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無限サンタ

作者: じゃろけ

 痛い。とてつもない痛みを感じた次の瞬間、私は見たことのない場所にいた。真っ暗で、真っ白で、きっと色という概念が存在しない世界。


「おめでとう。君はサンタに選ばれたよ」


まず声がして、遅れて姿が見えてくる。目の前の人物、いや、存在は形をはっきりと持っていないように見えた。さらにいえば、存在感が薄いような気がした。あまりに奇妙な存在が、あまりに奇妙なことを言っている。そんな状況に特に狼狽していない自分に違和感を抱く。下を向き、自分の体を見てみると体がなかった。手もないから確認できないけれど、きっと顔もない。目もない。視覚もないはずなのに私の前にいる存在はみえている。どうやら私も人をやめたらしい。


「私に選択権はあるのでしょうか」


「ないね。人間としての君は死んでしまったし、もう全く違う存在になりつつある。とめられないさ。ごく普通の自然現象と同じように、その原則から逃れることはできない」


「そうですか。死んでしまったというのにそのあとすら自分で選べないなんて残酷ですね」


 理屈だけでしゃべっていた。そんなことは心底どうでもよくなっているけれど、人間だった頃の感覚と癖みたいなものが私にそういわせた。


「生まれた時だって同じだろう?君たちは産まれてくることを望んで生まれてこないし、どの時代に生まれてくるかも選べない。親だって選べないし、自分の顔や能力も選べない。すべては勝手に押し付けられるのだよ。それが節理なのさ」


「そうですね。ごもっともです。最後に一つだけいいですかね」


「なぜ君が選ばれたのかってことかな」


「そうです。死んだ人がみんなサンタになっていたら世の中サンタであふれかえりますからね。ごく一部が選ばれているのはわかるのですが、なぜ私なのかなと思いまして」


「それは私にもわからない。君が思っている以上にただの現象なのだよ。ただ、いままでのサンタをみているとなんとなくわかることもある。ひたすらに優しい人だね。優しくて、人の幸せを願っている人。そんな感情もサンタになったら忘れてしまうのだけれど、人だった頃に染み付いた精神や笑顔とかそういったあらゆる振る舞いがサンタに表れるんだ」


 存在が淡々としゃべる。


「なるほど。いいことをしたら天国に行くんじゃなくてサンタになるっていうのが真実だったんですね」


 何も面白くないのに笑いながらいった。今の私には笑顔はないのかもしれないけれど。


「ほら、だんだんと形ができてきたよ」


下を向くとだんだんと体が生成されていくのが分かった。空間の白と黒が、私という存在をはじき出す。だんだんと私は固体となり、固体となることでいままでは私と空間はおなじものだったんだとわかる。


「さあ、いってらっしゃい。みんなに幸せを与えておいで」


 途切れてしまった意識の中で夢のようなものを見る。夢と表現することすらおこがましいふやけた感覚の中で、白と黒に溶けていく何かがあった。その何かは私になにかを伝えようとしている。聞き取れない。きっとこれはサンタだったものだ。引継ぎでもあったのだろうか。まあでもなんとかなるだろう。




 サンタは完全な固体となった。固体となり、個を失った。誰も見ることのないその顔には常に笑顔があった。誰にもみえないところでみんなの幸せのためにせっせと働く。クリスマスまではまだ一カ月あるけれど、この時期は忙しい。みんなのプレゼントの準備はすでに始まっている。


前のサンタは200年働いていた。次の適任者が表れるのはいつになるだろう。100年。200年。1000年。誰にもわからない。ただ、サンタは苦痛も苦労も感じない。人に幸せを運ぶ。サンタはかつて人の幸せを望んでいた。いまはなにも考えず、なにも感じずに幸せを運ぶ。




「ドキドキして寝れないよー!」


布団の中で少年が体を揺らしながら言う。


「早く寝ないとサンタさん来てくれないよ?絵本読んであげるから早く寝ようね」


「はーい」


 3ページほどめくられた絵本が母親の手によって閉じられる。


「おやすみ」


小さい声でそうつぶやくと少年の母親は部屋から出て、ゆっくりと扉を閉めた。


暗闇の中、少年の枕の隣に真っ赤な袋が置かれている。


「メリークリスマス」


少年の隣に男性が立っている。それは赤い服を着ていて、満面の笑みを浮かべていた。

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