〇五
「シノダくん!」
私は武器を投棄して、仰向けに倒れているシノダくんへ駆け寄った。
「大丈夫? どこか負傷してない?」
「ぼっ、ぼくは平気です。でもアキュムレータに穴があいたみたいで、体が思うように動かせません」
「圧縮空気が漏れ出しているのね。大丈夫、時間が経てばMR流体が自動的に破損箇所をシールしてくれるから。とにかく安全な場所へ移動しましょう」
私はシノダくんのサンナナをお姫様だっこして、その場から逃げ出した。足跡をトレースするように銃弾が斜面をえぐり、砂塵を舞い上げる。モテギの切迫したような声が言った。
「アリスガワくん聞こえるか。二時の方向に小さな砂柱を見つけた。ひとまずそこへ身を隠すんだっ」
「了解」
砂丘では、転がった礫などのまわりに砂が積もり砂柱を形成することがある。そこへ転がり込んで、シノダくんを横たえた。
「運が良かったわね。あれ、たぶん対戦車用の大口径ライフルよ。被弾してたら、ただじゃ済まないわ」
「すみません。足手まといになってしまって」
「こっちこそごめんね。突入チームに志願したの私なんだもの、そのせいでシノダくんに何かあったらお姉さん悲しいわ」
ヘッドセットからモテギの声がした。
「おい、二人とも無事か?」
「はい准尉。シノダくんのサンナナが現在行動不能ですが、本人に怪我はありません」
「そうか。こっちはサカモト隊に負傷者が出たので、五〇〇メートルほど後退したよ」
「あれって絶対、施設内から撃ってきてますよね」
「うむ。武装した何者かによって占拠されているのかもしれない。だとすると人質がとられている可能性もあるし、ちょっと厄介だな」
カジオの声が会話に割り込んできた。
「アリスガワ、ちょっと地図ひらいてみてくれねえか」
「うい」
私は統合視覚拡張システムからデジタル地図を呼び出し、ヘッドアップディスプレイに投影してみた。
「いいか、今おまえらがいるのが、ここだ」
地図上に赤いマークがつけられる。
「で、これが研究施設。真上から眺めると、ちょうど漢字の女みたいな形をしているだろう」
「女? はあ、なるほど……」
「敵はおそらくこの部分、女の股ぐらのあたりから攻撃を仕掛けてきている」
「あの、それセクハラですけど」
「まあ黙って聞け。それでこの部分なんだが……」
施設から見て、ちょうど自分たちがいるのとは反対側のほうが大きくマーカーで囲われる。
「斜面がスリバチ状に大きく凹んでいるところがあるんだ。最大高低差はおよそ五メートル。サンナナが身を隠して進むにはちょうどいい地形だと思わないか?」
思わずため息が漏れた。
「カジオ曹長、時間無いんだから回りくどい言いかたしないできちんと説明してくださいよ。いったいどんな作戦思いついたんです?」
ちっ気の短けえ女だ、とわざと私に聞こえるようにぼやいてからカジオは言った。
「俺とヤマザキでこの窪地を抜けて施設の反対側へ回り込む。超高強度負ミュオンビーム砲を持ってきてるから、それで女の眉間に風穴あけて中へ侵入する」
「超高強度負ミュオンビーム砲って……あんたら、いつの間にそんなものを」
「そこでおまえには、俺たちが移動を完了するまでのあいだ囮になって欲しいんだ」
「囮って……具体的に何をすればいいんです?」
「なんでもいい。そのへんウロチョロしたり、なんならフレンチカンカン踊ってもいい。対物ライフルの有効射程は一キロ半ほどだから、何か目立つような行動をして敵の注意を引きつけてくれ」
「てめふざけんなよ。私に射撃の的になれってか?」
ヤマザキが会話に加わった。
「じつは敵さん、どうも銃の照準が微妙にズレてるっぽいんだ。おそらく弾道計算プログラムがまだ火星用にアップデートされてないんだろう。シノダの坊やに弾が命中しなかったのも、たぶんそのせいだ」
地球と比べて火星では大気密度が低く、重力も小さい。そのため射出された弾丸にかかる抵抗が地球上とは異なり、とくにライフルなど射程の長い武器では照準に狂いが生じることがある。
「なるほどォそれなら安全ですよね……ってなるわけないでしょタコ!」
「動きまわってりゃそう簡単に弾は当たらねえよ。おまえの運動神経に期待してるんだ、なあ、機嫌直してなんとかやってもらえねえかな?」
ギリっと歯がみしてモテギに訊いた。
「准尉ィィ、これって准尉が承認した正規の作戦ですか? 違いますよね? 日本の自衛隊は部下にこんな危険なことさせませんよね?」
「うむ、まあ、あれだ……」
モテギはバツが悪そうに咳払いした。
「コホン、自衛隊法第五十二条、隊員は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、一致団結、強い責任感をもって専心その職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に……」
自分で言いながら恥入ってるのが分かる。ダメだこいつ。私は今一度大きなため息をついた。
「はいはい分かりましたやりますよやりゃ良いんでしょう」
「おお、引き受けてくれるか。ありがとう、ありがとう」
「けっ」
私は膝を折って、横たわっているシノダくんの顔を覗き込んだ。
「そういうわけだから、ちょっとここで待っていて。お姉さん、あいつらカタしてくるから」
「アリスガワ一曹……」
憧憬のこもった瞳が、じっと私の目を見つめ返す。
「あの、ぜったい死なないでくださいね」
「こらあ、誰にものを言ってるの?」
「他の人たちはあなたのことゴリラ扱いしてますけど、ぼくにとってアリスガワ一曹は、なんていうか女神様のような人なんです。だから必ず無事に帰ってきてください」
「あ、ありがとう。素直に喜んでいいのかビミョーだけれど、女神様という部分だけ心に刻んでおくわ」
私は立ち上がって、施設のほうを睨んだ。
「仕方がないわね……」
バッテリー残量を確認し、緊急行動用のパワーブースト・スイッチをオンにした。
「ロッキャー分屯基地、第一移動警戒隊、アリスガワ一等空曹、行きますっ!」