〇八
地上ぎりぎりのところまで降下したV三九から、数本のワイヤーが下ろされる。先端のフックを搬送用カプセルの両端に引っかけて合図を送ると、巻き取りが始まった。施設から運び出された十七名の遺体が次々と引き上げられてゆく。負傷者を最も安静な状態で運び出すためのカプセルだが、今はただの死体袋となり果てている。
「ああ、回収するのが遺体と分かっていたら、わざわざ重たい思いをしてあんなもの運んでこなかったのに」
私の愚痴を、モテギの地獄耳が聞きとがめた。
「こら、滅多なことを言うもんじゃない。われわれ自衛官は、有事においてはもちろん平時においてもつねに国民の心を自己の心とし、一身の利害を越えて公につくすことに誇りを持たなければ――」
「ハイハイハイ、私が悪うございました」
ヤマザキと二人で収容作業にあたっていたカジオが、大きく手を振ってみせた。
「おうい、こっちは終わったぞ。あと一時間ほどで砂嵐がくる。俺たちも早く帰投しようぜ」
「了解です」
私はもう一度、研究施設のほうを振り返ってみた。早くも米軍の特殊車両がやって来て、童夢零式の残骸を回収している。
「あんなもの、どうする気だろう……」
今や人類が火星へ降り立つ時代となったが、それでも人工知能はまだ未完成のままだ。
自律思考プログラムといっても、しょせん人間の脳をシミュレートしているにすぎない。記録されたデータを分析し、判断し、行動へ移す。きわめて合理的な思考プロセスを踏むのだろうけど、そこに友愛や敵対の感情とか、ある種の天才的な閃きといったものは介在しない。
居住者が死んだことにも気づかず、その世話をつづけていた研究施設のAI。でも……そんなAIにも、やがて本当の自我に目覚める瞬間というのが訪れるのかもしれない。それは素晴らしいことだろうか。人類が繁栄するうえでの輝かしい第一歩となり得るのだろうか……。
「アリスガワ一曹っ!」
基地へ戻り、サンナナを脱いで食堂のテーブルに着いた途端、先に帰還していたシノダくんに後ろから抱きつかれた。
「良かった、ちゃんと無事ですね」
「あ、ちょっとこらァ……」
眉をしかめつつも、頰が赤くなるのを止められない。オッサンならぶん殴ってやるところだけど。若いって得だよね、無邪気に振る舞っても罪にならなくて。
「ぼく、負傷兵と一緒に回収されてましたけど、アリスガワ一曹の活躍はちゃんとモニターで観てましたよ。本当に凄かったな、現代によみがえるジャンヌ・ダルクって感じでした」
「またまたァ、おだてたって何も出ないぞ。それより、初降下であんなことになっちゃって怖かったでしょう」
「いえ、撃たれたときは少し焦りましたけど、ピンチのときはアリスガワ一曹が助けてくれるって信じてましたから」
「素直でよろしい」
クスッという、自分でも会心の笑みを返すことができた。
年上の女性が垣間見せる、意外な可愛らしさ。
いいぞ、すごく良い感じ――。
工業高校を卒業してすぐ自衛隊に入った。いきなり男社会へ放り込まれたせいで、かえって恋愛というものに疎くなってしまった。男なんてしょせん同僚であり、上官であり、訓練や任務をこなす仲間であり、喧嘩する相手である。それ以外の何者でもない。そんな一種の諦めのような思いが心に染みついてしまっている。だから、たまに若くて可愛い男性が赴任してくると、つい舞い上がってしまうのだ。今度こそ……今度こそ、何か素敵な物語が始まるんじゃないかって気がして。ベンチプレス二〇〇キロ上げる女だって、恋をしたいのよ。――悪い?
「あの、アリスガワ一曹……」
シノダくんが私の手を取って、真剣な表情を寄せてくる。
え、まさかの告白、こんなところで? ていうか近い、シノダくん顔が近いよ。
「再来月の結婚式には、ぜひあなたにも出席していただきたいのですが」
「ふぇ?」
私の手からスプーンがすべり落ち、ズブ、とカレーライスにつき刺さった。
「結婚式って……シノダくんの?」
「そうです。あれ、言ってませんでしたっけ? 本当ならうちの隊全員に招待状を送りたいのですが、皆がそろって休暇を取るのは無理だと言われ、それならせめてアリスガワ一曹だけでも……あ、もちろん旅費なんかは全てこちらで負担します」
私は焦点の合わない目で、垂直に突き立ったスプーンを見つめた。
「……そ、そうね、せっかくのご招待なんだし、お姉さん出席させてもらおうかしら」
「ありがとうございます。そうだ、来賓の挨拶ってやっぱり部隊長どのにお願いするのが筋道ですよね? ぼくちょっと行ってきます」
爽やかな笑顔で敬礼して、シノダくんは去っていった。その溌剌とした背中がドアの向こうへ消えるのを見届けてから、私はがっくりと肩を落とした。
――ああ、若いって良いよね、心が純粋で。うう。
茫然とする私の右肩に、ヤマザキがそっと手を乗せた。
「今度アメちゃんと交流パーティーやるんだが、来るか? おまえ好みのやつがいるかもしれないし、国際結婚なんてのも悪くないだろう」
「そうですね……」
カジオも寄ってきて、私の左肩にポンと手を置いた。
「そう落ち込むな。今どきの草食系男子というやつは、強い女性にあこがれるって話だ。おまえも、まだまだ捨てたもんじゃない」
「やだなあ、私そんなに落ち込んでませんってば」
「そうか? 魂どっかに落としてきたような顔してるけど」
うう、どんな顔よ。
「既婚者の俺たちに言われても嬉しくないだろうが、おまえイイ女だぜ。行儀良くさえしてりゃ美人だし、トレーニングで体絞ってるわりには、ちゃんと出るところも出てる。短気でがさつだけど、心根は優しいしな」
「むう、褒めるふりして貶めるのが上手ですね」
「いや本心だって」
「へへ」
フラれるのなんて、いつものこと。
これでも高校出るまでは、ガラス細工のように華奢な女の子だったのよ、マジで。
でも自分で選んじゃった道だしね――。
地球を離れること、二億二千万キロメートル。こんな砂と岩石だらけの地で頑張る私たちのことを、きっと感謝の目で見守ってくれてる人たちがいるはず。
自衛隊の精神って「愛」なのよ。
家族や友人たちへの愛。
すべての日本国民に対する愛。
母なる地球へ向けた愛。
私たちは、つねに人々の平和を願ってる。失いたくないもの、育んでゆかねばならないものを、あらゆる脅威から守るために組織されている――だから。
「これから隊員クラブへ行って飲まないか? 給料日前だが、パーっとおごってやるよ」
「さっすがカジオさん太っ腹。ならお言葉に甘えてご馳走になっちゃおうかな」
「お、元気出てきたじゃねえか。まったく単純な女だぜ」
「どうせバッファリラだし」
私は大きく伸びをしてから、ゆっくり息を吐き出した。
「酔って暴れたら、そのときはちゃんと二人で取り押さえてくださいね」
「……」「……」
カジオが真剣な顔で、ヤマザキに耳打ちした。
「おい、ちょっと防疫本部まで行って麻酔銃借りてこい。ホルスタイン用のやつ」
『鉄の女』完
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