲームは仲間の誰かが最低限の仕事すらできてないほどやらかしてるケースだけだったし」
「ノーミスのあかり先生! ミスしないようにするにはどうすればいいですか⁉」
私はビシッと手を挙げて質問してみた。
心構えだけでも教えてほしい。
しかし、あかちゃんからは「ちゃんと落ち着いて考えれば……たぶん?」というなんとも言えない答えしか返ってこない。
うーむ、わからん。
「ほら、天才でしょ? こんな化物と比較する必要ないから。私たちは自分できることの範囲を少しずつ増やしていけばいいのよ」
「私、あかちゃんの言うことだけ聞いて生きていきます!」
「それはそれで困るんだけど!」
ボケをちゃんと拾ってくれる瑠依先輩は神。
瑠依ちゃんしか勝たん。
「でも、新堂さんがどういう考えでIGLしてるのかは興味あるかも。私ももっと意図を組みながら動けたほうがいいだろうし」
瑠依先輩は自分のパソコンに向き直って、過去にプレイしたゲームのリプレイ映像を流し始めた。
「例えばこのラウンド。早い段階でAエリアの敵を一体倒せたのに、結局Bに攻め先を変えたじゃん。新堂さんはどういう判断だったの?」
「あーと……。確かこれは相手がAエリアでフラッシュスキル切ってまで勝負仕掛けてたのと、中央にスモークスキルを使ってエリアを取りに来てるじゃないですか。なのでこのままAエリアを取っても、敵に包囲されてる状態だからすぐに取り返される可能性が高いんですよ。だから一旦仕切り直したかったんですけど、一人倒せたことで相手はAにがっつり寄ってくるなと思って、それなら逆にBに行こうかなって……」
「いや、一つ一つ説明されたらそうなんだけど、普通は敵を倒せたらそのままそのエリア取りにいくんだよね。じゃあ、もっと前の段階からAエリア攻めるのは危ないって思ってた感じか……難しいなぁ。てか、新堂さんってどういうイメージでゲーム中に作戦組み立ててるの?」
ちなみに私は一つ一つ説明されてもちんぷんかんぷんだ。
無理! 理解不能!
「えーと、まずは味方と敵のパフォーマンスを頭に入れて……」
「うんうん」
「そうすると、そのラウンドで勝つためのパターンが何本かの線になって浮かんでくるんです」
「うん?」
「敵や味方が倒されたり、スキルを消費したりすると、何本かの線が見えなくなったり、逆に一部の線の光が強くなったりして」
「???」
「あ、なんか変な感じで伝えちゃいましたけど、あくまで私の頭の中のイメージの話ですからね。要は、その状況で取れてるエリア、情報、お互いのリソースを把握して、一番勝率が高そうな作戦を都度選んでるだけなんです。だから別に特別なことをしてるわけじゃないんですよ」
「新堂さん、あなた世が世なら国を取ってたわよ」
なんかスピリチュアルな話をしていたような気もする。
私が理解できないのは当然として、瑠依先輩も理解できていないようだ。
やっぱりあかちゃんはおかしい。
「けど、みんなの力があってこそなんですよ?」
あかちゃんは少しだけ照れくさそうに目を逸らす。
「みんなの力を信じてるから、私もこの作戦でいけるって判断できるんです」
◆
私には、戦術とか、マクロとか、そういうのは分からない。
けれど、絶対的に信じられるものがある。
「こっちの陣形を整えることを優先させましょう! カバーを取りあえるポジショニングを徹底してください!」
この声は、私にとって一筋の光だ。
思えば最初からそうだった。
初めてアニマルBOMB! をプレイしたときだって、あかちゃんの声で初めて敵を倒すことができた。
この声がずっと私を導いてくれていた。
――でも、今はちょっと余裕がなさそう?
横浜女子の動きも想定していたのと全然違う。
あかちゃんも先輩たちも対応に追われてて、自分たちのやりたいことがまったく出来てない。
それでいて横浜女子の動きが早いから、あかちゃんの指示もなんだか渋滞気味。
――あかちゃんならどうするか。
ふと、そんな考えが私の頭を過ぎった。
いつものあかちゃんなら、私にどんな指示を出すだろうか。
そう考えると、私にはあるポジションに一筋の光が差し込んでいるように見えた。
敵も味方も入り乱れ、互いのスキルが無造作に飛び交う混沌とした銃撃戦。
あかちゃんの指示を待っていたら手遅れになりそうだし、現に私たちはラウンドを連続して落としている。
――えーい! 行っちゃえっ!
私は勇気を出してAエリア内に飛び込む。
すると、そこにはまったく別の方向を向いている横浜女子の敵がいた。
こっちを見ていない敵を倒すのは簡単だ。ばーん!
「宮本さん、Aエリアに入って……あれ?」
「もう入ってるよ! このまま中央を挟みにいくね!」
「う、うん。ありがとう!」
私が安全なエリアを広げたことで中央で交戦している敵を挟み込むことができる。
もちろんその中に神原さんもいて、今まさにココ助先輩を撃ち倒そうとしている。
――スナイパーを捨てた神原さんならっ!
一瞬のスキを一発で仕留められるスナイパーならカバーは間に合わなかった。
けれど、頭に当てないと一発で倒せないアサルトライフルを持つのなら、カバープレイで神原さんを倒せる!
「ココ助先輩、カバーいけます!」
『えっ、宮本さんいつの間に⁉』
敵の横から挟み込むような形で飛び出すことに成功した私は、ココ助先輩を倒す神原さんを一発で仕留め、私たちはこのラウンドを勝利した。
これで6-6だ!
「あの……、どうして私のやってほしいことが分かったんですか?」
あかちゃんは大きく目を見開いて私のほうを見つめてくる。
そんなに不思議なことだろうか。
「そりゃ分かるよ! だって私はあかちゃんのオーダーしか知らないし、みんなとしかゲームやったことないんだもん」
私にとって、このゲームの知識や考え方、動き方や連携の仕方は、すべてあかちゃんから教えてもらったものだ。
むしろそれ以外はまったく知らない。
「あっ……。そ、そっか……。ありがとうございます」
「もっと自分で動いたほうがいいかな?」
「そのほうが助かります!」
あかちゃんならどう考えるか。
私にどんな指示を出すか。
言葉を交わさなくとも、私の中の新堂あかりが自然と向かうべき道を照らしてくれる。
私はこの一筋の光に、ずっとずっと助けられてきた。
「うん! どんどん助けちゃうよ!」
今度は私があかちゃんを助ける番だ。




