〇一
三七式個人用強化外骨格二型――。
それが、この装備に与えられた正式名称だ。
航空自衛隊戦略防衛宇宙軍の発足にともない、防衛省の研究チームがJAXAとの共同開発で二〇三四年にプロトタイプを完成させた。その後いくつかの改良を経て、二〇三七年度の防衛予算で制式化され、以後宇宙作戦部隊における正規の装備となった。
通称は「サンナナ」
サンナナには一型と二型がある。違いはアクチュエータで、油圧での制御を前提に設計された一型に対し、二型は空気圧人口筋肉を採用している。油圧のほうが大きなトルクが得られ素早い動きにも対応できるが、そのぶん制御するのに複雑な機構を要し、製造にも金がかかる。
民間企業の台頭により、宇宙開発もしだいにコスト面が重視されるようになってきた。いくら国家プロジェクトとはいえ、かつてのように湯水の如く予算を使うわけにはいかない。さいわい日本で、小型かつ超強力なコンプレッサーが開発され、トルク面では油圧アクチュエータと遜色ない性能が得られるようになった。
このサンナナ二型は、後発で宇宙防衛に乗り出してきたASEANやAU諸国にも高く評価され、彼らが深宇宙で活動するうえでの装備として広く採用され始めている。
とまあ、だいたいそんな感じなんだけど、私が言いたいのはつまり……。
「このサンナナを装着すれば、私のようにか弱い女性でもスーパーウーマンになれてしまうのだよ」
Vサインとともに渾身のウィンクを見舞うと、先週火星へ赴任してきたばかりのシノダ空士長くんは、おおっと感嘆の声をあげた。あきらかに尊敬の眼差しをこちらへ向けている。若いって良いよね、心が純粋で――。
どこからか、チッという舌打ちが聞こえた。
自分の装備の前にかがみ込んでレギュレータの圧力調節をしていたヤマザキ一等空曹が、これ見よがしに肩をすくめる。その横で、あごに当てたシェーバーをジョリジョリいわせていたカジオ空曹長が、私を見てヘヘッとせせら笑った。ちなみにこの二人は、若くもなければ、心が純粋でもない。
「どこにいんの、そのか弱い女性ってのは?」
「決まってるでしょう。ここよ、ここ」
自分の鼻先を指さしてやる。するとカジオは、私のみごとに割れた腹筋へ視線を向けながらニヤニヤした。
「この前カナダ軍と演習やったとき、おまえがターゲットの戦車ひっくり返すのを見て、あちらの指揮官さんがなんて言ったと思う?」
「なんて言ったの?」
「バッファリラ」
「なにそれ、どういう意味?」
「知らないのか? バッファローとゴリラを足した造語だよ」
「あのハゲおやじぶっ殺す。銃の暴発に見せかけてグレネード弾ぶち込んじゃる」
ヤマザキが圧力調整盤のパネルを閉じて、シノダくんのほうを見た。
「サンナナのBMIは、装着者の身体能力をそのまま反映するようにプログラムされているんだ」
「ええと、BMIって、たしかブレイン・マシン・インターフェイスのことですよね。術科学校で習いました。人の脳波から生体電位信号を読み取り、情報処理したうえで人工筋肉を動かすための筋電信号へと変える」
「そうそう。軍事目的で開発されたサンナナは、建設用のパワーアシストスーツなんかと比べて十倍以上の能力を持っているから、誤操作をしたときのリスクも甚大なんだ。それを避けるため、使用者のポテンシャルに見合ったパワーしか引き出せないように調整してある」
「なるほど……でもそれって、つまり」
シノダくんの目が遠慮がちにこっちを窺う。ヤマザキが、ニッと口の片端をつり上げた。
「これを着てくそ力が出せるってことは、すなわち装着者が怪力の持ちぬしってことだな」
「……やっぱり」
ああ、引かないでシノダくん。私、本当にか弱いのよ。六角レンチより重いもの持ったことないんだから。
整備室のドアが開いて、モテギ准空尉が入ってきた。
「こらおまえたち、なにを呑気に構えてるんだ。部隊長から非常呼集が掛かっているだろう」
「え、本当すか?」
カジオが、左手首に巻いた携帯用端末を確認する。
「うわヤベっ、すぐに行かないと」
私も自分の端末をトントンと指で叩いてみた。レーザー光が照射され、目の前の空間に「地上作戦部隊は、一四〇〇までに作戦室へ集合」と文字が浮かび上がる。文字の横には、3Dスキャナーで取り込んだのであろう部隊長の顔がクルクル回っている。ため息をつきながらモテギに言った。
「准尉、メッセージにいちいち自分の顔スタンプするのやめてもらえるよう、部隊長に進言していただけませんか。まじキモいんですけど」
「イヤだよ。君が自分で言いたまえ」
「えー、だってあの人へそ曲げると面倒くさいんだもん」