〇二
現在、火星には三つの自衛隊基地がある。
宇宙開発実験旅団の司令部がある、ユートピア平原基地。アメリカ空軍との連携を念頭に作られた、ヘラス盆地基地。そして今私たちのいる、ロッキャー分屯基地だ。このロッキャー分屯基地は、エリシウム平原にある巨大クレーターの中に作られており、三つの基地の中では一番規模が小さい。編成は、警戒隊・救難隊による地上作戦部隊と、管制隊・気象隊・衛生隊・整備隊・警務隊などの後方支援部隊に分けられている。
長テーブル席に居並んだ地上部隊員たちを前にして、部隊長のクリタ三等空佐が、その大きな目をギョロつかせている。少しだけ顔が仲代達也に似ているけれど、頭髪がみごとにバーコードなのがすごく残念。横に控える参謀のシノハラ二等空尉が、まずそのカマキリみたいな口を開いた。
「日本の民間企業が所有する研究施設から連絡が途絶えたと、我々に救難要請があった。ブリーフィング端末に座標を送っておいたが、見ての通りちょうどニリ・パテラ砂丘の中央あたりだ」
最前列にいた部隊員が尋ねる。
「砂丘の真ん中とは、また厄介な場所に施設を築いたものですね。ワームにでも襲われたのでしょうか?」
「襲われたのかもしれないし、たんなる通信障害という可能性もある。今のところ原因は不明だが、警戒だけは怠らないようにしてもらいたい」
「ニリ・パテラ砂丘なら、ここからだと七〇マイルくらいですかね」
「うむ、他の基地に比べるとうちが一番近い」
「はいっ!」
と私は元気よく右手を挙げた。
シノハラは一瞬だけこちらへ視線を向けたが、無視して話をつづける。
「施設は極めて小規模なもので、居住しているのは十七名。みな科学者やエンジニアばかりだ」
「あの、研究対象は何でしょうか? ブリーフィングには明示されておりませんが」
シノハラはいつもの癖で、メガネのブリッジを指でクイッと押し上げながら言った。
「不正競争防止法上の営業秘密として、研究内容は口外できないそうだ」
「どうも胡散くさい話ですね。われわれ救護する側に危険はないのでしょうか?」
「はいはいっ!」
と私は再び元気よく手を挙げた。
シノハラが、いやあな顔をこちらへ向けたが、それでも無視して説明をつづける。
「重火器の使用許可は取ってある。ESAの研究機関がテロリストに襲われた事例もあるしな。今回の作戦は砂丘上で行うため、V三九で移動して、サンナナに高圧ガス噴射アタッチメントを取付けた空挺部隊を降下させる。詳細な行動については各自の端末へ送ってあるので随時チェックしてもらいたい……他に何か質問はあるか?」
「はいはいはいっ!」
会議室じゅうに響き渡る私の元気な挙手に、とうとうシノハラが折れた。
「……さっきから何だね、アリスガワくん」
「はいっ、自分は突入チームに志願するであります!」
「もう編成は決めてある。君らの小隊は、砂丘周辺の哨戒だ」
「いえいえ、特殊戦の経験豊富な自分こそが、突入チームに適任なのであります!」
シノハラのこめかみがピクピクと震えた。
「さっきも言ったが、たんなる通信システムの故障という可能性だってある。要請先からも、あまりことを大きくしないで欲しいと頼まれているんだ。君が出ていったんじゃ、丸く収まるものも重大事案へと発展してしまうだろう」
「ひどいっ。それじゃまるで私がトラブルメーカーみたいじゃないですか」
「その通りだろう。まさにその通りだろう。今まで君のために、クリタ三佐が何枚始末書を書かされたと思っているんだっ」
カマキリよろしく三白眼をひん剥いたけど、そんなことで怯む私じゃない。
「ほう、では伺いますが、部隊長殿の胸に燦然と輝くそれは何ですか? グリコのおまけですか? 違いますよね。それは第一級防衛功労章です。私が数々の困難なミッションをやり遂げたことにより、防衛大臣から賜った自衛官最高の栄誉です」
私は、リップに湿りをくれてから一気にまくしたてた。
「いいですか、人間というのは短所を戒めるよりも、長所を伸ばしてやったほうがより多く成長できるものなんです。日本騎兵の父と謳われた秋山好古もこう言ってるじゃないですか。人間は、自分の器量がともかく発揮できる場所を選ばねばならない。私はサンナナを身にまとって戦場を駆けてこそ真価を発揮できる軍人なのです。それを哨戒だなんてとんでもない。明らかに人選ミスです。私が尊敬する山本五十六元帥は、後世の者たちへ向けてこう書き残しています。やってみせ、言って聞かせてさせてみせ、褒めてやらねば人は動かじ。わかりますか? この素晴らしい言葉に込められた意味、わかりますよね? その後にこうもつづけています。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば人は育たず。そもそも軍人の資質というものは……」
話の途中で、クリタがシノハラの肩をポンポンと叩いた。言葉には出さないが「もうこいつの好きにさせてやれ」とその顔に書いてある。苦虫を噛み潰したような表情でシノハラが言った。
「わかったわかった、突入はモテギ隊に任せるから、その長ったらしい講釈をやめろ」
「ありがとうございます!」
「作戦開始は一七〇〇、各自装備の点検を入念に行うように。以上、解散っ」
ふっふっふ、愚か者め、私と口論して勝てるわけがなかろうもん。
カジオに後ろから頭をはたかれた。
「この、じゃじゃ馬め」
「あーっ、それパワハラ、軍法会議にかけてやる」
モテギが、やれやれという顔で嘆息した。
「また君のおかげで火中の栗を拾わされるのか……」